小話1・エバカイン
― 嫉妬食人狂人とエバカイン ―

 只今俺はメッセンジャー。
 兄上……じゃなくて陛下がリスカートーフォン公爵を招いて食事をする。その最終伝令を俺が受け持った。
 最終伝令ってのは、部屋一つ挟んだ所で待機しているゼンガルセン王を、身分の高い者がご案内……最終伝令が俺な所に問題がありそうだが、残念な事に俺は今迎えにゆくゼンガルセン王の息子。
 正確にはエヴェドリット王、リスカートーン公爵の息子ではないけれど、ゼンガルセン王の息子の一人で、兄上の正配偶者……だからさ。
 四年も過ぎたけど、なんかまだ慣れないんだ。やっぱり一生慣れないの感じが。俺は扉の前で気合いを入れる為に姿勢を正してから、合図を出し扉を開かせた。
「ゼンガルセン父王殿下」
 《父王》 と呼べと強制されているので。本当は歯がゆいというか、恥ずかしってか、正直言うと怖いんだけど、此処で俺が 《父王》 と呼びかけない事により兄上に迷惑がかかる恐れがあるので。
 礼儀は必要だよね、うん。
「あん……王……」
「あん? 王? なんだ?」
 女性の声が聞こえてきた。何だろう……と思っていると、俺に向かって背もたれが向けられているソファーからゼンガルセン王が現れた。
 全裸の女性を腕に抱いた状態で。

 お楽しみ中でしたか……

「来たか」
 生まれた時から最高支配者階級の部類に属している方々は、こんな時でも悪びれるとか恥じらうとか、焦るとかないんだよなあ。
「は……はあ……あの、その、時間、間違って連絡を?」
 俺が一人で焦るだけで、周囲の召使い達も心得たもので、何事もないように着衣を直している。
「間違ってはいない。女を抱きたかったから抱いていただけだ」
「は……はあ」
 こういう時、俺は何と言えばいいのだろう?
 目の前にいる人は、俺の母親の夫で、浮気……をしているんだけど。この人達って浮気っていうのかなあ? 言わなさそうだよな。
 全裸の女性は肌が薄紅色に染まって、目が潤んでいて、足の間からは……何回かやった後なんだな。
 まあ王のお戯れ? お戯れでいいか! とにかく王様の女性関係に口を出す事はできない。権力的な問題で考えると、俺が口出ししようものなら大問題になるかもしれないしさ!
「陛下がお待ちですので」
「ああ」
 何事も無かったように、ゼンガルセン王を案内しよう! それが俺の仕事だ。

 ゼンガルセン王は若いので、母さんだけじゃあとても満足できないだろうなあ。同い年の俺は除外するべきで、ゼンガルセン王が凄いという違いはあるだろうけど。
 それになにより、帝星には母さんが居ないので、当然の流れで愛人が多数。でも聞けば王宮には一人も愛人はいないんだって。
 その理由、兄上曰く
《ゼンガルセンの愛人の中には、諜報活動を行っておる者が紛れておる。窺う相手は余であり、その行き着く先は簒奪だ》
 なのだそうです。愛人が対皇帝諜報員の隠れ蓑だったら、王宮には必要ないよね。でもばれるくらいなら、王宮でも愛人を置いた……隠す必要ない人だったな、この人は。
「気分を害したか?」
「何がでしょうか?」
 ゼンガルセン王の笑いを含んだ声が。この人を見下したような声。でも、不快感はないんだよ。
 生まれついての支配者の喋り方であり、それを感じさせる雰囲気の前にはひれ伏すばかりだ。
「女を抱いていた事に関してだ」
 なんで、俺が?
「いいえ」
 むしろ俺が母さんに「ゼンガルセン王が愛人を!」って言ったら、叱られると思うよ。そんな事くらい知っているだろうし、他国の王と王妃の寝室関係の話題に割り込んでくるような息子に育てた覚えはない! とか言われるに違いない。
「親子共々、面白くない」
 ”親子共々” ってことは母さん……にも見せたのか! いや、俺もその……そうだよな、普通に考えたら迎えに上がる時間を知っていて、抱いてた訳だ。
 そうか、俺母さんとやっぱり同じ反応なんだ。
「そうですか? どのような反応がお好みで」
「その返し方すら同じだ」
 いや、親子ですから。長年一緒に、それも二人きりで生きて来た親子なので言動は似て当然でしょう。
 食事を取る部屋の扉の前に立ち、陛下への連絡をいれて許可を頂いてから扉が開かれるまで、此処で待つ。
 早く開いてくれないかなあ……この人、悪い人だけど悪い人じゃない……でも苦手なんだよ。
 早い話がつかみ所がないから、上手く会話が運べない。
 解ってる、解ってるよ、アダルクレウス。俺が他人の性格をつかめない事も、会話を上手く運べないことも。
 でもさ……
「王妃も年だ。それにもとより容色が優れていたわけではないからな」
 そりゃ、ごもっともな意見だ。
 母さんも俺もそれは納得している、納得しているからこそ、この若くて研ぎ澄まされた美しさを持つ王が、多数の愛人を抱えても何も感じない。
「それは同意します……」
 強い力でマントを引かれ俺は体勢を崩した。それに気付いた時には、ゼンガルセン王の拳が壁にめり込んで、そして……
「来たか、リスカートーフォン」
「参りましたよ、陛下」
 兄上が立っていた。
 俺は兄上に引き倒された……らしい。
「どうした? リスカートーフォン」
 俺、殴られそうになってたんだよね。というかこの勢いで殴られてたら、間違い無く頭吹っ飛んでる。頭蓋粉々だよね。
 腰の剣に手をかけて俺を見下ろすゼンガルセン王……何で、こんなに人殺しのお顔になられていらっしゃって……
「余のエバカインが何かしたのか?」
「母親と言えども我の王妃と言う事、理解させておくのだな、サフォントよ」

 食事会の後、兄上に説明したところ答えをいただけた。

「あの男は独占欲が強い」
「そ、それは……」
 独占欲が異常に強いのは知っておりますが。
「 ”容色が優れていたわけではないからな” これに対して其方が言って良い言葉は ”そんな事はありません” のみだ。王妃を貶めて良いのは王のみと言う、やや歪んだ愛情であり、若い故の未熟な嫉妬でもある」
 三十歳を迎えられた兄上は、とても三十歳になったばかりとは思えない年長者の声で語られた。
「は、はあ……」
「だが気にせずに言うが良い。そのような事で暴走したゼンガルセン相手ならば、余もつけいる隙があって楽だ」

 その様に言われたので、俺は命の危険を顧みず、この先も母さんについては何時も通り評価するだろう。

「それ以前にお前、陛下から教えて頂いても状況読めないで、同じ事するに決まってるだろうが」
 アダルクレウスに言われた。
 それも……否定はしない。でもなあ、ゼンガルセン王の嫉妬なあ。
 所で何で嫉妬してるんだろう? 母さんの何処に、あのゼンガルセン王の嫉妬を駆り立てる……解らないなあ。

《終》


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