凱 歌 葬
 − ロターシャ ミロレハネシアに宛てて −

 異星人が滅亡してからもう二十年が過ぎた
 あの年に生まれたゼルゼデスも、もう立派な大人だな
 だからと言って安心してしまうのは、どうだか
 まあ寿命という、誰も逃れられない運命だから仕方ないのだろうが
 それを穏やかに迎え入れている貴方は素晴しい
 年下、それもかなり年下にあたられる義理姉の貴方に、
 このベルライハ公爵クレスターク=ハイラム、心から尊敬を申し上げる
 
 直接お見舞いに向かう事が出来る俺が、何故わざわざ手紙を認めているのか
 それは、貴方の質問に答えようと重い腰を上げた結果さ
 一生答えないで済むかと思っていたのだが
 三十六歳も年下の貴方のほうが先に逝くとは思わなかった

 貴方は俺の顔を見れば何時も『オーランドリス侯爵』の事を尋ねてきた
 二歳で皇太子の妻となり、以降宮殿で育った貴方に
 最前線に居続ける母はどう写っただろうか
 貴方が知りたかったのは、母が自分の事をどう思っていたか?
 解っていたが、何時も笑って誤魔化して悪かった

 だが、語る気にはなれなかった
 俺の人生は帝国最前線と呼ばれた貴方の母と共に在ったと言っても過言ではない

 貴方に貴方の母のことを語るには、俺にも歳月が必要だった
 二十年という歳月も、決して充分とは言えない
 それ程に貴方の母は俺の人生に深く関わっていた

 貴方の母が生まれたのは今から六十三年前の事
 六十三年も前の事だから、綺麗な思い出ばかり残っていても良さそうだが
 生憎俺の記憶の中で、あの日は綺麗にはならない
 六十三年前の大攻勢の中、貴方の母は生まれた。その時、貴方の祖父母は戦死した
 そう貴方の母には両親がいなかった

************* 中略 *************

 そうして二歳になった貴方の母を俺とシセレード公、大公の三人で迎えにいった
 始めて会った貴方の母は、今ならば言えるが黄色い薔薇の蕾のようだった
 一目見た時は可憐な幼子に見えたさ。そうだ、騙されたようなもんだね
 妻と同じで幼い頃の姿には騙された
 この事は妻には秘密にしておいてください、頼みますよ義理姉上
 話が少しそれたが、俺達は二歳になったばかりの貴方の母を帝国最前線へと連れ帰った
 その時から四十一年間、貴方の母は帝国の守護者となる

 悪い、これ以上は書けそうもない

 歳を取ったら涙腺が緩くなってな、直ぐに泣けてくる
 筆を執ったのも、貴方の前で語りきれないだろうと思ったからの事だが
 俺は貴方の母の事だけを書けないのだ
 俺は貴方の母の事を最も良く知っている、だから貴方は俺に聞いてきたのだろうが
 貴方の母とその兄である、公爵と侯爵
 貴方の母の夫であった大公と公爵
 ハンヴェルやヴァレドシーア、ニヴェローネスにエレス
 書ききれない
 二十年かければまとめる事が出来るかと思ったが
 俺には無理のようだ

 貴方が知りたいのは
 オーランドリス侯爵カーサーが皇后ミロレハネシアの事を愛していたか
 だろうな
 だが残念ながら俺はその答えを知らない
 貴方の母はそういった事を語らない性質だったので
 カーサーは前のオーランドリス伯爵フォルケンシアーノ皇女によく似ている
 そう言っても貴方には解らないか
 フォルケンシアーノ皇女は現アルカルターヴァ公爵夫人の母だが
 これも公爵夫人に聞いても解らない

 何一つ貴方の質問には答えられそうにはないが

 貴方の母の事、俺達は愛していたよ
 俺は、貴方の母の事を愛していたよ
 女としてではなく、騎士として
 それだけは真実だ

 − ベルライハ公爵クレスターク=ハイラム −



「勝った……いや、滅ぼしたぞ、カーサー。帝国最前線は此処に消えた、あれはもう前線を護らなくていい。もうあれは自由だ。ゼンガルセン=シェバイアス・ナイサルハベルタ・アーマインドルケーゼアスよ。滅ぼした、エヴェドリットの名を継ぐ私が滅ぼした……私だけの力ではないが、私が止めを刺した。このクレスターク=ハイラムが。戦争狂人バーローズの末裔が、傍流なれどエヴェドリットの名を継ぐ者が確かに滅ぼした。私が死んだら滅亡の有様を報告にゆく、それまで暫し待て大王よ」



 − 親愛なる クレスターク=ハイラム・エルカルドア・バランタオン へ −

 この手紙が貴方の目に触れているということは、私は既に遠くに旅立っているでしょう
 死んだ、と言う事ですね
 
 手紙、ありがとう。あれで充分
 
 何故充分なのに、こんな手紙を残しているか?
 貴方に頼みたい事があるからです
 陛下と皇太子、そして妹達を宜しく頼みます帝国軍総司令長官閣下
 平和な時期の総司令長官などと貴方は笑いますが
 平和だからこそ務めてください

 貴方はずっと苦労したのですから。楽な仕事で丁度いい

 長生きしてください
 誰よりも長生きして欲しいのです
 母を誰よりも知っている貴方に、長く生きて欲しいのです
 貴方は長生きして、最後の帝国最前線と言われた妹と一緒に

 安心して、異星人の殲滅報告は私が行ってきますから
 エヴェドリットの大王ゼンガルセンには私が報告しに行ってきます
 相当に格好の良い王ですものね、会うのが楽しみ
 『格好いい』と言ったの、陛下には内緒よ
 王妃とも話をして来る予定だから、陛下には暫く来ないでと言っておいて
 私が大王の元へ行って王妃とお話をして戻ってくるまでは来ないでね、と
 王妃とは話が合うと思うのよ
 絶対に早くに此方に来させないでね
 
 陛下をよろしくお願いします

 − 貴方の義理姉 ミロレハネシア・ザロスト=ザロイア・エタニーシュヘレアニ より −


凱 歌 葬


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