剣の皇子と偽りの側室【01】

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[それぞれの関係。および認識]

エドゥアルド・ラージュ・エサイアス(二十歳)
現ラージュ皇帝の第三子。生母は皇后シュザンナ。兄は第一皇子バルトロ。
(”私の名を呼ぶまで”エドゥアルドは十九歳となっていますが[51参照]完結時には二十歳となるので、ここでは二十歳とします)

 エドゥアルドが物心ついた時には、五歳年上の兄バルトロは皇后を生母に持つ大国の第一皇子でありながら、側室が産んだ異母弟にその地位を譲り信仰の道へと歩み出していた。
 父である皇帝と、二人の生母でもある皇后が、異母弟……エドゥアルドから見ると異母兄ヨアキムに次の皇帝の座を譲ることを希望していたので、異論は唱えはしなかった。皇帝になりたくはないかと聞かれることはなかったが、それらしい意味を含んだ言葉を何度か投げかけられたことはある。だが、エドゥアルドは持ち前の精神力で無視を貫いた。
 両親は優しく、兄も穏やかでいつも弟であるエドゥアルドのことを気にかけてくれていた。そんな家族を悲しませたくはなかったのだ。

 次期皇帝と両親が切望していた異母兄であるヨアキムには「一族」という認識は持っていた。
 後宮で顔を会わせることもあったが、二人は専ら王城の鍛錬所で互いの姿をよく見た。皇帝となるヨアキムは自らの身を守るため。エドゥアルドは皇帝以外の道を模索し、軍人になることを決めたため。
 二歳違いの異母兄弟は歩み寄ることはなかった。
 一度エドゥアルドは歩み寄ったのだが、己の剣を振り下ろす姿を確認するために設置されている鏡の前で並んだところ、二歳しか違わないヨアキムの身長が自分よりも凄まじく高く、五歳年上のバルトロ(ヨアキムからすると三歳年上)と同じ程で、誇り高く自我がめきめきと成長していたエドゥアルドは生まれて初めて『むかつき』を感じて、以来並ぶことを避けていた。

 ヨアキム、エドゥアルド”微妙に不仲説”始まりである。


 成長期を経て差が顕著なものとなり、もはや逆転することは到底叶わず、僅差になる望みもなさそうになった頃には、周囲の者たちに微妙な不仲の原因に気付く者もいたが、けっして語らなかった。
 下手なことを漏らすと呪われる可能性があるからだ ――

 とうのヨアキムはと言うと、嫌われていることは分かっていたが理由は「側室の息子である自分が次期皇帝と言われるからだろう」わりと無難、面白みのない解釈であった。

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ベニート・ラージュ・ウカルス(二十五歳)
現ラージュ皇帝の甥。母は皇姉リザ。父はミケーレ・ディッカーノ。弟はグラーノ。

 ベニートは皇位継承権こそないに等しいが(実子が優先。繁栄の呪いがかかっているので、子供が生まれないことはありえない)皇族のなかでは最も高貴な生まれである。
 生家のディッカーノ家は名門であり、母リザは皇帝と貴族の間に産まれた娘(弟マティアスは平民との間に産まれた)
 平民を生母に持つ第一、第三皇子や、没落貴族の娘を生母に持つ第二皇子よりも血筋という点では明かに勝っている。

 皇帝の娘は男児を産み『皇族の誓い』という、皇族以外の男を殺害する後宮を通す儀式を経て、初めて皇族と認められる。
 かなり危険な儀式であり、行う者は稀であった。
 皇姉リザが『皇族の誓い』を行ったのは、息子ベニートを人目につかない後宮で女装させたかったから ―― その誓いを立てたのはベニートが六歳の時。
 皇姉リザとしては跡取りを産み、次に可愛い娘を産んで、二人で地方の荘園で楽しもう―― なる希望だったのだが、その希望は叶わなかった。
 娘が生まれるまで努力しても良かったのだが、皇姉リザは皇族の誓いを立てることを周囲の貴族から依頼された。彼女はその依頼に”乗った”のだ。
 皇家は途絶えはしないのだが、現在は皇族の数が圧倒的に少ない。

 数が減った理由はラトカ・クニヒティラが爆ぜた遠因にあるのだが、皇姉リザも皇帝マティアスは知らない。

 貴族でも代役はできるが、皇族が執り行ったことがよいことも多く、それには人員が不足していた。
 皇姉リザは皇都から離れた土地に隠栖している母親に「自分が皇帝の娘である」ことを確認し ―― 今まで爆ぜた子を持つ”皇帝の娘”とされた者たちも、確認はとっていたのだが ―― 皇族の誓いを立てることにした。

 マティアスも見守るなか、皇姉リザに手を引かれベニートは無事に後宮を通り抜ける。こうしてベニートはベニート・ディッカーノからベニート・ラージュ・ウカルスとなった。

 六歳のベニートは、
「初めまして、ベニート」
「初めまして、第一皇子」
 バルトロに叔父である皇帝の後宮を案内された。
 控え目で大人しいバルトロと、はっきりと、だが相手の立場を考えて意見を言えるベニート。同い年なので互いに刺激になるだろうという考えのもと過ごし、節度ある友人同士となった。
「弟のエドゥアルドだ」
「一歳なのに凛々しさを感じさせるね」

 初めてベニートとエドゥアルドが会った時、二人は六歳と一歳。もちろんエドゥアルドはその時のことなど覚えていない。

 エドゥアルドがベニートのことを認識したのは十歳。兄バルトロと同じく成人の証として後宮を持った彼が皇后に挨拶に来たとき、エドゥアルドも同席していた。
 その時の台詞は普通だったのだが、口調がとても気に触った。軽薄男が女を口説く時を思わせる ―― エドゥアルドはそう感じた。

 ちなみにヨアキムにとってのベニートは、気がついたら隣にいた不可思議な存在である。面倒を避けていると取られないように上手避け、適度に人に嫉妬されつつ、上手にやり過ごす「要領の良い男」

 ベニートから見たヨアキムは、
「ヘルミーナの勝ち」
 美形で真面目で、誰もが認める相手に恋までしている、見事な皇子さまだと、感心すると同時に「愛しい相手に吹き飛ばされるのが好きなのか?」何時も吹き飛ばされているヨアキムの性癖を楽しく疑っていた。

「ベニート公子。よろしければお相手させていただきますが」
「いやいや。私の腕じゃあ勝負にならないよ、ヘルミーナ」

**********

 ベニートとエドゥアルドは仲がよくも悪くもなく ――

「ベニート」
「なに? エドゥアルド」
「ヨアキムの妃の名前はなんというのだ?」
「気になってた?」
「まあな。どうして結婚証明書に書かれていた名以外の名で呼ぶのだ? 結婚証明書の名前は嘘か?」
「いやあ、お妃さまの本名だよ」
「ではなぜヨアキムは別の名で、それも呼びかける都度違うのだ?」


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