藍凪の少女・下働きとおっさん[4]
 サウダライトと別れグラディウスは昼食後に次の仕事、愛妾候補の部屋掃除へエルメリアと共に向かった。
 エルメリアがドアをノックして二人の部屋に入ると、重く冷たい空気がのし掛かってきた。
 ベッドの上にいるのは全裸の男性とフランザード。そしてこの部屋のもう一人の住人レミアルは、二人を睨み付けていた。
「早く片付けなさいよ!」
 ベッドの上にいる二人を睨みながら、レミアルが声を上げるが、フランザードがそれを否定する。
「あら、今日は片付けなくても良いわよ。私達、これからまだ、ねえ」
 裸の男性に寄りかかり、胸を指でなぞり舌で舐める。

 フランザードは既に貴族男性の愛人になっていた。
 当初はフランザードももっと上の男性を狙っていたが、周囲の容姿を観て自分はあまり上の地位の人間を狙えない事を理解したフランザードは、すぐに目標を切り替え、あっという間に手に入る貴族男性の愛人になる。
 レミアルも同じ事を考えはいるのだが、フランザードのように貴族に見初められないでいた。
 部屋を掃除させる、させないで揉めている二人をグラディウスとエルメリアは黙って見つめていた。
 エルメリアは保身で、グラディウスは二人が早口過ぎて何を言っているのか理解できないので。
 そんな状況の中、ベッドの上に居る貴族が、エルメリアを観て歪んだ笑みを僅かだけ浮かべた事に、その歪みの対象とされたエルメリア本人も、肌を触れ合わせているフランザードも、ベッドを睨み付けているはずのレミアルも気付かなかった。

 勿論グラディウスは全く気付かなかった。

 結局怒ったレミアルが部屋を飛び出した事で、フランザードの意見が勝った形になり、掃除をせずに二人は仕事を終えることになる。

 下働きの二人が部屋から出て行き、部屋の空気がゆるみ、一瞬虚ろになった事を感じた後、フランザードは再び足を開いて貴族男性の上に乗る。
 その男性はフランザードの腰に手を回し ”遊び” を提案した。
「あの下働きを知人達と一緒に味わいたいんだが、手はずを整えてくれるか? フランザード」
 一瞬動きを止めたフランザードだが、すぐに笑顔をつくり答えた。
「ええ、もちろん手伝わせてもらうわ。ところで下働きってあのエルメリア、黒髪のだけで良いのよね。もう一人のは」
「あんな小汚い頭悪そうなのは触りたくもない。そのエルメリアだけで良い」

 グラディウスは夕食後に 《明日は午後の仕事はない》 と正式な通達を受けた。食堂で連絡をもらったので、何時も一緒に食事をしているジュラスが声をかけてくれた。
「良かったね、グラディウス。そうだ! 私も明日午後仕事が無いから、明日の午後は私と一緒に買い物に行こうよ!」
「……」
「グラディウス、買い物行ったことない? 宮殿には街もあって買い物が出来るようになってるんだよ。行ってみようよ! グラディウス、はい! お魚の骨取ったよ。さあ、食べて食べて」
「ありがとう、ジュラス。うん、明日の午後一緒に買い物に行くけど……うん」
「何も買わなくたって良いんだよ。観るだけでも楽しいと思うよ。わたしは観るだけでも楽しいの」
 ジュラスの笑顔にグラディウスも頷いて、その後食事をすべて平らげて部屋に戻り、リニアに明日の事を告げた。
「お買い物に行くなら、カードを持っていかないとね」
「……」
「どうしたの? グラディウス」
「あのね、お金使うなって言われたの」
「誰に?」
「うんーとね……フェリエさん」
 食堂でジュラスに買い物に行こうと持ちかけられた時からグラディウスが気にしていたのは、移動中の宇宙船での会話。
「フェリエさんって?」
 ”支度金に手を付けちゃいけない” と言われていたグラディウスは、カードを持って買い物にいってはいけないのではないか? と思ったのだが、それが上手く言えない。
 心配そうに自分を見つめている年上の女性に、今日初めて自分の話を最後まで、それも笑顔で話を聞いてくれたサウダライトの姿が重なる。
「あのね……あのね……いいや! リニア小母さん!」
「何が?」
「大丈夫! あてし大丈夫だから!」
「そう? 何かあったら聞いてね。私も頼りになるような大人じゃないけれど」
「ありがとう、リニア小母さん!」

 ”おっさんに話したら、何か教えてくれるはずだ!”  グラディウスはそう信じて眠りについた。
 

**********

 サウダライトは下働きを管理している女性の執務室に居た。
「カードを作っておくように」
「あの娘に与えるのですか?」
「そうだ」
 下働きと愛妾の統括者であるビデルセウス公爵クライネルロテアは、皇帝の前ながら不満な表情を隠さずに溜息をつく。
「……はあ」
「嫌そうな顔だな。まあお前は元々、私の愛人に関しては不満以外の感情を持った事は無いから、今の態度も珍しくも何ともないが」
 ビデルセウス公爵クライネルロテアは 《イネス公爵ダグリオライゼの娘》 父親が皇帝の座に就いた事により、皇位継承権のないイネス公爵の嫡流皇王族となった公爵姫である。
「父の愛人と、皇帝陛下の愛妾は違います」
 イネス公爵ダグリオライゼ、現皇帝サウダライトは十八歳の時に、同い年で同じケシュマリスタ属の名門ヅミニア伯爵姫と結婚して四人の子を儲けた。
 そのヅミニア伯爵姫は三十五歳の時に死亡し以来独身。
 独身でいた理由は、嫡子がいたので結婚する必要がなかった事と、愛人が欲しかった事にある。
 サウダライトの母親は先代皇帝の実妹だった為、イネス公爵であった父親は非常に立場が弱く、愛人の一人も持つ事ができなかった。
 ”愛人の一人や二人、抱えてもよろしくてよ” と母親が言っているのを聞いた事はあるが、それは父の身の破滅だろうと当事者ではないサウダライト自身ですら、肌に ”ひしひし” と感じていた。
 父親は愛人を持つことなく死ぬ。イネス公爵を継いだサウダライトは翌年、十年以上前から決められていた婚約者ヅミニア伯爵姫と結婚するのだが、この伯爵姫はサウダライトの母親によく似ていた。
 唯一違うのは ”浮気してもよろしくてよ” と言わない所。
 同属の副王家出の厳しい妻を前に、サウダライトは耐えた。恐らく妻が生きている頃に愛人を抱える事ができたなら、愛人にそれ程興味を持たなかっただろうが、長い長い父親の代からの押さえつけが、妻が死んだ事で解き放たれた。

 妻の葬式後、即座に愛人を四人抱えて喜ぶ様に、息子二人は父親の気持ちを理解できたが、娘は理解できなかった。

 後添が死んだ妻の様な女では愛人を抱える事が出来なくなると言い放った。これもまた息子二人には理解され、娘には理解されなかったが。

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