Valentine−37

(帝国には宗教から派生した行事はありません。これはあくまでも、イベントでパラレルにも似た物ですので、話が続いたり発展したりすることはありません)

「ナイトオリバルド様、チョコレート作ったんです」
 ロガが言いながら、余に可愛らしい小さな包みを躊躇いがちに差し出してきた。
「チョコレート? ロガ、作れるのか! 凄いな」
 余はチョコレートなど作れない。カカオの木を育てて、身を採取して……余を見つめていたロガは突然首を振って、
「ナイトオリバルド様! 違います! チョコレート作るって製菓用のチョコレートを削って溶かして形作るんです! カカオから育てたんじゃないです!」
「そ、そうなのか……ははは、ロガは良く余の思っていることが解るなあ」
 何故解ったのだろう?
「だ、だって……ナイトオリバルド様、デキュゼークがお話を聞いた後に、色々考えて質問してくる時と同じ顔してたから」


 実はシュスタークにプレゼントする前に、ロガは娘である皇女にプレゼントしていた(シュスタークにプレゼント後は二人だけで過ごすように言われたので先に)貰った皇女は ”手作り” と聞いて目を輝かせ、ロガが今説明したような質問をしてきたのだ。


「似ていたか。まあ余の子……」
 はうっ! 齢一歳の我が子と同レベルか! 齢二十七歳の余よ!
「ナイトオリバルド様?」
「これ、食べても良いか」
「はい」
 ……まあ良いか。一歳で余と同じならば、余よりも立派な皇帝になれるであろう。余以下というのも、中々おらぬであろうがなあ。中々……いや、存在しなそうだ。
 だが良い、余はロガの作ってくれたチョコレートを食べるのだから。

※ ※ ※ ※ ※

「そこに座らんかぁ! 貴様ぁぁ!」
 ヒステリーなテルロバールノル王カレンティンシス(カレティア)はローグ公爵プネモスを伴い、情夫であるリスカートーフォン公爵家の王子ビーレウスト=ビレネストの部屋を訪れるなり怒鳴りだした。
「座り方の指定は?」
 訪問予定を聞いていたビーレウストは王子らしく、最古の王を出迎える為に略式ながら正装して待っていた。
「儂に誠意を見せる座り方じゃ」
 その姿を一目見たカレティアは一瞬声を失って、そこから火がついたように怒鳴り始めた。
(誠意って……何に対する誠意だよ)
 親友が何時も兄王に謝る際に行う ”正座” をして、ビーレウストは待った。
「何だ、貴様! 不服そうな顔しおって! 貴様なんぞ! 貴様なんぞ!」
「……(地顔だ)」
 何を言っても無駄だろうと思いながら、黙って正座している趣味は人殺し、特技は人殺し、家業も人殺しの王子も、
「うおぉぉぉ! 貴様なんぞ! 貴様なんぞ! 何故貴様は……格好良いのじゃあ!」
 言いながらプネモスの手にあった箱を掴み床に叩き付ける王の前では、情夫らしく大人しい。ビーレウストは面倒が嫌いなので、人殺し以外の面では割と大人しい。
 叩き付けられた箱の中身が割れた音を聞きながら、まだ黙っている。
「格好良いといっても! 儂のカルニスタミアよりは劣るからな! そこを勘違いするな!」
 《儂は兄貴の儂じゃねえ》 カルニスタミアの言葉が耳の奥で勝手に再生されたビーレウストは頷いて答える。
「あんたに言われなくても、俺だって俺と比べる必要もなくカルニスタミアの方がずっと格好良いと思う。そりゃそうと、俺はどうすりゃあ良いんだ? その中身がたたき割られた箱を拾って……」
「中身が壊れただと!」
「あ、ああ……」
 あれだけ力一杯床に叩き付けたら、割れるだろう……そうは思ったが、ビーレウストは黙った。
「な、何で割れたんじゃ! 何故じゃあ!」
 ”そりゃ、あんたが……ああ! プネモスの野郎!”
 カレティアの忠臣プネモスはいつの間にか消えていた。
「貴様が無用に格好良かったせいで、儂は儂は! 貴様! 責任を取れぇぇぇ!」

 カルニスタミアに連絡を入れて、この王様を引き取って貰うべきか否かを考え始めたビーレウストだった。

※ ※ ※ ※ ※

「やめてー兄貴達! やめてぇ! 手前等も兄貴止めろよぉぉ!」
 服を剥かれ、全裸にされたザウディンダルが股間と胸を押さえて必死に抵抗していた。兄貴達とはデウデシオンとデ=ディキウレ以外の兄であり、手前等はシュスターク以外の弟達である。
「大丈夫だよ、ザウディンダル。コーディング用のチョコレートはアニアスが作ってきてくれたから、味は完璧だよ」
 兄弟はザウディンダルをチョコレートでコーディングして帝国宰相に ”食べて!” 贈り届けるつもりであった。
 キャッセルの言葉を受けて胸を叩いて自信満々に、
「任せなさい、ザウディンダル。お前の食欲を刺激しないように、このチョコレートは口に含まないと香りがしないように出来ているから! 唾液成分である酵素の……」
 語り出したアニアスに、
「語りは良いから、はい! 塗りましょう!」
 良い突っ込みを入れながら、バロシアンが指揮を執る。ちなみにバロシアンは既に一児の父。兄である父に孫を見せてやった彼の行動は、
「やめろよぉ! やめてぇぇ!」
 昔より ”キレ” がある。その ”キレ” は決して普通の ”キレ” ではない。
 この状況に ”……” となっている唯一のセルトニアードだが、勢いを前に口を挟めず、言われた通りに、ザウディンダルの背後に回り固定する。
《御免……でも、団長命令だから》
 近衛兵団団員ジュゼロ公爵セルトニアードは、向かい側で足首を掴んで固定している自分よりも上の位にいるバイスレムハイブ公爵アウロハニア兄の笑顔を見て、何とも言えない気分になったが、団長命令である以上従わないわけにはいかない。
「やめろよ! 近衛、職権乱用だろ! ……やめてぇ! そこは触るな! 触るな!」
 足を開かれたザウディンダルのそこに、キャッセルが笑顔で、
「これで、膣をチョココーディングできるんだって! 凄いだろ!」
 丸いチョコを人差し指と中指に二個挟み、コーディングする箇所に手を伸ばした。
「凄いけど! 凄いけど! 凄いけど、要らないよぉ!」
「大丈夫だよ、ザウディンダル。絶対に痛くないサイズだし、体に悪いことなんてない。そしてこのコーディングは体表面コーディングとは違い! なんと! デウデシオン兄の唾液でしか溶けないように細工されているのだ! もちろん味は絶品だよ!」
 他の兄弟達がアニアスに向かって一斉に拍手。

 なんたる技術と科学力の無駄遣い!

 そしてこの兄弟達、必死になるがあまりに、偶に狂ったような行動を取るがそれもまた致し方ない事。
「一個入った! もう一個入れるね!」
 空気に触れている時は固形で、膣液に触れると溶けてコーディング開始、でも体に害はない。その後はデウデシオンの唾液以外では取れないという、何とも勝手で都合の良い代物。
 ちなみに技術提供者は帝国の歴史上でも希有な天才と名高いセゼナード公爵エーダリロク、その人である。最も彼は、何に使うかなど全く興味なく技術を提供したのだが。
「いやあああ! 止めて! コーディングするんじゃねえよぉ!」
 その時デウデシオンは、廊下で拍手を聞いていた。
「通せ、タバイ」
「兄であっても通せません」
 近衛兵団団長と対峙しながら。
「お前な、それは兄であるから通せませんの間違いだろ? タバイ」
「そうも言いますが、不肖タバイ! 通しません!」
「何故そんなに必死なのだ? お前らしくもない」
「……ミスカネイアに ”義理兄もいい加減、ザウディンダルの処女を奪うべきですよ! その為に協力を求められたのなら、貴方は従うべきですよ! うだうだ言わない!” 言われたのです。妻の機嫌を損ねないためにも、私はここで全力を持って戦うしかないのです! 兄!」

 妻子持ちは大変だなあ……と思った、弟妻と弟息子と孫持ちの兄であった。

※ ※ ※ ※ ※

「すげーだろ!」
「見事だ! エーダリロク! 貴様に資金的提供した甲斐があったというものだ」
 ロヴィニアの吝嗇王ランクレイマセルシュと、その弟で未だ童貞王子の呼び名を名実ともに捨てていないエーダリロクは透明な球体を間にして話し合っていた。
 この球体に使われた物質はエーダリロクが開発したもので、どのような食品を置いても軽く拭くだけで綺麗になるというもの。
 兄王が料理の盛られた皿を、味が無くなるまで舐めとるので、それを止めさせるために開発したのだ。エーダリロクもロヴィニアなので、兄の行為が行儀悪い云々ではなく、
「無駄な力を使う必要は無い。食パン一枚あればコース料理全ての皿を綺麗にぬぐい取れる! 勿論匂いも一緒にな!」
 効率の問題だった。
 王族なのにそれで良いの? 等という質問を浴びせかけるのは野暮というものだ。
「では食器にして試してみるか! 性能を見る為にはやはり餡掛けか? フカヒレか?」
「そんなのが良いと思うぜ!」

 この技術は後の世に「セゼナード公爵エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル七つの発明」と数えられる物の一つとなる。

 あとの六つは何時か何処かでお目にかかるであろうから、それを待たれよ。

※ ※ ※ ※ ※

「何て言うの? 僕と君とアシュレートって、このタイプの回はいっつも ”まとめ” だよねえ」
 キュラは言いながらコーヒーを口に運んだ。
「……」
 カルニスタミアの友人であるアシュレートも同じ事を思いはしたが、敢えて無言のままだった。
「儂はこれで充分じゃが」
「なんで? ちっとも楽しい事がないじゃない」
 キュラの軽口に、カルニスタミアはゆっくりと頭を振り、
「平穏が一番じゃよ。下手に絡んで面倒に巻き込まれるくらいなら、これで良い。そうは思わんか……お前は思わんかアシュレート」
 殺戮の一族の血を引く知的な顔立ちの友人に声をかける。
「我も別に。純然たる争いならば参加できぬことに憤りを覚えるだろうが、これはなあ……」
 宮殿各所で繰り広げられている 《ヴァレンタインデー》 映像を観て溜息混じりに漏らした。
「面白そうじゃない? どこかに首突っ込もうよ!」
 そんな事を言うなよ……カルニスタミアがそれを言う前に連絡が入る。
「何じゃとぉ!」
 怒鳴りながら答えるカルニスタミアの背後でアシュレートとキュラは視線を交わして、走り出した。

 ”皇帝陛下が重篤です”

※ ※ ※ ※ ※

 彼等は観た、その素晴らしい拳と闘気を。
 扉ごと団長が室内に吹っ飛んで来て、振り返りその元凶を観ると立っていたのは拳を突き出している帝国宰相その人。
「さすがデウデシオン兄、強すぎですよ!」
 近衛兵団団長を叩き飛ばした男に迷いはない。
”ありがとう、兄。これだけの重傷だったら、ミスカネイアも納得してくれるはずです。……でも今回も処女を奪わないと面倒なんで、できれば……”
 普通の人間なら即死とかいうレベルなどでは到底言い表せない衝撃をくらい負傷したタバイだが、全裸で足を開かれて間に収まっている弟キャッセルを観て、もう意識を保ちたくはないな……と考えて、気を失った ”フリ” をして事の推移を見守ることにした。目を閉じていても見守る以外の言葉はないので、見守るのである。
「お前達……」
 セルトニアードに羽交い締めにされ、アウロハニアに足首を固定され、足の間にキャッセル、両脇にボウルを持ったアニアスと、膣コーディング用のチョコの並べられているバットを持ったバロシアン。周囲には刷毛とヘラを両手に持った弟達。

 揃いも揃って帝国の重鎮である。

「……仕方ないですね、セルトニアード兄。離していいですよ」
 バロシアンはそう言った後、
「全身コーディングはできませんでしたが、重要部分のコーディングは完成していますので!」
 兄達は刷毛とヘラを捨てて再び拍手をして、アニアスが取り扱い説明書をデウデシオンに渡し、キャッセルが多臓器破裂しているタバイを背負って、全員肩を組んで歌いながら歩き去った。
「弟達、育てるの失敗……」
 誰がどう見ても失敗以外の言葉を見つけられない成長を遂げた弟達だが、一人コーディングされた弟であり妹は、
「そ、そんな事ないよ!」
 必死に兄を慰める。
 全裸のザウディンダルをマントの内側で抱き締めて 《すぐ読まないと大変な事になりますよ!》 との言葉から、急いで説明書に目を通す。
 そこには ”舌を使わないと取れないよ!” なる説明が記されており、最後の方に 《催淫効果も足しておきました! 感謝なんて必要ないですよ!》 ありがたくも何ともない言葉が。
「兄貴、どうしたの?」
「……いいや、なんでもない。そのコーディングを取るか」
 自分のマントを外して包み、ソファーに座らせて自分は床に膝をついて、問題の箇所に顔を近づけると、ザウディンダルが頭を押し返そうとする。
「何をしている、ザウディンダル」
「は、恥ずかしい……」
 股開かされて ”止めろ!” とわりと男らしく叫んでいた人物と、とても同じとは思えないようなか細い声で答えた。全身を薄桜色に染めてしまったザウディンダルを可愛いと思いながら、デウデシオンは舌を這わせ、奥へとねじ込んだ。

”長兄閣下よ、今回も処女は奪いませんでしたね。皆が期待しているというのに! このことは忍び見守る事に命をかけているデ=ディキウレが、全員に正確に報告させていただきますよ! ザウディンダルは幸せそうで良かったけど”

 帝国宰相の受難はこの弟達がいる限り永遠に繰り返される。

※ ※ ※ ※ ※

 ビーレウスト=ビレネスト・マーディグレゼング・オルヴィレンダは 《自分で床にたたきつけて壊した ”自分に” 腹を立てている王様》 の前で、ずっと正座していた。
 ”儂王様の言葉を総合すると、中身がチョコレートで俺にプレゼントしようと持って来たが、俺が……格好良くて? ここは何度聞いても解らねえんだが、俺が格好良く? て腹立たしくて思わずプレゼントする予定だったチョコレートの入った箱を叩き付けてしまったと。でも俺はカルニスタミアよりは格好良くない。でも格好良いのでチョコレートを叩き付け……意味解んねえ。それで叩き壊しちまった自分が腹立たしいが、俺には正座してろと”
 カレティアはビーレウストの格好良さに照れ、照れを隠すために箱を叩き付けた。好きな相手が素敵すぎて、照れてしまうという感情がないビーレウストには、永遠に理解できないカレティアの行動を前に黙り続けるしかなかった。
「ふーふー貴様……何か儂に対し言葉はないのか?」
「……(喋って良いんすか? でも何を言えってんだよ)」

 ビーレウストの内心の言葉はもっともであるが、カレティアに通じないのもまた事実である。

「……(その箱は何ですかと言わぬか! 気の利かぬ男じゃ!)」
「……(その箱を話題にしたら、また怒り出すよな。折角収まったってのに)」
「……(早う贈り物を下さいと頭下げぬか! この傭兵王子め!)」
「……(黙って正座を続けるべきかなあ? 助けてエーダリロク!)」


 その頃エーダリロクは、
「どうよ! この拭い取り感!」
「軽く触れるだけで、これほどまでとは!」
 兄と餡の入っていない饅頭でフカヒレスープをぬぐい取っていた。


 意思の疎通が全くなっていない儂王と情夫。覚悟を決めた情夫は、叱られることを覚悟して、
「その箱ーなんですかーアルカルターヴァ公爵殿下ぁー」
 気のない言葉を発する。
「ふ、ふん! リスカートーフォンの餓鬼にくれてやるわ! 割れて粉々で滅茶苦茶だが、ありがたく受け取れ! 餓鬼!」
(質問、外してなかったんだ。良かったな、俺)
 的確な言葉を言えた事に安堵しつつ、頭を下げて両手を掲げて恭しく受け取った。”ぐしゃぐしゃ” の ”べこべこ” で少し振ると ”がさがさ” な音のするそれだが、
「ありがとうございます」
 形が崩れていても食べるのには差し支えなかろうと。
(俺が食えないのは后殿下の手料理くらいのもんだからなあ。そうか、后殿下がチョコレートっていったのは、この儂王様と同じことか。まあ、チョコレートは刻んで溶かしてただけだから失敗なんかしてねえだろうよ)

 彼、ビーレウスト=ビレネスト・マーディグレゼング・オルヴィレンダは奴隷皇后ロガを甘く見ていた。

「カレンティンシス様!」
 突然扉を開き戻って来たプネモスが 《皇帝が重篤な状態にある》 ことを告げた。
「帝国宰相は何をしておるのじゃ!」
(あんたも、他者から見たら何をしておるのじゃ! 状態だと、俺は思うなあ……)思いはすれど、口には出さず、
「理由は?」
 ビーレウストは理由を尋ねた。
「はい! なんでも皇后の作ったチョコレートが硬くて、歯が途中まで食い込んだのですが、噛みきれずに! カルニスタミア殿下が撤去作業に向かったとのことです」
 それは重篤ではない! と突っ込める人がここには居なかった。
「え?」
 報告を聞いたビーレウストは、奇妙な声を上げる。製菓用のチョコレートを使った筈の皇后が、何故に人間の頭蓋骨くらいなら簡単にかみ砕ける皇帝の顎の力を持ってしても噛みきれないチョコレートを創り上げたのか?
「何じゃとぉ! ビーレウスト! 儂を抱えて陛下の元へと連れて行け! 陛下の一大事じゃあ! この儂がはせ参じずにいられようかぁぁぁ! 奴隷皇后め! なんたる事を! カルニスタミア! 王家の威信にかけ、奴隷皇后の作ったチョコレートなんぞに負けるでないぞ!」

 王弟どころか皇帝が既に負けてる、完全敗北してるぜ……思いつつ、ビーレウストはカレンティンシスを抱えて走り出した。

※ ※ ※ ※ ※

 なんという事だ! 余が不甲斐ないあまりに、
「ナイトオリバルド様!」
 ロガに心配をかけてしまった。チョコレートすら噛み切れぬとは、不甲斐ない余だな。
「陛下!」
「はぐるぐるるあぁ」
 ”カルニスタミア” と言ったつもりなのに、何ともまあ間抜けな。自分が間抜けではないとは言わぬが、それにしても間抜けだ。
「如何……えっと皇后が作られのじゃな? 陛下! いかがなさいますか? 儂は陛下のご意志を尊重いたします」
 言いながらカルニスタミアは余の目をのぞき込んできた。
 短時間で必要なことを伝えねば、伝えねば……
「御意」
 チョコレートを口一杯にくわえている余と向かい合って、よくも笑わずに……余は自分の顔を鏡で見て笑った。笑ったが笑ったようには聞こえなかったらしく、ロガが慌ててメーバリベユに連絡をいれたのだが。
「それでは陛下のご意……」
「カルニスタミア! 貴様、陛下のお役に立っておらぬのか! テルロバールノル王家の者としてぇ!」
 カレンティンシスまで来てくれた。
 済まぬなあ、心配をかけて。余は皇帝としてまだまだだと思う。許してくれ、カレンティンシス。
「煩いわ。今陛下のご意志を伝える所じゃから、黙って聞け。ビーレウスト、兄貴を降ろすな。抱えたまま、騒いだら口を塞げ」
「解ったよ」
「貴様等、儂を誰だ……むがががが……」
 部屋に飛び込んできたビーレウストも、余の顔を見ても驚かない。みな見事な銀河帝国の家臣だ。褒めて取らせたいが、褒めて取らすべき余がこの有様ではなあ。
「良いか。陛下のご意志は、チョコレートは溶けるまで待たれるとのこと」
 噛みきれぬのならば、溶けるのを待つ。実際少しずつ溶けておる、ただ余の顎の力を持ってしても噛みきれなかったので、相当な密度を持っているようなかなか溶けぬが、それでも嬉しいので食べる。
「手を離してもいいか? カル」
「構わんぞ」
 ビーレウストがカレンティンシスの口から手を離すと、
「貴様! そんなことより、帝国宰相はどうしたのじゃあ!」
 叫びだした。
 確かに余の一大事……こんな事を一大事と言って良いのか少々疑問だが、余の一大事ということにして、帝国宰相であるデウデシオンが来ていないのは不思議な事だが、それらについては……
「私が説明させていただきます、アルカルターヴァ公爵殿下」
 メーバリベユが代わりに説明を開始する。
「理由は先日、庶子の皆様方から陛下にお願いがあったからですわ」
 余の兄弟達がデウデシオンにチョコレートを送りたいので、その日のこの時間(要するに現時点)は呼び出さないでくれという願いを聞きれたのだ。
 何をするのかは教えてくれなかったが、ザウディンダルがデウデシオンに贈る……ではなくなんか 《贈られる》 といっておったが、そこら辺は良く解らないが、とにかく二人きりにしたいことと、その下準備などもあるので呼び出さないで欲しいとの事。
 余はそれを許可した。
 勿論正式発表ではないので、カレンティンシスが知らないのは当然。
「そういう訳ですの。納得して欲しいとは申しませんが、陛下の許可にして命令によって、帝国宰相はここには今訪れることを許されていないのです」
「解った」
 憮然とした表情ではあるが、余の命令という事で何とか収めてくれた。
「メーバリベユ侯爵、君の手にあるのはエーダリロクへのプレゼント?」
「はいそうです」
 美しい包装紙に包まれた箱をメーバリベユが持っておる。
「僕たちにお裾分けになるものは作ってないの?」
「ありません。ですが味見はしていただきたいので」
 言いながらメーバリベユは箱をテーブルに置き手を叩く。そして召使い数名が、チョコレートを何種類か置いて去った。
 余はひたすらにロガが作ってくれたチョコレートを舐めておる。カルニスタミアが召使い達の目にこの格好が触れてはならぬと、前に立って壁になってくれた。ありがとう! カルニスタミア! その心遣いを無駄にすることなく、余はこのチョコレートを舐めて外すぞ!
「すごい美味しいけど、これってエーダリロクの好みとは違わない?」
「さすがキュラ様、良く解りますわね。それは后殿下と共に作った皇女殿下用のものです。一歳児用のチョコレートを使ったもので、あまった物に大人用の味付けをくわえたものです」
 デキュゼーク、お前は無事か?
 ……無事であろうな、メーバリベユとロガが一緒に作ったのであれば。
「なるほど。君って本当になんでも出来るね。でも”これ”が才能じゃなくて努力だってところが、ますます憎いね」
 キュラとカルニスタミアは余とロガとデキュゼークの警備を買って出てくれた。カルニスタミアに ”デウデシオンに戻ってこなくても良いからなと伝えてくれ” と熱い視線……というか精神感応で伝え、連絡して貰った。
 これで心置きなく余はロガの作ってくれたチョコレートと向き合える! 視線は下に移動しなくてはならないが、向き合っているのだ。
 メーバリベユは約束しているエーダリロクの元に。
 最近は仲良くなったようで、時間を決めて会ったりはするらしい。あと一息だ! 頑張れエーダリロク。
「デファイノス伯爵さん」
 ロガがカレンティンシスを担いでいるビーレウストに近寄って、
「あの! やっぱりお菓子の作り方……そのチョコレートの作り方教えてください!」
 ビーレウストの表情が曖昧だがどうしたのだろう?
「あ、はい。畏まりました……また後日ってことでお願いしてもいいですか? 今日はちょっとヒステリーな儂王が……じゃなくて忙しいので」
 ビーレウストから降りたカレンティンシスは、降ろされた直後にビーレウストの足の甲をこれでもか! と言う程踏みつけておったのだが、何かあったのか?
 正式な愛人として認めてやったのだが……正式な愛人だからか?
 憤懣やるかたない表情でビーレウストを従えて去っていった二人を見送り、
「それでは我も」
「ふゅろーふぉかふぇたふぁ、あふれふゅと」(苦労をかけたな、アシュレート)
「苦労などと言いなさるな。我は何時いかなる時でもはせ参じます故に」
 賢帝に瓜二つの知的な面立ちの男だが……妙に沈んでいたような。あれ? ここに来た時は普通だったような?
「ナイトオリバルド様」
「ふぉが」(ロガ)
 手を伸ばすとロガが近付いてきたので抱き締めて、
「ふぁってふぉれ。ふぉおふぉべてふぉはへて」(待っておれ、余の全てをかけて)
「ナイトオリバルド様、なにも言わなくて良いです」
 そうか、そうなのか。余はロガを抱き締めて……まあ、これはこれで楽しいな。ロガは退屈ではないだろうか? と思ったのだが、いつの間にか胸の上で眠ってしまった。妊娠中だというのに心配かけたなあ。いや、妊娠中でなくとも心配はかけたくないし、かけないつもりだが……何時もかけておる。
「ふはいなひ」(不甲斐ない)

※ ※ ※ ※ ※

 デウデシオンとザウディンダルの所から退出した、迷惑きわまりない兄弟達は、
「よお、キャッセル」
「どうした? シベルハム。そんな物持って」
 アジェ伯爵シベルハム。
 ”人を殴るのに適した金属棒” を数本担いでいた。
「今日は撲殺記念日らしいから、これからザセリアバと一緒に撲殺する」

 何を? 

 と聞いてはいけないのは、誰もが知っている。先ほど、デウデシオンとザウディンダルにとんでもないことをしていた兄弟達であっても。
 最も彼等は真面目に ”愛の育みの手助け” をしているつもりなので、こんな撲殺大会と並べられては不本意だろうが。
「へー楽しそうだなあ。私も参加していいか? シベルハム」
「構わないぞ。ビーレウストは某ヒステリー王様のご機嫌伺いで来られないし、アシュレートのヤツはあんまりこの手の事は好まない……どうした? アシュレート」
 向こう側から、人殺しますといった雰囲気で近付いてきたアシュレートは、無言のままシベルハムの撲殺用金属棒を二本奪うとそのまま会場へと走っていった。
「どうしたんだ?」
「でも早くしないと、全部撲殺されちゃうかも知れないよ?」
「急ぐか」
「じゃあな、お前達」
 兄弟を残し、キャッセルはシベルハムと共に去っていった。タバイを担いだまま。

「タバイ兄、大丈夫かなあ……」

 言うだけで誰も助けようとはせず、そのまま ”本日は解散!” となった。

※ ※ ※ ※ ※

 無言で撲殺し続けるアシュレート。
「……」
 ぼこ、ぼこ、ぼこ、ぼこ……
 何かの恨みを晴らすかのように殴り続けるアシュレート。
「……」
 ごき、ごき、ごき、ごき……
「今日のアシュレートはひと味違うな」
 金属棒を担ぎながら、驚いたように見つめるザセリアバと、
「何か嫌なことがあったのかもな」
 頭部をかち割りながら、会話を続けるシベルハム。
 そこから少し離れた所で、
「兄さん、離してよ! 離してって!」
「止めないか! キャッセル」
「早く撲殺しないと、全部アシュレートが撲殺してしまいますよ! ほら、兄さんも私を羽交い締めしている場合じゃなくて! 撲殺を楽しみましょう!」
「楽しめるかっー!」
 兄弟が楽しく騒いでおられました。
「……」
 ごつ、ごつ、ごきょ。ごつ、ごつ、ごき。

※ ※ ※ ※ ※

 愛しい女性が無類の料理下手だったり(下手というより破壊的)
「所でカルニスタミア」
 愛しい女性が他の男と仲良くなっていたり(仲良いというより夫婦)
「何だ? キュラ」
 弟達が馬鹿だったり(頭は良い)
「はい、僕からのチョコレート」
 凶悪なコーディングされたり、それを取り除く使命を勝手に背負わされたり(これは楽しい)
「実は儂も用意させておった」
 突然怒り出した王様の前で、再度正座するハメになった王子とか(ヒステリーと皇帝の前で漏らしたために、儂王様による王子の心得説教タイム)
「わあ、嬉しいな。あれ? 贈り物もあるの」
 何時もと変わらず兄王と皿についたソースをいかに上手く拭うかに命をかけている王子とか(兄王はこれから愛人二千人に囲まれて遊ぶ予定)
「ああ。気に入って貰えるものは用意した」
 撲殺を繰り広げる王族とか(言うまでもなく何時もの事だ)
「そういう自信満々な所が好きだなあ」
 多種多様な過ごし方のある、帝国のヴァレンテインデー。

《終》