我が名は皇帝の勝利


― 37 ―


 何処からどう見てもアグスティンが貴族に見える。
 確かに貴族だとは聞いていたが、下級貴族だった筈だ。目の前にいるのはどう見ても……大貴族……の格好をした人。大貴族って言い切っていい物かどうかは怪しいが。
「上がってもいい?」
「ああ」
「ほい、手紙」
 言葉遣いは大貴族じゃない気がするんだが。渡されたのは確かにデイヴィットの字、上手な字を書くんだよな。買物のメモを取ってもらった時驚いた、凄い綺麗な字書くんだ。そのメモ書きと同じ文字で綴られた、デイヴィットらしい手紙。
手紙の内容は少々仕事が出来たので、暫くは来訪できないとの事。最後に『寂しくても泣いたらダメだよ』だとかなんだとか。私を幾つだと思っているんだ、アイツは!
 だが……何時もの事だが、重要な部分は書かれていない。
 アイツと付き合うようになってから四年……付き合う……付き合いがあるようになってから四年……どう言い換えても仕方ないが。この四年間、偶に用事でふらりといなくなる事がある。半年くらいして突然戻ってきて、週に三度から五度くらい通ってくる。大体は週三度だな。最初は気にはしていなかったのだが……もしかし無くても、何処かに家庭とかあって……。
 いや、そうだと思う。同性愛者だとか言っているが、確認したわけでもないし(私では確認のしようが無い訳ではあるのだが)
 向こうから通信連絡とか一つもない。通信だと通信している場所が割れるから、わざわざローカルで持ってくるんだろう。それに今までは口で伝えられてたから、連絡を取り合っていた事実は何一つない。
 写真も、私が撮られるのが嫌いと言ったら「自分も嫌いだ。似合いだな」などと言っていた。
 ……私、突然デイヴィットが居なくなったら、探す術がない。
「おーい、ファドル」
「な、なんだ? アグスティン」
「その手紙の裏に返事書いてくれる? 俺届けてくるから」
 “俺届けてくるから?” 今アグスティンが言った言葉 “俺届けてくるから” それ、まるで直ぐ側に居るみたい……
「別に届けてくれなくても」
「返事待ってるって言ってたから、書いてやれって」
 折角手元に残った……
「書かなければ駄目なのか?」
「書いてやった方が喜ぶんじゃないか。末期の酒の肴にとかなるかもしれないし。あ、末期は間違いか、今生の別れの一杯の肴か」
 末期は水だろ……まて、それ死んだ後の話しだろ!?
「は?! 何だ、それ!」
 アグスティンは『しまった!』という顔をした。それはそうだ、そんな言葉を口にしたんだから。
「いや、言葉のアヤってやつ? 間違い間違い、気にしない。返事書かないなら、俺帰るな。じゃ!」
「待て! アグスティン!」
 とっ捕まえて、今の言葉の意味を問いただすが、ただ言い間違いだと言い張るだけ。言い間違いにしても、随分と不吉だろうが。
「大体、届けるって何処に持っていくつもりだ! この厳戒態勢の中」
「第四種警戒態勢だから平気だって」
 打てば響くような性質じゃない。アーロンのように「嘘は付きたくは無いので、これ以上は言いません」やデイヴィットのように「俺はウソツキだから」とか言うのと違って、かなり外れた返答をするのがアスグティンだ。だからといって、この言動が
「何処にいるんだ!」
「知らないって!」
「知らないのに届けるつもりなのか!」
「いや、居場所を知ってる奴に届けようかなあ……って」
「ソイツの所に連れて行け」
「無理!」
 暫く押し問答が続いた。すっかり逃げ腰になってるアグスティンと、多分
「凄い形相だぞ、ファドル」
 酷い形相なんだろうな、自分で今の自分の顔見たくは無いが、
「ほっといてくれよ!!」

*


 今俺は……ファドルを連れて、宮殿に向かってる。
 あの後、泣き出して手のつけようがなくなったんだよ。ファドルって大人しいと思ってたんだけど、俗に言う『大人しい人ほど怒ると怖い』ってやつ。怒ってる訳じゃなくて、大泣きし始めちゃって。ほっといてそのまま帰ったりしたら自殺とかしちゃいそうな勢いな。
 なんかもう……勝手にして欲しいっていのか、自分より年上の男が、男の……どうにも出来ない。「デイヴィットには別の家庭がって、愛人だとしても」とか言い出しちゃって手の付け様が無いし、死なれても困るんで連れて行ってやるって言っちゃった。
 半分泣いているままで、宮殿に。
「ここに居るのか」
「うん。付いて来て」
 さすがに宮殿に入ったら泣き止んだ。まあな、宮殿内部厳戒態勢だから凄いし。兄上の国軍とアーロンの私軍が宮殿内にひしめいてる。どっちもピリピリした緊張状態で、怖いったらありはしない。宮殿の奥の、ダンドローバー公の居る区画まで到着。
 見張りの兵士に
「公の小間使いだ」
「連絡は受けておりませぬが」
「今大騒ぎだから連絡届いてないんじゃないのか」
 とか言ったら引き下がった。宮殿内部の緊迫状態がわかるってもんだ。
 ノックもしないで扉を開けたら、ソファーに座って本読んでた。優雅だなあ
「どうした? アグスティン」
「ゴメン。どうしても収拾がつかなくって!」
 俺は拝むようしにて、入り口から身体をずらした。さすがにダンドローバー公も驚いたらしい、持っていた本を床に落として
「どうした、ファドル」
 どうしたもこうしたも無いんだって! 色々と言いたいが、この場合は無言でいるのが良いんじゃないかなあ……ってことで。
「デイヴィットだろ?」
 俺の仕事は此処で終わり。ファドルにダンドローバー公を案内して……ファドルの表情から血の気が失せてる
「デイヴィット?」
「ああ、デイヴィットだ。お前の知ってるデイヴィットだろ」
 立ち直ったらしい、さすがダンドローバー公。
「クライスラーじゃないよな」
「まあ、ダンドローバーって言うのが本名だが」
 本名で済む問題か?
 その後は……痴話喧嘩? 夫婦喧嘩? どっちか知らないけど、この手の言い争いってのは第三者が口を挟む問題じゃないってのが良くわかった。
 泣きながら何言ってるのか理解できないファドルに、愛の力なのかこういう状況に慣れてるのか、ちゃんと聞き取って返答しているダンドローバー公。リガルドが俺に
「別室に移られるか、お帰りになられた方が」
 申し訳なさそうに言ってきた。俺とリガルドの会話は聞き取るのも大変なくらいの大声が上がってる、主にファドル一人で。
「帰る訳にはいかないだろ、ファドル連れて帰んなきゃならないし。別室でもいいけど、何かあると困るから此処で待機してるよ」
 俺が居た所で、何か対処できるとも思わないけど。これでもほら、男だから。大喧嘩になって殴り合いにとかになりそうになったらファドルを羽交い絞めくらいは出来るしさ。ダンドローバー公は強いから別にいいだろうが。
「お手数をおかけして申し訳ございません。本当に何と言ったらいいか。主の事、寛容なご処置をお願いいたします」
 リガルドの困った顔が可哀想過ぎる……。別に何もしないから、うん。
 そのリガルドと二人で茶飲みながら痴話喧嘩を堪能……滅多見れるモンじゃないから、別に観たくもないけどさ。なんてのんびりしてたら
「皇帝陛下がおいでになられます」
 扉の向こう側から先触れの声……ええっ! いや、来るのは当然来る……来ないでしょ! 呼び出すのが普通でしょ!!

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