我が永遠の友・4
 先ずは陛下に礼をして、俺とエーダリロクは再び中庭に出た。
 近衛兵団長のイグラスト公爵は、どうして中庭を通って帰るのだお前達? 不思議そうだったが、色々あるんですぜ、胃弱団長。
「すこし散歩して帰りますので」
「それでは!」
「両公爵、明日の近衛の会合には出席するように。セゼナード公爵の結婚報告をもしたいのでな」
 俺には関係ねえからガンバレよ、エーダリロク……思いながら、頭だけ下げて陛下のお庭を後にする。ここから誰にも見つからず帝君宮に入れば俺とエーダリロクの勝ちだ!
 俺達はそこから散歩的匍匐前進を開始。
「なあ、ビーレウスト」
 俺は自慢じゃねえが、将校の中で匍匐前進はトップだと自負してる。
 将校コースの奴等は匍匐前進なんて習わねえが、俺は家で匍匐前進を教えられるからなあ。親父が付きっ切りで匍匐前進とか塹壕の掘り方とか教えてくれた。
 この一撃で惑星を崩壊させられる戦闘空母主砲がある時代に匍匐前進と塹壕……楽しかったけどな、親父との擬似戦場キャンプ。擬似っても実弾飛び交ってて気抜きゃ頭ぶち抜かれて死ぬが、骨董品の銃を抱えて戦場を走り回った日は忘れねえよ親父。
「何だ? エーダリロク」
 ちなみにエーダリロクが匍匐前進が得意なのは、亀とか蛇とか捕まえるのに匍匐前進が必要で俺のところに習いに来た。今これから向かう帝君宮で、親父直伝の匍匐前進をみっちり教え込んでやったさ。
 アメ=アヒニアンが『二人とも二足歩行できなくなったらどうしよう!』そんな不安を覚えるほど、二人で匍匐前進を繰り返してた。
 ……懐かしいな。兄貴、俺もエーダリロクもちゃんと歩いてるぜ。人生はちゃんと歩いてねえけどさ。
「カルニスの側近復帰だけどよ、テルロバールノル王と……ケシュマリスタ王が後押ししたんだと考えるか?」
 それ……な。
 側近の座から降ろす時も当然一悶着あったわけだが、それを戻すとなると結構大変だ。基本一対一、帝国宰相とテルロバールノル王の争いだ。帝国宰相はそれに勝ってカルを側近の座から遠ざけたが、二王が結託して復帰攻勢をかけてくればさすがに防ぎようがない。
 思えばよく一人で四王相手に立ち回ってるよな、帝国宰相。皇帝陛下の信頼が絶大だとはいえ、苦労にゃ違いねえ。
「ラティランがカレティアから何かを貰ってるって噂はねえよな」
 ラティランが、何の見返りもなく動くとは思えない。世間一般じゃあ “無欲の王” とされてるが、騙されてんじゃねえよ臣民共め。いや愚民って言うべきか? 何であの男の仮面に騙されんだよ。
「ラティランは外面は完璧だからな。中身を知ってんのは、奴の側近しかいねえんじゃねえのか?」
 『皇位を望んでる』ってことは、絶対に表面に出さねえ。出さねえが、俺達は何となく感じ取れんだよ。奴の綺麗な容姿って皮の下にある、強烈な人間嫌悪が匂ってきてきやがってな。
 ラティランは『人造人間として人間を支配したい』欲求が強すぎる。
 ソイツは俺達の根幹だが、もう一つの根幹との兼ね合いを考えろってんだよ。
 人造人間の存在を歴史から消し去りたいと願ったヤツは、手前の祖先エターナ・ケシュマリスタだろうが! 人間憎悪も嫌悪も差別も、あくまでも『高貴な選ばれた階級と下賎』という偽りのヴェールをかぶって行うもんであって『過去に虐待された人造人間が勝者として人間を虐げる』じゃねえだろ?
 それをやってたのは随分と昔のことで、それを “そのまま” 続けるなら階級社会なんざ敷く必要なかっただろうが。
 何のために人間の作った階級社会を俺達が模倣して歴史を捻じ曲げたと思ってんだよ。手前の祖先が望んだことを、帝国はシュスター・ベルレーは必死になって『叶えてやった』んじゃねえのか?
 手前が嫌われるのは、その前時代的な人間嫌悪が強過ぎるところにあんだよ。
『過去に虐げられていたから、人間を虐げる』なんて言ったって、もう立場が違うだろうが。人間が人造人間を虐げた期間は855年、それ多く見積もっても大体900年。俺達は既に人間を支配して1000年を超えたんだぜ?
 俺達は既に人間に対して自分達が受けたのと、同じ程度の虐待と虐殺と蹂躙を人間に与えた。
 それで[赦す][赦さない]の問題になるとこれも帝国の根幹に関わるから、俺はどうとも言わないが少なくとも俺達は支配年数では “勝った” このまま勝ち続けられるかどうかは知らないが、現時点で勝っているのは事実だ。
 何時か人間に再び支配者の地位を取られることを恐れるラティランの気持ち解らないでもないが、再び人間が支配者となり俺達の原型を作ったとしてもそれは俺達じゃない。
 そうなって不満を感じたら、そいつ等が奪取すれば良いことであって、俺達には関係なんてない。
 もはや支配は過去の鬱憤を晴らすものではなく、根底の根底「人造人間を生み出さない」監視に重点を置くべきだろうが。そもそも帝国ってのはそっちが目的で作ったんだ。血統重視って言う名の、人造人間の血が他にばら撒かれないようにする枠組み。特別に作り上げるよりからな、人間の過去と重ねて違和感のないように支配するってな。
 別に殺すなとは言わねえし、俺は人殺しが好きで殺すけど手前のその[存在そのものを認めない、だから殺す]その姿勢はいただけねえな。
 だから手前は他の王に嫌われるんだよケシュマリスタ王。
 未だに「人間嫌いだから完全な人間である奴隷が嫌い」って、何処のバカだよ。帝国はもう手探りで国を作ってる状態じゃねえ。
 既に確立した人間社会とは違う独自のシステムと、完全な情報統制を行い、擬似社会まで作って人の発展を見張ってるんだぜ? その段階まで来て、人間嫌いって……本能的に嫌いなのかも知れねえけど。
 だが、人間が嫌いなら嫌いで『同族には優しく』してやってもいいと思うんだがな。何か? 同族嫌悪か? 異種族嫌悪と同族嫌悪の両方を持ち合わせてやがるのか? 誰も生かさないつもりなのか?
「……エーダリロク。さっき見たカレティアの存在しない穴に突っ込んだのが取引だとしたら、ラティランは何を考えてやがると思う?」
 自分の祖先の身体を持つカレティアをあの扱い。
 ケシュマリスタにはケシュマリスタ特有の歴史が伝わってんだろうが、すこし奇異だな。
「カレティアってさ、鰐なんだよな」
「突然なんだよ! 俺は手前からワニ談義を聞く気はねえよ!」
 エーダリロクからワニの話を聞いていられるほど、俺は気が長くねえ!
「違う違う。カレティアの瞬膜、目のかかるやつ、あれは鰐が元なんだ。あれが出るヤツって感染症に強い、それ自体鰐の特性なんだけどな……だからあの瞬膜が出るやつは怪我で死ぬようなことは先ずない。ラティランのことだから、それを知っててあの弱い部分……弱いよな? あそこ」
「弱いな」
 俺も多いとは言わないが結構の数の女を抱いた。その中で、硬いヴァギナの持ち主はいなかった。いたら恐らく長く付き合っちまうと思う。そういう珍しい相手は。そうだな、両性具有と同じだな。
「その部分を負傷させてラティランに何の意味があるのか? ラティランの性格からして意味のない事にわざわざ時間をかけるとはとても考えられない。あの行動も自分にとって意味がある、ことだと考えるべきだろ。でまあ、そもそもカレティアはラティランに暴行されている事はあの身体だから言うことは出来ないし、多少の怪我は放置して治せる。だから、カレティアの口を重くするってことが目的じゃないだろう。つか、そもそも口封じをしなけりゃならない事を考えなしにするような男じゃねえ。それで、ラティランにとって両性具有のカレティアをいたぶる事になんらかの意味があるとしたら、結びつくのは “シュスター” の位しかない。皇位を得ることと両性具有を扱うことは繋がる。ラティランはおそらく、ザウディンダルを陛下にぶつける為に、データを集めてるんじゃねえかな? と思うんだ。陛下にザウディンダルを抱かせるように仕向けるとしてそのチャンスは一度きりなのは疑いようはない。だからその一度で確実に陛下から皇位を奪わなけりゃならないわけだ。となれば、相当な下準備が必要だろう? 特に、両性具有って人間と同じように暴行加えると死ぬこともあるって聞いた。それ専用の玩具だったけど、その部分は弱いんだよな」
「確かに弱いやつもいる……多分、ザウディスは弱いだろう。男王は暴行に強いと聞くが女王は弱いと……カルが言ってたな」
 “カルが言ってた” のが問題だ。
 俺もエーダリロクも両性具有の性質やら特性は一通り習うが、基本的に両性具有は俺達の手には入らないから、さほど知らない。
 両性具有は現皇帝の性別によって「処分される王」と「献上される王」が決まる。今の陛下の御世だと、男王は処分され女王は献上される。
 だが俺達が知っているのはこの程度だ。暴行されると死にやすい方や、両性具有の性器による種別訳なんざ、王子の俺達でも聞かない。それを最も詳しく知っているのは……間違いなく、ラティランだ。
 そしてラティランはカルに惜しげもなくそれを教えた。必要もないのにな。
 俺が前にカルと二人でザウディスを抱いた後、意識を失ったザウディスの脇で酒を飲んでいるカルと話をした。それで俺は両性具有の優劣を知った。聞かされた後、ザセリアバにそれとなく尋ねたが “エヴェドリット王” はその優劣の分け方を知らなかった。
「それで、ザウディンダルの身体破損許容ダメージは帝国騎士の方でデータとってるだろう? ダメージ量は誰も閲覧できるデータだ。でも帝国騎士じゃないカレティアはそのデータがない。ザウディンダルとカレティアのダメージ許容量などの差を先ず確かめて、その後にカレティアで試してみる気じゃないか? 生理を変換させる薬ってかなり繊細のもので、入念な下調べが必要だって聞いた。でもザウディンダルをとっ捕まえてそのデータを取るのは不可能だから、カレティアで試してザウディンダル用の数値を割り出す気なんじゃないか? その為の行為だとしたら何となくわかる気がする」
「数値的に割り出せるもんなのか? エーダリロク」
 男王を「女性に子どもを妊娠させる」身体に変えるには、体内に隠れている睾丸を外に出す外科手術が必要だが、女王を「妊娠させる」身体に変えるのは薬だけで可能だ。可能だって言っても、生理的に「卵巣の活性化」「子宮の活性化」そして「精巣の停止化」その他色々と複合して行う必要がある。手前の卵子と手前の精子が受精して手前の子宮から手前が生まれてきたら目も当てられないからな。
 唯でさえ、そこが重要な両性具有を無理矢理機能逆転させるんだ、個別データを入念に採る必要はあるだろう……でも帝国宰相が採らせるとは思えねえ。
「不可能じゃない。元は面倒だったが、機動装甲の搭乗部を特化した蘇生器があるだろ? あれに必要な[核]の基本データってのがある。両性具有のデータ……そう言えば、ラティランはやたらとザウディンダルのデータを取れってオーランドリス伯爵に詰め寄ってたな」
 搭乗部≪カーサー≫の怪我修復機能を特化させた装置が蘇生器だ。確かにあれは、基本データとして自分核を登録するが、ラティランには何の関係もねえだろ。
「あのペデラスト閣下は両性具有は一体しかいないし、この先も現れるかどうか解らないからって突っぱねてたな」
 帝国騎士自体は最近出来たばかりの[戦闘集団]だ。
 このまま異星人との戦いが続けば帝国騎士の能力が最大の武力となるだろうよ。だが、まだ出来たばかりの集団で、細々とした決まりもなにも確立していない。
 人間には使用不可能な機体を管理しなきゃならないから、そのトップに就けるのは “最も強いヤツ” と決まった。帝国騎士の能力がない王族じゃあ管理できないし、意味がわからないだろう。
 あの機動装甲に乗ったときの[歌声]そして空から降ってくるような[祈り]と言う名の殺戮命令。あれは乗らなけりゃ解らない、帝国騎士じゃなけりゃわからねえ。
「そう、それでデータ照会権限が帝国最強騎士のみ照会することに傾きそうなんだ。蘇生器を作る側としては、誰のデータかはどうでもいいんだけどな。ザウディンダルのデータだろうがラバティアーニのデータだろうが[生体核]の基本データになるなら何でも良いんだ」
 エーダリロクは膣だとかなんだとかは全く理解してねえが、蘇生器に加えるエネルギーの流動やらなにやらを試験している、まあ責任者の一人。頭は良いんだが……なあ。
「ラバティアーニのデータはあるんだよな……だが、ラバティアーニのデータじゃあ足りない何かがあるってことか?」
 ラバティアーニはザウディンダルの前の存在が確認されている両性具有で、ザロナティオンに捕食された女王だ。
 ただカレティアのことを見れば、意外と確認されてない両性具有もいるのかもしれねえな。今はまだ内乱がやっと収まったばかりで、そっちに重点を置く余裕なんてねえからな。
「蘇生器の基本部分には問題ない。でもラバティアーニのデータには、さっき見たようなデータはない。普通はねえよな、膣にガラス球体を突っ込んで上から踏み割るなんて。ザロナティオンは狂人だったし、最後にはラバティアーニの子宮を抉り出して食ったけど、そこに至るまではただ抱いてただけで……どちらかってと動物的っていうか本能の赴くままに生きてるヤツだったからな。だから……あれじゃねえか? 一般的に言う性的暴行をどれ程加えても平気か確認する、ってことじゃねえか? っていうか、あれ性的暴行だよな、ビーレウスト?」

うん、先ずはそこから始めようなエーダリロク

「ああ、あれは性的暴行でいいんだよ。確かに帝国騎士として測定されるのは身体破損率が主だから、ラティランが欲しい暴行データは手に入らないだろうな。それに、両性具有はどれほど性的暴行を加えても性的暴行にならねえから、データなんてねえしな。で、エーダリロク、此処まで話しておいてなんだが……今、俺達の目の前には内海がある。泳げば帝君宮までは直ぐだが、迂回するとかなり時間を食う。どっちを取る?」

 目の前に広がる海。
 潮風の臭いを嗅ぎながら、俺達は、
「此処の海って、巨大鮫いんだよな……」
「いたな。本気で泳げば逃げ切れると思うが」
「……行ってみるか! ビーレウスト!」
「おう! 行くぞ、エーダリロク!」

 海に出た。俺と兄貴が帝君宮で暮らしていたのは、もう十一年も前の事だったから……

「ちょっ! 鮫でけえ!」
 久しぶりに見た巨大鮫は、益々巨大化してやがった! まさに想定外のデカさ! こんな鮫、内海において置くなよ!! つーか鮫! 昔餌をやった俺の事忘れたのか! むしろ、俺が餌に見えるのか! 俺食ったら死ぬぞ! 人間じゃねえから不味いぞ多分!
「この鮫はたしか全長57mにもなるやつでぇぇぇ!」
 解説しはじめんなぁぁ! エーダリロク! 手前は俺よりも身体能力は劣るんだ! 早く泳げぇぇ!!
「いいから泳げ、エーダリロク! 爬虫類やら魚類の説明なら後でごぶっ!」
 海水飲んだ……エーダリロク! 振り返るな! 振り返って鮫見てんじゃねえ!!
「早く、しろっエーダリロク! ちょっ! 俺に捕まれ! 手前食われるぞ! 早く来い!」
 兄貴、とりあえず≪俺の一番大事な友人≫は見捨てないから安心してくれ。今度、墓参り行くから待って……って!

「墓の中で兄貴に再会なんざ、したかねえよ!!」


我が永遠の友−終


Novel Indexnextback

Copyright © Iori Rikudou All rights reserved.