PASTORAL −186
 ゴンドラを降りて、ふと思い立ち……ちょっとだけ我侭を。
「お兄様! まだ一緒にいられる時間はありますか!」
 いや! 俺の未来ってか股間……違うけど、でも股間に関わることなんだ!
「構わぬぞ。そこの、カルミラーゼンに余の代役を務めるように言え」
「御意!」
 お兄様は時間を時間を作ってくださって、俺の皇君宮へ一緒に入ってくれた。お忙しいことは重々承知しておりますが、ですがっ! その……先ず腹減ったので、
「全然美味しくはないと思うのですが……その、母さんが作った物です。変なものは混入していないと思うので……どうぞ」
 母さんが作って持ってきてくれたサンドイッチをお兄様に勧めてみた。
 いや、俺一人で食べてもお兄様は何も仰らないだろうけれども、都合が悪いってか居た堪れないってか、
「貰おうではないか」
 そして俺は包みを開いた……母さんのばかかぁぁぁぁ!(何よ、煩いわね。あんたの方がよほどバカでしょうが!/ 宮中伯妃)
 “どうぞ” 言っておきながら……お兄様に勧める前に確認しなかった俺も悪いけれど! 六枚切りのパンにソースかけたジュパニッシュオムレツが “どんっ!” って入ってるのや、どう観ても昨日の晩御飯だったに違いない野菜サラダの残りがギュウギュウと詰められたヤツ、そして味を変える為に作ってきたと思われる生クリームとシロップ漬けのオレンジがこれでもか! と入っているやつと、切り落とされたパンの耳を油で上げて砂糖かけたの……
「中々にボリュームがあるな」
 見事に庶民の台所の残りご飯です!
「は、はい」
 宮殿で出るサインドイッチって一口大よりもっと小さい上品な形に、薄くても存在感がある具材が……まあ、これの方が俺は好きだけど。
「この野菜サラダの残りが一番無難な味していると思います。中に……やっぱり入ってました。ガーリックソルトで豪快に味付けした鶏の胸肉を焼いたものが入ってるので」
 胸肉、切っておいてぇ!! 固まりのままぁぁ! 母さん! とは言っても、母さんも愚息が陛下にこれを勧めるなんて思ってもいなかっただろうからな……愚息って自分だけど。まさに愚息だけど……
「ではそれを貰おうか」
 モソモソと食べながらお兄様のお顔を拝見。
「た、食べられる味ですか」
「そなたが作った料理に似ているな。いや、そなたが似ておるのか。それと美味だ」
「はい」
 食べながら、俺はお兄様にお尋ねし、出来れば変えて欲しいことがあった。
「あのですね……お兄様」
「どうした、エバカイン」
「……あの……結婚式をするという事は、儀式として皆様の前で、あ、あれをしている所を、王の方々に確認していただくのですよね?」
「そうだ。気にする事はない、召使と同じだ」
 お兄様にとって王は家臣でいらっしゃいますが! 俺にとっては王様なんです! お兄様よりは偉くないですが、俺からしたら雲の上の人。それで言ったらお兄様は大気圏外の人? へ、変な事言ってる場合じゃなくて!
「立ち会って下さる方々のお名前を教えていただきたいのですが」
 どこかの書類に書いているはずだが、俺見てないんだよねえ。これから目を通すことになる……挙式前まで徹夜だなあ。
「そうか。立会いは、先ずは親王大公全員。カルミラーゼン、クロトハウセ、ルライデ」
「はい」
 それは想像の範囲内です……兄とか弟にお兄様とのアレを見せる……なんか遠くに来ちゃった気がしますが。
「四大公爵当主全員」
「……」
 あの、ゼンガルセン王子はもう諦めます。拒否なんかしたら、またあんな風に言ってくるかもしれないから、聞きたくないのでそれは諦めます。前に見られたこともあるし……。
 で、でも……クレニハルテミア王とかサリエラサロ王とか……カウタマロリオオレト王とか……
「カルミラーゼンの妃クリミトリアルト、ルライデの妃デルドライダハネ。デルドライダハネは王太子としても並ぶだろうな」
「……」
 何かこう……胃から胃液がこみ上げてきたような……胃なんだから胃液で当然なんだけどさ。胆汁とかも混ざってそうな雰囲気が……。いや、今食べてるサンドイッチか! 吐けば勿体ないと叱れるので、我慢して飲み込んでるんだ自分!
「四大公爵の配偶者、及び王太子達。それと余の皇太子・ザーデリア。どうした? エバカイン。泣きそうな顔になって。何か困る事があるのならば、言え。言わねば通じぬ事、そなたも余も痛感したばかりであろう」
「は、はい……あの……立ち会うお方を、もう少し……」
「多くしろと? 構わぬぞ。皇王族全員連れてきても良い」
 俺とお兄様の育ちの違いがっ!
「違います! 少なくして欲しいのです! 正直、未成年者や女性の方に見せるのは……恥ずかしい……です」
 確かにそれは高貴なる営みかもしれませんが、俺とお兄様の交渉は違う好奇心を刺激する可能性もありますし、何より未成年に見せてはいけないような気がするのです。児童ポルノ法とかには抵触しないのでしょうか? ぎゃ、虐待になりませんかね?
 女性も、見たくないと思うのですよ……。
「そうか。では極力減らすとするか。男ならば良いのだな?」
「は、はい……正直、きょ、兄弟だけでは駄目でしょうか?」
「駄目だ。せめて四大公爵を二人は立ち合わせねば。幸い四大公爵の二人が男だ、カウタとゼンガルセンそれだけは立ち合わせ、後は諦めさせるか」
「で、出来たらそうして欲しいのです……」
「解った。そのように命じておくから安心しろ」
「我侭を言って申し訳御座いませんでした!」
 本当は大人数で確認するのが正しいのだろうけれども、少人数で通してもらった!
「良い。安心して何事であっても申せ。余はそなたの全ての言い分を聞き入れるわけではないが、譲れる箇所は譲ろう。余もそなたに男であるが配偶者となってもらったのだからな」
 譲ったって程じゃあ無いですけれども……譲ったのかなあ……譲ったことになるんだろうな。元々男の沽券も気迫も少ない上に、アレも薄くて飲みやすい夜の弱い男ですからして、立場的に抱かれるほうになっても、良いと思う次第です。

 お兄様を抱けと言われたら、さすがに割腹して果てさせていただきますが、そうではないので受け入れられます。

 お兄様を抱くなんて、言葉だけでも何か怖くなったし……それにしても、考えれてみれば男としてどうなんだろう? 何の疑問もなく抱かれている自分というのも? そう言えば、前に「女性を傍においてもいい」とお兄様は言ってくださった。
 俺の性的な欲求に考慮してのことなんだろうけれど……なんだろう、この……
「どうした、エバカイン?」
「えっと、お兄様……お兄様にお仕えしている間は、決して女性は必要ありませんので」
 男としてのダメっぷり。
 もう女性と関係を持たなくて良いことになったこの事実に感じる開放感? 皇君の立場のかかる責務や嫉妬などより、女性と交渉しなくていい事実の方が嬉しい……あ、でも他の男は嫌だなあ。他の男に抱かれたり抱いたりするくらいなら、女性の方が断然いい。
 要するに……
「お兄様」
「エバカイン? どうした」
「ちょっと呼んでみたかっただけです」
 そういう事だ。
 自分の口からでた言葉は、自分の真実だったってこと。
「可愛らしいことをするな、エバカインは」
最後に残った生クリームとシロップ漬けオレンジを半分にして、
「良かったら、どうぞ」
 お兄様に差し出した。
「楽しいな」
「そうですか。こんな事で良ければ、いつでも用意いたして待っております」

 仕えさせていただきます。


novels' index next back home
Copyright © Teduka Romeo. All rights reserved.