王子と幼女・4 − 少年残像≪前編≫

 侯女と夕食を囲みながらビーレウストの説明をした。
 “だってビーレウストばっかり言ってるんだもん! なんか思わせぶりでイヤ! ”
 たしかに俺も[ビーレウスト、ビーレウスト]言い過ぎている気はしたよ。確かにイライラするだろう、特に侯女だけが知らない相手だからな。シーゼルバイアもリオンテも知っている相手だし、特にシーゼルバイアはビーレウストと精神感応が開通しているからなあ。
 シーゼルバイアの母親とビーレウストの母親の系統で開通したんだよ。……そりゃ良いとして、
「ふ〜ん。先頃お隠れになられた前帝君の弟君……イデスア公爵のことなんだ」
「そうそう」
「じゃあ最初からイデスア公爵ビレウラス=ビレウラントって教えてくれればいいのに」
「まあなあ。そういったことで俺は宮殿を出てきたんだよ。謝る気はないけれど、仲直りはしたい……まあ戻る間に上手く理由は考えるつもりだけどさあ」
 何か侯女が睨んでいるような、睨んではいないか?
 言いたさそうな表情でコッチを見ている。
「なんだよ」
「寂しいとおもうよ。私もお父様がいなくなってとっても寂しかったもの……でもさあ、あの女喜んでて……素直に寂しいとか悲しいとか言えなくて……ああ! 思い出してもイヤ! お父様の死を汚したっていうか、最低!」
 そりゃそれで大変だなあ。
 娘の前くらい悲しんでる素振り見せりゃあいいのによ。
 それを言ったらビーレウストも同じか、俺の前で帝君の死を悲しんで見せてくれていたら……ああ、今と同じだな。むしろもっと怒ったかも知れねえな。
「侯女の父の死を貶めた、だな」
「そう、それ!」
 興奮して立ち上がって叫ぶ。気持ちは良く解る、だが、
「でもよ、侯女。上っ面で悲しまれた方がイヤじゃねえ? 泣いてみせて影で笑ってた方が、俺は嫌だな。そんな姿みたら、俺は間違いなく殺す。その相手が俺にとって大事だったらだけどよ」
 そう言ったら力が抜けて “ペタン” と座り込んだ。
「そうかも、知れない。お父様も、そんな女に表面だけでも悲しんでもらいたくは無かったかもしれない……でも、私が悲しんでいる時できれば傍に居てほしかったなあ。お祖母様は傍にいてくれたけれど」
 やっぱり傍に居るべきだったのかなあ。
 ……実際問題として、帝君の葬礼に参列しなけりゃならない立場だった訳だから、宮殿を飛び出したのは軽率かつ責任放棄というか……その、なあ。
 喪主はビーレウストの実兄シベルハムだったけど、シベルハムは帝君とは交渉なかったからな。何か問題があったわけじゃなくて、シベルハムはアジェ伯爵の跡を継がせると前王に幼少期から送り込まれてたから全くの没交渉だ。
 後宮にゃあ他の三人の前帝の夫もいるし、何より陛下が気にかけてくださったから帝国宰相が上手くとりなしてくれただろうが……やっぱり傍に居るべきだったんだろうな。
 何も出来はしないけれど。……何も出来ないのがイヤだったのかもしれないなあ。何か出来たら、いや何も出来なくとも傍にいることはできたはずだ。
「侯女の祖母ってことはメーバリベユ侯爵か、侯爵は傍にいてくれたのか?」
「うん。何時も厳しい人だけれど、その時は……優しい言葉とかはいつもと同じくかけてはくれなかったけれど、傍にいてくれた」
「やっぱ、年季はいってる貴族の当主は度量が違うな。いい祖母さんじゃねえか」
 俺は俺が何もできなくて、ビーレウストの傍にいることができなかったんだろう。
 悲しんでいれば “慰める” 事もできたかもしれないが、悲しまないビーレウストを前に経験の少ない俺は、何をしていいのか解らなくて……悲しめというのも押し付けだったな。黙って傍にいるってのは、いるほうも結構精神的に成長していないと難しいような。
 俺が未熟ってか、精神的な成長が……実際さ、頭は良いって言われるけれど俺自身自分の精神の発育は悪いとおもう。
 特に二歳年下のカルニスの方が上のような気がする。いや、あいつちょっと見たけど、異常に精神が老成ってか落ち着いてるよなあ。
 何時もピリピリして、ぎゃーぎゃー言ってる兄のカレティア王太子よりよほど落ち着いてる、カレティア王太子十九歳なのに……年齢じゃねえんだろうよ、うん。
「年季はいってるって! お祖母様まだ四十八歳で若くて綺麗なんだからね!」
 そりゃ確かに若いな。貴族じゃあ珍しくはないが、若いのは確かだ。
「でも寡婦なのか?」
「うん。お祖父様のことが好きだったとは言わないから解らないけれど……“再婚している暇などない。暗黒時代も直系当主が生き延びた伝統あるメーバリベユ侯爵家の跡取りを育てる方が重要だ” とはよく言われる」
 そりゃ、見事な貴族様でいらっしゃいますな。
 しばらく無言でいると、侯女が俺のことを覗き込んできて、
「早く帰った方がいいよ。王子、一人きりなら帰ってくるの今か今かと待っているとおもうよ」
 そう言って微笑んできた。
 焚き火に照らされた侯女は、大人の女のような表情を見せた。影のつき方なのか、炎のゆらめきなのかは解らないが。
「そうかなあ……そうかもしれないな」
 帰りづらいなあ。飛び出した時は勢いだけだったけれど、戻る時は……
「急いで帰るなら、亀は直ぐにあげるよ。私はお金なんて要らないから、今すぐビレウラス=ビレウラント王子のところに帰りなさい王子」
「まあ、とにかく寝ろよ」
「私は寝るけど、王子も早く寝てね」
 年下侯女にまでそう言われるとは。でも、ありがたいって好意を受け取るべきだろうな。無用な意地を張っても仕方ないし、引くところは引くべきで、下らないプライドなど何の役にも立たない。最悪謝って仲直りしてから、王家の理念をすり合わせてゆくのもいいかもなあ。
 一王家だけで帝国は成り立っているわけじゃねえ、各王家が利害関係を機軸にある時は他王家を立てたりして関係を保っている、その最小単位が俺とビーレウスト。
 そうだよ、譲歩や相手をたてることも必要とあらばできなけりゃ、王族じゃねえよ。高圧的にでるだけが王族じゃない……
「解っちゃあいたけど、実際その場になってみると意外と出来ないもんだな」
 先に寝ている侯女の隣で寝ることにした。

 亀貰って帰るか

 翌朝、通信音で予定より早く目を覚ますハメに。
 隣に寝ている侯女がまだ目を覚ましていないことを確認して、眠い目をこすって通信画面を見ると叔父貴がいた。帝星じゃあ今は夕方らしいな……
『元気にしていたかい? エーダリロク。忘れていると困るから連絡を入れたよ。そろそろ戻る期日だからね』
「覚えてる。早ければ今日、遅くても明日の明け方前にこっちを発つよ」
『そうか。おや? 隣にいるのは……エーダリロク、床を共にしたのかい?』
 床を共? 何の話だ。何が共なんだ?
『そうだねえ、エーダリロクもロヴィニア王族の十歳だもんな、当然のことだろうねえ。ごめんね気付かなくて、陛下のことばかり気にしていて死んだ兄王に申し訳ないことをした。随分幼い子のようだけど、乱暴にしてないよね』
 何の話ですか、叔父貴……話が見えない俺は口を挟むこともできねえ。
『でも初めてだとやっぱり乱暴になるのかな? 私にはその経験はないからななんと言っても巧者にして性豪……ふう……それはさておき、その子はシーゼルバイアから連絡がきていた七歳の侯女かな?』
 その子ってテントの中には侯女しかいねえよな?
「一緒に寝てるのは、それだ」
『ロヴィニア王族なら確りと責任とならないとだめだよ。それに彼女は名家の侯女だろう? 処女奪ったなら妃として連れておいで、私が結婚の準備しておいてあげるから』
 えーと、俺、侯女とセックスしたと思われてるのかな? 思われてるよな……


「ぎゃぁぁぁぁ! そんな事してねえよぉぉぉ!」


「うるさい、王子……眠い。だから……しずかに……むにゅ……」
『初めての後は疲れるんだから静かにしてあげなさい』

 違う! 違う! 侯女が疲れてるのは、慣れないキャンプ生活だからであって、俺が何かをしたわけじゃない!

『指入れただけとか、先端少しだけだから大丈夫とか、違う穴に挿れたから平気! とか言い逃れしちゃだめだよ。ロヴィニア王族として確りと責任を取ってだね』

 俺は通信機を持ってテントから飛び出して、誤解を解くのに必死になった。
『本当かい?』
 叔父貴の誤解を解くのに、それはありえないほど時間がかかった。
「嘘言ってない!」
 涙目になって何とか誤解を解き、通信を切ったところで、
「王子はもうそういうお年なんですよ。私みたいな平民だったら何をしても帝婿陛下は気になさらないでしょうけれど、名家の姫君だったら即王子の妃として迎え入れると言われるでしょう。今日身を持って体験したようですけれど、名家の女性と一緒にいる時は気をつけたほうがいいですよ」
 リオンテが苦笑いしながらホットコーヒーを差し出してきた。溜息付きながらそれを飲んで、
「これからは気をつけるとするよ」
 ありがたい忠告も受け取った。
 ……ついでに聞いておこうかな。
「なあリオンテ、違う穴って何だ?」
「もう王子ったら!」
 リオンテにコーヒーが入ったポットで殴られた……えっと、常識なのか?


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