Valentine−23

1.帝国には宗教から派生した行事はありません。これはあくまでも、イベントでパラレルにも似た物ですので、話が続いたり発展したりすることはありません



 真性変態皇帝として過去(2008A.D〜)に名高いサウダライト帝。
 彼はグラディウスとチョコレート風呂で過ごしたいと、当たり前のように思った。運の悪いことに彼にはそれを成す財力と権力があるので、当然ながら命じた。
 寵妃時代では知られたら叱られるが、既に帝后であり二人の子を産ませた後なので、知られたところで……
「何考えてるんですか! あの二人は帝国の監視と貴方の胯間が緩かったせいで作られてしまった、いわば我々の罪であり、帝后に対して謝罪しなくてはならない事態の結果なのですよ!」
 余計に叱られる事になっている。
 必要のない所で気持ち悪い感じに頑張るサウダライトは、息子に白々しく言う。
「いや、大丈夫。手出さないか……」
 そこまで言った所で、息子に襟を掴まれて掴み上げられた。
 彼は皇帝であり、息子は家臣であり、周囲には多数の人がいるのだが、誰も助けようとはしない。
「巫山戯るなエロオヤジ。過去に何度それを言った。そしてそれを信じた僕がどんな目にあったか、忘れたとは言わせない! 思い出させてやるぞ!」
 グラディウスが一人目を妊娠した時、父親に騙されていた事を知り涙を流し、二人目を妊娠した時、その節操無さにぶち切れて暴言と暴行に走った。
「まあ、落ちつけ、白鳥」
「白鳥言うな! 中年オヤジに白鳥言われる筋合いはないぃ!」
 そんな彼は周囲から ”好きにさせてやれ” と言われている 《白鳥》 なのだ(白鳥言わないで下さい)
 皇帝を締め上げて、マルティルディに注意をしてもらおうと報告すると、彼女は命じた。
「チョコレート風呂、用意してやろうじゃないか。僕の下僕にして、皇帝の下半身を取り締まる君、その名も白鳥よ、頑張りたまえ」
 マルティルディの命令を聞いて、最高潮にして絶不調に嫌だったのだが、白鳥……ではなくザイオンレヴィに拒否できる権利も自由もないので従った。

※ ※ ※ ※ ※

 さて中年オヤジ……ではなくて皇帝サウダライトの前に広がるのはチョコレート風呂。ただし、
「ホワイトチョコレートか」
 サウダライトはグラディウスの肌によく似た褐色のチョコレート風呂が希望だったのだが、用意されたのは白。
「皇帝らしく白にしました」
 娘であるクライネルロテアの冷たい声を聞きながら、周囲を見回す。
「グレス(グラディウスの愛称)はどうした?」
「帝后は風呂の中だと聞きました。酸素ボンベをくわえさせて、足に重りを付けて沈めたそうです。早く救出しろとマルティルディ殿下からのご命令です。勿論今回のことも、マルティルディ殿下のご意志ですので」
「えっ!」
 褐色のチョコレートに白い髪が浮いてきたら見つけるのも楽だが、白いチョコレートに白い髪は見分けるのも大変。
「ま、待て!」
 チョコレートの匂いが充満している部屋から立ち去ろうとしている娘に協力を要請しようと呼び止めるも、
「早く探してきて下さい。協力者はなしで発見しろとの事です。マルティルディ殿下からのご命令ですから」
 返事は冷たいものであった。
 父親が至尊の座について子供を騙して孕ませた上に、チョコレート風呂で遊びたいとほざいていたと聞かされれば、真っ当な神経をしている子供ならば冷たくて当然だろう。
 サウダライトは服も靴も脱がずにホワイトチョコレート風呂へと入り、足下に注意しながら進んだ。

※ ※ ※ ※ ※

「ダグリオライゼは僕の事を何だと思っているんだろう」
 おっさんことサウダライトが必死に ”チョコレート風呂に沈められたグラディウス” を探している映像を見ながらマルティルディは、
「どうしたの? ほぇほぇでぃ様」
 グラディウスを隣に置いて菓子を与えて楽しんでいた。
「小僧にとって貴様は恐ろしい女なのだろうよ。娘の言葉を無条件で信じる程にな」
 グラディウスを挟んだ隣にはデルシ=デベルシュ。
 二人に挟まれたら普通の人間は恐れるが、グラディウスは幸せだった。一緒に ”おっさんの探検物語(そのように教えられた)” を観ながら、優しいでかいおきしゃきしゃまと、ほぇほぇでぃ様に囲まれて、テーブルの上には総チョコレートで作られたお城。
 勿論食べるのが勿体ないというグラディウスのために、味が良く素っ気ない物も多数用意して。
 グラディウスはチョコレートのテーブルやカーテンに触って、少し溶けたのを舐めて大喜び。とても二児の母親とは思えないし、誰も思わない。
 ちなみにここにイレスルキュランとルグリラドがいないのは、くじ引きで負けて子守り担当になった為だ。
「おっさん、宝物はやく見つけてくれたら良いなあ」
 グラディウスは 《ダグリオライゼが白い沼から宝物を見つけてグラディウスの元へとやってくる》 と聞かされているので、今か今かと楽しみに待っている。
 まさか顔色を失いながら、沈んでいる筈の自分を探しているとは思ってもいない。

 普通なら ”沈めた” と言われた時点で ”嘘だろ” と言いそうな所だが、相手が相手なので、サウダライトはかなり本気だった。

「おっさんの分!」
 もぎもぎとチョコレートを笑顔で食べていたグラディウスは、半分より多く残してチョコレートを皿に置いた。まだ食べたそうな顔をしているのだが、グラディウスは意外と頑固で、例えマルティルディに、新しいのを用意してやるから食べてしまっても良いと言われても、絶対にサウダライトの分だけは取っておく。
 何度か言って、決して聞き入れないことをを知っているので二人ともなにも言わず、グラディウスの指紋が残っている、見た目あまり良くないチョコレートを見て微笑んで、再び視線を上げてサウダライトが焦っている様を見て、頬を引きつらせて恐ろしい笑顔を作って声を出さずに心底嘲笑っていた。

※ ※ ※ ※ ※

 サウダライトはかなり焦っていた。彼の頭の中に 《グラディウスが沈んでいない》 という考えは絶無。
 《マルティルディ様なら確実に沈めている。グレスも ”楽しいことだよ” とマルティルディ様に言われたら何の疑いもなく足に重りを付けられて沈められてしまう。騙されやすい子だからなあ》
 最もグラディウスを騙している男の言葉には ”テメエ鏡に向かって言ってみやがれ!” と誰もが叫びたくなる変な重みがある。
 顔を水面ならぬチョコレート面につけて液体の中を探ってみることを何度か繰り返すと、白い ”ふよふよ” した物を見つけた。
 顔を上げて髭などについたチョコレートを舐めながら、急いで進み手を入れて ”感触” に喜び、急いで引き上げた。
「グレス!」
「ではない!」
 サウダライトの手の中にいたのは、ザイオンレヴィ。
 息子と認識すると驚きを隠せないまま、息子の全身を見て 《おいおい》 そんな言葉が聞こえてきそうな表情を作り、顔を背けて口の周りのチョコレートを吐き捨てた。
「息子が混ざったチョコレートなんぞ」
 二十二歳の息子が全裸で沈んでいたチョコレートなど、普通の父親なら進んで口にしたくはないだろう。
「貴様の愚かな提案のせいで、全裸で潜むことになったんだぞ!」
 それも息子、全裸。幾ら綺麗でも実の息子の上に、やっぱり全裸。
 ”クライネルロテアだったら平気だったんだけどなあ。やっぱり息子より娘だよなあ、性格がきつくたって、美人じゃなくても、実の娘でもとにかく女だったら、飲んでも平気だなあ”
 口に出していたら、変態皇帝の面目躍如と共に双子の兄である全裸にホワイトチョコレートまみれのザイオンレヴィが、間違い無く殺害するような事を考えながら、
「グレスは沈められていないのか?」
 最も大切な事を尋ねた。
「そこまで非道な方ではない。というか、普通に考えたらあんたが沈められて、帝后に ”探してごらん” と言うに決まっているだろうが」
「言われてみれば」
 チョコレートで濡れた髭を撫でながら、息子の言葉に ”うんうん” と頷く。
「それで、私はどうしたら良いのだ?」
「マルティルディ殿下の命令では、帝后には ”おっさんは宝探し” をしている事になっているらしい」
「宝ね。それは何処にあるのだ?」
「僕だ」
「全裸の息子がか……あー迷惑かけたな」
「体を洗って服を着たらどうだ? ザイオンレヴィ」
「全裸にチョコレートまみれで戻ってこいとのご命令ですから」
 主語はないが相手が誰なのか、誰でも理解できるというものだ。
 サウダライトはブルーになりながら、全裸の息子はもっとブルーになりながらグラディウスの元へと向かった。
「おっさん! 宝物見つけたんだね! おめでとう!」
 グラディウスの笑顔を見て ”ほっ” としたのもつかの間、
「随分と必死で探していたが、まさか僕がそんな非道な事をすると本気で思っていたのかい?」
 マルティルディと、
「小僧らしいな」
 デルシ=デベルシュ。
「あ、いいえ……その……」
 答えに窮しているサウダライトに、
「あてし、隣の部屋で待ってるからね!」
 いつの間にか部屋を出ようとしているグラディウス。この場からグラディウスが居なくなったら、自分は殺される! と恐怖に震えるも、
「う、うん。あとでね……」
 扉の向こう側にいた、我が子を抱いたイレスルキュランとルグリラドの視線に何も言うことができなかった。
「さてと。じゃあダグリオライゼ、君はザイオンレヴィのチョコレートをくまなく舐め取りな」
 息子と父親、どちらがダメージが大きいのか悩むような命令が下された。
「お待ちください! マルティルディ様! な、なんで息子の」
 ”娘だったら大丈夫なんだけどなあ” という内心が誰にも聞こえなかったのは幸いだっただろう。最も幸いだったのは、娘に違いない。これ以上父親を嫌いにならずに済むのだから。
 とは言うものの、最早父親に対する 《嫌悪》 はかなりの危険ゾーンに到達している。
「私とあんたの罰でしょうがあ! 人が熱出して休んでた時に ”また” 帝后に避妊もせずにやったんだってな!」
 ザイオンレヴィはこの中年皇帝の逸脱っぷりに半月前に熱を出して倒れて休んでいた。
「え? あ……まさか……」
 思い当たる節のあるサウダライトは半歩後退する。
「御目出度う。第三子は初の皇女だよ。ははは、僕もとっても嬉しいよ」
 息子が熱でぶっ倒れている最中に、また手をだしてさっくりと妊娠させていた。
「皇女には近寄るなよ。貴様の事だ、娘と言えども手を出しかねんからなあ」
 マルティルディの冷たい声と、デルシ=デベルシュの嘲る声を聞きながら息子に視線を向ける。
「警備を休んだ僕が馬鹿だった。さあ、しゃぶれよ。死ねよ、僕も死んでやる」
 チョコレートに濡れた息子は凄絶に美しいと評しても良い。だがどれ程美しくともサウダライトとしては ”ちんちん” 付いているので嫌いで仕方ない。だがしかし! そうは言っていられないことは身をもって、いや! 本能で知っている。しないと二人とも間違い無く殺されるのは間違い無い。
「早く全部舐めろよ」
「いやだなあ、息子の……ぐぇ……」
「僕だって、変態オヤジに舐められるかと思うと気持ちわ……ごふっ!」
 こうしてサイダライトのチョコレート風呂の野望は、マルティルディとデルシ=デベルシュに監視されながら最悪な結末を迎えていた。

※ ※ ※ ※ ※

「あてし、今度お姫様産むんだ! おっさんも喜んでくれるだろうなあ。おっさん女の子も欲しいって言ってたから」
 グラディウスを囲んで話を聞いていたイレスルキュランとルグリラドは、まだ見ぬ皇女の事を考えて早急に婚約者を決めてやるべきだと決意を固めていた。
《宮殿から早く出して王宮に輿入れさせないとな……でも早すぎるとグレスが悲しむだろうし》
「難しい所じゃな」

 仲の良くない皇妃と帝妃だが、これに関しては意見も息も絶妙に合う二人だった。 


《終》



 ちなみにこの時生まれた第一皇女はマルティルディに姿形も性格も瓜二つだったので、彼女が幼い頃から誰もが ”その姿と言動” に安堵した。そして皆の予想通りサウダライトはこの娘が怖くて頭が上がらなかった。

 彼女は母親の良き番犬となったと言う。もちろん敵は父親である。



2.この話に出てくる未来に関係する質問は、一切受け付けません。本編に出て来るまでお待ち下さい