混凝土(コンクリート)棺・2 − 少年残像≪後編≫

 四王家最大の「国王直轄軍」を持つエヴェドリット王は、宇宙空間で実弟と対面していた。
「ダバイセス、そんなにエヴェドリット王になりたかったのか」
 儚く幻想的で繊細と言われるケシュマリスタの容姿も、この男にかかると違うものに変質する。
「ふははははは! 貴様には我と同じ数、同じ性能の無人戦闘用艦隊で勝負してやろう! さあ、エヴェドリット王を目指した男の艦隊指揮をみせてみろ! このエヴェドリット王に!」
 赤の多い軍服が映し出す “ケスヴァーンターン” に弱さや脆さは一切感じられない。そこにあるのは “殺戮” の本能。
 声を失っているダバイセスを無視しながら、王に随行したアジェ伯爵シベルハム=エルハムはダバイセスに従った兵士に離脱するように命じる。
 むろん兵士達は躊躇うが、
「そこにいても王と公子の戦争の邪魔になるだけだ。投降じゃない、戦争の邪魔だってだけだ。どうしても居座るというのなら、我が殺す」
 言い切った。その後アジェ伯爵が、自らの深紅の髪によく似た「エヴェドリット王の旗艦」をダバイセスの旗艦の側につけた。
「我に勝てば、それがクレスケンとなる」
 王と全く同じ軍隊を与えられたダバイセスは一人でエヴェドリット王の旗艦クレスケンと対面した。ザセリアバも旗艦に一人きり。互いに艦隊全ての機能を調べ、たった一人きりであることを確認する。
 両者確認終了後、アジェ伯爵に報告を入れる。
「アシュ=アリラシュ、この戦いにして虐殺を捧げよう」
 その号令とともに、兄であるザセリアバと弟であるダバイセスの一対一の激突が始まった。
 椅子に座りながら二人の戦いを眺めているアジェ伯爵の眼差しは、恍惚にも近いものだった。サドとして残酷さでは帝国随一として有名な男が、魅せられているのは宇宙で破壊されてゆく戦艦。
 搭乗者はいないが、破壊されてゆく戦艦には、それだけでも美しい。
 食事もとらず水も飲まずに見つめ続けているアジェ伯爵に連絡が入ったのは、戦闘開始から十八時間が過ぎた頃。
 ザセリアバ王が “両軍に艦隊を足せ!” と命じてきた。命じた王の声は弾み、この破壊行為を楽しんでいることがはっきりと解った。彼はまだ楽しみ足りないと、増援部隊を投入しろと叫ぶ。
 余剰の無人艦隊を、間違いなく同数足してアジェ伯爵は再び激化する戦闘を眺め続ける。 
「ダバイセスの艦隊戦の指揮能力は悪くはないが、ザセリアバには叶わない」
 破壊される艦隊から視線を外さずに呟く心酔しきった声。
「さすがエヴェドリット王」
 側近は飲まれないことを知りながら、冷えた水を持って隣に立つ。
「ザセリアバと勝負になるとしたら、ケシュマリスタのラティランクレンラセオ王と帝国軍代理総帥のタウトライバくらいのものだろう。それと、帝国宰相も相当やるな」
「はあ……」
 破壊されるときの美しさを楽しむために、宇宙空間を染め上げるために、わざわざ酸素燃料を積みミサイルで攻撃する。漆黒の銀河を彩る破壊。
「あと一人忘れてた。こいつとやり合ったらザセリアバでも相手が悪いってのが一人いる」
「誰ですか?」
「ライハ公爵カルニスタミア。あいつ防御が鉄壁のタウトライバ以上で、攻撃に転じるタイミングはラティランクレンラセオ以上。攻撃を続ける能力はザセリアバ以上で、戦いを持続させ指揮し続ける能力は帝国宰相に劣らない。残念なのは、あいつは全く艦隊を預からせてもらえないってところだろうな。あいつがテルロバールノル王国軍を率いたら、エヴェドリット王国軍に匹敵するだろうよ」

 ダバイセスの軍は、ダバイセス艦の一隻のみとなる。降伏など存在しないエヴェドリット王族同士の戦争。

 ダバイセスはザセリアバ艦へと突撃するが、まだ艦を残しているザセリアバはそれでバリケードを作り、隙を作り強襲艇に乗り込む。
 ビーレウストがシーゼルバイアの元へと突撃したものと同じ。
「直接攻撃を加えるようだな」
 聞こえてくるダバイセスの叫びに被さるザセリアバ王の笑い。
『弟よ! 今殺しにいってやるぞ! 待っていろ! 待っていろ! 我が直接その身を引き裂き食らってやる!』
『来るな! 来るなぁ!』
『愛している、食わせろ。愛しているぞ、だから殺してやるから! さあ、待っていろ!』
 まるで聞こえていないだろう互いの叫びを聞きながら、シベルハムはザセリアバの率いてきた兵士達に身の安全を保証して、捕らえられたジュカテイアス一派を検分した。
 人を痛めつけるのが大好きなアジェ伯爵は、尋問を部下に任せて部屋へと戻ろうとすると、ザセリアバ王から旗艦に出向くようにとの連絡が入ったと報告を受けたのですぐに向かった。
 クレスケンの艦橋で胴体と離れたダバイセスの舌を口で引き抜いていた王の側へと近寄る。
「死んでしまったよ」
「殺したんだろう?」
「死ななければ、殺したことにはならないなあ」
 エヴェドリットらしいことを呟きながら、アジェ伯爵に “食うか?” と勧める。
「まあなあ。楽しめましたかな? 王」
 ありがたく頂きますと、腕をつかみ骨をかみ砕く。
「楽しめたよ、副王。やはり戦争は人間同士でやるのが最高だ」
「それは同意します。異星人と戦うよりなら同族と殺し合ったほうが楽しい。楽しいというよりは愉快だ」
「お前なら解ってくれると思っていたよ。シベルハム、だから我に牙をむかぬか? そしたら我はお前を殺せる」
「残念ながら私は自分が王に勝てないことを知っている。よって、生涯反逆はしない。反逆者が欲しいなら、王族を増やすといい」
 そう言って笑いながら、ダバイセスの腕を使って、ザセリアバの頬を撫でる。
「王族を増やすな……お前とビーレウストは使い物にならんから、アシュレートにかけるしかないか」
 まだ “意志を持ち” 動ける腕は、ザセリアバの髪を恨めしそうに掴みぶら下がる。
「そうなりますな。アシュレートはエヴェドリットにしては性格が穏やかで美形だ、いくらでも相手はいるだろう」
「本人がなあ。それでアシュレートからの報告は?」
「まだない。ただライハ公爵からは艦隊戦の終了報告は届いている。あの短時間で全滅させやがった」
「さすがカルニスタミア、憎たらしいほどに強いな。お前もカルニスタミアのように強ければ、もっともっと戦争が楽しめたのに、残念だ」
 髪にぶら下がっていた腕を両手で握りしめ、骨を砕いて直接口に運びながら、カルニスタミアの戦闘再現をアジェ伯爵とともに眺める。
「本当に。艦隊戦巧者だ。タウトライバも攻め辛いが、ライハ公爵も攻め辛いこと事の上ない」
「シダ公爵か……」
「どうした? ザセリアバ王」
「あいつは本来なら帝国軍代理総帥に就けなかった。あいつ帝国上級士官学校では万年次席、当時の主席は皇王族の女だった、むろんリスカートーフォン系のな。その女は最終学年の中途で殺害され、次席だったシダ公爵が繰り上がり、そのまま帝国軍代理総帥の座におかれた」
 ザセリアバはダバイセスの腕を投げ捨てて、アジェ伯爵を連れて歩き出す。
「シダ公爵が殺害したと?」
 アジェ伯爵は “言われてみればいたな……” そんな事を考えながら従う。
「お前も知っての通り、シダ公爵は近衛兵団団長にも匹敵する身体能力を所持している、その皇王族も弱くはなかったから殺せるやつとなると数が限られる。なによりも女が死んで誰が利益もしくは得するかを考えた時、帝国軍代理総帥の座が絡んでくると思うのは当然だろう。だが女の一族は捜査をしなかった」
「だが皇王族ならば、帝国宰相の支配下における可能性もあるだろう? わざわざ殺害するとは思えないし、なぜ捜査をしなかった? そして我々王家に捜査を依頼しなかったのだ?」
 突如ザセリアバは立ち止まり、振り返りざまにアジェ伯爵を殴り飛ばす。
 伯爵が壁に叩きつけられる寸前に体勢を直したその時、すでにザセリアバは伯爵の頭上を舞っており、伯爵の胸に蹴りを落とす。
 かわしきれずに転がった伯爵が手のひらに痛みを感じたと理解したときには、既に両手はザセリアバが踏みつけて立っている状態だった。
「シベルハム、お前は我を裏切らないと言ったから教えてやろう」
 その見下ろす視線に伯爵は何事もないかのように答える。
「なにを?」
「我は今宮殿にいるリスカートーフォン系皇王族の全てを殺害するつもりだ」
 殺し続けることを至上の快感とするリスカートーフォン。「人殺しの王家」は、殺し続ける。
「王がそのように決められたのでしたら、従うまでですが。理由は聞かせていただけるのでしょうか?」
 アジェ伯爵も皇王族に恨みはない。だが殺すと聞かされると、まず喜びがわき上がってくる。
「お前と仲のいい、ガーベオルロド公爵キャッセル。かつて庇護なき美しき幼子だったガーベオルロドをリスカートーフォン系の皇王族の一人が稚児にした。お前なら解るだろうが、あの帝国最強騎士は何をされているのか全く理解できない状況で、ターレセロハイ公爵に弟達の食料をもらうために口で奉仕し、兄の誕生日の贈り物をもらうために足を開いた」
 善悪の判断の付かないエヴェドリットの性質を色濃く持ち、ケシュマリスタ系の容姿を持つ先代皇帝の庶子。
「なるほどねえ、キャッセルはそうだろうな」
 特にキャッセルは残虐行為に対して、全く良心が働かないので仲良くやっていた。あの狂った笑いを浮かべる友人が、幼い頃に陵辱されていてもアジェ伯爵は何も驚かない。
「殺された主席だった女はターレセロハイ公爵の娘にあたる」
「下手に調べて、帝国宰相に消されてはかなわんだろうしな」
「無力な私生児だと玩んだ男の兄が帝国摂政となり、奴らを監視し続けている。何を目的に憎悪の対象でしかない男と、それを含む一族を監視し続けているのか? 我は帝国宰相に聞いた。その結果と我の考えが合致したので、皇王族を処分することに決めた」
 キャッセルとアジェ伯爵が唯一違うところは、兄弟に対しての感情。
 アジェ伯爵は今唯一となった弟ビーレウストに対して、何の感情もない。ビーレウストが自分に対して何の感情も持っていないことも知っている。
 それを不服と思うことはなく、両者ともごく当たり前のことだと認識している。
 だが自分よりも善悪の判断が鈍いキャッセルは、弟に対しては異常なまでの執着を見せる。その執着は鏡だと気付いた。キャッセルの弟達に対する執着の原点は自分の兄からもたらされた執着。
「何時?」
 帝国宰相と近衛兵団団長。
 帝国宰相の執着は、他の弟達よりも少し気を遣っている程度、あの帝国宰相がもっとも執着しているのが両性具有であることはアジェ伯爵にもはっきりと解る。
 だが近衛兵団団長の執着は、帝国宰相のレビュラ公爵に対する執着にも匹敵する。
 妻子ある気弱とされる団長だが、彼の奥底に潜む昏い澱をアジェ伯爵は確かに感じ取っていた。キャッセルの ”純粋な” 狂気とは違う、エヴェドリット特有の ”陽気な” 狂気とも違う、うちに秘めたる ”冥き” 狂気。
 その原因がターレセロハイ公爵なのだとしたら……アジェ伯爵は少しばかり彼と皇王族が羨ましくなった。ザセリアバに匹敵するほどに強い男が牙を剥く。
 冥き狂気を剥き出しにして、襲いかかってきたらどれ程楽しい殺戮となるか。
「まだもう少し先だ。帝国宰相は “機会” を待っている。よくあれほどまで、怒りを持続させられるものだ」
 アジェ伯爵はザセリアバに身を踏みつけられながら、想像して身を震わせた。

 戦うためのみに特化した一族は、新たなる能力を身につけるためのみに、殺戮を繰り返す。


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