王子と幼女・2 − 少年残像≪前編≫
 なーんか面白いもの拾っちまったなあ。
 テントで寝息を立ててる七歳の貴族の娘。家出って……まあ、俺も宮殿でビーレウストと大喧嘩して飛び出してきたんだから言えた義理じゃねえが、何でまた家出なんてなあ。
 五日間一緒にいるのは構わないとして、状況を聞いておくか。
「シーゼルバイア、メーバリベユ侯女が家出する理由は?」
 俺がこの惑星の城に来たら、後を追って色々なのが来やがった。
 簡単に言えば、自家の娘に興味を持ってもらおうって魂胆だ。今は王女がいないから、直系王族でも第三子くらいなら普通の貴族の娘を嫁にする可能性が高いから。
 でも俺はシュルカリアンガメの雌探しに来ただけで、人間の雌なんざ探しに来てないっての!
 叔父貴に連絡を入れたら『戻ってきたらどうだ?』と言われたが、喧嘩した手前そう簡単には帰れない。いや、帰りたくない。
 言い張ったら苦笑いしつつ “王子なのだから会いたくはない相手には会う必要はないよ。好きに遊んでおいで”
 そう言ってくれた。まあ、期限も決められてそれに間に合うよう帰ってくるようにとも言われたけど。そりゃまあ陛下の誕生式典もあるから、それまでには戻っておかないと
 ……でもビーレウスト……。
「侯女の家出ですが親の再婚が原因のようです。現在メーバリベユ侯爵は侯女の祖母。女性が続いているようで、祖母・母・侯女。侯女の母は若い頃貧乏子爵と恋に落ちました。現当主はそれを許さず、裕福で才能のある男伯爵と無理矢理結婚させました。男伯爵と母親は三十歳ほど年がはなれています。もちろん男伯爵の方が年上です」
 男伯爵ってことは再婚で、伯爵位は妻のものだったってことだな。おまけに爵位を継ぐ子に恵まれなくて、縁者もほぼいない状態か。暗黒時代に継承できる範囲内の血統を持つ縁者が根こそぎやられたなんてのは珍しくもないしなあ。
「その男伯爵は何処の出だ? それと伯爵名は?」
「ビレヌ男爵家の次男で、デオシターフェィン伯爵の夫となりました。本人には爵位はありません」
 ビレヌもデオシターフェィンもロヴィニア属だな。
 ビレヌ男爵はたしか、デオシターフェィン伯爵の親戚筋だった筈。
 ……母親の再婚相手はロヴィニア属じゃないんだろうな。属違いの貴族を嫌う貴族もいるって聞くし、あーもしかしたら家名なしかもな。
「続けろ、シーゼルバイア」
「はい。二人の間にできたのは侯女であるナサニエルパウダ唯一人。その伯爵夫は先年亡くなり、侯女の母は若い頃引き裂かれた子爵と再婚しました。新婚の二人は、それはもう娘の事など気にも留めずに二人の生活を謳歌し、最近弟が生まれたそうですよ」
 なるほどね。
 政略結婚っていうにはお粗末な、ごく有触れた貴族の結婚だな。
「よくある話だなあ」
「確かに良くある話ですね。母親は当然好きな相手? ぷっ……済みません笑ってしまって……とにかく好きな相手との間にできた侯女の弟に当たるのを、侯爵家の跡取りにしたいらしいですが、現当主は全く聞く耳持ちません」
 シーゼルバイアの蔑みまくった笑いからするに、子爵は家名なしだな。
「その子爵の詳細は?」
「家名なしの貧乏子爵で、資産はマイナス。親から受け継いだ領地は、詐欺で全部持っていかれてます。詐欺働いたのは侯女の父親です。もっとも侯女の父親は、メーバリベユ侯爵に、娘との結婚を許してもらう条件として子爵を破産ぎりぎりにするように命じられたそうです。母親は子爵の資産が一切なくなったことで、生活できないと絶望し、子爵も資産がないので君に苦労をかけるからという事で別れ、泣く泣く男伯爵と結婚しました」
 金無くなっても結婚しようとは思わなかった訳か。
 普通なら賢いって言ってやるところだが、その女はバカだな。
「それで男伯爵ですが、妻亡き後、自分の兄の子を妻の爵位に添えようとしたのですが、位が低いことと血筋が規定に満たない為に貴族庁の許可がおりませんでした。説明を省きましたがビレヌ男爵家はデオシターフェィン伯爵家の」
「遠い遠い親戚。男伯爵は継げはしないが、僅かながら血がはいっている。だから本人が男伯爵を名乗ってるんだろ?」
「はい、王子には説明する必要はありませんでしたね。それで必死になって自分よりも、そしてデオシターフェィン伯爵よりも高い血筋と爵位を誇る家柄の相手と再婚して、伯爵位を継がせたかったようです。侯女でしたらデオシターフェィン伯爵も文句なしに継げます」
 貴族の婚姻としちゃあ普通の範囲だな。
「母親の方は、自分が好きな子爵との間にできた子に名家……といってもいいでしょうね、名家メーバリベユ侯爵家を継がせたい。でも現侯爵は娘を飛ばし孫である侯女に継がせようとしている。それで家はかなり殺伐としているようです。まあ、私が調べた所ではあの母親は頭の中身が腐ってるのか溶けてるのか解りませんが、侯爵家を継げるような人物ではありませんね」
「へー。で、俺のところにナサニエルパウダを送り込んできたのはどっちだ?」
「母親の方です。セゼナード公爵妃にして家から出してしまおうという魂胆です。そんなに簡単に公爵妃になれたら苦労しませんけどね。祖母の方はデオシターフェィン伯爵の遠縁を、男伯爵の兄の子を添えてやろうと考えているようです」
「祖母さんの方がまともだな。大体、公爵妃になったって侯爵は継げるってか、余計に継ぎやすくなるじゃねえか。夫が妻の爵位を継ぐ手助けすると考えないのかねえ」
 なんか、違う意味で苦労してるなあ。
 俺、バカな近親者持ったことないから解らねえけど……あーガゼロダイスはあんまり良い噂聞かねえなあ。
 でも会おうとも思わないし、居た所で俺には関係ねえし。家長にしてロヴィニア王の兄貴は若いけどちゃんとした王様で叔父貴は優しいし、従弟にあたる陛下はこれまた叔父貴に似たのか優しい。
 自分の身内自慢はいいとしても、詳細は解った。
 後はシュルカリアンガメを譲ってもらう為の『もの』を用意するか。
「シーゼルバイア。ロヴィニア王族専属法務官の一人に連絡をつけろ」
「侯女に家を継がせてやるのですか? お優しいことで」
「シュルカリアンガメの譲渡契約の際、一生生活に苦労しない値で買うって条件をこちらから提示したんだよ。生活に苦労しない、即ち名門侯爵家を継ぐことだ」
 実家の法務官の一人に大雑把な理由を告げ、直ぐに此処まで来るように命じた。

 ……此処までしておいてなんだが……あのテントで寝息を立てている侯女はシャッケンバッハを……いや! まだ名付けちゃだめだ! まだ俺の物じゃねえ! 侯女はシュルカリアンガメの雌(名前はシャッケンバッハと決めている)を譲ってくれるんだろうか。

 あーあ、ビーレウストとは喧嘩しちまうし、亀は手に入るかどうか解らないし……どうしていいやら。

 でもさ、ビーレウストが悪いから俺が謝るわけにもいかないんだけど、ビーレウストにとちゃあ『悪くも、間違ってもいない』んだよなあ。そこが問題で、分かり合えない所だ。
 喧嘩して帝君の葬儀には出席できなかったけれど、本当は俺だって出席したかったんだよ。帝君には世話になったし……でも、ビーレウストが
『死者を弔う意味が解らねえ』
 そう言うから、そこから喧嘩になって……
 そりゃあ、エヴェドリットじゃあ人が死んで悲しむってことは……無いらしいから。詳しくは知らないけど、叔父貴が教えてくれた。
 でもそれと、可愛がってくれた帝君の死を悼むのは違うと思うけど、
『手前だって異母兄弟が死んだって悲しくは無かっただろう』
 そう言われた。
 たしかに悲しくなかったけれど、そりゃ俺はそいつ等に会ったことねえから。
 それよりも俺が死んで欲しくはないって言っても、変な顔してこっち見るだけなんだよなあ。あれが一番腹立った。
 俺はビーレウストが死んだら悲しいんだけど、ビーレウストは違うんだろうなあ。
『何言ってんだよ。誰だって死ぬだろ』
 そうじゃなくて……俺はお前が死ねば悲しいし、俺が死んだら悲しんでもらいたいんだよ。他の誰に悲しんでもらわなくても良いから、お前に悲しんでもらえればいいんだけど、そういう事言っても全く通じなかった。
 六歳の時に宮殿で会ってから今まで生死観について話したこと無かったから。帝君の死で初めて生死観の違いを目の当たりにして、でもこれに関しちゃあ譲歩する気はないけど……喧嘩したら負けた。
 口では勝てたけど、殴り合いじゃあ同い年だけど全く勝負にならない。
 ふう……俺だってそれ程弱くないのになあ。
 でも話してて激昂して殴り合いになっちゃって、誰が見てもビーレウストに負けたけど負け認めたくなくて宮殿飛び出してきたんだから……戻り辛いし、何て言えばいいんだ?
 喧嘩したことないってか、自分と同じ身分の相手と喧嘩したことないから、どうやって……自分よりも身分が下の相手だと喧嘩にならないし、兄貴とは喧嘩しても兄貴は全く気にしないで話しかけてくるから……。
 でも兄貴は俺より身分が高いから、兄貴に許されているってことで……同じくらいってのが一番面倒だ。
 同じ地位で平均すれば同じくらいの能力を持った相手とのいざこざっての、初めてだから……陛下に調停をお願いして……そんな訳にもいかないし。
 ああ、でも最悪……陛下にお願いするかなあ、でも叔父貴が許してくれなさそうだし。
 俺がビーレウストと喧嘩したことは褒めてたけど『自分の力だけで仲直りが終わるまでが喧嘩だからね』そう笑顔で……
「はあ……」
 頭良いって言われて育ったんだけど、そうでもねえのかなあ。
 溜息つきながら焚き火をかき回していたら、
「王子、もうお休みになられた方がいいですよ」
 風呂上りのリオンテが近付いてきた。
「おう、リオンテ。お前も先に寝ろよ」
 寝ろといわれても……寝られそうにねえし。
「主より先に寝る召使ってのはダメだって聞いたんで」
「他人がダメでも、俺は許す。だから寝ろ」
「はい」

 ……先ず、侯女から亀を譲ってもらう為に最大限の努力をしよう。俺、亀が手に入ったらビーレウストに譲歩してやるんだ! 謝りはしないけどな!


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