PASTORAL −34
「すっかりと遅れてしまったな」
 やはり男性を賛美する詩をつくるのは、クロトハウセが最も上手い。古典文学のも通じているからな、クロトハウセは。
あの後、我々はエバカインを賛美する詩を作成して吟じていたのだ。
 クロトハウセの詩が秀逸であったが、傾向としては三人とも同じであった。青というか緑というか、瑞々しいまだ熟れていないであろう果実のような美しさを表面に出したものが占めた。
 それに熱が入りすぎて、執務室に到着するのが遅れてしまった。とは言うものの、取り立てて急ぎの仕事はないの……ん? ケスヴァのカウタではないか(ケスヴァーンターン公爵のカウタマロリオオレト)
 執務室の前の廊下の両脇に、長椅子が置かれている。私に面会を求めるものは、執務時間内であれば其処に座って呼ばれるのを待つのだが……あれが来るとロクな事がない。吉報を持ってくるという能力がなく、凶事を解決してもらう時のみ此方に足を運ぶ人間だから仕方ないのではあるが。
 まず無視をして執務室へとはいり、秘書に問う。
「何時から待っておるのだ」
「二時間ほど前から」
 私の執務室に入る予定時間に合わせて来たようだ。
「そうか。面会の用件は?」
「我々には。カルミラーゼン大公殿下でなければ語らぬと申されておりましたので」
 大したこと無さそうだな、それは。
 カウタは心の底より混乱すると、周囲に直ぐに語る癖がある。語った事で自分の心に平穏が訪れるという、かなり神経の太い男だ。それが喋らないで二時間待っているとなると、ただ「お願い」に来ただけであろう。
「私がアイスコーヒーを飲み終えてから通せ」
「畏まりました」
 エバカインを謳うのに集中し過ぎて、茶を嗜む所ではなかったので喉が渇いて仕方がない。
「待て、本日はアイスティーに。レモンスライスも蜂蜜も付けて」
「はい」
 エバカインはアイスティーにも似ているな。温かいのではなく、透明なグラスに注がれた琥珀の液体に、日の高さはやはり午前が似合うだろうか。空の色は……

− 二時間経過 −

 すっかりと時間が経ったのを忘れていた。中々に我が弟エバカインを詩にあらわすのは難しい。
「まだ待っているか?」
「はい」
「ならば通せ」
 それにしても相当に暇な男だ(私も言えたものではないが)……私はいいが、あの男暇にし過ぎてまた今年も税金を期間内に上納できず、我が兄サフォント帝に泣きつくのであろう。
「ケスヴァーンターン公爵当主が何か用か?」
 ケスヴァーンターン公爵家は麗しい人間が多い。
 我らが母である皇后も、美しくはあったが……ケスヴァーンターン公爵家の中ではそれ程でもない。美しさの基準値が高いのだ。
 私の前にいる「銀河帝国穀潰し」事カウタは、見た目は文句のつけようがない。優雅に波打つ金髪と、色の濃い非のうちようのない皇帝眼(右:蒼、左:緑)、肌と同色の唇(粘膜の色が薄い)……だが、全く楽しくないのだ。普通美しいものが目の前に現れれば、心躍るはずなのだが。
 幼少期からこの男と会っても、一度たりとも楽しいと思った事はない。当然「会いたい」と思った事もない。
「私も二十九歳になりました」
「そうだな」
「なので、議長か委員長を務めたいのです」
 議長と委員長は二十九歳から務める事が可能であるが、出来るのか? 出来ないだろう? 今現在、ケシュマリスタ王領の議会は全てカロラティアン伯爵(ケシュマリスタの大名門)に任せきりであるのだから。大体自分の王領で経験を積んでから帝国領で……言っても無駄か。
「……務めたい職でもあるのか?」
「いいえ。議長と委員長を務められる年齢になったので、是非とも」
「後で陛下にお伺いしておく。用件はそれだけか?」
「はい」
「下がれ」
 パタンと扉が閉じられた音を聞いた後、私は深いため息を付く。
「殿下、昼食は如何なされますか?」
「此処に運んできてくれ。動くのも億劫な程に疲れた」
 秘書は苦笑いを浮かべ、礼をすると給仕を招きいれる。
「全く……」
 あの男、前は我が兄サフォント帝に直接“地位”を貰いに行ったのだ。
『役職を下さい』
 何でもいいから欲しいと貰い向かった訳だ。それを受けたサフォント帝は
『欲しいものを三つ選んでいけ』
 そのように仰り玉座の前に五十もの役職証を並べさせた。あの男は、それを前に混乱してしまったのは言うまでもない。
 それ以降、役職を「考えて貰いにいく中継ぎ役」として私を選んだ。私としてもサフォント帝の負担を減らすのに貢献できるのだから良いのだが、アレが務められる議長職やら委員長職などあっただろうか?
「議長か? 委員長は無理であろうしなあ」
 あれに務まるものがあるとも思えぬが、幾つかリストアップしてサフォント帝にお伺いするか。
 ……バカでも生まれがよければ、それ相応の役職をやらないといけないのだよ。それが貴族の統制というものなのだよ。さて……だが今は、

「舞台の方を確認しにいく」

本来の仕事に戻るとしよう。


novels' index next back home
Copyright © Teduka Romeo. All rights reserved.