我が名は皇帝の勝利
 銀河帝国滅亡から316年後

 『侵略国家』と言われるエヴェドリット王国軍がまた一つ国を陥落させた。
 その国の全てのものをエヴェドリット側が掌握し終え、何時出立するか? 大元帥ベルライハ公エバカインと第二副宰相エルイツ、それと准将レフィアが話し合っていたところに、
「はぁい! エバカイン! 面白いモン手に入れたぞ!」
 主が帰還する。
 エヴェドリット国王クレスターク=ジルニオン十六世。
 血塗れた剣を引きずって、煙管をかんだままあの『明らかに笑っていない笑顔』で入ってきた。
「……人殺してまで手に入れたものは何だ、ジルニオン」
 剣を持っている手の反対側に持っているそれ。
 ベルライハ公に指摘されると、それを彼の眼前に突き出す。
「みてみて! タースルリ:サフォント帝とその愛。あの皇君ゼルデガラテアことエバカインが主人公の歌劇だってよ。観た事ねぇだろ?」
「なる程。関係者は全て処刑する方向か」
 それをベルライハ公は受け取り、得心がいったと頷く。
「無論。あの偉大なる皇帝陛下のお言葉をお守りしてやるのが、遠い遠い子孫の役目だろ」
「別に。で、それをどうするのだ」
「観ようぜ!」
「人生を全て表現した物か?」
「違うな。晩年らしい」
 自分でケースを開き、プレイヤーに突っ込んでいる国王と、リモコンを持って空間に映像スクリーンを用意する大元帥。
 それを黙ってみている第二副宰相エルイツと、
「ゼルデガラテアの晩年って、相当若いですよね」
 レフィア准将。レフィアは士官学校で習った『彼』の事を、ざっと思い出した。
 准将が知っている『彼』は有名な男皇帝の正式配偶者になった男、ではなく軍人としての『彼』
 歴史上に自らの力でその名を残した軍人は、
「三十五歳で戦死だ」
 エヴェドリットで名を受け継がれるに相応しい戦死を遂げた。
 女運が悪い名前としても有名だが、その有名な散華から子孫達は好んで名前を使う。
「丁度今の俺達と同い年。充分歳だろ?」
 目の前にいる、言葉は悪いが “不必要に若々しい” ジルニオン王やベルライハ公を見て、二十代前半の副宰相と准将は顔を見合わせ、そして再び視線を戻して口を開く。
「そうでもない様な気がしますけどね」
 副宰相はヤレヤレと首を傾げる。それに続いて准将が、
「ゼルデガラテアって、あのガウセオイドを初めて沈めた人ですよね」
 彼が “士官学校で習った” 有名過ぎる事柄をあげた。
 ゼルデガラテア大公は “銀河帝国初” を二つ程持っている。一つは異母兄の正配偶者となった異母弟として、もう一つは “初撃破”
「そーそー。ゼルデガラテアが三十五歳の時に、始めてガウセオイド級(全長180,000 km)戦闘空母が出てきやがった」
「それまではメルガセテ級(全長120,000 km)が最大だったから、それを始めて見た時、帝国側は浮き足だってしまってな」
 生き生きと、対異星人戦を語りだす二人。
 生まれる時代を間違ったといわれる二人、だが言われる以上に本人達がそう感じていた。
 まだ異星人がいた頃に生まれ、そして思う存分戦いたかった、それは誰よりも本人達が思っている事であり、そして永遠に叶わないことでもある。
 異星人が殲滅されたのは遠い昔の事であり、
「たった60,000kmデケエだけなのにな」
 殲滅させたのはゼンガルセン=シェバイアスの遺言を完遂した、エヴェドリットの名を継ぐものクレスターク=ハイラム。今のエヴェドリット王国の源流となるバーローズの血を引いていた男。
「貴方のように、一回の出撃でガウセオイド八十隻沈めることが出来た天才と同等の力を持つ人はそうかも知れませんが、普通は浮き足立つでしょ」
 今の対人間戦など比べ物にならない程苛烈であったといわれる対異種人類戦。
 その戦争に憧れを持つものは極少数。だがその時代に憧れを抱くものは多い。殲滅した前後は大帝国が最も安定していた時期であり、今よりもずっと安全であった。守られている内側は楽園であったといわれている。
「機体の性能の差もあるが、当時もかなりの天才がいた。今でも……今は当然越せないが、あの大侵攻時代ですら超えられなかった記録を持っている親王大公がいる」
「どんな記録ですか?」
「敵の数と出撃時間で割合を出したものがある。その計算でいけばナイトヒュスカをも凌ぐ割合でガウセオイド級を沈めた親王大公はいる。ただ、此方は晩年戦争をやめたからな。大王のいい喧嘩相手だったようだが」
「大王? ……ですか?」
「ゼンガルセン大王。ゼンガルセン=ゼガルセア、残っているのはゼンガルセン=シェバイアスって名だ。あの第三の反逆王」
 レフィアは頷く。第一の反逆王アシュ=アリラシュ、第二の反逆王クレスケン=クレスカ、そして第三の反逆王ゼンガルセン=ゼガルセア(シェバイアス)
 歴史の教科書に載ってましたねえ……とレフィアは六人いる反逆王を思い出していた。レフィアが習ってきたのは大帝国時代と変わらず “一般人が知る事のできる範囲” だけ。後に彼が新帝国の新王家の当主に選ばれた、ベルライハ公から大帝国の真の歴史を教えられ熱を出して倒れるのは、これから九年後の事。
 今はまだ表面上しか知らない准将は、自分の知っている歴史的知識を必死にかき集めていた。
「その親王大公、なんつったかなあ」
 おや? といった表情でジルニオンは思い出す素振りをする。
「割合をご存知なのに、何故名前が出てこないんですか?」
 本当はご存知なんでしょうが……思いつつも、家奴は適当に話をあわせた。
 この戦争の歴史全てと、帝国の伝説を完全に記憶している主が、それ程の記録を打ち立てた親王大公を忘れるはずがない事、エルイツは良く知っている。
「そりゃ戦争やめたからだ。最後まで戦争してりゃあ良いものを、最後の方で愛に生きちゃったからなあ、あのクロトハウセは……そうそう、クロトハウセだ、クロトハウセ」
「あ、愛? ……ですか?」
「クロトハウセは確か、元々同性愛者で最終的にはサフォント帝の “我が永遠の友” ……なんとか大君主と恋人同士になって、最後まで添い遂げた……筈だ」
 ベルライハ公は苦笑いしつつ額に手をあてた。
「戦争に関しては簡単に出てくるのに、その人の恋人話になると全く駄目なんですね、お二人とも」
 彼が苦笑いした理由は、その親王大公の恋人にある。
「そう言うなよ、エルイツ。ちなみにそのクロトハウセの恋人だった男は、俺にそっくり」
 中身は完全なるエヴェドリットだが、外見はケシュマリスタを復元したような王は笑顔でそう言った。
「その親王大公、黙って戦争してりゃあ良かったような気がしますが」
 その恋人同士がどんな関係かは知らないが、エルイツの中ではクロトハウセの恋人は、性格の悪い人に認定された。彼の中では「ケシュマリスタ顔=性格が一筋縄ではいかない人」になっている。長い事、この主に仕えていれば、そうなっても仕方のない事。
「性格はジルニオンではないぞ、エルイツ」
 “言うと思ったよ” その表情と声に乗せて、それでも一応ベルライハ公は訂正した。
 彼等は “その男” はエターナに近い体質であった事と、暴行により精神が完全に破壊されていたが良く笑う男だったと教えられている。
「私は想像力が貧困なので、この顔でこの性格以外なんて想像できません。大体このお顔は、あの神聖殿下ヴァレドシーアと同じでしょう? 絶対その親王大公の恋人だった大君主はイイ性格に決まってますよ! 時代背景からいけばハウファータアウテヌス王の前辺りですよね? ハウファータアウテヌス王だってどう見たって食わせ者。あの時代の王なら、どう好意的に考えて差し上げてもどいつも食わせ者です!」
 銀河大帝国、四十八代皇帝の頃から五十五代皇帝の頃まで、宮殿を完全なる支配下に置いたのがケシュマリスタ。
 その『ケシュマリスタ独裁』の基礎を作ったのがハウファータアウテヌス王。宮殿を完全に支配下に置いたケシュマリスタ、その行為が良かったのか悪かったのか? それを後世の人々が決めていいのだとしたら、殆どの人が「良かった」と答える。
 ハウファータアウテヌス王の有能さから宮殿、特に後宮を支配した結果、軍帝ナイトヒュスカが生まれ、それが異星人殲滅の繋がった為だ。
「食わせものだったかな……たしか、テリアッセイラ=リサイセイラだったか? ケネスセイラ=バラヒアムの息子だったな。ケネスセイラは二十二代オーランドリス伯爵。そうそう、ケネスセイラの息子でハウファータアウテヌスの前のケシュマリスタ王、退位後はケネス大君主だ」
「何でリスカートーフォン名なんですか」
「それしか出てこねえ。ケシュマリスタ名って面倒なんだよなあ。全部エヴェドリット発音なら直ぐに言えるんだがよ。エヴェドリット発音ならケッタールレッターロ・テリアッセイラ=リサイセイラ・ザリアッテアルバーザだ」
「ケッタールレッターロだから……ケシュマリスタ発音にすると、カウタマロリオオレト……じゃないか、恐らく」
 宇宙の公用語は昔から帝国語であり、それは今も変わらない。それと各王家が支配していた星域では、国特有の言葉をも持っていたが、それは廃れて久しい。無論国を興した四家が支配している星域は、未だにその言語を維持しているが、他家の言語は滅多に使う事がなく、覚えていても中々発音にならない。
「どの国の発音でも、言い辛い事には変わりないですね」
 脇で聞いていた准将は、昔の王や大公のことが簡単に出てくるものだなあ……心の底から関心していた。
 軍事国家なのでオーランドリス伯爵は知っているが、何代目が誰か? など彼は知らない。精々彼が代とフルネームを知っているのは帝国守護神といわれた五十代オーランドリス “侯爵” イザベローネスタ=ネルスターザ・ウェルキラ・ケシュマリアドだけ。
「ガウセオイド撃墜総数ではナイトヒュスカが一位で、宇宙破壊総質量ではイザベローネスタが断トツで一位」
 前者は軍帝と呼ばれ、後者は皇帝以外で唯一 “神” と呼ばれた女性。
 それらに混じって、その名前は存在する。
「ガウセオイド級最初の撃墜者はゼルデガラテア」
 ゼルデガラテア大公 エバカイン・クーデルハイネ・ロガ。
「ゼルデガラテアは元々、戦争が得意でもなかったようだ。だが突如現れた十五隻のガウセオイドを前に一人で一隻に突進していって、命と引き換えに沈めた。だからエバカインと言う名が残っている訳なのだが」
 自分の名前の元祖である相手を語るベルライハ公と、
「敵も吃驚だろうよ。折角作ってきた新空母、初お披露目で今まで一度も空母を撃墜したこと無い機動装甲が突っ込んできて “あれよあれよ” と言う間に沈めたんだから」
 いいねえ、俺もやってみたかったぜと続けるジルニオン王。
「その時にはゼンガルセン大王もクロトハウセ親王大公も居たのだが、何故か彼が最初に落とした」
 戦争は全く得意ではなく、始終味方の援護に徹していたその皇君が唯一攻めに転じた。
 その時初めて現れた巨大空母の前に、味方が浮き足だち、それを静める為にサフォント帝が一度前線から下がろうとした。
 サフォント帝はその時、全軍を撤退させるつもりであったという。
 初陣から一度も敗北した事なく、皇帝となってからは “勝利” のみを収めていた皇帝だが、引くときは引く意思はあり、その判断は間違ってはいなかった。
 ただ、浮き足立った全軍が後退に手間取った事と、敵の新空母の攻撃範囲が予想以上に広かった事で被害が増大する。
「荒れたって聞くぜ、ゼンガルセン大王。初めてお目見えの超弩級巨大空母を最初に撃沈させるチャンスだったのに、息子にその栄誉をとられちまって。接待とかできねえ体質なんだな、そのエバカイン」
 その時、彼は攻撃に転じた。
 全軍の後退を指揮し、殿にあって敵の猛攻を防いでいたサフォント帝の脇をすり抜けて、エヴェドリット軍の離脱の補佐をしていた当時のオーランドリス伯爵を出し抜き、彼は一人ガウセオイド級戦闘空母へと飛び込んでいった。五百以上の遠距離攻撃用ビットを全て引き連れ、吸い込まれるように彼はその中へと消えてゆき、そして






彼が帰還する事はなかった








 彼が作った攻撃経路を各機動装甲が受信し、それが起死回生の狼煙となり、帝国軍は攻撃を再開する。
 サフォント帝は生涯一度たりとも対異星人戦において敗北することはなかった。その彼が敗北しそうになったのは、この時一度だけ。
「子孫の貴方様をみていると、接待できない体質なのは良くわかりますが」
 エルイツは宇宙で一番接待から縁遠い主から視線を外して、プレイヤーの開始ボタンを押す。
「確かに私も接待には向かないほうだがな」
「身体使って接待とかは結構イケルと思うぜ、エバカイン」
「殺されたいか? ジルニオン」
 作られた歌劇は、彼が戦死する戦いに向かう前とその後。
 それらのタイトルを見て、
「お二人で仲良く見ててください。私は准将に詳細を教えておきますんで」
「おうよ」
「では後でな、レフィア」
 副宰相は准将を連れて部屋を出た。家奴は主の心の裡をある程度は理解している。
 『間違い』を見る前に、『本当のこと』を教えておくべきだろうと。
 主がレフィアを新公爵家の当主に添える考えである事を、それとなく伝えられていた。はっきりと言われたのではなく、それとなくと言うのが彼の主ジルニオンだ。
 二人が立ち去った後、ジルニオンとベルライハ公はソファーに座り、その劇を見始めた。
「エバカイン、エバカイン煩い歌劇だな。サフォント帝は公式の場ではエバカインなどと呼びかけはしていないというのに」
「こっちの方が、イイカンジなんじゃねえの」
 間違いが多いものであったが、二人は文句を言いつつも最後まで見る。


王妃:あの子はエヴェドリット軍人として立派に役目を果たしたのです
(返してよ! 返してよ! あの子を返してよ! 貴方が! 貴方が戦死すればよかったのに! あの子を返してよ!)
大王:ああ、そうだ。褒めてつかわそう
(我を叩くのは構わぬが、お前の指の骨が折れてしまったではないか。力の加減くらいしろ、王妃)
王妃:あの子は私の栄誉です
(返して! 返して!!)
大王:この名が永遠に残るように、この国の歴史に刻みつけよう
(うるさい。死んだ者はもう戻ってはこない。諦めろ、アレステレーゼ)


「でも、何で飛び込んでいっちまったのかねえ」
 面白くなさそうに頭の後ろで手を組み、背凭れに体重を預けてジルニオンは独り言のように喋る。
「見えたのだろう。生涯に一度だけ、完全に見える瞬間があると聞く」
 となりで指を組んで眺めていたベルライハ公は、特に何の感情も込めずに返事を返す。“見える” とは敵の陣容の弱い部分が突然わかる瞬間。
「俺達は何時も見えてるけどな」
 一言で表現するならば[勘]
 エヴェドリットの敵の何処が弱いかを見極めるのが得意な者が多い。
「それにサフォント帝の輝かしい戦歴に “敗北” を刻みたくは無かったのだろう」
「なあ、エバカイン」
「どうしたジルニオン」
「お前も俺が負けそうになった時、行く?」
 結っているベルライハ公の髪を一房つかみ、指先で遊びながら話を続ける。
「当然であろうが、最高の死に場所に突っ込んでいかないエヴェドリットがいるか」
「そりゃそうだな。でも多分、お前を突っ込ませねえぜ。行くなら俺だ」
「断る、私が先だ」
「国王の言う事聞けよ」
「嫌だ」
 あの子は戦死するような子じゃなかったのよ。あの子は長生きして、長生きして、私の最後を看取ってくれるはずだったのよ! 宇宙に消えるような、歴史に名を刻むような事をするような子じゃなかったのよ! あの子の人生はただ平凡に、平凡に……どうしてそんな事したのよ、エバカイン! どうして止めてくれなかったの、サフォント!
「だったら一緒に死にませんかい?」
「もっと嫌だ。ジルニオン、お前に殺されるのは良いが、お前と共に死ぬのは御免だ」
 欲しいのであろう? 皇帝の命が。お前にくれてやろう、王妃よ。我が、お前の夫である我がその望みかなえてやろう。観ていろ、サフォントがあの赤い髪と同じ色の海に沈む様を。赤き王である我が沈めてやろう
「そうかもな。一緒に滅びるような柄でもなけりゃ、仲でもないか。お、そろそろ “皇帝の勝利にその名とその身を捧げた男の物語” 終わりそうだな」
「総じてつまらなかったな。……皇帝の勝利、か……」
「あの殺したお姫様の事、思い出したのか?」
「……ああ」


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