大天使・2
 我の実弟のダバイセスはエーダリロクの側近になっている。
 王太子の下に別の国の王子がつくのは特段珍しいことじゃない。エーダリロクは王子で、我やダバイセスは公子。父親が『王』にならないで死んだからな。
「ルームサービスをお持ちしました」
 ワゴンを押してきたのは、
「おっ! リオンテ」
 エーダリロクの側近のもう一人、リオンテ・フィレンギラは平民出の女だ。
 貧民町生まれの貧民町育ち。そのうち密猟が金になることを知り密猟を始めて、正式な狩猟者であるエーダリロクと鉢合わせ。『お前が密猟したものは、最終的に俺のところにくるんだから、俺に仕えればいい』という事で部下にした。
「はい、どうぞ。あーんしてください」
「一々言わなくても」
「あら? 食べなくてもよろしいのですか?」
「あーんします! あーんします!」

リオンテはシーゼルバイアのヤツと関係がある。

 シーゼルバイアはエーダリロクの異母兄。リオンテのことは “言う事を聞く手駒” のつもりで肉体関係を結んだ。女は深い仲になれば、男の言うなりになると信じているからな。
 リオンテがシーゼルバイアと関係を結んだのは “相手は誰でも良かった” からだ。本人はそれに気付いちゃいねえ “どちらも” な。リオンテが好きなのは、今奥様の手で口に料理を運ばれている、
「はい次はコーンスープですよ。熱いから気をつけてください」
「あのなあ、肉もっと追加してくれねえか?」
「いきなりそんなに食べて大丈夫なのですか? ほぼ一日、絶食状態だったんですよ?」
「平気だから、肉くれぇ!」
 ロヴィニア第三子・エーダリロク。
 シーゼルバイアは知らないらしいが。
 リオンテは自分の体に精子を注ぎ込む男より、部下以上としては決して見ない童貞王子様の方が好きだ。シーゼルバイアがどれ程 “もてあそんで、離れられない体にしてやった” と思っても、
「ケバブの盛り合わせなどいかがでしょうか?」
「あっ! それ頼む、リオンテ。それとさ、メーバ……ナサニエルパウダ」
「何でしょうか?」
「あんたも好きな物注文しろよ、パーティーじゃあ食ってる暇もなかったみたいだし。リオンテも好きなもん注文しろ。どーせ此処の料金は俺が支払うことになってんだろうから、盛大に頼め」
「ありがとうございます」
 貧民町から救い上げてくれた王子から心が離れることはない。
 エーダリロクと一緒に爬虫類を探しにいったり、信頼が篤くて爬虫類の飼育を任されていたり、本人はそれに責任感以上のものを持っている。シーゼルバイアが考えたような “牝” にはならなかった。
 “学もない生まれも卑しい平民だから、すぐに肉欲に溺れて言いなりになる” 
「では私、取りに行ってまいります」
 口に出したことはないらしいが、ビーレウストに覗き込まれてばれた。
 我の年下の叔父は脳内に第三の目を持っているせいで、情報の受信量と収集速度、その分析能力がシーゼルバイアの比ではない。
 “最初は無理矢理だったみてえだが、リオンテの方もそう抵抗はしてなかった。だから勘違いしたんじゃねえか? どうも自分のセックスに必要以上の自信を持ってやがるらしい。あの女が好きなのはエーダリロクだってのに。”
 そう言ってせせら笑った。
 “牝にして何をする気なんだ?”
 “そこまでは見えなかったな。なんだ? 気になるのか? それだったら、アイツを殴って白目むかせて覗いてやるぜ”
 “最終段階になったら頼む”
「エーダリロク」
「何だ? アシュレート」
「拘束を外すが大人しくしてろよ」
「え、良いのか?」
「そろそろ下にもくるだろ? それとも奥様に下の処理もしてもらうか? 奥様としちゃあソッチの方が良いか」
「大でも小でも喜んで片付けさせていただきますわ」
「逃げないから外してくれぇ!」
 エーダリロクの拘束を外して、腰の部分に銃を二丁ねじ込む。エーダリロクはそれに手を伸ばし確りと握った。
「はい、次は水餃子ですよ」
 手首を回してグリップを確認し、トリガーに指をかける。
「はむ……次はカジキが」
「解りました」

 これで大丈夫だな。

「リオンテ、料理を取りに行くのに付き合おう」
「ジュシス公爵殿下をそのような」
「新婚夫婦の惚気にこれ以上あてられたくないんで」
 言いながら俺はリオンテを連れて部屋を後にした。
 無言で廊下を歩き、エレベーターに入る。
「公爵殿下」
「整っている」
 シーゼルバイアの野郎、ロヴィニア僭主ジュカテイアス一派と手組みやがった。ジュカテイアス一派には皇位を、そして先王の庶子のシーゼルバイアにはロヴィニア王位を。
 何人 “これ” で死ぬハメになったか、知らないわけじゃねだろうに。
 シーゼルバイア本人は異母にあたる現ロヴィニア王ランクレイマセルシュよりも自分の方が才能あると思っているようだが……。
 なあ、シーゼルバイア?
「公爵殿下、到着しました」
「そうか」
 お前が本当にランクレイマセルシュよりも才能があったなら、先代ロヴィニア王はお前を生かしちゃいねえよ。
 あくまでも王妃との間にできた長子を後継者に添えることを前提に、先代ロヴィニア王は遊び歩いてたんだ。
 それが前提にあるから、王妃も我慢したんだ。王は約束をしたら必ず守るもんだ、その相手が王妃ならなおのこと。

 “政治などに興味を一切持たないエーダリロクはロヴィニア王族とは思えない”

 そうだろうさ、先代は兄ランクレイマセルシュに匹敵する能力を持つ末子エーダリロクが、皇帝の外戚になって勢力を取り戻し始めた王国を弱体化させるほどの内乱を仕掛けないようにする為に、多数あった才能の一つを伸ばし、政治とは別方向に進ませたんだからよ。
 本当に脅威になるような愛人の子がいたら、容赦なく殺すさ。それがロヴィニアだ。
 シーゼルバイア、お前の方がよほどロヴィニアらしくはない。
 政治的才能を見せて王が殺さない程度、殺意を抱かれない程度ってのは、ロヴィニアじゃあ大したことねえ。

 兄弟が馬鹿らしい≪結婚しなさいごっこ≫してるって言ってるが、あの二人が本気になったら不味いんだよ。

 お前は才能はあった、そして自信を持つのもいい。
 ロヴィニア王よりも自分の方が才能があると思い込むのも自由だ。勘違いをおかしな行動に移さなければの範囲で。
 お前は自分が才能はあるが生まれがちょっとだけ恵まれなかったから、僭主と手を組んで王位を得るつもりになったらしいが……まあ、お前が死んでも帝国も王国も何の損害を受けないから≪囮≫にして殺しちまうそうだ。
 吹き抜けのホテルのロビーで座って襲撃者を待つ。被害は最小限に抑えられるだろう。
「それにしても、公爵殿下自らお出でになるとは」
「血なまぐさいことは好きだからさ」
 腰をかけ向かいにいる女の顔に、追い討ちかもしれない言葉をかける。
「お前、裏切るか」
「……何を、仰られているのかわかりません」
「セゼナード公爵妃が死ねば、また今までどおりの生活が戻ってくるな。それを望んでるのかって聞いてんだよ」
 コーヒーカップを持っている手が僅かに震え、カップをソーサーに戻して顔を上げないままリオンテは続ける。
「王子は何時か結婚なさる身ですし、その相手が私ではないことくらい理解しています……あの人が死んでも、また新しい人が来るだけです。今あの人を殺せば王子を軽んじるあの男が喜ぶだけですから」

 上階から響く轟音。きたか……

「予定通りに展開せよ」
 指示を出してから目の前にあるコーヒーを飲む。我が出る必要はない、エーダリロクが全てを上手く片付けるだろう。
 銃撃音と叫び声の中、
「……」
 リオンテはシーゼルバイアの協力者の名を口にした
「そうか……」

 悲しいなどという感覚はない。吹き抜けのシャンデリアを見上げる。

 妻を抱きかかえ、シャンデリアを壊しながら飛び降りてきたエーダリロクの姿が目の飛び込んでくる。無数の光の乱反射は、あの男の背中に翼が生えているように錯覚させた。
 いや、錯覚じゃない。エーダリロクは原型が “大天使” だったな。


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