PASTORAL −12
 皆無言で兄上の傍を後ろを、列をなして歩く。歩くというよりは走っている……さすがだ……。兄上は毎日小分けにして四時間は運動なされていると聞いていた。
 それにしても凄い、あの刺繍で重いマントと(お着替えを手伝う栄誉を頂いた……欲しくはなかったが)ガイサンダルト銃(総重量11.2kg)を手に持って、頭上が揺れないで歩く様は恐怖すら感じる、否、恐怖“しか”感じない。
 因みに歩く際、頭が激しく上下するのは下品とされる、よって俺はかなり下品な部類。歩き辛いんだって頭の高さを移動させないで歩くのって……。
 そして、それについて歩く皆も。侍女だって平気だ、何せ宮廷侍女官は確りとした採用試験を受けているのだから、体力測定の。
 だが散策というよりは、やはり行進だ。水色の抜けるような空に、若草色の芝、そして遠くに見える花々の淡い色の全てを打ち消す陛下の真紅の髪。偶に微風があの重そうな髪を少しだけたなびかせるんだが、怖い……凄いんだってあの赤い髪。
 歩いている最中なので、他に考える事もないから勝手に宮殿の作り“おさらい”でもしてみよう。……何か考えないと、明け方の事を思い出すってのもあるんだが。
 宮殿、帝星の半分を覆う建築物だ。
 そこの前宮が通常の王宮、陛下に謁見したり舞踏会が開かれたり、式典が開かれたり、会議場があったり、挙式場があったり、葬式場があったり、墓所があったりするのが前宮。その前宮と後宮の間に位置するのが、召使達の住む場所。この巨大な宮殿の掃除をしたり雑事全般を任せる者達を住まわせる場所。
 後宮は中々複雑で、皇帝後宮と皇族後宮と王族後宮とに別けられる。宮殿から一生でないで生きていく王族などが住む場所が王族後宮。
 王族というのは、正式には皇王族と言い、皇帝以外の皇族の子を指す……くらいにしか俺もわからない。
 次が皇族後宮。三大公が現在住んでいる場所だ。現大公は宮を一つと屋敷が十五館ほど与えられている。
 最後が皇帝後宮。
 皇后宮、帝后宮、皇妃宮、帝妃宮、皇太子宮などを全て合わせた総称。
 後宮から前宮へと直接繋がっているのは皇帝陛下の私室のみ。陛下の私室というのは『寝室』をさしていて、その寝所を中心として皇帝後宮は造られている。
 あの寝室を取り囲むように、四正妃の宮の寝室がくっついている。陛下はそこから四正妃の寝室を訪れる、若しくは私室に呼び寄せる。
 余程気に入った妃でもない限りは、私室で閨を共にすることはないらしい。後は陛下の私室から伸びている五つの廊下で、別の妃が住む館がある区域へ向かったりもできる。別廊下は皇太子の宮へと続いている。
 正宮は陛下のお部屋を中心としているので、自身がいる宮から別宮へと訪問するのには大回りをせねばならない。
 大回り用の道も、使用許可と来訪許可を皇帝陛下に得てからでなければ許されないという、厳しい仕組みだ。皇帝陛下ご自身は必要ないが。
 謁見の間から続く私室は、私室ではあるが私室ではないと考えた方がいいだろう。
 廊下の一つが陛下の本当の私宮に続いているのだそうだが、俺は観た事はない。

……そう、許可が必要なんだよ別宮に行くのには。

 それを全く無視なされたのが陛下の母君……リーネッシュボウワ皇后陛下だ。
 今、庭を歩いて別宮へと向かっている……この道を彼女も通ったのだろう。許可など普通は下りないのだ、妃が別の妃に会いに行くなど。
 父帝も許可を与えなかった、だが皇后は諦めずにこの庭を三時間以上走って(それもドレス着用で)陛下が向かった正妃の寝室の窓を叩き続けたのだという。(寝室の窓は外の音が聞こえるように、それほど防音性が高くない)
 最初は父帝も甘く見ていたのだが、どの妃の部屋へ行こうとも、彼女は庭を抜けて寝室の窓をその拳で叩き続けた。雨が降ろうが雪が降ろうが彼女はそれを繰り返した。
止められなかったのか?
 止めようがないだろうな、相手はケスヴァーンターン公爵の王女。尚且つ彼女の母親は皇妹だった方で、王宮の内情には詳しかっただろうし、その知り合い王族も協力していただろうし(確実に兄上を皇帝にするには、他の妃が子を産まない方が良いので)
 俺が皇帝陛下の身に触れてはいけないように、皇后陛下の身に触れるのも不敬にあたる。
 それに……鬼の形相で、濡れた髪を振り乱して窓を打ち付ける女性を止めるなど……。それで、三正妃達は怖がって寝室から出て行ってしまった、皇帝の私室に呼んでみたがそうすれば今度は、皇后側の入り口のドアが、何か怖ろしい物体で叩かれて……。
 後宮内に強力なネットワークを持っていた皇后は、父帝が何処にいるのかを的確に掴んで、後は体力勝負で強襲し続けたのだという。
 聞いている分には大した怖さでは無いかもしれないが(俺は怖いけどね)実際体験したら怖いに違いない。
 ただ、俺の母親は(俺の母親は当然皇后陛下の宮で働いていた)『皇后陛下は皇帝陛下のことを、本当に愛していらっしゃった。それは間違いない』断言した。
 そうなんだと思う、皇后陛下は皇帝陛下が皇太子だった頃に、皇太子妃として迎えられた。その頃は他の公爵家の姫君はまだ妃になれる年齢ではなかったらしく、二人っきりだった。

その頃はそれほど仲が悪かった訳ではないのだという。

 皇太子時代は陛下と二人っきりだったが、皇帝陛下に即位後三人の正妃を迎えた。新しい妃が気になるのは……性というしかないだろう。それに、好みの娘に育て上げられているのだ。
 四大公爵は皇帝の妻、夫にしようと生まれた子を、それに合ったように育てる。陛下のお好みに合ったように。だから、興味が向くのも仕方ない事なのかもしれないが……
『休憩とかないのかなあ、兄上』
 おさらいも頭から零れ落ちそうになりつつ、俺達はまだ庭を突き進んでいた。俺も思う、皇后陛下は皇帝陛下を愛していたと、そうでなければこの庭を歩いて別宮を襲うような事はできない。やはり、銀河帝国皇帝の生母となられる方は、並じゃない。


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