PASTORAL − 96
 俺の言動を聞いて、兄上は考えられるように顎の当りに手を持ってゆき、俺から視線を外した。
 考えてみれば兄上は、俺の陸にあげられた魚、いや半魚人のような奇怪な動きを見て、愉快に思っていらしたのかも。いや、どう考えても俺の七転八倒を『見物』して楽しまれていたに違いない。それ以外、使い道ないからなあ、もんどり打ってる俺なんて。
 今日の兄上のご気分は、宴会芸のような俺の動きを観察する事であって……
「あの、お兄様がそのようなお気持ちでないのでしたら……申し訳ございませんでした! 分を弁えぬ口を利きもうしわ……ん……」
 薬がまだ効いていて、変な声を上げてしまう。
 だが! 薬が効いていようが最後まで言い切れ! 薬なんかに屈するな! それが軍人ってものだろうが!
「そのような事はない。どれ、そなたの誘いありがたく受けようではないか」
 そう言われ俺が剥いで散らかした高価に違いない玩具を手で弾き飛ばして、傍に来てくださった。
 壁にぶつかって壊れた音を立てた玩具達……高級品達の末路が切ないです。俺なんかに数分使われただけで廃棄されてしまう、超一流の玩具。
 もっと違う高貴な方を楽しませるのに使われれば良かったのに、本気で謝罪したい。
「どうしたのだ? エバカイン」
「えっと、壊れてしまって……申し訳ないといいますか……あっ……あの予算を無駄にしてしまって申し訳……んっ!」
「そのような事を気にするな。あれは余の個人資産で作らせたものだ。国庫には何の影響もない」
 むしろ其方の方が悪いような。
 兄上の個人資産って皇太子殿下に引き継がれるものですよね? その際に歳出目録みたいなの『例:愚弟に使用した性玩具』とか書かれる可能性もあるわけ……ああ! 何か羞恥プレイのような! 兄上の尊厳を著しく傷付けてるような! 公明正大な支出会計だけは止めて! 伏せて! お願いだから伏せてくれ!

*************

 ぴちゃぴちゃ、くちゅくちゅ、音を立てられるのもお上手で、その聞いていると恥ずかしいです。
 兄上はそれは丹念に、そのアレその……を飲んで、くださ……
 口を離していただきたく、頭を押すけれども、その時ってアノ時だろ? そのせいで力が入らないんだよ。ああ! 兄上、飲まないで飲まないで! すっ! 吸わないで、その……のこ、残って…るのなんて…ああ!
 俺ばかりが快楽を頂いて、居心地悪いです。
「お、お兄様、そ……そろそろ、いかがで、ございましょうか」
 俺だけが良くたって仕方ない。俺じゃなくて兄上が! 兄上が!
「待っておれ」
 言われて仰向けに寝ている俺の足首を掴まれた。あられもない姿ですが、この際……?
 何か……舌? え、そこ……あの……
「兄上! そこは!」
 やめてください兄上! そ、そんな所舐められないで! 突っ込むだけにしてください! いやです! いやです!
「お止めください! そ、そんな所」
 言っている傍から、舌がし……侵入して……ぷつん?
「うあああああ!」
 我慢できない! そんな事されるのは我慢できない! 兄上は皇帝陛下であって、そんな事?!!

 俺は兄上のこめかみに膝を入れた。

 もろに入ったらしく、兄上は壁の方に飛んで……間違いなく処刑ものだが、そんな事どうでもいい!
 兄上にそんな所舐められるくらいなら、死んだ方がマシだ! 処刑されたほうがいい!
「エバカイン」
「嫌です! イヤだって!! う……うあぁぁ!」
 身体を丸めて泣き出した自分が情けない。
「兄上は! 兄上に! おにいちゃん、そんな事しちゃいやぁぁ」
 兄上そんな事しないでくださいよ! 俺は、その……あの、抱かれるのは構わないのですが、そんな事をされるのは嫌です。頭を振りながら、
「何をなさっても構いませんが、それは嫌です。どうしてもと言われるのなら、この大公を殺害してからなさって下さい!」
 涙は止まらないし、鼻水は出てくるし、何を言いたいのかも解らないが、嫌だ!
「落ち着け、エバカイン」
 兄上が宥めるように撫でてくださる手を払いのけながら、
「お兄様、そんな事……そんな事!」
 俺一人で大騒ぎしているだけ……兄上のお顔正面から見たら、益々泣けてきた。
「二度とせぬと誓う故、許せ」
 俺の勝手な思い込みだけれども、兄上に皇帝陛下にそんな事をしてもらいたくないんだ。他の方にはしたとしても、俺は……嫌だ。
「うっ……うっ……なんで……」
「エバカイン、それについては後で謝罪を重ねるが、今問いただしたい事がある」
「はぃ……なんでございますかぁ……」
「余に抱かれるのは嫌か? 嫌であるのならばそうと申せ。今そなたは余に対し、偽証する権利は持たぬ。真実だけ述べよ。そなたが余に抱かれる事を嫌っているのであらば、このシュスターサフォント、銀河帝国皇帝として歴史に名を刻む者、その名において謝罪し以降二度と触れはせぬ事を誓おう」
 え? あ、あの……
 兄上に真正面から問いかけられたのは初めてだ。もちろん、兄上は皇帝陛下だから俺の意思なんて問う必要は無い……嫌かと問われて答えなければならない、そんな事想像もしてなかった。
 真正面から俺を見据えてくる兄上、嘘を付く権利はない俺。
 ……どうなんだろうな……
 なんだろう? 行為自体は嫌だと思ったことはないような、でもその行為の中には当然、今兄上がしたような事も含まれている訳だから。その……ああ! 考えるのは止めた!
「嫌じゃないです」
 嫌じゃないとは思うのです。
 もう直ぐ兄上にお相手していただくのが終わりだと思うと、一抹の寂寥感を覚えているような自分を自分が見下ろしているんです。
 何だろう? 兄上を皇帝陛下として尊敬申し上げる自分と、兄上を兄として思う自分以外の誰かもう一人が居るような気がしてならない。
「良いのだな、そなたが嘘を付けば確実に解るぞ。余はそなたの事を ”そなた以上” に知っておる」
 その誰かが必死に目の前の兄上に縋ろうとしてる。俺である事は確かだけど、俺には彼が兄上のことをどう思っているかは解らない。でもな……
「は、はい。その、お兄様にそこ舐められるのだけが、いや……でして……それ以外は、その……お相手していただけないと、さ、寂しいと申しますか……」
 せめて終るまでは、期間が終るまでは。
 そう思いながら兄上の赤い御髪を一房掴んで、お顔をそっと見上げた。兄上はお顔を手で隠していらしていた。仮面のようにしている手の向こう側でどんな表情をなさったのかは解らないけれども、
「あい解った。ではそれ以外で続けよう。道具も使わず舌も使わず、余の知力と手と男、それらを限界まで用い快楽を与えよう」
 ありえないくらいはっきりと言われた!!
 黙って玩具で弄ばれていた方が良かった気がいたします!!
 自分で言っておきながらですが、後悔してます! ごめんなさい!!
 俺の! 俺の!
「あっ! あっ……おにいさまぁ!」
 馬鹿ぁぁぁぁ!!
 本日何度目なのかなんて、数える気すらありません。


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