藍凪の少女・後宮配属・寵妃編[27]
 純白の観覧船を見上げながら人々は今日は夜、明かりが一時的に消される日だったと思い出し、忘れていたものは自分の家にシステムに記録をしておく。
「何見てるんだろうね」
「景色よりも陛下と遊んでいるって気もするけどな」
「それはなあ。でも帝星上空を観覧するのは、偉い人じゃなけりゃ無理だから、結構興味深く見てるんじゃないのかな」
 夕暮れ間近に空に現れた巨大観覧船は、様々なことを言われながら空を駆ける。

「むんぎゅぅ〜」
 その人々が見上げていた純白の観覧船の中、景色を見るために硝子張りになっている床で、グラディウスは硝子に埋まっていた。
「お前の意見を聞いておいてよかった、ケーリッヒリラ」
「いえいえ」
 《ルリエ・オベラ殿は絶対に顔を強く押しつけます!》 とのケーリッヒリラ子爵の言葉に、硝子の取り替えを命じたのだ。
 視界を歪めない、それでいて柔らかく、顔などを押しつけると(皮膚に反応。靴などを履いていると反応はない)埋まりながらも、呼吸ができるものに。
 景色をよく見ようと、顔を埋めてゆくグラディウス。
 それを楽しく眺めるサウダライト。しばらくしてグラディウスは、自分が硝子に埋まって自分では出られなくなっている事に気付いた。
「たすけてーおっさん!」
 勿論声も通る仕組みの硝子だ。
 サウダライトは笑顔でグラディウスを抱き上げ、
「楽しいかい?」
「すごい楽しい! もう一回見ても良い?」
「もちろん。何回も埋まっていいよ。その都度おっさんが助けるからね」
 頬にキスをして、硝子の床に降ろす。
 グラディウスは駆けだして、違う床に顔をまた埋める。
 別に埋めなくても見えるのだが、必死に見ようとすると顔をどうしても埋めてしまうらしい。
 その一連の動きを見ながら、サウダライトはご満悦であった。
 だが周囲が夕日に染まり始めると、グラディウスは落ち着かなくなり、少しばかり寂しそうにサウダライトの傍に寄ってきた。
「どうしたのかな?」
「夕方は寂しい……」
「そうか。おっさんと一緒なら大丈夫かな?」
「うん!」
 サウダライトに抱きかかえられたまま、世界を黄金と緋色に塗り替えてゆく夕暮れを眺め続ける。

「我が明けの明星よ 我が宵の明星よ 我はその星に祈り 我はその星となりて堕る」

「何? おっさん」
 グラディウスが今まで聞いた事がない、感情を排したサウダライトが紡いだ言葉。
「ん。これは帝国に伝わる物語の出だしだよ」
「そうなんだ……」
 覚えきることは出来なかったその言葉を、間が抜けたまま何度も繰り返し、二人で夕暮れを見送った。グラディウスは生涯 《我が明けの明星よ 我が宵の明星よ 我はその星に祈り 我はその星となりて堕る》 の真実を知ることは無かったが、知らなくても幸せだったのだから、それで良かったのだろう。
 夕暮れを過ぎてから、ゆっくりと食事を取り、そして風呂に入りながらも夜景を楽しむ。
 帝星の半分以上を占めている大宮殿《バゼーハイナン》もグラディウスの為に、色とりどりにライトアップされている。
「あそこが、あてしのお家?」
「そうだよ。あのガス燈綺麗でしょう」
 ガス燈に照らされた藍色の邸は、闇に溶けそうでありながら、炎に存在を見せていた。
「うん! 次は、エリュシ様の所! エリュシ様の所!」
 かなり難しく、飛行禁止区域なのだが、
「待っててね。今向かわせているから」
 グラディウスがそう言う事など、誰もが理解しているので、サウダライトは許可を取り付けておいた。帝国総司令長官の先導の元、降りられる限界まで降ろして、
「エリュシ様! エリュシ様!」
 グラディウスに手を振らせる。視力に手を加えられている上級貴族、所謂かつての 《人造人間》 は、その能力でかなりの上空からでも見えるが、それでは意味がない。
 船は気付いたリュバリエリュシュスが手を振り返しているのがグラディウスの肉眼で確認できるほど、地上に近付いていた。
「エリュシ様に手を振って貰っちゃった!」
 嬉しそうなグラディウスと、そのグラディウスを嬉しそうに見つめるサウダライト。
 満面の笑みを浮かべていたグラディウスは、
「リニア小母さんとルサお兄さんも来れば良かったのに」
 ふと、この観覧船に乗っていない二人のことを思い出して寂しくなった。
 この船にはジュラスもザナデウも、そして、
「そろそろ町の明かりが落ちますよ」
「そうか、ザイオンレヴィ」
「白鳥さん!」
 《白鳥》 も乗っているのだが、ルサ男爵とリニアだけは乗っていなかった。二人が乗っていない理由は、

 ”偶には二人きりにして、のんびりと、そしてゆっくりと愛し合わせてやろうと思ってな”

 何時も二人の行為の最中に乱入して、中断させているので、一応は悪いと思っているらしい。偶には二人きりの時間を設けてやらないと、不満に思うだろうし、この先もしばしば乱入する予定があるので……要するに懐柔策の一環である。
「うわぁぁぁ! 明かりが消えたぁぁぁ! 凄いよ! 全部消えちゃった!」
 明かりが戻ったときも同じくらい喜び、そして、
「さ、寝ようか」
「うん!」
 二人でベッドに入った。興奮しているグラディウスは中々眠りに付けないで、
「おっさん! 楽しかったよ! ありがとね! おっさん」
 ベッドの中で、嬉しさを体全体で表しながら話続ける。
「おっさんもグレスと沢山お話できて楽しいよ」
 セックスも良いが、グラディウスと話すのも良いなと思いつつ、子供を寝かしつけるように尻の辺りを優しく叩いてやると、すぐに寝息が聞こえてきた。
 何がそんなにも楽しいのだろうか? と思う程に、幸せそうに、緩みきった無防備過ぎる笑顔で眠っているグラディウス。その寝顔を堪能してから、サウダライトは伴ってきた愛妾の幾人かと遊ぶために起き上がった。
「おや……」
 パジャマの裾がグラディウスに掴まれていたことに驚き、それを脱いでベッドから降りた。
「ないとは思うが、目を覚ましたらすぐに連絡するように」
「御意」
 ケーリッヒリラ子爵にそう言って、サウダライトは女を前面に出して待っている、抱いても誰にも叱られない愛妾達の中に入って、楽しんだ。
 途中、グラディウスが一度起きたのだが、声を上げることもなくすぐ、再び眠りに落ちたのでケーリッヒリラ子爵は報告には上がらなかった。
 三人ほどと楽しみ、グラディウスの寝ている部屋に戻ってきたサウダライトに、
「一瞬目を覚ましましたが、すぐに寝てしまいました」
「そうか」
 ケーリッヒリラ子爵は報告をして、上半身裸のままサウダライトは隣で眠った。

 翌朝、隣がもそもそしていることに気付いたサウダライトは、何時も通り薄目を開いてグラディウスが何をするのかを観察していた。
 グラディウスはおもむろにサウダライトに跨り、そして上半身に抱きついた。
「グ、グレス。どうしたのかな?」
「おっさん! 寒くない?」
 グラディウスは上半身が裸のサウダライトが寒くないように、抱きついたのだ。
 普通はもう少し控え目に、軽やかにするだろうが、グラディウスは跨った時点でドス! 抱きつく時点でボスッ! これで目を覚まさなかったら、死んでいるだろうというくらいの衝撃を与えて抱きついてきた。
 知らないふりをして寝ていても良かったのだが、沸き上がる好奇心には勝てず、サウダライトは尋ねた。
「平気だよ。優しいな、グレスは」
「違うよ! あてしが、これを握ってたからおっさん脱いでトイレに行ったんでしょ!」
「あ、う、あ、うん」
 トイレに向かったわけではなく、別の物を別の所に放ちに言ったのだが、言う必要もないだろう。
「目が覚めた時、おっさんがいなくて少し寂しかったけど、これがあったから平気!」
 サウダライトが脱ぎ捨てていったパジャマに顔を埋めて、
「だって! おっさんくさいんだもん!」
 グラディウスは言い放った。その言葉に、一人の男が戦線離脱する。グラディウスは全く気付かなかったが、部屋の隅でケーリッヒリラ子爵が倒れかけた。
 ルサ男爵とは違い、普通に笑う感情を持っているケーリッヒリラ子爵は、ずっとグラディウスの傍にいて笑いを堪えていたが、遂にそれが決壊した。
 笑うのを耐えて、耐えて、耐えて……
『笑いを堪えて額から血を吹き出すなんて、初めて見たぞ』
 ザイオンレヴィに後であきれられたが、ケーリッヒリラ子爵は ”おっさんくさい” に耐えきれず、額から血を吹き出した。額の左右から ”ぴゅー” っと。
 ザイオンレヴィが部下に指示を出し、連れ出されたケーリッヒリラ子爵は、別室で血の海を作る程に額から血を ”ぴゅー” と出して、笑うというか吼え続けた。
 そんな「おっさんくさい」に笑いが止まらなくなったケーリッヒリラ子爵とは対照的に、まだ頑張って耐えている 《白鳥》 ことシルバレーデ公爵ザイオンレヴィ。
「え、あ。おっさんくさい?」
「うん! おっさんくさい! すごっく、おっさんくさい!」
 ”腹が捩れるってこういう事いうんだろうなあ” 思いながら耐えるザイオンレヴィ。その苦しそうな顔は、とても美しいのだが、誰の目にも入らない。
「そ、そう?」
 入れている余裕がないのだ。
「あてし、なんか変なこと言った?」
 グラディウスはパジャマの匂いを嗅ぎながら、不思議そうに首を傾げる。
「えっと……良い匂いなのかな?」
「うん! 良い匂いだよ! おっさんくさくって!」
 自らの奥歯が軋むほど歯を食いしばるザイオンレヴィと、それに追い打ちをかけるグラディウスとサウダライト。
「おっさんの匂いっていうと良いと思うんだ」
「そうなの? でもさ、山羊臭いっていうし、驢馬臭いっていうし、だからおっさんくさくても……もしかして、あてし間違ってる?」
 藍色の大きな瞳で見つめられて、
「そ、そうだね……おっさんくさくても良いね。そうだね、おっさんくさいにしておこうか! 良いね! おっさんくさい!」
 サウダライトは陥落する。

 こうして「おっさんくさい」は正式に採用されることが決まった。

 着陸後、
「ひぃー。死ぬ、絶対死ぬ。言われたら、反射的に笑う、笑ってしまう! 仕事続ける自信ねえ!」
 テーブルに俯せになっているケーリッヒリラ子爵と、
「……」
 歯の治療を終えて、少しの間固定が必要でマウスピースを噛んでいるザイオンレヴィ。

 そこに飛び込んで来たのが「リニアが妊娠」との報だった。
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