PASTORAL −75
 皇帝の乗っている空母に戻ったエバカインだが、サベルス男爵に連れられてゼンガルセンの元に戻ってきた。
「薬が欲しいのですが……別にそれ程欲しいわけではないのですが……」
 口篭りながら、精液の味変わる薬が欲しいのですが……と告げられて、その依頼を受けた。危険極まりない男だが、それでも皇帝の身辺を守る近衛兵団団長でもあるので、この手の依頼を受けないわけにはいかない。
 間接的でも皇帝の口に入る薬となれば、高位の者が責任者として立ち会って薬を作成させる。ゼンガルセンは精製過程をみながら『此処で毒を仕込んだ薬を作らせて、間接的に……』と思わなかった訳でもないが、相手に対する厳しい検査方法を思い出し、それはやめた。
 本当に申し訳なさそうに頭を下げたエバカインが去った後、ゆっくりとシャタイアスは口を開く。
「薬を陛下に飲ませる気なのか?」
 変わった遊びとは言わないが、皇帝に薬を勧めるとは中々に出来ない行為。シャタイアスはそう取ったのだが、ゼンガルセンは手を振りながら否定する。
「違う違う。陛下の御為に飲む。あの皇子は陛下に口で奉仕していない」
 僅かながら拾える情報にある、陛下の閨の状況を語る。
 何の為に集めているのか? 別に下世話な好奇心ではなく、閨で自分の悪口などを吹き込まれると困るからだ。基本的に何時の時代でも、それなりの地位のある者は誰でも調べている事。閨で繰り返し「お気に入り」から讒言を聞かされて、無罪の者を処刑した……などというのは、珍しい事でもなんでもない。
 それともう一つ「お気に入り」が陛下自身に仇をなさぬか? それに目を光らせる為に。お気に入りが、あまりに讒言を繰り返すのも仇だが、それに類するものも多数ある。
 一つは「おねだり」だ。
 銀河帝国皇帝ともなれば、買い与えられない者は「無い」と言っても過言ではない。買い与えられない物は無いが、買い与えるには資金が必要となる。その兼ね合い上の問題だ。
 警戒している者も、別に質素で慎ましやかな生活をしろと言っているわけではない。皇帝の「お気に入り」になった以上、ある程度の要求は正当だ。だが、それが度を越すと色々と問題になる。そして大概において、その度を越した要求は閨の中で行われる。
 サフォント帝は紛れもない名君で、閨の讒言や睦言を真に受けるような人間ではない事、万人が承知しているが、それでも彼等は警戒するのだ。
「普通逆だろ。あの皇子が陛下にご奉仕する立場だろうが」
 そして、エバカインが要求しない所に彼等は「突破口」を見出せないでいた。
 これが閨で「“位が欲しい”などと言っていた」、そのような情報を手に入れればゼンガルセンあたりはそこを突破口にして、皇君云々を問うのだが(実際は問われて困る事ではないが)エバカインはあの通りの性格で、閨の中で欲しい物などを口にしたことは一度もない。
 情報を伝える側も嘘を告げ、それが暴かれたら自分が危うい事は知っているので、必然的に当たり障りの無い情報ばかりがゼンガルセンの元に届けられる。例えば、
「一回目で顎外れ、早々に戦線離脱だったそうだ。それにアレは無理だろ。我は大方の能力はサフォントと同じだと自負しているが、アレの大きさだけは完全に負ける」
 そのような物ばかりだ。
「……嘘だろ? だってお前、俺より大きいだろが」
 外見は見分けのつかない二人だが、臓器の大きさには若干の差異がある。性器とランゲルハンス島はゼンガルセンの方が大きい。
「最中の寝所に何度か連絡を告げに行った事はあるが、あれは凄い」
 事実を淡々と述べるゼンガルセンに、
「子供の頃は普通だったような……」
 かつての学友は、ともに着替えをした時の記憶を呼び起こす。
 彼等は自分で洋服を着るわけではないので、大概暇で誰かを観ている事が多い。その彼の記憶にあるサフォント帝は「普通の子供」だったらしい。普通の子供が六歳で結婚しているかどうかは別として、シャタイアス自身とそれ程違いはなかった記憶がある。
「信じてないなら観に行くか?」
「観る物でも、見世物でもないだろうが」
「本当にあの皇子を抱いているのか……と、休暇願いを提出してくる。行くぞ、シャタイアス」
「……解った、が。陛下が薔薇系の味、お嫌いなの知ってて薔薇にしたのか?」
「当然。そうだ、そうだ。陛下にお知らせしておくか。弟君が薔薇の精子になったって」
 脇でシャタイアスは目頭を押さえていたが、特に何も口にしなかった。
 そうして彼等は三日後に、寝所に向かう。
 二人で踏み込んだ寝所の、喘いでいるエバカインなぞには二人とも目もくれず、其方にばかり気がいっていた。
 特にシャタイアスは『二十年近く前は普通の子供でしたよね? 確かに皇太子殿下ではあらせられましたが……』色々なモノが脳裏を過ぎった。
 過ぎるに過ぎって、必要のないことまで、

『ああ、これは多分ハイジのヤツ“シャタイアスなど比べ物になりませんわ”とか言うな。言われても全く悔しくはない。これ程までに完全敗北していれば、言われても本望? 本望はおかしいか。敗北は認めよう、誰に対してかは知らんが。
だが……凄い。体格は全く違わないのに、頭脳や身体能力だけじゃなくてコッチまで上ですか陛下。
尤も上とかそういうレベルでは御座いませんが。それにしても貴方は、何時も私を驚かせて下さる御方だ! ……こんな驚きは欲しくはなかった気もいたしますが。
あ、痛ててて……皇子、努力家だな……面白いというか哀れというかギチギチというか。何言ってるんだ? 自分落ち着け、シャタイアス! あ、痛たそうだな、抜いた穴が即座に閉じる。
この皇子、あんまり向きじゃないみたいだな。痛覚耐性が我々レベルだったら、快感もなにも……知らんがな皇子の痛覚耐性レベルも、その快感も。関係ない事だ。
さすが陛下、普通の人間なら本当に貧血起こすと思います、その状態。貴方でしたら、意識的に造血も可能、いや容易いでしょうが……デカイな……無理だろ? あの女だってそれ程ガバガ……子供一人産んでるからこの皇子よりはマシか?』
 
 別れて全く悔いのない女ではあるが、その再婚相手を前に彼は色々と沈黙した。
 ついでにエバカインが少し可哀想になったらしい。

 全く関係の無いことだが「帝国最強騎士」というのは「機動装甲で最高の力を発揮できる者」をさしており、それから降りた場合には自分より強い相手がいる事も珍しくはない。だからと言ってシャタイアスが弱いか? と言われると誰もが首を振る。
 あの男は強いと。
 彼は特に精神の強さも有名だ。サフォントの学友の中では最も身分が低かった彼に対し、高圧的に接する者が一人居た。リスカートーフォンの嫡子アウセミアセン王子が、異母弟にあたるシャタイアスを召使のように使ったり、八つ当たりをしたことは数え切れない。
 打算の中で作られた「シャタイアス=シェバイアス王子」ではあるが、それなりの価値も地位も利用方法ある。その公爵家の算段を最も理解していなければならないはずの嫡子は彼を認めなかった。もしかしたら、誰よりも認めていたのかもしれない。自分よりも出来がいい異母弟として。
 自分よりも出来の良い彼に、無理難題を仕掛けた事は数知れず。罪を押し付けられて咎められそうになった事もあったが、サフォント帝が取り成して大体は事なきを得ていた。
 そのせいもあって、彼はアウセミアセンが嫌いでゼンガルセンの誘いに乗った。乗りはしたが、彼が賛同しているのは「公爵位の簒奪」までで「皇位の簒奪」には賛成していない。

そんな、立場を「主」の力量で左右される彼は、自分自身の立場を決めるべく敢えて危険な賭けに乗った。その精神力を持ってしても、

「ゼンガルセン王子」
「何だ? ナディラナーアリア」
「シャタイアスが真っ暗な部屋の隅で膝抱えて何か呟いているのですが、お心当たりは?」

それは“ベツモノ”だったらしい。

「ない。……訳でもないが、男は偶には部屋の隅で膝を抱えたくなる時があるもんだ。放っておいてやれ」
 “我も近衛兵団団長になって始めて見た時は驚いたからな……昔を知っている分、自分の成長の足りなさが解るんだろうよ”
 努力してどうにかなる物ではないのだが。とりあえず、会戦も終わったので好きなだけ落ち込ませておけば良いや、と話を打ち切ったゼンガルセンだが、そうも言っていられなくなる。
「畏まりました。ではゼンガルセン王子」
「何だ?」
「サベルス男爵は独身ですわよね」
「サベルス……ああ、ケシュマリスタの男爵か。そうだが?」
 大貴族の当主クラスともなれば、家名持ち貴族の家系はほぼ把握している。
 特にサベルス男爵は皇室の方で抱えた男だ。エバカインの側近用に年の頃や性格が合いそうなのを探し、それ用に教育を施した。当然それをゼンガルセンは知っているから……嫌な予感がした。
「あの方、貰いに行っても宜しいでしょうか」
 “やっぱりソレかっ!!”
「……少し待て。もう一回シャタイアスの様子見て来い」
 彼は心の中で呟きつつ、表面には一切それを出さないで「性豪」と言われるナディアを遠ざけた。
「畏まりました」
「おい! 連絡機! シャタイアス! 連絡……ああ! いないんだった! ……おい! クロトハウセ!」
 自分で通信機のマイクを握って、クロトハウセに直接連絡をする。
『何だ! ゼンガルセン! こっちは忙しいんだ!』
 連絡を受けたクロトハウセは、ゼンガルセン以上に怒気を含んだ声で答えた。
「忙しいじゃねえよ! ほら! あの、第三皇子の側近用に皇室で抱えたサベルス男爵にナディアが興味を!」
 砕けて言えば、ナディアが相手にした男は三日くらいで「男としての生涯が終わってしまう」のだ。まあ九代前の皇帝の悪夢に比べれば命がある分マシだが、終わってしまうのもそれなりに悲惨である。
 サベルス男爵は独身だが、筋書きがほぼ整っている。この先皇族側で結婚相手を決め、エバカインの動向にあわせて結婚させるつもりでいる。その子もエバカインの子の側近に……よって勝手にサベルス男爵を潰してしまうのは、小さいながらもイザコザになる。
 それを告げたのだが、通信機の向こう側から聞こえてきた声は、
『テメエでどうにかしろよ! コッチは今、私が陛下から下賜される予定の女の取り合いで、カッシャーニとゼマドとルビータナとザルガマイデアが大喧嘩してんだよ! テメエの所のテメエの部下くらいなんとかしろよ!』
 それはそれで切羽詰っていた。
 通信機を受け持つ兵士は何となく思った。「クロトハウセ大公殿下は母君といい……女運が悪い」と。エバカインの独り言並みに口に出せない言葉ではあるが。
「……手間とらせて悪かったな。お前も頑張れよ、クロトハウセ」
 通信を切って“サベルスを救出する為にはどうしたら良いか?”を悩んでいた。
 悩むといっても男爵を保護するしか方法はないのだが。戻ってきたナディアが口を開く前に、
「ああ、ナディア。行く前にやっぱシャタイアスを慰めてやってくれ。お前、慰め上手だろ」
 時間を作るためにシャタイアスを人身御供にした。シャタイアスなら、持ちこたえられるんじゃないだろうか? という主の勝手な言い分だ。
「あら? 宜しいのですか?」
「ほら、妻にも捨てられたし……なあ、慰めてやってくれ。ちょっと我は席を外すから……その間はバーミラントン、お前が指揮してろ」
 バーミラントン中将も男であるから、これから起こるであろう惨劇には同情するものの「シャタイアス閣下には悪いが、この手の問題は身内だけで上手く誤魔化すのが上策」と、
「畏まりました!」
 声を張り上げた。
「楽しみですわ。帝国最強騎士」
 司令室から消えていったナディアの後姿を確認後、機動装甲格納庫に、
「今から我が行く。最速のを出しておけ!」
 連絡を入れるや否や、ゼンガルセンは走り出した。
 白い軍服に赤いマントをはためかせ疾走する彼の表情は、明らかに人を殺しに向かうかのごとき形相。通路に立っていた兵士が彼の顔を見てそのまま倒れたりと大変な状態に。
 ついでに言えば、訪問すると相手側の空母に連絡をいれていなかったので、機動装甲射出口の扉をこじ開けて、侵入するという有様。ただ、焦っている彼はとても怖いので、誰も文句などつけようが無い。焦っていなくとも文句のつけようなど無いのだが。
 呼び出したサベルス男爵に、
「サベルス! サベルス! おい!」
「何でございましょうか、ガーナイム元帥閣下」
「てめえ、隠れろ! いいから隠れろ! なっ! ナディアが! 何したのか知らないがナディアがお前を気に入った!」
 因みにナディアはサベルス男爵の食堂前での態度が気に入ったのだ。人間というのは些細な事で人を気に入るもの。
「カザバイハルア大将閣下が……」
 事細かな説明がなくても伝わった。ので、
「お前も男なら聞いたことがあるだろ! なっ! だから、逃げろ隠れろ息殺してろ! そうだ! 陛下に許可取っとくから、部隊丸ごと陛下がおいでの区画に入れ! いいから即座にはいれ! 行けといったら! 早く行きやがれ! 早くしないとシャタイアスが死ぬから、早く行け!!」
 まくし立てて彼を皇帝の居住区画に押し込んだ。
 ゼンガルセンはその後皇帝に事態をかいつまんで告げ、再び機動装甲に乗って去っていった。ゼンガルセンのお陰で、その時は何とか無事に帰還できたサベルス男爵だが……

銀河帝国最高の握力を誇る女性と、天然ボケ皇君の側近になった男性の「かなり一方的な恋」の行方は定かではない。


novels' index next back home
Copyright © Teduka Romeo. All rights reserved.