闇夜の王子
― ビーレウスト[男] × カレンティンシス[両性具有] ―


 ビーレウストは帝国宰相執務室の『愛と言う名の牢獄』に閉じ込められていた。
 数々の聴覚に対する拷問の後、一人で放置されている。
 帝国宰相の執務室の一角なので、室内の温度などは過ごしやすく、
「あーあー。まだ耳がちょっと……まあ、いいか」
 聴覚もゆっくりとだが回復していた。

 ビーレウストはシュスタークの影武者として、乗馬して式典に参加していた。乗馬での式典参加の場合、式典にサイボーグ馬は “ちょっと……” なので(詳細:繋いだこの手はそのままに21話)それらの式典には、姿形が最も良く似ているビーレウストが影武者として何時も参加していた。
 当然ながら『サイボーグ馬、格好悪いので』という理由はシュスタークには告げられていない。もっとも告げられたとしても、今回は代役を立ててくれとシュスターク本人が言ったであろう。シュスタークの大切な妻であるロガが、産後体調を崩し毎日側に付きっ切りの状態。
 ロガの体調不良に半泣きになっているシュスタークを、幼い皇女が慰めている姿が見られている。


 理由はどうあれ、ビーレウストは《慣れた》陛下の式典影武者を務めていた。


 その慣れていた式典で、ビーレウストは大失態を犯した。“皇帝” として出席していた式典で、まさかの逃走。理由を聞いて帝国宰相は死刑は飲み込んだが、死刑にされても可笑しくはない行動をビーレウストは取った。
「どーでもいいけど、腹減ったなあ」
 牢につながれて三日間、食事も水も与えられていない。断食は後四日続くことが決まっている。
 普通の人間なら死ぬ恐れのある刑罰だが、潜伏破壊行動などにも能力を発揮するように作られている体を所持しているビーレウストは、健康に害なく耐えられる範囲であった。ただ耐えられる範囲であっても、腹は減る。
「終わったら、エーダリロクの所に飯食いにいこう」
 結婚九年目の新婚家庭に飯をたかりに行く予定だった。
 もちろん出来の良いエーダリロクの妃であるナサニエルパウダは、ビーレウストが来る事は解っているので、既に食事の準備から何から全てを整えている。
 “腹いっぱい飯食ったら、その足で人殺しにいこう” あまり何時もと変わらないことを考えながら、床に直に座り溜息をついた。
 そうしていると、ビーレウストの発達した聴覚に足音が聞こえてきた。それは帝国宰相のもではなく、
「デファイノス!」
「何しに来たんだ? アンタ」
 アルカルターヴァ公爵カレンティンシスのもの。
 帝国宰相の執務室にノックもなし、一人で入ってきた緋色と金髪に彩られたテルロバールノル王の証である杖を持った男に、ビーレウストは心の底から驚きの声を上げた。
「何をしにきたか? だと。貴様、その! 儂に感謝されるとは思わんのか!」
「……は?」
 ビーレウストが式典の最中に逃走したのは “まさにこれぞ、嫋やかなる女の顔” としか評しようのない顔立ちで「儂」と連呼する、最古の王家の王の身に危険が迫っていたのを感知し、白馬を操り式典を滅茶苦茶にしてその場へと向かったのだ。
 カレンティンシスは塔の中に突き落とされ、その下に用意されていた半固体状の土瀝青の中でもがいている間に水が容赦なく流し込まれ死ぬ寸前。その肺に水が入り込み、意識を失いかけている塔へ銃を向けて穴を開け、手足をからめとっているアスファルトを撃ち体を引き抜いて、馬に乗せてそのまま巴旦杏の塔まで逃走した。
 カレンティシスの体はほとんどの人に知られていないので、治療する場合は細心の注意が必要となるが、アスファルトまみれで肺に水の入った国王を医療棟に運び込こむと、治療にあたる人選をする暇などない。
 ビーレウストはカレンティシスを担いで 《アルカルターヴァ公爵の柱》 に向かい、エーダリロクが “もしもの為に” と用意してくれていた治療器にカレンティシスを裸にして放り込んだ。肺の中にはアスファルトなども混じり、かなり状態は悪かったがビーレウストの対処が早かったおかげでカレンティンシスの災難は去った。
 その柱にある治療器なのだが、元々設置などされていない場所に “こっそり” とおいているもので、出力や機能はそれ程高くはない。その為、普通の治療器なら一日で済むところ、カレンティンシスの治療には約四日間を要した。
 離れるわけには行かないことと、カレンティンシスと一緒にいることを知られても困る……ということで、カレンティンシスの事に関してはカルニスタミアが上手く誤魔化す。
 カレンティンシスがビーレウストに救出されたと事は知られていないので、これは簡単だった。だが式典から逃走したエヴェドリットのバカ王子は、逃走したまま行方不明という形になり宮殿が大騒ぎになる。


 帝国宰相は早い段階でビーレウストが何処にいるのかを掴んだが、治療が終わるまでは待った。カレンティンシスの治療が終わって、出頭してきた際にはど突きまわしたが。


 表面上《行方不明になっている、式典潰したバカ王子》を捜索させている最中、ロヴィニア王とこの騒ぎの《本当の元凶》であるガゼロダイスの処分を決める。 
 カレンティンシス暗殺未遂はビーレウストに恋焦がれている《無性》ガゼロダイスが引き起こしたもの。もともと、カレンティンシスはガゼロダイスを使って実弟からレビュラ公爵を引き離すことをしていた。その際に『二人の関係を壊すことが出来たら、結婚の後押しをしてやる』と言っていたのだが……
「いや、儂が悪かったのじゃ!」
「どうでも良いけど」
 ビーレウストからの『俺を情夫にしねえか?』その言葉に何も考えられなくなり、自分でそんな事を言ったことも忘れて受け入れた。元々女性関係は派手で、それらを隠すことをしない男との関係は直ぐに周囲に知れ渡る。
 特にビーレウストとガゼロダイスの関係を知らないシュスターク帝だが、カレンティンシスが両性具有であることは知っているので、その関係を聞き『二つの性を持っている以上、一人では足りなかろう』と二人の関係を『公的』に認めた。
 結果『皇帝が認めた正式なアルカルターヴァ公爵の愛人』となり、ガゼロダイスは退けられる。
 それ以来、裏切った形となったカレンティンシスに数々の妨害をくわえてきたのだが、その都度ビーレウストに阻止されていた。ビーレウストはカレンティンシスを口説く際に『身辺警護に雇えよ』なる文句もあった。その言葉にカレンティンシスも縋る気持ちはたしかにあった。
 ちなみに口にした時、ビーレウストは 《対ラティランクレンラセオ》 を想定していたのだが、最大の敵はガゼロダイスだったという笑えないオチ。

 ガゼロダイスのカレンティンシスに対する言い分を聞いた帝国宰相とランクレイマセルシュだが、正式な書類があるわけでも金銭の授受などの証拠もないので、カレンティンシスには全く非がないこととされた。
 ガゼロダイスは悔しがったが、
「それが、王を継ぐと育てられた《男》とただの王の子の違いだ。ロヴィニア王族が口約束で動くとは、愚か者めが。私が恥をかいた」
 ランクレイマセルシュに捨てられ、肩をおとした。
 前ロヴィニア王第二子の現テルロバールノル王暗殺未遂事件は、皇帝の耳に入れないことに決まった。皇帝の耳には入れないということは、極刑を下さないということ
 王族の極刑となると皇帝自ら処刑の場に立ち会わねばならず、その際に詳細な証拠も提示される。ガゼロダイスが如何にしてビーレウストを気に入ったのか? や、果てはカレンティンシスとビーレウストの性行為の現状まで。
 やはりここでもカレンティンシスの体のことがあり、大っぴらになるとテルロバールノル側としても困るので、王の暗殺未遂犯に対し極刑は望まなかった。
 ガゼロダイスの処分は、宮殿に登ることを非公式に禁止され(王族の宮殿立ち入り禁止は、皇帝勅旨が必要。非公式は、帝国宰相権限)、ロヴィニア城に生涯幽閉されることとなった。もともと役職を持たないガゼロダイスが帝星に来る必要もなく、エーダリロクに会うためにビーレウストがロヴィニア城を今までどおり訪れるのだから、表面的に誰にも疑いはもたれない。
 ロヴィニア王は妹巫女を連れて帝星から去った。
「別にアンタが悪いわけじゃねえし。まさかガゼロダイスに出し抜かれるたぁねえ。あんなのでもさすがロヴィニアだなあ」
 ビーレウストは治療終了後、意識のないカレンティンシスをカルニスタミアに渡して帝国宰相の元に向かい、釈明と黒板を引っかく音攻撃を食らい続けた。
 その為、カレンティンシスが何故ガゼロダイスの誘いに乗ったのかは知らないし、本人の性格上知ろうともしない。
「儂がルメータルヴァンに誘い出されたのは! 誘い出された理由は……」
 言いたくないのが幼児にもわかるほど、顔を真赤にして詰まる。
「言いたくないなら聞きはしねえよ。俺は “情夫で身辺警護” だ。それをギリギリで遂行できただけだ」
 本当に興味なさそうに、簡単に言い切ったビーレウストに、カレンティンシスは頭を落とす。黄金の髪がふわりと揺れ、柔らかいオリーブの香りがビーレウストの鼻腔をくすぐる。もっともこの空腹状態人食い一族の前でおいしそうな香りを漂わせるということは、比喩ではなく本当に食われてしまうことになるのだが。だが普通の人間ならそうだが、相手は四王家の王。
「お前のことで話があるといわれて、一人で出向いたそして……嗤いたくば嗤えぇぇぇぇ!! うぉらああ! 嗤わんかあぁぁぁぁ! 愚か者と嗤うがいいさぁぁぁぁ! うおあぁぁぁぁ!」
 牢の隙間から手を伸ばし、柔らかい髪に触れようとしていたビーレウストですら突如顔を上げて叫んだその声に手を引っ込めた。
『何でそこで怒鳴るかなあ……コレが無けりゃあ綺麗な王様なんだけどなあ』

  “ソレ” がなければ兄ではないぞ(カルニスタミア)

 ビーレウストは黙って怒鳴り泣きそうになりながら早口でカレンティンシスが語るのを聞いていた。
 カレンティンシスはガゼロダイスに、ビーレウストのことで『どうしても二人きりで話がしたい。答え次第では諦める』という言葉を、疑ってはいたが『ビーレウストのことを諦めてもらえるのなら』という思いから、一人で呼び出し場所へと向かう。
 ビーレウストが影武者で出席していたのは帝国軍関係の式典。帝国軍の総指揮官であるシュスタークが参列しないわけにはいかない。そしてビーレウストはサボり癖があるので、居なくても誰も疑わない。
 軍人から縁遠いところにいるカレンティンシスは、国軍の総帥も関係回復した実弟に任せている為に、式典に参加する必要がなかった。
 ガゼロダイスの呼び出しは、式典を望める塔の上だった。小さく、だが誰よりも豪華に着飾り皇帝然として白馬に乗っているビーレウストを眺め、そして気を取られている隙にガゼロダイスに体当たりされ、半固体状アスファルトの張られた部屋へと落下する “はめ” になった。
「貴様に気をとられていなければ! 見ていなければ! かわせたはずなのだが! その……」
 ずぶずぶと沈んでゆく体と、頭上から降り注いでくる大量の水。
 水に押され沈み口に流れ込んでくる水とアスファルトに意識が遠退いた時、壁が破られ皇帝の格好をしたビーレウストが見えた。それを見てカレンティンシスは気を失い、治療が終わり回復した時には、側にカルニスタミアが居た。
「デファイノスはどうした?」
 思わず開口一番に “自然” に尋ねたカレンティンシスに、実弟はゆっくりと事態を説明した。
 助けに来てくれたのがビーレウストであったと説明されて、
「ほんの少しだが! 本当に少しだけだが嬉しかった! 二度と言わんからな! 嬉しかったなど! 二度言わぬといっておるぞ! 心して聞け! 嬉しかったぞ! 解ったか、餓鬼!」
『何回も言ってるぜ……脳血管にアスファルト混ざったか?』
 カレンティンシスは嬉しかったのだ、たとえ身から出た錆で死にかけたとしても。
 そしてビーレウストが処罰されていると知り、帝国宰相に掛け合おうとした。
 カルニスタミアがそれは自分が引き受けるから、カレンティンシスに回復した姿を見せに行くと良いと後押しし、その後押しでカレンティンシスは此処まできた。
「感謝なんざいらネエよ。無事で何よりだった……近いうちに俺個人がガゼロダイスのヤツと話をつけてくる」
 言いながら両手を伸ばし、カレンティンシスの顔を掴んで引き寄せ軽く口付ける。
「今、舌挿れると食いたくなるからな」
 そんな軽口を叩きながら、何度もカレンティンシスの顔に軽く唇で触れる。

 二人とも良い雰囲気で忘れているのだが、この部屋は帝国宰相の執務室である。カルニスタミアは兄の希望を叶えるべく帝国宰相に掛け合い、帝国宰相は条件を提示しそれで合意する。ガゼロダイスの一件でもわかるように、口約束では後々問題が起こるので、それらは直ぐに文書化される。
 帝国宰相とテルロバールノル国軍総帥クラスの示談となると、国に直接関わることになるため、文書化する場合は帝国宰相の執務室で行われる。

 それで、帝国宰相の執務室でキスシーン。ディープでなかろうが、帝国宰相が許せるわけもない。今にも怒鳴りつけそうな帝国宰相の口を塞ぎ、体を押さえながらカルニスタミアは焦った。
 どうしたら帝国宰相との示談を保ったまま、この状況を打破できるか?

 そして彼は動く。
「スイッチ、ポン!」
 実兄の特性と、ビーレウストの特異性を合致させて部屋を暗くした。
 次ぎの瞬間、
「うぉぉあああ! 暗い! 暗いのいやぁぁぁぁ!」
 暴れだすカレンティンシス。
「いてっ! 叫ぶなよ。まだ耳痛ぇんだよ!」
 帝国宰相の拷問により、未だ痛む耳に容赦なくぶつかるカレンティンシスの叫び声。
 暗がりで耳を押さえている王子と、転がる王を尻目に扉を閉めてカルニスタミアは帝国宰相に向き直り、
「これで許していただけますでしょうか? 帝国宰相閣下」
「まあ良かろう」
 無事許可を得た。
「後は好きな時に明かりつけてください。引取りに来ますので」
 そう言ってマントを翻しその場を後にする。

― 恐ろしい男だ、カルニスタミア ―

 帝国宰相はその男の後姿を見送りながら、自分の執務室で騒いでる《男二人》に向かって怒鳴りつけるために、扉を叩き開けた。
「人の執務室で乳繰りあってんじゃない! 色ボケ共!」
 瞬膜がかかって未だ暗がりの中にいる半泣きカレンティンシスを抱えて、顔に青痣鼻からは大量出血しているビーレウストが解放されたのは、それから十分後のことだった。
「帝国宰相も、少しは両性具有に手加減するようになったんだなあ」
 言いながら、彼は腕に『うぉほぁぁぁぁ! うがぁああ』色気なく叫ぶ国王を抱いて闇夜の中、部屋へと戻っていった。


《終》


Novel Index

Copyright © Teduka Romeo All rights reserved.