私の名を呼ぶまで【76】

戻る | 進む | 目次

[76]輝く,自由民

 妃に害なす側室と、そうではない側室を分け管理する ――
 それ以外にも側室を後宮へと戻さない理由があった。
「ヨアキム皇子がいままで使用していた後宮なのですが、ただいま、お妃さま以外の女性の立入ができなくなってしまいました」
 ”呪われた皇子”を産むために必要な施設である後宮が、機能不全を起こしてしまっていた。
「どうしてですか?」
 ヨアキムがまだ意識不明の時点で、テオドラがエドゥアルドに立入禁止を依頼しており、それは完璧に遂行されていた。
「血の呪いの原石を奪おうとする虫たちからヨアキム皇子を守るために、結界を張ったのですが、私は結界師などではないので、あまり上手くありません。私は私の得意分野で結界を張らせていただきました。そこで使わせていただいたのがお妃さま。お妃さま自身がヨアキム皇子の後宮その物になりました」
「……」
「ご存じの通り、ラージュ皇族は己の後宮以外では子どもはできません。繁栄の呪いが後宮にかかっており、繁栄の呪いを受けない皇族男子は滅びる――。他の男性の種の男児が死ぬ理由なのはご存じかと。あの状況でヨアキム皇子が持つ血の呪いの原石を奪われると死は確実だったので、奪われても死なないように、側にいたお妃さまの命とヨアキム皇子の命をつなぎました。呪いの原理です」
「妃に害はないのか?」
 クリスチャンを通し離れたエドゥアルドと話をする際に、マティアスでは「ヨアキムに近すぎて呪い殺される」と、それよりも前に遡った経緯もある ―― そのせいで、ベニートが側室リザであるとばれたわけだが ――
「平気です。もちろん普通につなげたら、お妃さまはつながった時点で呪いにより即死ですが、お妃さまを後宮にしたことで、ヨアキム皇子と強固に結びつきながら、呪われないようになっています。詳しく説明すると長くなりますので、手短に説明しますと、ヨアキム皇子の後宮はお妃さまになりました。これで分かっていただけますでしょうか?」
「分かりました」
 室内にいた五人とも分かりはしなかったが同意した。


 血の呪われた原石を持つヨアキムを身籠もり、出産しても生きているアイシャ。
 ヨアキムほど呪われた子を身籠もったら、普通アイシャは生きてはいない。ヨアキムほどでなくとも、バルトロやエドゥアルドを彼らの母である皇后シュザンナが身籠もっても呪われて死ぬ。
 それらを回避するために後宮がある。彼女たちは皇族の子を身籠もると、その魂の一部が後宮と同化し共存状態となる。
 それにより後宮が彼女たちにかかる呪いを緩和し、彼女たちは呪いを成就させるために子を胎内で育み出産する。
 別の男の子を身籠もると爆ぜるのは、後宮がその子と繋がろうとし、無理矢理繋がることでラージュ皇族であれば堰き止め、耐えられる後宮側の呪いを一身に受けて破裂し、母体はその巻き添えとなっているだけ。
 皇族以外の男性が爆ぜるのは、後宮と繋がっていない男性を弾く仕組みで――実は他人の子を身籠もった時とは呪いの種類が違う、結果が同じなので同種の呪いとされているが、分かるものが視れば違うと判別がつく。
 女児の場合は他人の種であっても爆ぜないのは、胎児であっても後宮は側室と認識するためだ。
 ラージュ皇族の女性は、胎児の際に後宮と繋がり、男性が持つ呪いとは別種の呪い”一代限りの後宮”として生まれてくる仕組みとなっている。これは子孫繁栄の呪いが該当する。
 テオドラは妃にラージュ皇族女性にかかっている呪いをかけた。ヨアキムの後宮の呪いを移植したのは、手っ取り早く消えそうであったヨアキムの魂を妃の魂と一部融合させるため。
 妃はヨアキムと正式に結婚しており、後宮で生活していたので、ヨアキムの後宮と非常に馴染みやすかった。

 ”ラージュ”は原則、皇族を守る仕組みになっており、それは他者に対して容赦しない。
 その中でも特に強い呪いがかかっているのが後宮で、この呪いは強大だが単純な仕組みになっている。1か0か? 黒か白か? 曖昧な判断を苦手とする。
 ラージュ皇族以外を弾く呪い――当然その呪いをそのままにしていると、ラージュ皇族を増やすことができないので、間にクッションを設置した。それに使用されているのが、妃に移行した呪いである。
 覆う呪いがなくなり、剥き出しになった最大の呪い。それは容赦なく、ラージュ皇族以外の者を殺害する。


「それで、お妃さまから聞いたのですが、ヨアキム皇子はお妃さまとは離婚するそうですね。でしたらお妃さまから後宮の呪いを移動させなくてはなりません。できれば新しいお妃さまに移動させて、彼女の死後、後宮という建物に呪いが移るようにしたいので、新しいお妃さまを教えてくださいませんか?」
「あ……それは」
 ヨアキムは言葉に詰まり、皇帝マティアスは息子の困惑した表情を見て「息子が一目惚れして連れ帰ってきた妃と行き違いで困り果てている」と、普通に勘違いをして助け船を出す。
「エスメラルダ王女を帰国させるためには一度離婚する必要はありますが、別の者を新しい妃にそえるとは聞いておりません」
「そうですか」

 ヨアキムは眉間に縦皺を寄せながら、悩みはじめた ―― 離婚したら嬉々として荘園に去っていくだろう妃について。

 クリスチャンについての説明が始まると、ベニートとエドゥアルドはおかしな表情になった。幸いというべきか、その表情に気付いたのはヨアキムだけ。
 マティアスとバルトロは話しかけてくる剣、クリスチャンに驚き周囲に注意を払うどころではなかった。
 剣についての説明を終え、テオドラからの話は終わった。
「私からの話は終わりです」
 ヨアキムの傷が治るまでどうするのか? 尋ねられたテオドラは、町で宿を取りますと。当然マティアスはもうしばらく城に滞在してくれるように依頼し、
「わかりました。私には急ぐ用事もありませんので。なにか聞きたいことがありましたら、呼び出してください」
 聞き入れられたので、案内のためヨアキムの部屋を後にする。
「バルトロ。側室たちの監視をたのむ。エドゥアルド、ベニート、私の後宮から全員の私物を運び出してくれ」
 ヨアキムはしなくてはならないことを、三人に依頼した。
 バルトロはすぐに返事をし、危険な存在である側室たちの元へと戻る。
 部屋に残された微妙な空気の二人と、刺された腰よりも胃が痛いヨアキム。
「全部? 側室以外の者たちも?」
「そうだ」
「エドゥアルドと二人で?」
「そうだ。勝手に処分したり、返さなかったりしたら、ブレンダがこの部屋に乗り込んでくるだろう。いまブレンダに殴られたら私は間違いなく死ぬ。分かったな、ベニート」
 カタリナの件で懲りたこともあるが、
「はいはい」
「仕方ないな。行くぞベニート」
 この二人をとっとと、そして長い間部屋から追い出したかった気持ちも大きかった。

『ヨアキム皇子』
 ”護衛”のために残されたクリスチャンは、
「どうした?」
『あーいい術があるよ。性別を変える術が。テオドラはその術を自在に使えるから、依頼してみたらどうだ?』
 彼の中にある最大限の優しさを持って話かけた。
「……以前、ベニートに話したのだが”女になってしまったら女装にならない”と拒否された。あいつは女装するのが好きなだけで、女になることにも、男にも興味はないらしい」
 ヨアキムは自分で言っていながら、これが説明になっているかどうか? 自信はなかった。
『人間とは、複雑だな』
 ホムンクルスにこんなことで、人間の複雑さを感じて欲しくはなかったヨアキムだが、訂正する気力も勇気も知力もなにもなかった。


戻る | 進む | 目次