王子と幼女・6 − 少年残像≪前編≫

 謝りはしないが仲直りはするべきだろうな。
 お互いの生死観は歩み寄れなくても、それ以外は何とかできるはずだ。もっと色々互いのことを知ってから、冷静になって相手の考えを受け止めるようになれるまで……要するに成長しろってことだ、俺が。
 宮殿に戻り、急いで後宮の帝君宮へと急いだ。
 ビーレウストが何時もいる薔薇に覆われている室内に足を踏み入れたら、そこはもう薔薇はなかった。
 ああそうだ……此処の主は死んだから、内装とか取っ払われちまうんだった。じゃあビーレウストは何処に行ったんだろ?
 エヴェドリット領に戻ったのか?
「俺のばか……」
 何時までも同じところに人は居ることはないんだっての……
「おやおや、ゼフォンじゃないか。お帰り。ところで、こんなところで何をしているのだ?」
 突然の声に驚いて振り返ると、そこには皇君が立っていた。
「あ、皇君。あの! ビーレウストはエヴェドリット領に戻ったんですか?」
 やたら早口で尋ねると、皇君は自分の顎鬚を撫でながら笑いを浮かべて、
「ゼフォンとアマデウスは似ているねえ」
 ゼフォンは俺のことでアマデウスはビーレウストのことな。詩人の皇君は人に変わった愛称つけるの大好きだからな。
 ちなみにアマデウスってのは[神に愛される]って意味で、皇君が一番仲が良かった帝君がビーレウストを可愛がっていたからその名をつけたんだそうだ。皇君、昔の神とか好きらしい。俺は個人的に好きじゃない、アグディスティスも神話とやらから拝借して付けられているから……あくまでも個人的なことだけど。
「何がですか?」
「ビーレウストは君の帰宅が待ち遠しくて、君が帰ってくると報告を入れた日からずっと帝婿宮で君の帰りを待っているよ。到着の報告は届いたのに君が来なくて心中穏やかじゃないだろうねえ。早く迎えにいってあげなさい」
「はっ! はい」
 そう言って駆け出そうとしたんだが、俺はどうしても確かめたいことがあった。
「皇君、少々お聞きしたいのですが……」
 優美に笑みを浮かべている皇君に “尋ね” そして、
「君は賢いねえ。その通りだよ」
 “肯定” が返って来た。
「それじゃ!」
 その事に関して皇君は口止めも何もしなかったが、言いふらすつもりもなかった。言う必要もないし、言わなくていいことだからだ。
 急いで帝婿宮へと向かっていたら、向こう側から駆けてきたビーレウスト。
「ただいま! ビーレウスト!」
 さあ! 俺何ていえば良いかなあ……
「みてくれよ! ほら、シャッケンバッハ! 色といい艶といい宇宙一の美人だろう?」
 ビーレウストの前に亀だしたら、少し驚いた顔をして……で、何時もみたいに笑った。
「俺には美人かどうか見極められねえよ。で、おかえりエーダリロク」
 何時ものように笑った。
「そんな事ねえよ、良く見れば解るって! ほら、この首筋がさあ、あ! 頭しまっちゃダメだって、シャッケンバッハ!」
「いや、亀は頭触ると甲羅に隠れるもんだろう?」
「聞いてくれよ、俺がこの亀を手に入れるのにどれほど苦労したのか。実はさ、この亀最初に……どうした?」
 語りだしたら突然不機嫌ってか、変な顔になった。
 どうしたんだと重ねて尋ねると、頬膨らませて
「楽しかったか……」
 いや何が? 頬を膨らませて視線合わせないで “楽しかったか?” 聞かれても困る。
「何怒ってるんだよ」
「いや……すごく楽しそうだったらしいから。なんかさ、新しい友達も出来ていっぱい遊んでるって帝婿が言ってたからさ」
 手に乗っているシャッケンバッハに心で聞くが、もしかしたらビーレウストは俺が侯女と一緒に遊んでいたことに嫉妬しているのだろうか?
 嫉妬でいいのかな? 嫉妬って男女に関係する言葉だよな? 侯女に関して嫉妬しているのなら、ビーレウストは男で侯女は女だから……嫉妬でいいのかな?
「なあビーレウスト。確かに俺、遊んでたけど……もしかしなくても嫉妬か?」
 怒るかなあ? とは思ったんだよ。思ったんだけどさ、肩にトンッと額を押し付けて、小さな声で “うん” と言った。
「帝婿が、そいつと仲良くなってもしかしたら宮殿につれてきて一緒に住むかもしれないって言われて……ただの俺の我侭なんだけどな……そんな仲いいのが居ると思ったらさ……」
 確かに叔父貴に “関係を持つのは止めないけれど、処女奪ったら責任とって宮殿に連れて来るんだよ。万が一ということがあるからね。今エーダリロクの私生活に関しては私が全責任をおっているのだから” とは言われていたけど、七歳には手を出そうとは思わない。でも七歳で妊娠ってことはあるらしい。
 いや、十七歳だろうが二十七歳だろうが手を出す気はなかったけど。
「そんな事ねえよ。……じゃ、シャッケンバッハを見つけた経緯は教えないし、俺も忘れる。それで今度一緒何処かに行こうな! ビーレウスト」
「おう!」
 この話はそれで終わり、二度と話題に出すことはなかった。叔父貴には詳細を話したけれど。

*********

 皇君と皇婿と帝婿は陛下の誕生式典が一段落した後、三人でのんびりと食事をしていた。
 エーダリロクの詳細を聞いた後、皇君がふと
「そう言えば、アマデウスに亀の子は “女の子” だと話したのかね?」
 口にした。
 皇婿と帝婿は互いに顔を見合わせて、直ぐに両者とも首を振る。
「ただの友達と言ったけれども。関係も持っていないので性別語る必要もないかと思ったのだが」
 帝婿の言葉に、皇婿が、
「でも話を聞くと、どうもビーレウストはエーダリロクの友達=男と勘違いしているようだが? 普通に考えて異性ならあそこまで嫉妬しなかったと思うのだが」
 恐らく “そうだろう” という意見を述べる。
「男の友達を宮殿に伴ってくるのがいやだったのではないかな? と我輩も今になって思っておる。ビーレウストはエーダリロクの妃に対しては寛大だろうから、あの嫉妬振りからして同性の友達と勘違いしているのではないかとな」
 皇君の言葉に、帝婿も頷き、
「ああ、宮殿に連れて来て一緒に住むという言葉が “結婚” に至らなかったわけか。妃と友達は違うだろうね。でも一々性別を教える必要もないしね」
 と笑いながらパンをちぎって口に運ぶ。
「大人びているけれども、まだ子どもらしいところがあるね。で、とうの二人は何処に行ったのかね?」
 皇婿はワインを口に運びながら、後宮を壊して遊ぶ二人が見えないことを帝婿に尋ねる。
「二人でエヴェドリット王領に顔を出しにいったよ、その帰りに遊んでくるらしい。そうそう皇君、ビーレウストの養育を継続して帝国側で行うことに関しての許可は下りたか? 帝君が遺書を残していたとはいえ、あれはかなりの “兵器” だ。エヴェドリット側ではそろそろ引き取って完全な兵器にしたいところであろう」
 皇君は顎鬚を触りながら、何とかなりそうだと笑って告げた。

*********

「なあ、ビーレウスト」
「何だ、エーダリロク」
「あのさ、セックスの時に言う違う穴って何か解る?」
「お前、誰とそこまで?! え? もしかして……」
「いや、してないしてない」

 ビーレウストはずっと男と勘違いしていた


王子と幼女 − 少年残像≪前編≫−終


Novel Indexnextback

Copyright © Iori Rikudou All rights reserved.