PASTORAL −27
 アルテメルトは自白剤を使われる事はなかった。
 それをするには帝妃候補である娘マイルテルーザを候補から外す必要があった。
 発表してからでなければ、アルテメルトに自白剤を使用する事はできないのが貴族の法律。皇帝の妻の父に当たるとなれば、準皇族と数えられる為、おいそれと自白剤なり拷問なりをする事が出来ない。サフォント帝はマイルテルーザの近辺を探らせると共に、異母弟の行方も追わせた。
 正妃候補の不備は一度に発表した方が効果は絶大であるが為に。
『コード確認。ガラテア宮中公爵が連絡艇使用中』
 軍刀を持ちながら、身分証を使用許可用のスロットルに挿しているガラテア宮中公爵の姿が確認されたのは、彼の義父アルテメルトが逮捕されてから十日後の事。
「第四人工衛星か。シャウセスがいたな、良い判断だ」
 執務室で報告を受け、映像を眼前に映し出させサフォント帝は口にした。
「私が出向いて事情を聞いて参ります」
 クロトハウセ大公が頭を下げると、サフォント帝は
「ルライデはおらぬが、どうだ? カルミラーゼン。余は弟と久しぶりの弟との再会をしてくるが、主も同行したくば許可するぞ」
「ありがたく存じます」
 サフォント帝がカルミラーゼン大公とクロトハウセ大公と伴った理由は、事態が切迫している現状であった。サフォント帝の予定では婚約破棄の発表は既に行われていなければならないのだが、珍しくサフォント帝は予定を延ばした。
「理由はなんでしょうね」
「我慢強いロガ兄の事ですから重大な、そして悪い話でしょうね」
 弟二人と共にサフォント帝はシャウセスが管理している人工衛星へと足を運んだ。既に室内で頭を下げて待っていたガラテア宮中公爵は、サフォント帝の靴を見て身体を硬直させる。
 背筋に力が入った彼の短い後頭部の髪の毛が揺れる。その様をみながら少しだけ、だが表情に出さぬよう心の裡で微笑した後、サフォント帝は声をかけた。
「面を上げるが良い、ガラテア宮中公爵」
 かけられた声に恐る恐る顔を上げたガラテア宮中公爵。
 二年ぶりに見た異母弟の、一段と愁いを帯びた表情にサフォント帝はため息の一つもつきたくなった。だがそれも当然表面に出す事はなく、ガラテア宮中公爵に帝星へと戻ってきた理由を問う。
 彼が口にしたのは他の誰もが推察したとおり、イネス公爵に関する事であった。この一言以外は。
「クラティネ。我が妻にして、実の娘であるクラティネで御座います」
 皇族は人前で表情を露わにしないのが普通であるが、この時は報告を受けた二大公は表情を少々歪めた。
 彼等の知っている『ガラテア宮中公爵』はそのような嘘をつく男ではない、だとすればそれは真実である。正妃候補四人のうち、二人までもが不適であった事実。
 皇家側の調査能力以上の物を持っている王家側、それでありながら王家内部の人間の統制が取れていない当主。
 放置しておけば近い将来、混乱が訪れるのは明らかであった。それを回避する為にも、サフォント帝は多種多様な手を打たねばならない。今回の正妃の事もその流れの中で重要な事件である。
 本来であればガラテア宮中公爵は、この報をもたらしたことを労われ直ぐに宮殿に迎えられる所だが、身の危険を考慮し
「しばしの間、其方は此処で生活しておくように。必要なものはシャウセスに命じよ。行くぞ」
 軟禁状態に置くことに決めた。三人はガラテア宮中公爵をそこに残して宮殿へと戻る。
 この報告を受けて、二大公は特にサフォント帝に指示を求める事もなく、またサフォント帝も指示を出す事なく、二大公は求められるであろう事を自らの判断で行った。
 カルミラーゼン大公が調査した所、マイルテルーザの母親はクラティネである事が判明。
 軍を率いてイネス公爵家の館に勤めて居た者全てを連行し、尋問したところ父と娘は肉体関係がある証言が取れた。
 世間的には『男と話しをしているのを誰も見たことがないくらいの深窓の令嬢』と言われていたクラティネ。内情をみてみれば、十四歳から父と関係を持ち十六歳で出産。アルテメルトの妻、当人の母親が死亡した後は、所構わずの情交を繰り返していた女であった。
「ルライデ、主の妻はデルドライダハネのみとなった」
「御意」
 サフォント帝はイネス公爵家を推薦したケスヴァーンターン公爵を呼びだした。
 『銀河で最も美しい容姿の者が生まれる家』と言われるケスヴァーンターン。現当主であるカウタマロリオオレトも、その言葉通りの柔かく波打つ金髪と、抜けるように白い肌を持つ、ケスヴァーンターン特有の線の細い和らげな顔をもつ。
 彼は容姿は良いのだが、それ以外は特段何にもならない、一言でいえば才能に恵まれない男であった。
 従兄弟同士でもある(カウタマロリオオレトの方が年上)ケスヴァーンターンの当主を呼び出し、サフォント帝は報告書を読ませた。度胸は全くなく、理解力だけは人並み程度には持っていた彼は、報告書を読んでいる途中で気絶した。倒れた彼の頬をサフォント帝が軽く蹴る。
 蹴られた痛みに目を覚ました彼は、平伏しながら許しを請う。
 彼は自分に才能がない事、そしてこの地位を保ってくれているのが従弟の皇帝である事は理解していた。それに対して不服を抱く事もなく、逆に自分にはない才能を持つサフォント帝に心酔してすらいる。家臣に心酔されるのは当然であるサフォント帝にとっては、何の感銘すらもたらさない行為でもあるのだが。


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