我が名は皇帝の勝利


― 47  ―


「全然話しなかったじゃない!」
 キサのヤツに叱られた。
「仕方ねえだろが。四十年近くも話した事ない相手と、いきなり話せってお前出来るかよ」
「あたし四十年も生きてないもん!」
 四十年生きてないヤツに言われたくはねえが、言い返せもしねえ。
「ったく、大公もお前の何処が気に入ったんだかよ」
 先に帰ったラディスラーオとインバルトを見送った後……当然アーロンとデイヴィットとファドルも同行してった。
 それで残りの俺達は後片付け。
 楽しかったには楽しかったが、あの弟とあれ以上何を話せってんだよなあ。
「別に良いじゃない! アグスティンとあたしの事は」
「そりゃ構いはしねえよ」
 後片付けったって、それ程大変なモンじゃねえし
「後は此処にいる者達に片付けさせますから」
 リガルドの方で言ってくれたしな。
「疲れさせて悪かったな、リタ」
「平気よ。……似てるねえ、あの人」
 リタは俺と似たような歳だから”あの人”の母親が若い頃も知っているしな。
「まあ、な」
「大公様良い人だね」
「そこはどうだか。少なくとも、ヘンな男じゃねえのだけは確かだな……キサがあの大公と結婚するってなら、結婚しねえか?」
「え?」
「ラディスラーオに頭下げて爵位貰ってくるよ。前に返したのは侯爵だったかなあ、多分頼めば ”それ” をまたくれるだろ。それで俺とお前が結婚すりゃ、あのキサも一応侯爵令嬢だ。侯爵令嬢くらい持ってりゃ大公の嫁になっても平気だろ」
「そうなると、良いね」
 “向き”じゃねえ女だったなあ、リタもよ。
 あそこに捨てられてったんだっけか? そこら辺は覚えてねえが、俺みたいにストリップ劇場生まれじゃなかったなあ。
 本当に子供の頃に、嫌だ嫌だ言ってるリタは、服剥がれて舞台に出されて泣いてた。
 その後に支配人に顔が腫れるだけ殴られてた。当時の俺にはそれをどうにも出来なくて、殴られ終わった後に濡れタオルを差し出したくらいしかない。
 真面目な男と所帯を持って出て行った時は、安堵したもんだ。そんな、根っからストリッパーが似合わなかった、嫌いだった女が子供連れて戻ってきた時は驚いた。
 『働くところはもうねえよ』
 教えてやったら、昔と変わらない泣きそうな顔で
 『美人局の相棒になって……くれない』
 言われたのは、笑った。
 生板すらロクに出来なかった女が、子供養う為に売春するって言い出した、その覚悟があるならと誘った。
 『俺と一緒に住まないか。死ぬ覚悟があるなら』
 ラディスラーオが“何か”でその立場を失えば、俺も巻き添えを食う。それを伝えて俺達は一緒に住む事にした。大体、アイツが皇帝になってから違法風俗の締め付けは厳しくなる一方で、とても美人局なんて出来やしない。
 まあなラディスラーオ自体、あの女が“売春して産まれた子”だから……。取り締まりは息苦しいの一歩手前くらい、なんかまあ……風俗取り締まった弟に、俺は感謝してる。
「さてと、そろそろ行こうぜ」

*


 帰りの宇宙船の中でも剣を習ってました。
「皇后陛下は筋がよろしいかと」
「ありがとうアーロン」
 儀礼用の剣の型は大体マスターしました。特に何が出来るという訳ではないのですが、軍人の娘ですので剣の型くらいはマスターしておいても良いのではないかと思いまして。
「俺とやってみましょうか?」
「ダンドローバー公と?」
「俺も結構出来ますよ」
 それは出来るでしょうねえ。剣を持って正面に立って礼をして……
「皇后陛下はもう少し腕力を付けたほうがいいでしょうな」
 一瞬で弾かれました。握りが甘いんですって、まだ手が痺れてますわ。
「帰ったらトレーニングでもしますわ」
「ですが、皇后陛下の剣筋はかなりの物でございます。このまま鍛錬を積まれれば、相当強くなられるかと」
 あまり強すぎるというのも考え物のような気もいたしますが、使えて悪い事もないでしょう。

「インバルト、来い」

 皇帝陛下の言い方にアーロンは眉顰めますけれども、ダンドローバー公は笑ってますわ。私も最初陛下に『インバルト』と呼ばれた際には驚きましたけれどもね。
「何でございましょう陛下」
 剣を置いて訓練室を出る際のダンドローバー公の笑いが気になりますが。廊下に出て、防護用のヘルメットを取りながら陛下に御用を尋ねたのですが。
「特段に用はない」
 何故呼び出されたのでしょう?
「はあ? ……陛下、休暇は楽しかったで……」
「全く。周囲が煩すぎる」
 そうですか、他の人達は楽しそうでしたのに、残念ですわ。
「お一人でしたら落ち着けましたか」
「その方が良い。お前は人が……多数いるほうが好きか?」
「はい」
 私は人がたくさん居る方が好きですの、正確には人がたくさんいた方が好きだった事を思い出した……という所でしょうかしらね。宮殿で両親の死後、親戚などが訪問しにきてくれる事が何よりも楽しみでしたわ。……私、何故宮殿の一区画から出る事を許されていなかったのでしょう?
「どうした?」
 陛下だけではなく、前からそうだった……何故?
「私、宮殿の一区画から出る事を許されていいなかったのは何故でしょう」
「お前の髪が赤いからだ。銀河大帝国の末裔をあらわすその髪を、他国に奪われないようにする為に厳重に保管されていたのだ」
 この髪……ですか。そうなのですか……保管って物みたいですけど、確かに私の『この部分』だけが必要なわけですから、保管になるのでしょうね。
「そうだったのですか。そうです、陛下」
「何だ」
「今度はお一人で休暇をお楽しみくださいね」

陛下のお顔が凄く難しくなられました

「妻はついて来るものであろうが」
 ヘルメットを抱えて、赤い髪を握りながら思うのですが……妻とは私の事でしょうか?
「私が付いていっても、あまり役には立ちませんが」
 正直私が付いていった所で、何一つ役に立たないと思うのですけれども。
「インバルト」


 あの時陛下は何を言われようとしたのか? 尋ねる機会を失ったまま、こうしてかの王と向かいあってます。


「はい。なんでございましょう? 陛下」
『着陸態勢に入ります』
 廊下に立っていても全く危険ではありませんが、離着陸用の席につき、着陸後陛下は仕事へと戻られてしまいました。
「また、機会があれば訪問しても良いかしら? ダンドローバー公。そして一緒に行きましょう、アーロン」
 私は館に戻り、アルバムを見ておりました。
 毎日がこうやって続くのではないか? 皆も、おそらく陛下すら思っていた筈。この315年間、戦争が途絶えた事のない宇宙にいながら。
 それは嵐の前の静けさ、もしくは奇跡のような時間だったのでしょう。


Novel Indexnextback

Copyright © Iori Rikudou All rights reserved.