PASTORAL −102
 リスカートーフォン側から届いた映像は、あの家の色さながらに赤かった。
 公爵も第一王子もバラバラ。
「ゼンガルセンが肢体を裂いたのはアウセミアセンだけか。タナサイドは首だけを落としたようだな。相変らず見事な切り口だ」
 お兄様はそう言われ、
「カルミラーゼン、全て整えておけ」
 そのように命じられる。
 クロトハウセは無事らしいが、面会は未だに禁止。
 毒を盛った妃は処刑される事が確定。……誰も彼女に味方をしないから。彼女が縋るしかない実家は、彼女を最も邪魔者扱いして、どの家よりも処刑を押した。
 エリザベラ=ラベラ妃はお兄様を裏切った時点で、処刑されてもおかしくはなかった。だが、何故か処刑されなかった……それは……この時の為だったんだ……。
 彼女と会話した事は一度もない、ただ朝の挨拶で見かけただけ。
 一人で部屋に戻って、ベッドの上に座っている。
 お兄様にとってクロトハウセは大事な弟であり、最も重要な家臣だ。だから、今回の任も受けたのだろうが……辛かった。
 俺に命じて欲しかった、クロトハウセに毒を盛ることか、毒飲むことを。でも俺はそこまで重要な人物じゃないから、こうはならないんだ……。王女の夫になる事もできない、そしてクロトハウセに毒を盛ることも。
 もう少し自分が重要な人間だったら、半分くらいは肩代わりできたのになあ。
「大公殿下」
「何だ?」
「陛下からのお言葉 “宮殿に戻らずとも良い。離宮で少し休養を取ってから戻ってきても良い” との事。此処からですと、ファメル離宮が最も近く御成婚式にも遅れずに戻る事が可能です。向かわれるのでしたら、今すぐ準備させます」
 宮殿には戻りたくはなかったが、
「行かない。このままご同行してもよいか、許可を頂きにいってくる」
 離宮に向かっても、どうにもならないような気がした。宮殿に戻った所でどうにもならないんだが。離宮に向かって良いって事は、宮殿での役割は暫く無いって事。
 俺が事実を知った時点で、もう全ては終ってるんだ。何て言うのかなあ……今まで努力したつもりだけど、何も役に立てないんだな。
 お兄様に会いに行き、離宮には行きたくない事を告げた。
「ご同行してもよろしいでしょうか」
「処刑に立ち会う事になるぞ」
「覚悟の上です」
 お兄様は額に手をあてられ、
「カルミラーゼンに報告は後でうけると伝えておけ。ついて来るが良い、ゼルデガラテア」
 言われた通り、お兄様の後をついて私室に入った。お兄様は座られるなり、ため息をつかれて、
「離宮に行かぬか」
「行けと命じられますのでしたら」
「少し打ち解けられたと思ったが。確かにこのような事をすれば、そうもなるか。初めて会った日以上に強張った顔だ」
 頬を触られたんだが、どうして良いのか。
「ついて来るというのならば、止めはせん。ただ、そなたに嫌われるであろうな。余は肢体を切られたエリザベラに止めを刺す。首を切る、その様良く見ておくがよい」
「嫌いになどなりません! ただ……お役に立て無くて申し訳なく。離宮に行けばいいのか、宮殿に戻ればいいのかそれすらも判断がつきかねて」
 別に彼女の処刑される姿が観たいわけじゃない。お兄様を裏切った女であっても、実の弟に笑いながら利き腕を切られる様なんて観たくはない。
 反対側の腕を切るのは多分、カウタマロリオオレト殿下だ。左右のどちらの足を、ロヴィニア王とテルロバールノル王が切るのかは解らないが、最後にはお兄様が、いや “皇帝” が首を切られる。
 肢体を切った後、首を切り落とす。四大公爵と皇族の最も罪深き者に下される処刑方法だ。
 それも俺には代われない事であって、観ているしかない。
 切れますよ、幾らでも彼女の首切り落とせます。お兄様の代わりが出来るなら幾らでも……でも、俺にはその地位がない。
「嫌いになんてなりません」
 リスカートーフォンは体質的に出血に強いから失血死なんてまずない上に、処刑される時は痛覚は麻痺させられているからあるのは感触だけ、間違いなく首を切られる時まで生きている。
 だから、叫ぶ。誰もが最後まで叫ぶ、皇帝に向かって。
 お兄様は最後に彼女を見下ろして、その憎悪なのか懇願なのか、意味の解らない叫びなのかを受け止めるんだろう。
「そなたが嫌わぬのであれば、それだけで良い。余にとっては些細な執務の一つだ、心配する事はない」
 その後、お兄様は出て行かれた。お兄様にかける言葉なんて、俺には一つもないんだよな……

 二日程、何も考えずに過ごして落ち着いた。
 俺は宮殿に戻ったら、クロトハウセの見舞いに行って、その後カルミラーゼン兄上に処刑云々のお手伝いを申し出て、その後ゼンガルセン王子に挨拶に向かう。
 それだけだ、それだけ。
 そして、それが終ったら、少し実家に帰ろう。俺があんなにも混乱したのは、お兄様のお傍に居過ぎたせいだ。少し距離を置いて、皇帝陛下と俺の距離感を取り戻さなけりゃ。一年くらい実家に戻る許可を頂こう。
 ……で、その前に最後にちゃんと仕事しておこう!
 俺は、お兄様の、お相手を務めるべく後宮に、それも皇后宮に配置されたんだ! だから一回くらいは完全にご満足させようじゃないか! そうだよ! 俺は帝国の中枢に関わることは、基本的に関係ないんだから! 俺には俺の仕事があるんだ!
 という事で、お兄様を全て!
 先ず鏡を設置して、角度的に入っているかどうかを目視できるように。世に言うところのハメ……だが気にしない。全部収まっているかどうか、目視しないと解らない。ベッドの傍に、訓練用の酸素タブレットを用意、携帯式の心肺蘇生機も。指先にはめるだけで蘇生できるんだ、ある程度だけどさ。
 ローションとかゼリーとかクリームとかを並べ、後は俺自身を。
 下手に食事して嘔吐しようものならシャレにならないから、固形物断ってサプリメントで大丈夫。
 お兄様にお誘いをかけて、即お返事をもらえた際に備えて軽く準備をしてから、連絡を……
「エバカイン」
「あ? お兄様。どうなさいました?」
「どうもこうも、医師達がお前が奇妙な行動を取っておると報告しに来た。何をしておるのだ」
「お兄様を待っておりました! 準備は整っております! どうぞ!」
「エバカイン」
「はい! 何時でも待っておりますので! 帝星到着前に僅かでもお時間がありましたら!」
「余は生まれて初めて混乱しておるのだが、余はお前を抱けば良いのであるな。それで良いのだな、エバカイン」
「はい! そしてお願いがございます!」
「何だ、言ってみよ」
「絶対全部収めてください! お願いいたします!」
 お兄様が若干崩れかけた。
 医師となにやら話しをなさっている間、俺は受け入れられるように耐性というか、柔軟さってか、そこが薄氷なら思いっきり破って結構です! むしろ溶ける前にパキーン! と砕けるくらいでお願いいたしたく。
「解った、直ぐに相手をしよう。待っておれ」
「はい!」
 その間に、滑りがよくなるクリームなどを内と外に塗って、お兄様にスムーズに挿れていただく為に、ジェルとローションを持って待機していた所、
「落ち着け、エバカイン。幾ら忙しくとも、前戯も何もなしに挿れはせぬ。愛撫も出来ぬほど忙しいのであらば、相手にはせん」
 いや! 困るんです! お兄様に丁寧に扱われると、気持ちよさのあまりに意識が半分以上どこかに行ってしまいまして! 目的が達成されないのです! よくよく考えてみれば、俺は大して何もしておりませんでした! お兄様に気持ちよくしていただくばかりで!
 速攻突っ込んでいただきたい旨をお伝えすると、
「解った、解った。待っておれ」
 よし、頑張ってみるよ! 医師にどんな状態になる? と聞いたら股関節と骨盤に掛かる負担は並じゃないですよと。お止めになった方が良いといわれたが!
「エバカイン、それを寄越すがよい」
 別に下半身ちょっと壊れても、半生体のアレ移植すりゃあいいわけだし。ちょっと高いけど、買えない金額じゃないからな。
 頭を下げてローションとジェルをお渡しいたしました。

「無理をするなと、言っておるであろうが。余の言うことが聞けぬのか?」
「…………」
 こ、声が出ないんですが。
 意識は確りある、全身冷や汗が噴出している。でも、見る分にはまだ全部じゃないんだよ……
 お兄様が無理だというのに無理矢理こう……本当はお兄様に辛くないですか? とお聞きしたいのだが、その声すら出てこない。
 だが表情を見る分にはお兄様には余裕がある。だから、多分大丈夫、そして此処でお兄様の肩を押せば終わりだが……それで終ったら、覚悟も決めたし絶食もした意味がない!
 死んでもいい覚悟を決めたんだ! 最後の力でお兄様の腰に足を絡め腕は背中に回して、力の限り抱き寄せた!
 お兄様! 収めきるまでは放しはしませんよ! その位のつもりです。声は出ないんですが。
 お兄様はベッドに片手を付いて、
「ならば、望み通りにしてやろう」
 あれだね、ギシッ! とかミシッ! とかピキッ! とか。濡れた淫猥な水音とかいうのとは、限りなく遠い乾いた環境にいるようです。
 俺が向きでないのが良くわかります、俺自身よく解りました。
 役目が終っても、男に走る事はないでしょう。女性もなんか苦手……
 それにしてもあれだけ下準備したんだけど、痛みと衝撃で目の裏側が明るくなる。お星様が飛んでるってヤツか? 身体全体が別物になったような。
 でもね、
「お兄様……いかが、でした、か」
 無事に終ったよ。努力すれば、意識も失わず全て収める事が可能でした!
「そなたの内が悪い事は一度もない。全て収まらずとも、そなたの顔を見ているだけで充分だったのだが。本日は最高であった。さあ、治療してゆっくりと休め」
 何とか頑張ったよ、俺。もっと前に頑張っておくべきだった、ちょっと後悔している。
 お兄様をベッドの中から見送った後、やっとの思いで身体を起こして、一息つく。治療でもしようかなあ……
「大公殿下? よろしいでしょうか?」
 そう思っていたら医師が近付いてきた。ラニアミア……だったな確か。俺と同じ大公だったね。
「……あ? 何だ」
 でも俺の方が偉いらしい。
「お願いがあるのですが」
 その彼に頼み事をされた。
 ラニアミアの言葉によると、お兄様現在とても忙しいのだとか。普段なら、暇になる程の方なんだが、
「御成婚式と新公爵の兼ね合い、それに処刑などが重なって、とてもお忙しい状態でして……」
 身体の疲れはポッドで取れるんだが、身体自体を厭うってやつ。全部装置で何でもできるけれども、
「出来れば横になっていただきたいのです」
 寝なくてもいいから、せめてベッドに横になって欲しいのだとか。
「陛下は椅子に座り、目を閉じるだけで平気だと言われますが」
 お兄様の自制心と体力から行けば、椅子に座って一ヶ月とかやってしまいそうだ。ああ、昔寝ないで早死にした皇帝もいるってのに。あの帝王よりもお兄様の方が意思強そうですので、危険です。
「具体的な案はあるのか?」
 俺が我儘を言って今の状態を治さないで、お兄様に一緒に寝てくださいと言えばどうにかなるかも知れないと。駄目だったら、治療すればいいから、
「解った、我儘しておく」
 体中ギシギシ言ってるが、それでお兄様が休んでくださるなら全く問題ない。
 大まかな処置をして水分を取って寝ていたら、またお兄様がお出でになられた。時間をみれば、丸一日は経過している。当然寝てない訳だよね……少しはお休みになってくださらないと。
「エバカイン」
 言われながら傍まできてくださいました。あれだよ、心配させてるよな……でも、出来る事ならお休みになって欲しいんです。
 体も厭ってくださらないと、俺も含め臣達はみな心配なんですよ。
「折角の余韻を消してしまうのが嫌でして」
 余韻ってか、ギシギシなんですが。でも……嘘じゃないから、口にするには罪悪感はないな。
「熱も出ておろうが」
 お兄様は汗で張り付いた髪を指で剥がし、額に手を乗せられた。
「一緒に横になってくだされば、直ぐにでも。少しだけでよろしいので」
 本当に少しだけでいいんですよ、お兄様。お休みになってください。
 その一心で額に乗せられている手を掴んだら、お兄様は横になってくださった。
「エバカイン」
「はい」
「我儘をしたくば、もっとしても良いぞ」
 そのように言われて結構な時間、俺の傍にいてくださったよ。
 結局俺は帝星到着までの三日間、熱出したままお兄様の洋服の端を掴んで、夢と現の境をウロウロしていた。画面の向こう側から、カルミラーゼン兄上の怒った声が聞こえてきたような。
 お兄様は帝星に戻るまで、ずっと俺の傍にいてそこから指示を出していらした。
 その合間をぬいながら、俺の額に濡れタオルを置きながら、少しだけ苦笑された。困らせるつもりはないんだが、手段間違ったかな? とも思わなくも無いが、それでも、
「常々やってみたいと思ってはおった」
「良かったです」
「ただ、想像だけで終らせておくべきである事を知った。実際こうやって、熱を出しているそなたを看病するというのは、全く持って楽しいものではないな。原因が自分である事も関係しておるのであろうが」
「ごめんなさい……です」
「赤の他人ならば楽しめたかも知れぬな」
「でも、お兄様と一緒にいられて嬉しい……」

 少しは楽しんでいただけたなら嬉しいな。


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