Alternative【09】

 イルト王国が国王の子以外を後継者任命したとき、異世界の人を召喚する理由は分かった。異世界から来た人が作った国なら、王家の血=異世界人ってことで、すごく幅広い。
「不正召喚ってそんなに分からないものなの?」
 でも国から独立を勝ち取るってことは、気合いだけじゃなくて、けっこうな数の人がいたわけだよね。
 異世界でそんな不当な扱いを受けていたとしたら、異世界人に協力を求めるようなことはしなかっただろうし。
「昔は通信手段も移動手段も限られていたからな。それに……これは……やっぱロシアか」
「ロシア? の人?」
「そうみたいだ……。書類にはイルト王国は建国八十四年」
「へえ。百年足らずだったんだ」
「俺たち日本人の感覚からすると浅いが、珍しいものでもない」
「アキラの国は千五百年以上続いているんですよね」
 アリカ王女の記憶をすっかりと失った私は、ロメティアの歴史も知らない。
「うん……」
 アイェダンにそう言われたけれども、はっきりとは分からない。どこから歴史が続いているのか今ひとつ。
 平安時代あたりはイメージ沸くけど。数えるとしたらどこからだろう?
「あのさ、アイェダン」
「なんですか? アキラ」
「ロメティア王国は建国何年? ほら、アリカ王女の記憶なくなってて、分からなくて」
 記憶がなくなったんだから、必死に覚えなければ。前世の記憶を持って転生して召喚されて、卵を産むだけの簡単なお仕事だったはずだけど、そうはいかなくなったからには努力しなくては。
「ロメティアはイルト王国よりも歴史は長く……」
「待った、アイェダン王」
「どうなさいました? 責任者殿」
「晶にちゃんとこの国の数学を教えてからにしないと、分からないと思われる」
「確かに数学苦手だけど、そのくらいは分かるよ」
「よくみたらイルト王国は俺たちの世界から見ると建国百年だ。すっかり忘れてた」
「ああ! 異世界は現在十進法でしたね」
「十進法?」
「俺たちの世界は十進法だが、異世界はほとんど十二進法だ」
「……」
 ”じゅうにしんぽう”ってなんですか?
 聞き覚えはあるような気がするけれど、はっきりと分からない。
「意味分からないんだろ? 晶」
「うん……」
「変な顔するなよ、晶。十二進法ってのは、単位としては十二で繰り上がるってことだ」
 ……十二は十二だから……十二だよね?
「もしかして私、二十歳過ぎて足し算できない子になったの」
「二十過ぎて”子”って言うな。十二進法もすぐに理解できる」
「本当?」
「……多分」
 響が腕を組んでそっぽを向いた。あからさまに嘘付いてる時に取る態度だ!
「苦手な数学をロメティアでも……」
 私、大学入試の時、英語と国語と社会だけで合格できる大学を選んだくらい数学苦手だったのに。
「そうだ、そうだ。お前は数学苦手じゃなかったんだよ、晶」
「え?」
 なにを言ってるの? 響。
 私のあの無残な数学の解答用紙を見て、響が”家庭教師は引き受けない”って明言したじゃない! 数学なんて簡単に点数稼げる教科で稼げないって不幸だな! と、そう言って笑ったじゃない!
「余計な知識ってか、アリカ王女の記憶があったせいで十進法計算が苦手だったんだ。俺が就職して、事情を聞いてから残っていたお前の間違いだらけのテスト用紙を見たら、十二進法なら合ってる答えが結構あった。アリカ王女の癖で十二進法で考えていたようだ。そして”黒江晶”は十二進法を覚えなかった。だから……まさか戻って来たら十二進法を忘れて十進法しか覚えてないとか、運が悪いとしか言いようがない」
「…………エニー!」

 召喚された時以上の殺意が、いま芽生えた!

「でも、なんで十二進法なの?」
「十二進法はなにも珍しいものじゃない。一年は十二ヶ月、黄道十二星座。十二支ってのもある。忘れてるだろうが、ロメティアは占星術が発達している国で、この占星術の基礎となる天文学を持ち込んだのが、イギリスの前の前の前に異世界召喚を管理していたヒッタイト帝国だ」
 ”前の前の前”って、一気にすごい遡った!
「ヒ……ヒッタイト?」
「有名なハンムラビ法典誕生の国、バビロニア帝国を滅ぼしたメソポタミア文明の国だ」
 四大文明!
 歴史で大学に入った身ですが、もうかなり忘れてる……なんて、響に知られたら馬鹿にした眼差しで見つめられる! 蔑みの視線はいや! ま、身内目線なので、他の人に向けるよりは優しいけれどね。
「……い、意外と古い時代から召喚あるんだね」
 でもヒッタイト帝国って島国じゃなかったような。……島国なはずないよね、メソポタミア文明なんだからチグリス・ユーフラテス川近辺で……。
「そうだな。俺はまだイギリス時代までしか把握してない。仕事しながら勉強してるから、なかなか覚えられなくてな。歴史は取ってなかったからな。晶はそこら辺詳しいよな」
「う、うん」
 嫌なこと思い出しちゃった。たしかヒッタイト帝国って、突然滅亡したって記憶がある。記録が残っていないから分からないって……突然滅亡? で、異世界召喚……えっと、えっと……まさか。そんなはず、ないよね!
「それで十二なんだが、前の管理国がイギリスさまだろ。イギリスさまと言えば英語だろ」
「うん」
 それは分かる。”英国”でイギリスなんだから、当然英語だ。
「11はeleven、12はtwelve。これ以降は13がthirteen、14がfourteen、15はfifteenと分かりやすい」
 響は言いながら小さめのノートを取り出して単語を書いてアイェダンにも説明している。こうして見ると、十二って意外に奇妙な数字なんだね。
「これらの数は計算には関係ないらしいが、とにかく十二はけっこう使い勝手がいい。この異世界だって球体惑星の上にあるから十二等分してすべてを計算する」
「あ、そっか」
 異世界だから天動説採用ってことはないんだ。そっか、地動説なんだ。
「だがこれは、異世界人にとっては大問題だ」
「これって……十二進法のこと?」
「そう。こればっかりは、王さまの情に訴えても変わらないから、異世界人が苦労する」
「情に訴える?」
 計算できません! って泣いて訴えるの? ……気持ちはわかる。さっきから「百年」と「八十四年」を十二進法で繋ごうとしてるんだけど、うまくできない。
「そう。王さまに”奴隷は駄目です”だから止めましょう。”人殺しは駄目です”極刑に処さずに幽閉くらい、”戦争は駄目です”相手の国の偉い人に惚れられる……といった感じで情に訴えて世界を変えるわけだが”私の世界は十進法だったので十二進法は廃止しましょう”は情に訴えようがないし、世界すべてが変わってしまうから受け入れてはもらえず、子どもでも分かっていることを必死に学ぶはめになる」
「……」
「そして、未だかつて召喚された者で、異世界の数の基本概念を変えた奴はいない。奴隷解放くらいなら誰でもするけどな」
「ヒッタイト帝国から来た人たちは?」
「ヒッタイト帝国は天文学と六十進法を持ち込んだ。十二進法がもとからあったから、天文学を受け入れることができた……らしい。奴隷の存在が正しいかどうかは、時代背景によって違うが、数は時代を考慮する必要はなく正しいものは正しい。時代がどれほど正しかろうが、間違っている数は間違っている。十進法は正しいのだから、十二進法にとって変わらせてみてもいいだろうに、誰も触りたがらない」

 あんまり、突っ込まないであげようよ、響。私の頭の中じゃ、十進法のほうが指を使って計算できるから楽だと思うけれども、それ以外の利点って思い浮かばないし。ずっと使っていた計算方法だけれども、広めようとは思わないし、根底が分からないから広められないし。いままでありがとう十進法。これから私は十二進法に切り替えます。十進法という考え方を捨てる私を許してね。

 ……もとの世界から遠ざかってゆくって、こういうことなのかもしれない。

「難しい数の話は切り上げて、イルト王国がロシア人が祖先ってどういうこと?」
「イルト王国は、海軍国家大英帝国さまご乱心の副産物だな」
 また大英帝国さまですか! イギリスじゃなくて”大英帝国さま”と言っている当たりに……想像は付かないけれど、酷いことなんだろう。
「大英帝国さま、なにご乱心したの?」
 イギリスっていうと、霧と紳士と魔法と紅茶と女王さまの国ってイメージだったけれども、最近はどうにも大英帝国さまだなあ。
「えーとだな。大英帝国さまことイギリスとフランスは、伝統的に仲悪いのは知ってるか?」
「知らない。過去の二度の世界大戦の時は仲間同士じゃなかった?」
「それとこれは、ちょっと違う。過去の世界大戦は脇においやっておけ。この二国の不仲の原因は面倒だから触れないが、仲が悪いわけだ。戦争したこともあるくらいに」
「ふーん」
「晶が覚えているかどうかは知らないが、フランスはロシアと同盟を組んだことがあった。時代はロシア帝国。共産主義国家ソビエト連邦になる前の話だ」
 その近辺はさっぱり分からない。
 せいぜい知っているのは歴代の書記長さんが「ふさふさ」と「つるつる」が交互にくるってことくらい。全員の名前は言えないけどね。
「ソビエト連邦になったら周囲と仲良くしてなかった……んだよね? あとアメリカとは冷戦状態だったって」
「そうだ。それで、まだソビエト連邦になる前の話なんだが、フランスは当時世界第二位の海軍を所持していて、ロシアは第三位だった。第一位は島国のイギリス。二位と三位が同盟組んだことが面白くなかったイギリスは”我が国の海軍力は二国標準主義”と叫んだとさ」
「その主義なに?」
「イギリスの海軍力は二つの国を合算したもの以上でなくてはいけない! そういう主張。ちなみに大英帝国さまは正直者なので、仮想敵国云々じゃなくて”フランスとロシア”と明言してた。ぶっちゃけると”フランス”と”フランスと同盟組んでる国”らしい」
「……」
 響が大英帝国さまと叫ぶ気持ちが分かる。
「イギリス人じゃないからここら辺の心の動きは分からないが、フランスとロシアが手を組んだのが余程腹立たしかったのか、ロシアに召喚陣を設置しまくった」
「なんで?」
 発想がよくわからない。
「嫌がらせらしい」
「迷惑な嫌がらせってか……管理してないじゃない」
「本当にな。それでフランス資本で建設中だったソビエト鉄道を邪魔しようとでも思ったのか、その沿線にがんがん設置していった。もちろんそれ以外の場所にも。管理されていない召喚陣だから違法召喚には使用しやすく、結果、多数のロシア人が異世界に誘拐された」
「うわぁ……その召喚陣、いまはどうなってるの?」
「八割近くは破壊された」
「凄いね」
「ソビエト連邦になってから粛清があって、それから逃れるために”あそこに行けばどこかに逃げられる”という噂が広まり、召喚陣に人が集まった。大勢の人が違法設置された召喚陣から異世界に逃れ、その先で第二ロシア帝国作って幸せに暮らしている。当時のソビエト政府は、人民逃がしてなるものか! と、召喚陣に攻撃を加えて次々と破壊していった」
 私が知らないロシア史……なの? 歴史って言っていいのかな?
「召喚陣って壊せるの?」
「物理攻撃、銃で撃ったりミサイルで掃射したら壊れる。そんな頑丈な作りじゃない。人を分解して異次元を抜ける仕組みだから、精巧さは必要だが、頑丈さは必要ないし、召喚陣だってまさかそんな扱いされるとは思ってなかっただろうよ」
「あー」
「ともかくソビエト連邦政府は、召喚陣を壊していった」
 ロシアの極寒の冬の夜、当局から追われ手に手を取って逃げる、頭に毛皮の帽子を被った男女が……見たこともないのに、適当に想像できちゃうのが恐い。
「責任者殿」
「どうした? アイェダン王」
「お聞きしたいのですが」
「なんでもどうぞ」
「召喚陣の下に集っても、こちら側から呼ばないと召喚は成されないはずです。新たな国家を造るほどの人を召喚したとなると……」
「それな。イギリスが手引きした」
 響の話を聞いていると、大英帝国さまの無双の後始末に奔走しているようにしか思えない。
「なぜ?」
「国家が奉じる主義が違うことによる軋轢というか、どちらもその国家の主義を認めないのでさまざまな行動をとる。その一つに亡命の手伝いというのがあって、亡命先の一つに異世界を用意した。俺たちの世界では”あること”なんだ。分かってもらえるだろうか?」
「はい」

 あとで知ったんだけれども、私たち異世界人は「王政は古い」「議会制にするべき」と、やたらに異世界の政治制度に口を出す傾向があって、その結果滅びた国もあるそうだ。
 もちろん滅びるのは改革を叫んだ異世界人がいる国。
 『革命』が飛び火してくることを恐れて、周囲の国家が手を組んで滅ぼしにくるんだそうで。同国人が政治で争って死者が出るのを目の当たりにしたことのない時代に産まれた私たちは、反発がどれ程のものなのか? 想像はしてみても事実の恐ろしさを知らない。まして特殊な民主主義世界で生きていて、それを元に机上の空論の中でも下の下に位置する政策を出してしまうんだとか。
 思い出してみれば私が地球に居た頃、国内の政変をニュースで見ただけでも、軍隊が出動してるわ、市民がいかつい銃を構えて乱射してるわ、報道関係者が死んでるわ。同国人同士でもそうなんだから、協定結ばれている攻撃なんて想像もつかない。
 この世界は他の国の制度や主義に口を出さないことが、国際条約になっているとか。奴隷制を止めることは、この条約に違反するので、戦争の引き金になるんだって。
 そんな世界に住んでいるアイェダンにしてみれば、大英帝国さまとソビエト連邦さんのエピソードは奇妙に映ったことだろう。
 ちなみに共産主義国家もあるらしいよ。奴隷制度とどうやって折り合いをつけているのか? 共産主義そのものが明確に分からない私には理解できなかったけれども、制度は多種多様で地球よりもずっと自由なようだ。

「響」
「なんだ? 晶」
「召喚陣の下に集うの?」
「ああ。地球側の召喚陣は地表から1.83メートルって決まってる。ちなみにこれは約六フィートな。長さは残念ながらイギリス基準。異世界もそれに準じてるから気をつけろ」
 同じ島国でも、細かいことは違うなあ。
 単位は違うことくらいは予想……もしていなかってけれどね。うん、世界全てがメートル通用すると思っていた時代もありました! ごめんなさい。
 数値は置き換えができないから覚えるしかないのか。いや、アリカ王女は覚えていただろうけれども……エニー!
「私てっきり地面に描いている物だと思ってた」
「地面から出て来たらキモイだろ。それより空中から降ってきたほうがマシ。美人なら地面から生えてきても許せるだろうが、ブスや並は空から降るっていう効果つきじゃないと、どうにもならないからな」
「……」
 響は美形だから言い返せない。たしかにアイェダンなら空から降ってきたらその美しさに驚くだろうし、地面から現れたら大地の女神かとおもう……ああ、そうだね。効果って大事だね。
「宇宙人が地球人を連れ去るシーンの元になった、って言えば分かりやすいか?」
「ええ! 本当のこと?」
「本当」
「じゃあ、宇宙人の地球人誘拐は、全部異世界召喚なの!」
「そうでもない」
「それ、宇宙人居るってこと?」
「守秘義務と言っておく」
 ”いる”と言っているのと同じじゃない。
「アキラ、宇宙人とはなんですか?」
「えっとね……」

 異世界の人に宇宙人のことを理解してもらうのは難しかった。

「勉強したことが無しになってるのが辛いなあ」
 響に教えてもらった異世界召喚の知識は、アリカ王女の記憶とともに失われていた。一年間かけて教えてもらった元の世界側の事情がなくなったのは痛い。
 従妹の特権ということで、暇を見つけては響が来て教えてくれることを約束してくれた。
 これからロメティアのことを知りつつ、元の世界の事情を学ぶことにする。それとアイェダンが言っていた備考欄だけれども、確かめたところ”卵の孵し方”しか記入されていなかったそう。八方塞がりにも感じられるけれど、響に言わせると”普通の異世界召喚よりはまし”とのこと。
「アキラ」
「……アイェダン」
 当初の目的通り、手探りで卵を産むことから初めてみることにしてみる。そして明日、侍女たちに言おう。寝室を飾り立てないでって。
 どうも彼女たち、卵を産むことと寝室を勝手に関係づけて飾ってるんだけれども、たしかに私も勘違いしてたけれどね。

 さあ! 頑張って、卵を産むために! 聖なる泉に!

【終】