ある日の朝
― 2008/08/26日記の続き ―

 ナサニエルパウダはエーダリロクに抱き締められながら朝を迎えた。
 背中に感じるエーダリロクの肌の感触と温かさに、もう少しこのままで居たい気持ちに当然ながら囚われたが、
「離してください」
 自分を包み込んでいる腕を除けながら、背中側にいるエーダリロクに声をかける。
 腕が自分に触れるか触れないかで、全く重みを感じない所から、背中側から手を回しているエーダリロクが起きている事は直ぐに解った。
「まだ、良いだろ」
 持ち上げられて除けられそうになる腕に少し力を入れて、ナサニエルパウダの口元に指を近づけて軽くなぞる。 
「良くありません」
 起き上がろうとするが、腰に腕を回されて引き寄せられてしまっては、ナサニエルパウダには身動きの取りようがない。
「今日は何の行事も無かったはずだが」
 何もまとっていない肌同士が触れ、昨晩のことを思い出し、ナサニエルパウダの肌が薄い桜色になる
「行事があろうが無かろうが、私には仕事があります」
 振り返らずにその様に言って、腰を抱いている手を軽く叩くも、
「一日くらいサボっても平気だ」
 抱き締めているエーダリロクは全く気にしない。
「私は殿下ではありません」
「うわっ! 冷てぇ!」
「そうではなく、私は殿下のように生きる事を容認される程、才能に溢れている人間ではないと言っているのです。殿下の血筋と才能でしたら無断欠勤など問題にはなりませんが、私はいたって普通の貴族です」
「あんたが普通の貴族なら、他の貴族は多分塵芥だぞ」
「もう、離してくださ……」
抱き締めている腕を動かし、ナサニエルパウダの良い場所に触れて声を遮る……
「殿下……時間にせかされるのは嫌です……」
「じゃあ、今日休みにしちまえば、好き勝手触れても良いか?」
「触れるのは何時だって自由ですけれども、私も……殿下ばかりじゃないんですからね」
 ナサニエルパウダの肌を撫で、弱い所を指で刺激し続ける続けるエーダリロクに、体をうす紅色に染めながら言い返す。
「それで許してくれるってなら……」
 エーダリロクは起き上がり、服を羽織りながらシュスタークに連絡を入れる。何度かの取り次ぎの後、
『どうした? エーダリロク』
 最近ではすっかりと早起きになったシュスタークが、目覚め爽快! といった面持ちで現れた。
「陛下。俺です、エーダリロクです。今日はお願いがありまして。あっ! ”今日は” じゃなくて ”今日も” ですね! ……」
 シュスタークに ”本日女官長に休みください” 申し出る。シュスタークはちょっと待てと視線を降ろして ”ロガ、あのな……” ベッドの上でシュスタークの隣で微睡んでいた皇后に意見を求めた
 すぐに ”はい。ゆっくりとお休みくださいと伝えて下さいね、ナイトオリバルド様” と優しげな声が聞こえてくる。
『ゆっくりと過ごすが良いぞ、メーバリベユ』
「はい」
 皇帝と皇后の性格からして ”休みを下さい” と言えば、すぐにくれる事は解っていたが、感謝を忘れずに二人は礼をする。
 通信が切れた後に、
「二人で過ごすにしても、まずは一度軽く身支度を整えましょう」
 ナサニエルパウダはエーダリロクの腕を引き着替えて、二人の子供、姫と公子の様子を見に向かう事にした。
「変わったところはないようだな」
 元気一杯な長子姫と、その姫の後をハイハイしながらついて回る弟公子の様子確認した後
「そうですわね」
 二人は何時も通りに部屋を後にした。
 休みなので……とナサニエルパウダは後ろ髪を引かれていたが、 ”午前中は二人きりで、午後は四人で遊ぼうな” とエーダリロクに囁かれ ”はい” と付き従う。

 中庭の見える場所で、寝椅子に横たわるエーダリロクと、寝椅子に座りエーダリロクに膝枕をしている。
「こういうのも、良いよな」
「ええ。殿下と一緒にいられるのでしたら」
「殿下じゃなくて、エーダリロク」
「殿下が悪いんですよ。ずっと私から逃げて、殿下としか呼ばせてくださらなかったのが。今更、簡単にエーダリロクなどと呼べませんわ」
 穏やかな空気のなか、そんな事を言い合いながら口づけを繰り返していると、
「セゼナード公爵殿下」
「なんだよ!」
 ”外からの連絡は持ってくるな” と命じていたのにも関わらず、側近の一人が通信モニターを持って駆け寄って来て、膝をついて画面を出す。
 そこには青筋を浮かばせ、歯軋りしている金髪の王が映し出されていた。
「アルカルターヴァ……」
 エーダリロクの声を聞いた瞬間に、
『本日は会議だろうが、がきゃぁぁぁぁ!!』
 親友が情夫をつとめる、ヒステリー王があらん限りの声と、
『落ち着いて下さい王! 画面に抱きついても、画面を殴ってもセゼナード公爵殿下には届きません』
 画面に向かって暴れている姿と、それを必死に止めようとしている側近・ローグ公爵の声が響いてくる。
「……」
 エーダリロクは通信を切って、
「よし、お前は良くやった。通信を切ったのは俺だ、後は気にするな」
 そう言って側近を追い出した。
「よろしいのですか?」
「今から出席した場合と、無視した場合、叱られる量は同じだ。これは経験による計算から導き出された100%と言っても間違いない答えだ」
「ご自身でその計算に必要なサンプルを集めた訳ですか」
「まあなあ。気にするなよ……」
 テーブルに乗っているフルーツなどをつまみながら、そんな話をしてナサニエルパウダの腰を抱き寄せると、
「公爵殿下!」
 ”また” 側近が飛び込んできた。
「今度は誰だ!」
「ケスヴァーンターン公爵ラティランクレンラセオ殿下が! 正式な面会を」
 書類を渡されたエーダリロクと、横からのぞき込むナサニエルパウダ。
「……」
「さすがに追い返す事はできませんわね」
 王からの正式な面会となれば、王弟のエーダリロクに拒否する権限はない。どんな理由で来たのかを知っていても、拒否できない。
「ナサニエルパウダ」
「はい、何でしょうか? 殿下」
「今すぐ、リスカートーフォンに金を払って依頼しろ ”ラティランクレンラセオをこの邸から引きずり出せ” とな。誰があいつなんかに、姫くれてやるもんか! 早急にな! 金に糸目は付けなくて良い!」
「はい。殿下は時間稼ぎを頑張って下さいね」
「おう、任せておけ!」
 エーダリロクは召使いを呼び立て、着替えを開始する。
 命令を受けたナサニエルパウダはすぐに ”ロヴィニア王” に連絡を入れて、そこからザセリアバ王を派遣してもらう手はずを整えた。
『誰がラティランなんかに、お前達の姫くれてやるか。任せろ、この私がザセリアバを【史上最高額の傭兵】にしてやるから。だが大事を取って、逃げろ。あのラティランの事だ、略奪婚も視野に入れていることだろうよ』
 ロヴィニア王に言われなくても、ナサニエルパウダも危険だと思っていたので、
「そこの」
「はい、公爵妃様」
「二人を連れてきて頂戴」
 即座に娘と息子を連れて逃げる事にした。

 邸の周囲が閃光に包まれた事を確認して、ナサニエルパウダの息子を抱いている手に、知らず知らずのうちに力がこもる。
 ラティランクレンラセオ王が連れてきた護衛と、ザセリアバ王が連れてきた軍隊が衝突し、直ぐに邸に轟音が響き渡る。
「殿下」
 ザセリアバが突撃してきた隙に逃げ出したエーダリロクは、
「おっ! 二人を連れて来たか! よし、逃げるぞ! お前達も待避しろ! 連絡が行くまで、自宅待機だ」
 そう指示を出して、娘と息子を抱いているナサニエルパウダを抱きかかえて邸から逃走した。


 結局二人が行き着いたのは、
「ここが一番安全なんだよな」
「そうでしょうね」
 大宮殿の後宮で、皇帝の私室に最も近い宮の一つ帝后宮の主である王子、
「よぉ、エーダリロクとメーバリベユ」
 ビーレウストが出迎えた。
 シュスタークが『ロガ以外の妃は迎えないから住んでいるがよい』と言うことで、住み続けているのだ。
 ただ皇后が入った為に四つの宮は男性配偶者名称から女性配偶者名称に代わったので 《帝后宮の主である王子》 という不思議な立場になっていた。
「ビーレウスト。暫く住んでいいか?」
「四人で?」
「ああ」
「構いはしねえよ。つか、むしろ此処に定住したらどうだ? 陛下の私室にも近いし、私室抜ける許可もらえば皇后宮まですぐだし、メーバリベユも仕事に向かいやすいだろ。ギースタルビアも見に来やすいだろうし」
(ギースタルビアは、ナサニエルパウダの子供達の乳母兼護衛)
 ”良いかもしれねえなー” 等と夫と親友が話していると、
「そろそろミルクの時間ね」
 腕の中の息子がむずがりはじめる。
「おお。好きな部屋で授乳してくるといいぜ」
 娘をも連れて別室に移動したナサニエルパウダを見送った後、
「二人とも元気に成長してるみてえだな」
「何一つ問題なく元気に成長中だ。三人目は二人がもう少し成長してからって考えてる」
「三人目が姫だったら、また大変だろう」
「本当にな。俺は王妃じゃなくて、皇子殿下の妃にしたい」
「その方が、会いやすいもんな。王妃や別の国の王子の妃にしたら会いに行くのも大変だし、それ以前に子供の頃から向こうで教育されるから、父親だとは思われないだろうよ……ん?」
 耳元に手を当てて、探る表情になったビーレウストは、
「どうした? ビーレウスト」
「ヒステリー王様がおいでだ」
「……」
 エーダリロクにとって、ありがたくない情報をくれた。
 ビーレウストはヒステリー王の情夫だが ”外聞が悪い!” とビーレウストがカレンティンシスの生活範囲内に踏み込むことを許可されておらず、用事がある際は絶対にカレンティンシスがビーレウストの元を訪れる形になっている。
「そう言えば、今日は技術庁の会議だったな。参加しなかったのか」
 端から見ていれば、カレンティンシスがビーレウストに入れあげているような形にしか見えないのだが、それを進言する者はいない。
 近しくない者にとっては、進言することによりどんな懲罰を食らうか? という恐れから。近しい者達は 《どうみても、兄貴が入れあげてるから、否定する必要もなかろう》 そのような判断から。
「おう、文句ってかヒステリーな連絡はもらった」
「逃げたらどうだ?」
「ナサニエルパウダと子供二人置いて逃げる訳にいかねえだろ」
 ここで顔をつきあわせたら大変な事になるが、だからといって妻子を置いて逃げる訳にはいかない。
「……カルに連絡いれておくか。おーい、カル。お前の所のヒステリー様がヒステリーで大変なことになってるぞ」
「まだ到着もしてねえのに」
「ヒステリーは確実だろ」

 ビーレウストから連絡を受けたカルニスタミアは、溜息をついた後、大急ぎで兄貴回収のために帝后宮へと走った。

「貴様! 会議を休んで儂のデファイノスの所に居るとは何事だ!」
 案の定顔を合わせた瞬間、怒鳴り出すカレンティンシス。怒りに我を忘れているせいで、
”儂のデファイノスだって、良かったな”
”別に言うことでも無いんだけどよ”
 結構恥ずかしい事言っているのだが、本人にその自覚はない。

「落ち着いて、落ち着いて」

 授乳の終わったナサニエルパウダは、入るに入られない部屋の前で、扉の隙間から面白そうに眺めていた。
 夫と友に此処に遊びに来て、この有様は慣れたものだ。
 初めてみる形になった姫はさすがに 《怒鳴り声》 に驚いているが、泣くような素振りはない。
 このくらいで泣いていては、この先生きてはいけないだろう。
「メーバリベユ侯爵」
「ライハ公爵殿下」
 呼ばれて大急ぎで訪れたカルニスタミアは、隙間から中をうかがい、
「……全く。眠った赤子が起きてしまうな。しばしそこで待て、エーダリロクだけは解放するように仕向ける」
 この怒鳴り声を聞きながらも、すやすやと眠っている 《大物になりそうな公子》 の頬を撫で、姫に簡単な挨拶をした後に、
「お願いします」
 扉を開いて乗り込んでいった。

 叫び声が一層酷くなったように感じたのは、ナサニエルパウダは自分の気のせいだと思って背を向ける。

「避難するったら……」
 無事、ヒステリー王カレティア様の説教から逃れてきたエーダリロクは考えて、
「結局陛下の所にたどり着いたな」
 皇帝陛下のお側が最も安全という結論に到達した。
「そうですわね。あら?」
 本日何もすることのなかった皇帝と皇后は皇太子と第二皇女、父三人に乳母であるシダ公爵妃とその子達と、他の甥達の全てを伴ってピクニックに向かう途中だった。
「仲良く過ごさせていただきましょうか」
「そうするか。二人きりはまた今度で」

「陛下! ご一緒させてください!」
「おお! エーダリロクにメーバリベユ。それに……」


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