美しさは多分、罪【06】
王家人気投票・テルロバールノル一万票突破記念
 色とりどりの星をまき散らす魔法のほうきは、安全装置やら操作補助装置などが一切付いていない、乗り物としては非常に初期の形である。
 ヨルハ公爵は跨り起動させ……柄のもっとも外側にあたる部分と、掃く部分の外側にある部分が違いを求めるように動き出す。見た目の動きとしてはヨルハ公爵を中心においた、コンパスで円を描くような動き。
「うわああ! お星様だ!」
 ロヴィニア王族は理論や原理はほとんど分からないが、ヨルハ公爵は兵器タイプの乗り物にも詳しいので、これがどのような状態なのか理解し、制御するために柄を握り直して体重のかけ具合を調整する。
「今度はヨルハが回ってるな」
「ヨリュハさん! 大丈夫?」
 大きなコンパス的な動きから、今度は柄を軸にした小回転。ヨルハ公爵がやたらと規則的に動く置物のように見える。
「あれで、目が回ったりしないものなのか」
「ゼフはあの程度で目を回したりはしませんよ、姉王」
 キーレンクレイカイムが質問に答えていると、その目の前でヨルハ公爵がほうき制御に成功し、普通に飛びはじめた。ヨルハ公爵がほうきに跨ってから52秒。
「ちょっと飛んでみるね。グレス、次からはこっちの魔法のほうきで回ろう」
「あの魔法のほうき、借りてもいいんですか! イダお姉さま」
「(にやり)」
「その為に用意したんだ。思いっきり乗ってこい」
「ありがとうございます!」

 ヨルハ公爵が魔法☆ほうきの制御方法を体で習得している最中、グラディウスはお菓子をもらうために、
「あてしにおかしくれないと、いたずらします。だからおかしをください、でかいお乳のおきちゃきちゃま! 乳男さま、イダお姉さま」
 決まり文句を告げた。
 ”どんな悪戯をしてくれるのやら”と思いからかいたい気持ちになった三人だが、グラディウスの腕の中にいる「ちび」が攻撃的な嗤いを浮かべたので、からかうことを諦めて菓子を渡すことにした。
 ちびとロヴィニア王族三名ならば、
「お菓子、ありがとうございます!」
「(にやり)」
 リュックサック詰めになっている二ヶ月児の方が強い。
 菓子をもらうためにちびを片手で抱いたグラディウスの腕をすり抜けて、地面に着地してイダ王に大口を開けて飛びかかる。
「――!」
 ちびは歩くことは出来ないが、飛び上がることはできるのだ。
「ちびー」
 ☆ほうきを操り戻って来たヨルハ公爵が、リュックサックのベルトを掴んで止める。
「(……)」
「おちびちゃん? あれ? どうしてそこに?」
「お腹空いたみたいだ。ね、ちび」
 ヨルハ公爵が笑顔で何事も無かったかのようにグラディウスに語りかけ、
「(にたあ)」
 乳幼児らしさのない、自分によく似た痩けた頬を軽く引っ張り”グラディウスのために用意したちび用離乳食”を取り出す。
「あてし、おちびちゃに食べさせてあげる」
 ヨルハ公爵とバベィラの間に生まれ、デルシが「皇太子・二十四代皇帝専属護衛用」に育てる為に取り寄せた、
「はい、おちびちゃん。かぼちゃを裏ごししたやつだよ」
 ”狂人ドノヴァンおちび”歯はないが、顎の力と歯茎だけで厚さ5cmの鉄鋼を食いちぎり咀嚼し飲み込めるのだが、
「(にたああ)」
「このスプーン食べられるヤツだって」
 グラディウスの前では普通の赤ん坊として扱われる。
「へぇ。どれどれ」
「乳男さま、おちびちゃんのスプーン、食べ過ぎないでね」
 食べられることが前提のスプーンなので、替えが十五本ほど用意されている。
「ああ。柄の部分食べるか? イレスルキュラン」
「もらう」
 持参したかぼちゃペーストを与えられ、
「おちびちゃん、飲み物だよ」
 オレンジキャロットジュースを含まされたちびは、かなりご機嫌であった。脇でグラディウスの「はい、おちびちゃん、あーん」を見ていた三名もかなりのご機嫌で、ヨルハ公爵は一人、魔法☆ほうきの操縦練習を続ける。
 ヨルハ公爵一人で乗るのならば安全性は必要ない。背に「ちび」を入れたリュックサックを背負って乗る場合もとくに安全性は必要ない。なにせヨルハ公爵の子で、生まれた直後にバベィラから内臓破裂の洗礼を受けて『ちょっ! バベィラ様、胎盤がまだ! うわっ! 飛んでった!/マーダドリシャ侯爵』デルシに英才教育されることが決まったエヴェドリット乳幼児だ、多少のことは問題にならない。
 だがグラディウスを乗せて、子爵が作ったハロウィン容器を安全に運ぶとなると話は違う。

―― 我とちびは壊れないが、グレスとシクが作ったハロウィン容器は壊れるから慎重に操縦しないとな!

「お菓子ありがとうございます」
 ちびに食べさせたあと、改めて菓子の礼を言い袋を開いて中をのぞき込む。
「ああ! はろいん!」
 菓子はハロウィンマークのマシュマロ。
「グレス、このマシュマロはな、こうやって少し力を込めると……」
 ロヴィニアが作らせたマシュマロは、力を加えると「お菓子くれなきゃ、いたずらするぞ」と言うように作られている。仕組みはマシュマロの表面を食用ナノマシーンで覆っているだけ。皮脂と圧力では「お菓子くれなきゃ、いたずらするぞ」喋り、唾液と圧力になると「うまいぞ!」と喋るように作られている。
「うわああ! おもしれぇ! ヨリュハさん! 喋るよ!」
「すごいね、グレス。ほら、ちび。見るだけだけだよ【あとで食べさせるから、いまは我慢するんだよ】」
「(にたあ)」

 魔法のほうきから魔法☆ほうきに荷物運び用のハロウィン容器を移動させ、
「それじゃあね! でかいお乳のおきしゃきしゃま! 乳男さま! イダお姉さま! 明日来てね! 待ってるからね!」
 ☆が飛び交うほうきに跨り、感謝を叫びながらグラディウスは次の目的地である「エリュシ様」のところへと向かった。
 星を振りまきながら遠ざかってゆくグラディウスを見送り、
「明日の格好を確認するか」
 明日の菓子の奪い合いに為の武装を確認する。
「そうしよう」
「インキュバスの格好するのか? イレスルキュラン」
「ああ。レオタードで胸を強調して、網タイツにピンヒールに」
「ルグリラドが”下品じゃ!”と卒倒しそうだな」
「それは、それでいいかなと思って」

**********


「リュバリエリュシュス様、もうそろそろグレスがやってきますので」
「そうですか」
 サウダライトは巴旦杏の塔前でグラディウスが来るのをリュバリエリュシュスと共に待っていた。
「来た……ようですね」
 色とりどりの星をまき散らしながらやってくる巨大ハロウィンかぼちゃと、特殊仮装しなくてもゾンビなヨルハ公爵と、
「エリュシ様ああ!」
 大声で叫ぶグラディウス。
 魔法☆ほうきから降りたグラディウスは、
「お菓子くれないといたずらするから、お菓子をください!」
 笑顔で二人に向かって叫んだ。
 サウダライトは用意させておいたハロウィンかぼちゃの形をしたチョコレートを、
「ありがとう! おっさん」
「ありがとうございます、陛下」
 グラディウスとヨルハ公爵に手渡し、巴旦杏の塔の中にいるリュバリエリュシュスへと近付き、塔の中に腕を差し込み「菓子」を受け取った。
「はい、グレス。リュバリエリュシュス様からだよ」
 サウダライトの手にあったのは小さな蜜柑。それに食用ペンでハロウィンのマークとも言える顔が描かれている。
「……」
「塔の中にはお菓子がなくて、調理する場所がないから……お菓子じゃないのだけれど、甘いから……」
「ありがとう! エリュシ様! この顔、エリュシ様が描いてくれたんでしょ!」
「ええ」
「ありがと! 嬉しい! 嬉しいよぉ!」
 グラディウスはハロウィンの顔を描かれた小さな蜜柑を持ち、重たそうな小躍りをする。
「エリュシ様のおかし、エリュシ様のおかし、うれしいなあ」
「グレス」
「なに?」
「顔を描いた蜜柑があと二つあるの、一つはこの食用ペンを届けてくれた白鳥さんに。そしてもう一つは、デザインをくれたおじ様に渡してくれる?」
「いいよ! あ、あのさ! エリュシ様。蜜柑はまだある?」
「あるわよ」
「ヨリュハさんにも作ってあげて!」
「……」
 リュバリエリュシュスの驚いた表情に、
「あ、エリュシ様が食べる分がなくなるなら、要らないよ!」
 グラディウスは蜜柑がなくなることを心配したのだが、
「そうじゃなくて……その……」
 彼女が言いたいのは別のこと。両性具有から物を渡されて喜ぶ貴族はいないと教えられた。稀に歩み寄ってくれる貴族がいることを育てたランチェンドルティスは知っていたが、余計な希望を持たせるようなことはしなかった。
「もらえたら嬉しいよ。エリュシさん」
 そのランチェンドルティス唯一の希望が育てた一人であるヨルハ公爵は、希望と同じ思考ができ、力を入れずだがはっきりと欲しいと告げた。
「……ちょっと、待っててね。いま蜜柑を!」
 窓から消えたリュバリエリュシュスと、
「ヨリュハさん、エリュシ様綺麗でしょ」
「うん。でも驚くほどじゃないなあ。マルティルディの叔母だから綺麗で当然だ」
「そうだね。でも綺麗だよね」
「綺麗だ。本当に綺麗だねえ。でも、我は強い女が好きだな」
「強い女の人?」
「ああ、デルシ様のような強い御方が好きだ」
 二人はリュバリエリュシュスが戻って来るのを待ち、息を切らせて戻って来た彼女から蜜柑を受け取り、
「ありがとう、エリュシさん」
 ヨルハ公爵はその小さな蜜柑を受け取り礼をした。
「エリュシ様、ヨリュハさんはね、おじ様のお友達なんだよ」
「親友さ」

「グレス、そろそろルグリラド様のところに行かないと」

 次の宮へと向かう時間だとサウダライトが教える。
「……」
 ルグリラドのところに行くのはもちろん楽しみだが、
「いってらっしゃい、グレス」
「エリュシ様……」
 リュバリエリュシュスの元を去りがたい。特に夜、グラディウスは彼女の前を去ることが苦手だった。
 彼女を置いて去ると、自分が悲しくなるのだ。どうしてかは分からないが――

「ちゃ〜らら」
「ららら」
「ちゃ〜らららぁ」
 グラディウスが悲しい気持ちになりかけたその時、
「あ、ジーディヴィフォ大公とゾフィアーネ大公だ」
 間違いなく元凶である二人が、不思議なテーマソングを歌いながらどこからともなく現れた。格好は、
「おちびちゃんと同じ格好だ!」
 全裸に巨大かぼちゃパンツ一枚、マントに魔女帽子(ゴム付き)
「(……)」
 ”同じ格好”と言われたちびは、微妙に硬直。生後二ヶ月の狂人、始めて《なにか》を覚える。それは恐怖ではないのだが、恐怖と言う言葉以外宇宙には存在しない。だが決して怖ろしいものではなく……要は『住む世界が違う』である。
「私たちが」
「来たからには」
「ご安心ください!」
「私たち!」
「美形兄弟!」

 両性具有は血が近い者に恋い焦がれる性質がある。リュバリエリュシュスとこの兄弟は血が近いのだが――

「?」
 リュバリエリュシュスがこの二人に恋い焦がれることは間違いなく”ない”
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