我が名は皇帝の勝利


― 66 ―


 ラディスラーオの嫌いな食い物。
 シーフードグラタン、シーザーサラダ、ミートローフ、グレープフルーツのジュレ。
「今日の晩飯何作るか」
 俺は弟に何を食わせるかを、冷蔵庫の中を観ながら考えた。
 シーフードグラタン、シーザーサラダ、ミートローフ、グレープフルーツのジュレ。
 あいつが見るのも嫌いな食い物以外を考える。

*


 メセアに手伝ってもらって……アーロンとアグスティンも傍にますけど、手伝ってはもらってません、あの二人はお料理とかできませんので。メセアに手伝ってもらって、簡単な料理を準備しています。
 警備についているレフィア少佐に料理の材料を依頼したら、見事な物を届けてくださいました。
「海老の背綿を取って……この位で良いかしら?」
「充分過ぎますよ」
 一通り作り終えた後、三人に食べてもらう為に作ったグレープフルーツのジュレを渡しました。
「良かったら味見してくださいね」
 三人とも受け取ってくれました。
 全員礼をして去って行きました。リタもキサも別の館で休むそうです。アスグティンにはキサの分、メセアにはリタの分をも持っていってもらいました。……食べてくれるといいのですが。
「一人きりですね、久しぶりに」
 窓から藍色に染まり始めた空を見上げます。もう暫くすると先程かの王に連れて行ってもらった場所と同じように夜空が広がるでしょう。
 私は今日夜空を見上げるのが最後です。明日の夜空は、夜空に輝く星達をみる事はありません。宵の明星が現れた時、私はかの王と合間見えます。
 窓に手をつけて見上げ続ける空。
 ……明日には私は死ぬのですね。明日の朝日が最後、明日の青空が最後、夜は今日で終わり……暫くそうしていましたら、部屋が明るくなりました。
「何をしている」
 声の方に振り返ると、陛下がお一人で立っていらっしゃいました。
「陛下。呼び鈴を鳴らしてくださいましたらお出迎えしましたものを」
 急いで陛下の傍に近寄りますと、手首を握られまして。
「ジルニオンには何もされなかったか?」
 切羽詰ったような表情で聞かれました。前に腕を握られた時ほど痛くはないのですが、
「な、”何も”とは?」
 陛下のご表情は……し、深刻と言いますか、なんと言いますか。
「”何も”だ。暴行されなかったかと聞いているんだ」
 失礼ながら紳士というイメージではありませんが、曲がりなりにも騎士であり王でもある人です。私を殴るような真似はいたしませんでしょう。なによりかの王に殴られたら、
「ジオに殴られたら即死では済まないでしょ……」
「そうではない、そうではなく! それ以前に、あの男をジオと呼ぶのは止めろ!」
 陛下のご表情が曇るというのか、何とも複雑な。
「陛下がそう仰られるのでしたら、呼びません。ジルニオン……で、宜しいでしょうか?」
 素敵な呼び名だと思うのですがね。
 元々ジルニオンというのは、銀河大帝国第16代皇帝の正妃の一人である「皇妃ジオ」軍妃とも呼ばれた方のお名前を元にしたものですから、ジオと呼ぶのは正統略称なのですが。
 ですが陛下がお嫌でしたら、ジルニオンと呼びましょう。
「それで……お前は……お前は回りくどく言っても解らんな。ジルニオンに抱かれたか? と聞いているのだ」
 陛下の眉間の皺が深くなりまして、そのお言葉……
「陛下、そんな私を笑わせてくださらなくても」
 笑ってしまいました。
 ジオは同性愛者で有名ではありませんか、私が知っている事を陛下が知らぬわけございませんもの。笑いに笑って、涙を拭って陛下のほうを見ますと
「何も、なかったようだな」
 何時もは下がっている口角を少しだけあげて、微笑まれたように見えました。
「もちろんですわ」
 その言葉に頷きつつも陛下は手を離してはくださいません。
「お前は、ベルライハに……」
 言い辛そうに陛下が私に言葉を。
 あら? そう言えばエバカインは確か……
「インバルト?」
「陛下、エバカイ……」
「あの男と……その、再婚する気になったのか? それならそれで」
「そうではありません! 私は絶対に陛下のお傍を離れません! 私は陛下にお聞きしたい事があるのです」
 陛下は私が見慣れている難しいお顔になられて、
「なにが聞きたいのだ?」
 やっと腕を離してくださいました。そう、私が陛下にお尋ねしたいのは、
「エバカインの名前の由来です。サフォント帝のエバカインが初代で?」
 サフォント帝とは私と同じような真赤な髪を持っている……いえ、言い方が違いますね『私はサフォント帝のような髪を持っている』が正しいでしょう。
 なんにせよ、似たような髪を持っている皇帝の、正式な配偶者の名がエバカイン。
「そうだ。義父がリスカートーフォン公爵だった所から”エバカイン”はエヴェドリットの占有名となっている」
 有名なそのエバカインは、皇帝サフォントにとても愛されたと……
− 女運の悪い名前だ −
『呪いに負けないで、素敵な女性と巡りあえれば良いですね』
− 皇帝の傍に仕える事が多い −
『そうだな』
 覇者皇帝を目指すかの王の隣に、臣のエバカイン。
 あの時の曖昧な表情、そしてあのはっきりとした口調が僅かながらに曇ったような……もしかしなくても、かの王は。
「どうした? インバルト」
「いいえ」
 本当に求婚を受けなくて良かったですわ。かの王は私が考えるような事を感じるかどうかは知りませんが、どきどきしたでしょうね。
「それだけか?」
 ええ、お受けいたしませんよ。その方は貴方のお傍に居る方なのでしょう? 女運の悪い大寵臣閣下。
「はい。ただ、それを知りたくて」
 女運が悪いのか、誰かに女運を悪くされているのかは知りませんけれど、二人で共にどうぞお歩きください。波風を立てて申し訳ございませんでした。

『俺は感謝してるぞ』

「そうか」
 そう言われると陛下はソファーに腰を降ろされました。陛下の張り詰めていた緊張が解けたようです、何に緊張していたのか私には解りませんが。
「お待ちくださいね。今シーフードグラタンをオーブンに入れますので」
 焼きあがっているミートローフを切り分けてお皿に並べて、その間に鍋でお湯を沸かしてコドルド・エッグを作って……陛下の前で何とかシーザーサラダをも作る事ができました。
「お口にあいますかどうか。デザートのジュレもありますので。それではいただきます」
「……」
「どうなさいました? 陛下」
 スプーンを持たれていた陛下が難しい顔をして
「余は……」
「はい。料理に苦手なものでもございましたか?」
 リドリーに聞いて、陛下は好き嫌いは無いとの返事を貰ったのですけど?
「それはない。……インバルト……」
 では何でしょう?
「何ですか?」
「気恥ずかしくて仕方ないのだが……いただきますと挨拶すれば良いか? その……一人でしか食べた事がないので、挨拶はした事がない」
 陛下、スプーンを握ったまま横を向かれていらっしゃいます。よほど苦手なのでしょうね
「いいえ、無理なされないで下さい」
 明日、私は死ぬのですが陛下の事を一つ知りました。とても嬉しかったですわ。
 陛下は無理をして、とても悩んだようなお顔で『いただく』と言ってくださいました。そんなに無理してくださらなくて宜しいのに。
「ご馳走に、なった」
 本当に無理してくださらなくてよろしいのですけれど。
「少しはお口に合いましたでしょうか?」
「二度とこれらの料理は食わないだろう」

 最後の夜空はとても綺麗でした、陛下と一緒に観ることができた夜空

*


「ラディスラーオ、晩飯」
 画面から視線を外して、一言も言わないで食い始める。
 食い終わっても挨拶はない。
 多分、一生言うことはない。絶対に言わないに違いない。
「悪いな、メセア」
「いいや。今日もソファーで寝るんだろ? 毛布とクッション準備しておく。ソファーで寝るのはいいが毛布は被れ、クッションは頭の下に敷け。いいな! 何回も同じ事言わすなよ」
 そしてベッドで寝るのも嫌なんだとさ……

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