我が名は皇帝の勝利


― 03 ―


 俺は公爵なんだよ。
 別に公爵になりたくてなったんじゃなくて、前のタンドローバー公に子供がなくて縁の伯爵家の俺が養子になった。俺の生まれた伯爵家は貧乏伯爵家、名門だったが貧乏だった。
 因みに伯爵家を継いだ兄は独り身で病死。お家断絶だが俺の子がいれば継がせられる……らしい。
 それで言うのもなんだが、俺は同性愛者だ。
 皆が知ってるんで、縁談なんてのはなくて楽なんだが。特に今の皇帝は確りと仕事さえしてれば、コッチの生活には口を出しては来ない。
 あまり《出来過ぎて》も余計な警戒を抱かせてしまうが。
 出来の良い不屈の男爵だった男は帝国に敢然と君臨してる。そんなあの人の泣き所があるとしたら、血筋がないに等しいって所だろうな。
 今の皇后の祖父さん皇帝の異母弟が愛人に産ませた子が愛人に産ませた子。そんなヤツは沢山いるから、あの皇后が必要になる。
 仲は良くないらしい……あんまり宮殿に出入りしないから知らないが。
「クライスラー、今日も私の家に上がりこむ気か」
「ああ、晩飯楽しみにしてる」
 今俺はファルドっていう男に惚れてる、かなり本気だが……身分を明かしたら嫌われるってか、折角此処まで仲良くなったのに消え去られたら、本気で困る。
「全く」
「良いじゃないか、俺とお前の仲だ」
「気持ち悪い事言う……」
「どうした?」
「隣の家に明かりがついている」
 ファドルが住んでいるのは公営住宅、場所的には王宮に近い。
 古くに造られた公営住宅だが、人気はある。家賃が安いのがまず第一、次に意外と広い。家族が六人くらいは暮らせる……らしいぞ、一般的な感覚で言えば。
 ファドルが住んでいる公営住宅は全部で四十軒ほど、三十八軒は纏まって並んでいるが二軒だけ少し外れた場所にある。その外れた一軒にファドルが子供の頃から住んでいた。
 その隣には嘗て老婆が一人で住んでいたのだが、ある日を境に居なくなったという。葬式もなければ、誰かが来た形跡もない。
 ノックをしても誰も出てくることがなく、ファドルの両親と近所の人が役所に連絡したところ老婆からその孫に賃貸者が代わった。老婆の方は亡くなったと教えられたそうだ。
 ファドルも稀に老婆と一緒に散歩する身奇麗な少女を見た記憶があった。自分よりは年上に感じたその相手、たまに挨拶をする程度の相手だったという。
 賃貸契約を結んだまま、誰も其処に住むことはなかった。安い家賃は払われているらしいが、それが二十年近くも続いているってのは不思議だ。
 ただ不思議だが、ないわけじゃない。宇宙旅行を楽しむような人だったら二十年くらい自宅に戻ってこなくても可笑しくはない。
 逆に自宅を持っているより公営住宅を借りている方が費用がかからなくて良いだろう。
「本当の主だとおもうか? それとも誰かが勝手に住みだした……とか?」
「さあ……だが、隣にこれから住むのなら、挨拶にでも行ってこよう」
「普通は向こうから来るもんじゃあ?」
「だが、時間帯が合わなければ困る」
 真面目な市民大学の講師は、荷物を置くと隣の家に挨拶に向かった。
 俺も必要はないだろうがついていった。もしも何か居るのが危険な相手なら困るからな、これでも実力はあるほうだ軍人として。
 此処は王宮に近いから、何かがないとも言えない……そう思って此処を見回を兼ねた散歩に来た時ファドルと会ったんだけどな。
 コンコンとノックをして声をかける
「もしもし、すみません。隣に住んでいるクバートという者ですが」
 暫くの間のあと、玄関に明かりがついた。そして、
「はい……ちょっとお待ちくださいな」
 カチャリと開いた扉の向こう側にいたのは、質のいい濃紺の布で仕立てたドレスを着た皇后がそこに居た。
「初めまして私、此処に……タンドロッ!」
 俺の名前はダンドローバー公、言われちゃマズイと口を塞ぐ
「いっ! あっ! 何で此処にアンタ様がいらっしゃって、おいでなんだい?」
「知り合いなのか? クライスラー」
「おっ! おう! ……そうだ! ファドル! 晩飯作ってくれないか? コイツの分も。ちょっと話をしたらソッチの家に連れて行く! なっ! 良いだろ? 引越してきたばっかりで何も揃ってなさそうだから!」
「それは良いよ。いいんですか?」
「……」
「口から手を離したらどうだ? クライスラー」
「そうだったな」
 ヘンな受け答えしないでくれよ……皇后様。
「構いませんよ」
 おう、上出来だ。不思議そうな顔をして出て行ったファドルを見送った後、
「っ! どうしてこのような場所に皇后陛下がおいでなのですか?」
「それはダンドローバー公にも言える事では?」
 皇后の話しは非常に簡潔。
 レンペレード館から此処まで通路が延びていた、ガートルード母妃も此処を使った事がある、外に出てみたかったので此処まできたそうだ。
 思い立ったら即実行の姿勢は父君譲りに違いない。長々と話をする余裕もないので、俺は今下級貴族としてファドルと接しているので、できればそう接して欲しい。
 市民は皇帝が公式行事に皇后を参列させないので顔などは全く知らないが、名前は知れ渡っている。
「ですので別の名前を名乗るべきでしょう。そうだカミラは如何か? カミラ・ゴッドフリートで! ゴッドフリートの由来ですか? それは追々……」
 諸々を話しているとファドルが呼びに来た。もう少し手間の掛かるモノを作って欲しかった、ファドル……。
 何とかその日の食事を無事終えて、皇后は自宅の方へと戻っていった。
 そのまま宮殿に戻るかどうかを聞きそびれた俺は、頼み込んでファドルの家に泊まらせてもらった。俺が男好きなのを知っているファドルは、絶対家に泊め様とはしないんだが、今日だけは特別にと泊めてくれた。
 ありがたい……考えても見ろよ。本当に秘密裏に此処まで移動できてるかどうか? って確証はない。
 皇后自体には政敵はいないが、あの人を掌中に収めれば皇位を狙えるんだから、知られてたら間違いなく誘拐される。
 大体訊ねたファドルと俺っていう男二人組みに対して、平気で扉を開くような世慣れてない人だぞ。
 こんな滅多ないファドルと二人っきりの夜だったが、それどころじゃなく俺は寝不足だった。ファドルが出勤する時共に家を出て、皇后の家に挨拶に向かったが、その時は既に宮殿にもどっていたようだ。
 ふ〜良かった良かった……本当に宮殿にもどったのか? 内部から来た相手に誘拐されたとか言うなよ?
 俺は不安を抱えて大急ぎで屋敷へと戻り、宮殿へと向かった。


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