PASTORAL − 91
 うあぁぁぁぁぁ! 宇宙で最も訪問してはならないタイミングで兄上を訪問してしまった!
 兄上の上にいる女性が痙攣してる、ちょうどイッちゃったようです……あとベッドの周りには七人ほどの女性が、ほとんど全裸で待ってる状態。
 このタイミングの悪さは、久しぶりに感じる『生まれてきたら駄目な子』だった自分にまで回帰される!
 俺、こんなタイミングで兄上の寝室を訪れてしまうくらいなら、生まれてきたく無かったです。
 そして久しぶりに言いたい、生まれてきて申し訳ございませんでした! 陛下。
 兄上以下、皇后陛下の皇子殿下の皆様方、重ねてお詫び申し上げます。所詮、間の悪い異母弟です! その……ああ! 睨まれてる! 女性達に睨まれてるよ。
 そりゃそうだ、お相手していただく時間が減るもんな。
 兄上は痙攣してる女性をベッドに投げるように置かれて、ベッドから降り侍従にガウンを着させ、硬直している俺の方まで来てくださった。
「どうした? ゼルデガラテア」
 どうしたも、こうしたも……兄上……何故それほどまでに穏やかであらせられますか? 少しは叱ってくださいませんか?
 偉大なる皇帝陛下はこの程度ではたじろがないのでしょうが、俺はたじろぎまくりです。
「陛下。本日は誠に申し訳ありませんでした。その、料理を勧めてしまいまして」
「気にする必要などない。余も常々食してみたいと思っておったのだ。お前の気のきいた言葉に、感動すら覚えた」
 あんな事で、兄上の高貴なる御感動の琴線を震わせられるととても、その……それ以上に!
「あの……お邪魔して申し訳ございませんでした!」
 両膝ついて頭下げさせていただきました。本当に申し訳ございません! 俺も狙ったように最中にきちゃってもう……
「気にするな」
 兄上はどのような事が起こっても、動じる事はないのでしょうが、皇帝陛下が女性達と楽しまれている部屋に、知らずとは言え踏み込んでしまう異母弟というのは哀れなモノです。兄上がご寛大であればある程、苦しいです。
 ごめんなさいとか、そういうレベルじゃありません。
 自害とか命じてくださらないでしょうか? 全く持って駄目な弟ですが、自害くらいは出来るつもりです。今なら勢いで軽くいけそうです。
 処刑も可です兄上! 兄上に首を切っていただけるのでしたら、栄誉でございます! はい!
 正直、今この八階の窓から飛び出したい気持ちで一杯ですが、そこから飛び降りたくらいで死ねはしませんので、飛び降りたりはしませんし、離宮を汚すのも憚られますのでいたしません。折角の水晶離宮の水晶壁を蹴破るのも非礼ですしね。一応こんな俺でも水晶壁くらいは蹴破れますが……現実逃避中。
 何回も頭を床に擦り付け詫びてから、兄上のお部屋を後にさせていただいた。
 謝っても謝りきれないのだが、あまりあの場で謝罪し続けて女性達とのお時間を減らしてしまうのは本末転倒。
 明日、もっと謝らせていただこう。
 そう思いながら部屋に戻り、入浴して寝ようとしたんだが、自分のあまりの失態に眠気が訪れない。
 銀河帝国皇帝の家臣として、してはならない事をし過ぎた自分の不甲斐無さというか、間の悪さというか、無知というか、それら全部が合わさって逃避したい気持ちから、生まれてきた事に罪悪感とタップダンス、ってかもう色々と。
「酒でも飲むか」
 飲まなきゃやってられない、ってのはこういう事を指すに違いない。
 この場面を言わずして、どの場面を言うんだ? 誰もいない虚空に向って問いかけてしまったよ。
 眠くなるまで酒を飲むつもりだったんだが……どうにも眠くならない。
 俺、これでも結構酒強い方だ。これも顔のワリにと言われるが……そんな泥酔しそうな顔してんだろうか? それとも酒乱顔だとでもいうのか?
 大体、酒の強そうな顔ってどんな顔だ。兄上は酒には当然お強いのですが、世間一般にあのような迫力のあり過ぎる高貴なお顔立ちは存在しなから、一体何が基準なんだろう?
 出来る限り本日の「皇族として」「家臣として」の最大級の失態を考えないようにしつつ、酒に逃れていたら……
「ゼルデガラテア大公殿下」
「あ……朝か?」
「陛下がおいでに!」
 何ゆえに! 朝から兄上が俺の部屋に! 離宮で朝の挨拶は必要ないと聞いていたのですが!
 カーテンを開けさせたら、見事なまで朝! そして……
「あ、あにう……お兄様」
 夜着のままソファーに崩れるように座って酒を飲んでいる俺の前に現れた、何時ものように準ながらも正装なさっていらっしゃる兄上陛下!
「酒を飲むのはかまわぬが、昨日の事を気にしているのであれば酒は止めよ」
「申し訳ございません。即刻!」
「正直者であるな、エバカインは」
 正直者と申しますか……
「お兄様に嘘をつく事など決していたしません!」

 言えない事は多数あったりしますが

 兄上は眉間を親指と人差し指で、つまむように軽くおさえられ、
「お前の繊細さを理解しておらなかった余が悪かった。許せ」
「へ?」
 ”許せ”って何を? 何が? 何で? どうして? はい?
「三大公は気にもせぬのだが、お前は繊細ゆえに気にしてしまうのであろう。余の戯れと、そなたの謝罪であれば、そなたの謝罪の方が重要だ」
 ? そんな事ないでしょ? 兄上! 俺は、兄上が女性と楽しまれている時間を潰して良い立場にはありませんよ! あの三人の大公殿下は、その兄上の実の弟君ですので、その……俺と……あの!
「いえ! その! お兄様! あのっ!」
 
 今後一切、酒強いって言うの止める。

 目が覚めたら、清々しいまでの早朝だった。早朝4:44……話を聞くと、「俺なんかに、謝罪してくださらなくてよろしいのです!」と兄上を遮ろうと立ち上がった所、朝まで浴びるように飲んだ酒が一気に回って倒れたらしい。
 確かに、ふわぁ……と足元から何かが消えてゆくような感じはしたが、そんな事になってるなんて。今まで、酒で倒れた事なかったからな。
 結果的に丸一日寝てたそうだ……馬鹿か俺は……兄上への謝罪はどうするんだよ……
 こんな馬鹿な弟ですが、兄上は見捨てる事なく、
『お目覚めになられましたら、陛下のお部屋へ』
 との事。
 正直、こんな早朝に兄上のお部屋を訪問してよろしいのでしょうか? 思うのですが、召使いというのは最も偉い方の言葉を尊重するので、結局俺は朝早くから兄上のお部屋にお邪魔するハメに。
「おはようございます、お兄様。昨日、一昨日と……」
「体の方はもう良いのか」
「はっ! はい!」
 兄上の雰囲気が謝罪を許してくださらない……
「気にするな。どうしても気になるというのならば、この二日間の事を謝罪する事を禁止する。サフォントの名で」
「……は……い」
 昨日、酒で意識を失った自分が恨めしい。謝罪する機会すら失ったよ。
「さて、今日からは余と休暇を楽しむか」
 あれ? お仕事はどうなさいました?


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