PASTORAL −150
 サンティリアスに “降ろせ!” といわれても、無視して最寄のモノレール乗り場まで疾走したエバカイン。
「さあ、乗って乗って!」
「解ったよ! っとに……」
「あ、足、速いんだね……皇子様」
「ん? そうでもないよ。皇族の中じゃあ、普通の部類だよ」
【皇族】
 皇帝・サフォント
 皇太子・ザーデリア
 皇位継承権第二位・カルミラーゼン
 同三位・クロトハウセ
 同四位・ルライデ
 皇君・エバカイン
 以上六名
「ザーデリア殿下がどれ程の方かは知らないけど、親王大公だけで数えるとまさに真ん中、だから普通」
 皇族の【真ん中】と一般の【普通】は決して同義語ではないはずだが、エバカインの中では普通になるらしい。そんな事はある筈もなく、もう少し世間の普通を……と思ったが、即座にお世話になった宮中伯妃の[(バカ)息子は天然]という言葉を二人は思い出して、二人は会話を変えた。
「宮殿の中にこうやって移動する乗り物があるって知らなかった」
 今三人が乗っているのは、革張りの椅子と小さなテーブルに飲み物と軽食が用意されている、移動用車両。
 上部は覆われていない為に開放感がある。
「遊園地みたいだよな」
 縁に手を乗せ、周囲を見回すサンティリアスに、
「そうそう、あれに似ているよね。遊園地の子供列車。列なしたら楽しそうだよね」
 “似てねえよ! 誰が車掌だ? この皇子が車掌だったら……つーかよ! こんな豪華な革張り絨毯敷き詰め、高級酒と上等な肴が用意された、白地に金で装飾された子供列車が遊園地にあってたまるか!”
 思ったがぐっと堪えた。
 自分の船ならまだしも、宮殿内でそんな事を口走ってはいけない事を、教育を受けた奴隷・サンティリアスには良く解っていた。
 堪えて、飲み込んで、
「遊園地ってよりは、美術館だろう。まあ、帝国美術館よりも凄い美術館だろからな、此処は」
 あたり触りない返事を返す。
 そんな苦労しているサンティリアスは対面式の四人がけの椅子に、サラサラと共に進行方向に向いて座っている。対するエバカインは一人、進行方向に背を向けた状態。
「? あれ? 手振ってる人が見える」
 サラサラが左側で手を振っている人を見つけたあたりから、速度が落ち始めた。
「誰だろ?」
 エバカインは外部から移動車両を止めるように指示を出した人を確認しようと、備え付けの端末を操作する。
「アダルクレウス?」
 確認した頃には、既に静止して扉を開き、
「よお、エバカイン」
 サベルス男爵アダルクレウスが乗り込んできた。
「アダルクレウス? どうしたこんな所で」
 正装をしたアダルクレウスは、
「つめろよ、エバカイン! 初めまして、お二人さん。サベルス男爵アダルクレウス。このボケ皇子様の元学友で、つい先だって正式に側近に任命された貴族だ。よろしく」
 乗り込んできて、移動再開ボタンを押し、その手できっちりと着込んだ正装を崩しながら向かいの二人に手を差し出す。
 躊躇った二人だが、手を出して握手を交わす。二人とゆっくりと握手を交わした後、
「“どうしたこんな所で” って、お前についていくに決まってるだろうが。俺はお前の側近だぜ。ま、決まってからこっち忙しかったからまだ詳細な書類に目通してはねえが、特に何もないだろ?」

 これで忙しくなければサベルス男爵はエバカインが “皇君” である事を知ることができ、この場でエバカインも己の立場を知る事が出来たのだが、残念ながらサベルス男爵は全く書類に目を通しておらず、この先暫くの間ラウデとサイルにかかりっきりになる為 “エバカイン=皇君” と知るのはもっと後のことになる。

「あ、うん。アダルクレウスが側近か! これからもよろしくな!」
 嬉しそうに手を出してくるエバカインに、
「今更お前と握手しても」
 言いながらサベルス男爵は握り返した。
「でも忙しいって?」
「……この正装みてもわかる通り、招待されてたんだよ。リスカートーフォン公爵殿下の記念パーティーに」
 やっと襟を自由にし、カフスボタンを外し “はあ” と息を吐き出して、置いていたボトルの銘柄を眺め「これより二年前のほうが好きなんだよなあ」などと言いつつ、コルクを抜いてグラスにワインを注ぐ。
 男爵に手酌させてはならないだろうと、サンティリアスが手を伸ばすも “気にすんな” そう軽く笑顔で返し、逆にワインを勧める。
 ありがたく頂いたサンティリアスとサラサラは、高級ワインを舌で舐めながら、エバカインとサベルス男爵の会話を聞いていた。
 サベルス男爵によると、カザバイハルア子爵閣下より[我等が主の式典に参加してください]という招待状を頂いたのだと。カザバイハルア子爵、即ち副王の娘・ナディラナーアリア=アリアディア。
 我等が主ことゼンガルセンの従姉にあたる、エヴェドリット有数の軍人。
「何でカザバイハルア子爵がお前に招待状を? お前の家ケシュマリスタ属で、エヴェドリット属と婚姻結んだ事ないだろ?」
 貴族に疎いエバカインでも、サベルスの家系は知っていた。
 何せ、エバカインに家系図の見方やらなにやらを教える為に、サベルスは自分の家の家系図を教材にしたので。
「ないない。ないんだが……俺の代で……なんか、気に入られたらしい、カザバイハルア子爵閣下に」
 視線を落としながら溜息をつくサベルス男爵に、二人は “なんか問題ある女性なのかなあ……” 素直に考えた。それは概ね当たっている。だが、本質は決して理解できないだろう。彼女が性豪であるなど、二人は当然知らない。何より知らない方が良い。
「良かったじゃないか。名門じゃないか、かなり子爵閣下の方が身分上だけ……ど……うん」
 過去に妻が格上で、ひどい目にあったエバカインは語尾を濁らせる。
「身分とか家柄はなあ……でもよ、突然結婚に必要な書類送られて来てなあ……」
 アダルクレウスは名家の一人息子。
 今は亡き先代のサベルス男爵は、跡取り息子の嫁はかなり早い段階で決めていた。そう、エバカインの学友になる前に。
 貴族としては珍しい事ではないので、アダルクレウスはそれに従って十歳の時に四歳の “未来の妻” と引き合わされていた。相手は子爵家の娘。アダルクレウスには、それしか印象がない。何せ相手は本当の子供。
 余程の子供嫌いでもない限り、四歳くらいの子は見れば可愛いと思えるので、彼女の “可愛らしさ” を除外すると、アダルクレウスには “子爵家の娘” のイメージしか残らなかった。
 その後、第三皇子・エバカインの学友に選ばれ、他にも結構な数の自薦者が来るようになった。
 当然、元からの婚約者である子爵家の方でも、第三皇子がコケない限り(転び続けているという噂もあるが)出世が約束されたも同然の男爵と、何が何でも婚姻を結ばねばと必死になる。
 その必死さに “絶対子爵令嬢と結婚しますので” と誓約書まで書き、アダルクレウスはエバカインの為に、ケシュマリスタ王国軍の調整をして歩いていた。結婚はそれが終わってからと考えていた。
 アダルクレウスは初めて与えられた大仕事を確りとこなし、成果をはっきりと示してから、一家の主として妻を娶ろう。大仕事の後だから、少し多目に休暇を貰ってもいいだろう。その際には妻と一緒にいて……そう、至極全うな思考回路をしていた。
 とてもエバカインの親友とは思えないが、とにかくそのようなつもりだったのだが……
「子爵閣下、実家の婚姻許可証明と、ゼンガルセン王子に婚姻許可書を既に手に入れててな……誓約書まで書いてた相手と婚約不履行になると面倒だから、子爵閣下の所に出向いたら、招待状と式典用の衣装一式渡されて……まあ、子爵家の娘には名家の息子を下さるってことで……話を既につけられていた」
 電光石火の早業というか、狙った獲物は逃がさないというのが正しいのか?
 とにかく子爵は、簒奪に参加しながら着々とアダルクレウスと結婚する手筈を自分の力だけで整えていっていた。
「な、何か、凄いな」
 話を聞き、その行動力に圧倒されているエバカイン。
「カザバイハルア子爵閣下から直接招待された上に迎えまで寄越されたら行かないわけには。なんか、今日会場で陛下に許可を頂き、婚約発表する予定だったらしい。でもそこに “ゼルデガラテア大公に従え” って勅命が来て、コレ幸いで逃げてきた。お前が何処に行くのか、何すんのかは知らねえが、お前にしちゃあ良いタイミングだった、エバカイン。そして、俺も全力を尽くす。そんな訳で、よろしくお二人さん。それにしても、陛下も太っ腹だなあ。お前なんかにダーク=ダーマをぽんっ! と貸してくださるなっ!!」

九死に一生を得たかのように見えた男爵だったが……

 到着した宇宙港で待っていたのは、
「カザバイハルア大将閣下!」
 正装に巨大な銃を二つ肩に担いだ、子爵閣下。
「お待ちしておりましたわ、ゼルデガラテア大公殿下。ダーク=ダーマの用意は全て整っております。そうそう、申し遅れましたわ。この度、大公殿下の側近になる事を陛下に許されましたカザバイハルア子爵 ナディラナーアリア=アリアディア・レルマーティン・カレアティスアでございます」
 そう言って、隣に立っていた部下が持っている豪華な書類ケースを開き、エバカインに見せる。
「そ、そですか……じゃ、じゃあこれからもよろしくお願いいたします……」

 今此処に、サベルス男爵 アダルクレウス・ハルテメロウセウ・サンレスサアーサの[ダーク=ダーマ内三ヶ月間逃亡生活]が幕を開けた


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