片目の村・2

 ロヴィニアの僭主狩りは、
「いつも通り、エヴェドリットも参戦ですか」
 エヴェドリットとの混成部隊であった。
 ”いつも通り” とは特に、デファイノス伯爵とセゼナード公爵の連合を指す。
 セゼナード公爵は兄王に任される僭主狩りのほとんどに、殺戮好きのデファイノス伯爵を伴う。
 ロヴィニアの王子が新たに開発した武器の説明を聞きながら、感触を確かめるエヴェドリットの王子。
 近衛兵団に属するセルトニアードでも操れないような銃。たった一人のために開発されている、その一人にしか使うことのできない長い銃身を持つ破壊兵器。
 無邪気とは違う、得たいの知れない純粋さで楽しげに殺す道具の手入れをする。
 セルトニアードは指揮官であるロヴィニア王子エーダリロクに挨拶を終えた後、見張り付きで牢に入れられている彼女の元へと向かった。
 彼女の手首と足首は両性具有を拘束するために使われる枷がはめられていた。
 真っ暗な部屋でどこを見るわけでもなく、椅子に佇む彼女の横顔にセルトニアードは少しだけ言葉を失い、失っていることに気付いて息を吐き出し彼女の前に立ち話しかける。
「私が貴女を見張る。少しでも不審な行動をとった場合は……解っていますねバデュレス伯爵ギースタルビア」
 互いに同じ部隊に属している故に初対面ではなく、会話を交わしたこともある。
「お手数をおかけいたします、ジュゼロ公爵セルトニアード准将閣下」
 だが彼女と会話するのは初めてのようであった。
 いつものバデュレス伯爵ではなく、何かを失ったような彼女。
「自らが属していた一族の狩りに同行したいとは……」
「母は私が生まれて直ぐに村から逃げ出しましたので、私には属していたという気持ちはありません」
 彼女は突き放したような口調で小さく答える。その口調はセルトニアードを突き放しながら、彼女は自分自身をも突き放していた。
「そうですか……まあ、お気の済むようになさってください。姫君」
 言いながらセルトニアードは帝国宰相より渡された、特殊な《鍵》で両性具有捕縛用の枷を外す。
「自由にしてはいけないのでは?」
 セルトニアードは首を振り、床に落ちた枷を拾い上げる。
「貴女と一対一なら私の方が強いですし、この艦にはデファイノス伯爵とライプレスト公爵が同乗しています。貴女が戦って勝てる相手ではありませんし、何より天才と名高いセゼナード公爵もいらっしゃいます。あの王子を出し抜く自信がおありで?」
 エヴェドリットに似た容姿を持つ自分の監視者の言葉に、彼女も否定の意を表すために首を振る。
「私と二人きりというのも外聞が悪いでしょう。女性に良からぬ噂を立てるのは私の本意ではありませんので。ご自由にお過ごしください。一応見張りはしますがね」
 それだけ告げて部屋から出ようとしたセルトニアードに彼女は声をかけようとしたが、それを諦めた。
 部屋に一人の男性が入ってきたためだ。
「デファイノス伯爵殿下」
「よお、ジュゼロか」
 セルトニアードは半身をずらし ”どうぞ” と中へと案内するような動きを取る。
「拘束外したのか?」
「お好みでしたか?」
「いいや。拘束に関しちゃあ、お前達の帝国宰相様の指示だ。このままで良いのか?」
「はい。情事が終わりましたら報告いただければ嬉しく」
 そう言ってセルトニアードは部屋を後にした。
 彼が去った扉から彼女は直ぐに視線をそらし、伯爵に抱かれるために服を脱ぐ。
 彼女を抱くために訪れた伯爵だが、その目に肉欲はほとんど存在しない。
 他人はどうか彼女は知らないが、伯爵は彼女を抱くとき全く肉欲を見せない。伯爵の中にあるのは征服欲のみでそこに人間の持つ肉欲はあまり存在しない。
 伯爵の性的な欲求は殺人に向かっている。
「伯爵殿下、今日の目はいつになく肉欲に濡れているようですが」
「もうすぐ人が殺せるから」
 嬉しそうに語り、それを聞きながら彼女は抱かれた。
 皇帝の影武者をつとめる男の背に腕を回し、演技ではない歓喜の声を上げて意識を手放す。
 彼女は伯爵のことを愛している訳ではない。
 いや、彼女はこう言うだろう『伯爵が私を愛するはずがない』
 彼女と伯爵の関係は、特別なことがあって始まったものではなく、王家の慣習で「他王家の王子・王女の伽用に」送られただけ。
 命じられれば誰とでも寝て、次の相手がいると言われればその相手の元へと向かう。
 皇王族という世界しか知らない彼女には、それが不幸だとは思わなかったが、同時に幸せであるとも思えなかった。
 空虚、それが最も近い。だが空虚と表現してしまうと、あまりにも形となってしまう。
「お目覚めですか?」
「ジュゼロ公爵」
 全裸の彼女の前に現れたジュゼロ公爵は、三時間後に目的地に到着することを伝えに来た。
「わざわざ足を運んでくださらなくても」
「監視役なのでね、このくらいはしないと」
 無口で有名なジュゼロ公爵は、彼女に背を向けて座る。体を洗い終え部屋に戻ってもジュゼロ公爵が動いた気配はない。
「准将閣下」
「寝てはいませんよ」
 目を閉じたまま全く動く気配のないジュゼロ公爵に、彼女は唐突に話しかけたくなった。
「これから殺される彼等、哀れと言えば哀れですが……どうなのでしょうね。何も知らないで愚かにも片目を抉りながら生きてゆく事が……」
 ジュゼロ公爵はゆっくりと目を開き彼女を見つめる。
「どうしました?」
「私は瞳が核です……」
 片目を抉られてしまえば残るは『死』
 それでも彼等は彼女の目を抉ろうとし、彼女の母親は殺したくはない一心で自らの残った目を抉り『彼女の目』として彼等に差し出すように夫に頼む。
 彼女を死んだ事にして、母親は光を失った暗き眼窩で夜の海に出たとき、追ってきたのは夫。
 彼は両目を失った妻に、娘の目を抉る用に迫る。
 夫は村の因習に固執しどうしても娘の目を抉ろうとした。そのためには自分よりも強い妻の視覚を奪えば良いと。
 妻は夫に失望し、彼を殺害した後自殺に見せかける細工をした。むろんすでに目を失っているので、細かい細工は出来ない。
 夫の体の下に娘の肌着を置き原形をとどめない程に破壊した。
 その程度の稚拙な小細工を残し、彼女の母親と彼女は村を出た。両目を失った母親は彼女を頭に乗せて、海を泳ぎ切る。
「突然どうしました?」
 何が母をそこまでさせたのか? 彼女には解らない。自分は永久に知ることもない、その事実が彼女の心をさ嘖む。


― 子供は出来ない体か。それも良いだろう。伽に最大限利用させてもらう


「解りません……」
 話を聞き終えたジュゼロ公爵は何も答えぬまま、彼女を促し艦橋へと向かった。


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