PASTORAL −148
 軽くボコられた後、エバカインは二人から事情を聞いた。
 二人は、エバカインと別れた後にはめられて、ラウデとサイルが“何処か”に連れて行かれた一連の出来事を語る。
 ベッドに座り、全てを聞き終えたエバカインは、
「それ、全部本当の事なんだね?」
「嘘はついていない」
「キュリンセ00059は持っているだけで逮捕されるのは理解してるよね」
「それは……正当な逮捕で刑罰なら受ける」
「解った。じゃあ、無意味かもしれないけれど先ずは裁判記録と収監記録をあたってみよう。下級とは言え貴族が逮捕されたんだ、正当な逮捕なら必ず記録がある」
 そう言って立ち上がったエバカインに、
「その男達のデータは何処にも登録されておりませんよ、ゼルデガラテア大公殿下」
「オーランドリス伯爵閣下?」
 部屋の隅にいたシャタイアスの声がかかった。
 いつの間にか手には照会用の端末を持っていたシャタイアスは、ゼンガルセンにそれを渡し、受け取ったゼンガルセンは軽くエバカインに礼をして近寄ってくる。
 突然近づいてきたゼンガルセンに、エバカインは慌てて立ち上がり、
「あ、あの」
 エバカインの慌てぶりや、二人の恐怖に震える姿などなど意に介さずゼンガルセンは画面を見せた。
「“ラウデ・アリアト・カンバリアート・セフ” と “サイル・ベルモティア” 両者の記録は銀河帝国全ての刑務所にもありません。勿論、裁判記録もありませんよ」
 エバカインが二人の話を聞いている間だけで、帝国全ての収監記録と裁判記録を検索できるわけがない。
「え、えと。何故お二方がラウデとサイルの事を御存知なのでしょうか」
「貴方が乗ってこられたからだ、ゼルデガラテア大公殿下。それと、昨日そこの平民を助けたのが、我の部下でして。その部下が無用かも知れないがと、姿の見えない二人の事を探しておりました。アクセスできる全ての機関に照会をかけましたが不発に終わったそうです。まあ、不発こそが証拠となるわけですがな。今話を聞かせていただきましたが、その二人が捕まったあたりを支配しているのはテルロバールノル家門を持つ大貴族、名前は申しますまい。何せ “それ” は、皇王族を縁戚に持っております。此処で名を口にして情報が漏れては元も子もありますまいよ」
 エバカインは受け取った端末を二人に渡す。
 その画面には “ラウデ” と “サイル” の記録照会履歴があったが、何処にも二人は存在していない。
 エバカインは、余裕の笑みを浮かべているゼンガルセンを前に「自分は試されている」事を感じた。
“ゼンガルセン王子にしてみれば[大した事のない相手]なんだろう……だが、俺には……手に負えないと[思われている]”
 捕まった星域の名を聞いても、誰が支配しているのかエバカインにはわからない。恐らくその貴族の名を言われた所で、全く聞いたこともないだろうし、その貴族とどの皇王族が繋がっているのかも、調べなければ解らない。
 解った所でそれをどう対処するのか? それもはっきりとは解らない。
「よし! 一緒に探しにいこう! サンティリアス! サラサラ」
「えっ!」
「良いのか!」
「ああ! 俺は宮殿にいても何もできないだろうから、行こう! 先ずはその捕まった場所まで」
 皇族という “身分” エバカインはそれだけを頼りに、名も知らない違法行為を働く貴族に捕まった二人を探す事に決めた。……のだが、
「お待ちください、ゼルデガラテア大公殿下。大公殿下にはそれほどの余裕はないはずですよ。三ヵ月後の陛下の挙式に欠席なさるおつもりですか? 三ヶ月以内に戻ってくるとしても、細かい儀礼式は三ヶ月間毎日のようにあります。それらの儀礼を放棄されるおつもりでしたら、陛下から許可を頂かねばなりますまい」
 シャタイアスの言葉に、一瞬視線を落とすも、母親の笑顔を見て、
「では、陛下に許可をいただきます。ご指摘ありがとう御座いました、閣下!」
 申し訳ないが、儀礼の警備は外させていただこう! と決意をする。
 誰も警備しろなど言ってはいないのだが、今までのリハーサル参加でエバカイン、自分は警備だと思い込んでいた。
「……い、いえ。別に」
 “第三皇子、陛下との挙式をすっぽかすつもりなんだろうか……” シャタイアスの意見と考えは、
「じゃあ、まず……陛下にお会いしたい旨を認めた書を作って……えーと使者は誰になってもらおうかなあ。アダルクレウスでいいかなあ?」
 自分が[陛下の正配偶者]である事を全く知らない男には、当然通じてはいない。
「女官長。陛下へ此方においで下さる様に頼む紙と蝋と封を用意してくれ。それで……なんて書けばいいのかなあ。陛下に “お越しください” ってお願いした事ないから……えっと……」
 陛下はこの異母弟の所に頻繁に手紙を寄越し訪ねてくるが、その逆は今までなかった。
 何をどう書いたらいいのか? 誰に尋ねようか? 
 “目の前に絶対知ってる方はおいでだが……尋ねて良いのかなあ……いや! 躊躇っている場合じゃない!”
「リスカートーフォン公爵殿下! お願いがございます」
「我が参ればよろしいのですね」
「ふへ?」
 息子のあまりのバカ声に、宮中伯妃は持っていた扇の要部分が折れるほど、わき腹をど突いた。その部分を手で抑えながら、
「え、えと……何を」
「我も四大公爵当主になった事を実感できますな。シャタイアス、此処に残れ。それでは陛下にお会いしたい旨、伝えてまいります」
 そう言うと、ゼンガルセンは皇帝の私室に繋がるドアに手をかけ消えてゆく。
 何が起こったのか理解できないでいるエバカインに「皇君は宮中儀礼に詳しくはない」と皇王族側から伝え聞いているシャタイアスは説明をする。
「四大公爵の当主ともなれば陛下の私室を通過する事が許されてますので。陛下は玉座の間に居られますから、直ぐに公爵も戻って来るでしょう」
 説明をしてくれたシャタイアスに、
「は、はい! ほ、本当に、後でお礼を」
 エバカインは頭を下げる。
「私如きに、頭など下げられないでください大公殿下」
「いや! でもっ!」
「気になさることはない。あれはリスカートーフォン公爵になってはしゃいでいるだけですから」
「そう言っていただけると」
 シャタイアスがそう言ってしまったお陰でエバカインはそれ以上難しく考えなかった。
“そーか、公爵になられて嬉しいし、実感できるからね、うんうん……”

 宮殿にゴロゴロいる「ただの」大公の命を「あの」ゼンガルセン王子が聞くわけなどないのだが、エバカインにはそれが理解できていなかった

 [陛下から外出許可を頂いたら、帝国軍総司令長官(クロトハウセ)の所に行って戦艦を借りたいとお願いして、それから……]などとこれからの事を話し始めた直後、先程ゼンガルセンが消えた扉が勢い良く開き、
「陛下がお見えになりましたよ」
「いっ! 今ですか!?」
「ええ、我の後ろに立たれてます」
 まさか、連絡を取って直ぐに来てくれるなどエバカインは思ってもいなかった。
 叙爵式から一連のパーティーなどで、早くても一週間くらいかかるんじゃないかな? と思っていたのだが、エバカイン大好き皇帝は、ゼンガルセンに呼ばれて即座にやって来る。
 それはそうだ、何せ弟に萌えに萌えている皇帝、何はなくとも先ずエバカイン。その弟に呼ばれたとあっては、たいていの事を差し置いてやってくるのは自明の理……かなり一方的な自明の理ではあるが。
 何にせよ皇帝は弟に呼ばれたことが嬉しいので、
“陛下、嬉しそうだな”
 破顔していた。ただしその破顔は、他人から見れば破顔には到底見えないのだが。
 嘗ての学友シャタイアスは、その他人が見れば “怖い” としか表現できない表情を見て、少しだけ微笑ましくなった。
“本当にお気に入りなのですね、皇君が”
 学友として見慣れているシャタイアス。サフォントなど怖くもないゼンガルセン。この頃何とかお兄様の “お喜び” に慣れてきたエバカイン……は良いのだが……
「いい、二人とも。陛下が御出でになられたら動いちゃ駄目よ? 良いわね、何処か痒くたって絶対に動いたりしたら駄目よ。解ったわね!」
 まさか皇帝が来るとは思っていなかった宮中伯妃は、二人に急いで召使としての基本を教えて、自分は膝を折り頭を下げて出迎える準備をする。
 エバカインは大急ぎで部屋から出て、椅子を一つ持ってきて部屋の中央部に置く。
「じゅ、準備が整いました、陛下」
 エバカインの声に、ゼンガルセンが動き、そしてサンティリアスとサラサラの前に「エバカインにお呼ばれして超嬉し楽しホップステップモエモエオーラ」をまとった赤毛の第四十五代銀河帝国皇帝が完全正装で現れた。

 その時のこと、二人は終世忘れなかったという

『お婆ちゃん! 死んじゃやだ!』
『泣かない、泣かない』
『お婆ちゃん死ぬの怖くないの?』
『平気だよ。人は誰でも死ぬもんだし、なにより』

 初めて銀河帝国皇帝陛下をお近くで拝見した時の事を思えば死ぬのも怖くないねえ

『何より? 何?』
『何時かわかるよ。解らなくてもいいけどねぇ』

 解っちゃ駄目だと思われる


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