PASTORAL −76

 名門の血を引き優秀でありながら、嫡流ではないので何時も辛酸を舐めている彼は、
「……ゼンガルセン……てめえ……」
 今回も悲惨でした。
 あの後、戻ってきたゼンガルセンシャタイアスを呼び出して、何とか終了したものの、
「我としても苦肉の策だった。だがさすがオーランドリス伯爵シャタイアス=シェバイアス! 良く腰が立ったな」
 普通の人間だったら立ち上がれない事間違いない状況だが、シャタイアスは立ち上がった。
「危うく死ぬところだったぞ」
「いやな、クロトハウセ軍勢がレズの女争奪戦で……どうにもこうにも……立ち直ったか?」
「何からだ?」
「ハイジが居なくなった事とか」
「十年、女はいらん」
 シャタイアスのこの言葉は本当で、彼が再婚するのはこれから十四年後。
 ゼンガルセンの二番目の娘を「あの時の」詫びにと寄越された。その際も最初断ったくらいだから……彼がどんな目にあったのか想像できはしない。

『あれを前立腺マッサージというのなら、全肢体粉砕骨折した時の方がマシだった』
銀河帝国第四十五代皇帝の御世「帝国最強騎士」戦争ではなく、ベッドの上で地獄を見た日の回想録(抜粋)

「……そりゃまあ……悪かったとは思ってるが、仕方なかったんだよ。生きる為に犠牲はつき物だ」
 自分が犠牲になるのは真平なゼンガルセンは、
「何、視線逸らしてるんだ」
 当然視線を逸らす。顔と言わず、首筋や鎖骨の”骨”自体まで痩せたようなシャタイアスを観ながら、自分がこうならなくて済んだと安堵していた。まあ人間というのはそういうモノだ。
「悪かったと思ってるさ……何か欲しいものでもあるか?」
 危険さえ回避してしまえば、ゼンガルセンは気前がいい。
「何も思い浮かばん」
 だが、シャタイアスの不機嫌ぶりは治らない。治って仕事についてもらわないと困るゼンガルセンは、気前をもっと良くした。
「悪かった……心の底から。お前がケシュマリスタの王になるってなら協力するくらいには悪いと思ってるぞ」
「……」
 シャタイアスは正式な継承権を持ってはいないが、ケシュマリスタ王に辛うじてなれる血筋ではある。公爵になったゼンガルセンが協力してやれば、全く無理という訳でもない。
 あのカウタよりかならば、余程良い王になるのは誰の目にも明らかだ。カウタ以下の王様になれそうなヤツはそうそうは居ないのだが。精々彼等の未来の主たるアウセミアセンくらいのものである。
「何げんなりした顔になってんだよ」
「今、ケシュマリスタ王位の話をして思ったのだが……陛下はカウタを退位させたくはないのではないか? 正確には、退位する準備を整えるのに時間が掛かっているので ”まだ” 退位させたくはない、と言うべきか」
 ゼンガルセンの呼び出しに答える形で“逃げて”きたシャタイアスの着衣は酷く乱れている。その羽織っていただけの着衣を自分で直しつつ、シャタイアスは立ち直り始めた。
「退位させたくない? ならば殺せば良かろうが。カウタ如きを殺せぬサフォントではあるまい」
「だがな、サフォント帝はカウタを殺してまで“ケシュマリスタ王”を変える気はなさそうだ。確かに殺さなければならない程の相手でもないし、殺したら後味が悪いヤツの代表格でもある」
「そうだな。言っておきながらなんだが、人を殺す事に罪悪感などない我ですら、アレを殺すのはどうだ? と思うのだからな。一言で言えば殺す価値がないだけだが」
 “人殺しのエヴェドリット”にそう思わせるだけで、偉大と言えば偉大だ“永遠の我が友ケシュマリスタ”
「カウタを退位させた後にルライデを玉座につけるとして、退位させたカウタはどうする? 原則的に実子・実の兄弟以外に譲位して退位した王は“預かり”になるだろう。誰が預かる? やはり陛下が預かられるのか? そうなると、少々問題があるだろう。現時点では」
 退位自体は良いのだが、その位を渡す相手に問題がある。
 カウタは実子に位を譲るのではなく、別の親戚に譲るので色々と問題がある……一言で表現すれば「邪魔」
 親子でも兄弟でもない二人。前の王の子と、現王の子が継承権に絡んでくると厄介な事になる。今現在は全く問題にならないカウタだが、法律自体はカウタにあわせて出来ているのではないので、踏襲せざるを得ない。わざわざ一代限りの改正をする訳にもいかない。
 その為、カウタのように“親戚”にその位を譲ると、今まで支配していた”ケシュマリスタ全星域”から出なくてはならなくなる。
 無論、領域自体は大量に持っての退位であるから、生活の基盤には何の問題もない。だがケシュマリスタの支配する区域には原則的に立ち入れない。
 要するに生活する範囲を変えなくてはならないのだ。このような場合、別星域に生活基盤を持つ親戚の中で、最も偉い人物の家に身を寄せるのが通例だ。彼の場合それに該当するのはサフォント帝。
「王候補のルライデをわざと女婿に出し、カウタの退位を伸ばすという事か? それにしては、テルロバールノル王と諍いが表面化しているぞ。ルライデを婿に出す気はないように思えるが」
「テルロバールノルの方に預けるつもりなのではないか? 退位したカウタを現テルロバールノル王の新たな夫にと」
 退位すると、退位した国の王に復位する事や、新たに即位した自国の王と結婚する事は不可能だが、別の国の王と結婚するのは禁じられていない。
 カウタはあの通りだが、カウタの背後にはサフォント帝がいる。
 ”現夫と離婚しカウタマロリオオレトと再婚せよ”と命じられればと、テルロバールノル王も拒否はできない。ケシュマリスタ王になる予定だった男を、跡取娘の女婿として迎える事を許可されれば尚の事。
 その上、娘が迎える女婿は皇帝の実弟ときていれば、テルロバールノル王に余地はない。
「アルカルターヴァの女婿か、ありうるな。女婿問題を引き伸ばされれば、折れるのは跡取が一人しかいないテルロバールノル側だろうし……カウタも考えれば不憫な奴だ。女だったら即座に退位して、三大公の誰かに位を譲ってサフォント帝の皇后になれたものを。アイツの血筋なら皇后は確実、後宮内権力から考えても次の皇太子の母も間違いなかっただろうに。あのバカ、その方がどれ程に幸せだったか」
 実際、カウタの母親であった前公爵も側近に何度その言葉を漏らしたか解らない。「何であの子を男に生んでしまったのか……可哀想な事をしたのぅ……」
 カウタが女であれば、公爵は妹である皇后の子に王位を継承させ、カウタを“次の皇后”としてサフォント帝に嫁がせられた、それはほぼ確実であった……女であれば。
 それとカウタの父親が何度も呟いた言葉。
『ケシュマリスタの血に陛下がおいでで、我が甥にして次のリスカートーフォン公爵アウセミアセンがあの通りという事は……この子は我が血が災いしたのかもしれぬ……申し訳ない、公爵』
 婿であった現リスカートーフォン公爵の弟は、カウタが何か失態をする度に、サフォントが神童ぶりを発揮する度に、そしてその弟達の出来の良さを伝え聞く度に妻の公爵に頭を下げていた。
 皇太子であったサフォントに『何卒我が息子に慈悲を、最大限の御慈悲を』と何度も参って、頭を床につけて頼み込んでいた姿を多くの人が覚えている。
 それでも父親はカウタを非常に可愛がっていた、王族としては稀な程に息子に心を砕いていた。
 有能で人格者として有名であったカウタの父親、ケネスセイラ=ケセイラ。ゼンガルセンの叔父にあたる彼は、ケシュマリスタの軍勢を率いて戦争に向かい、帰らぬ人となった。
 彼が存命であればカウタの退位は誰も進言しなかったであろうし、サフォント帝も口にしなかっただろうといわれる程の人物だ。
「ゼンガルセン! お前にも引き取る義務と権利があるだろう! カウタの父親はお前の叔父だろうが! サフォント帝は現時点だと引き取らない可能性の方が高い。そうなれば、次はリスカートーフォンだ!」
 よって血筋的にいって次に身を寄せる親戚は、ゼンガルセンが属するリスカートーフォン公爵家。
 そしてシャタイアスが言った ”現時点の問題” サフォント帝がカウタを引き取らない事情。それはサフォント帝が現時点で独身であること。
 そしてカウタは男性皇帝に対して最も影響力のある容姿。下手に皇帝の傍にいられると、家臣は気が気では無い。サフォント帝自体は鉄の意志の持ち主だが、周囲を歩き回られると正妃達とて恐怖を覚える。それ程なのだ、カウタの見た目は。
「おっ! お前の叔父でもあるだろうが! シャタイアス」
「私には引き取れる権利はない。四大公爵の当主を辞した人間を引き取れるのは、親戚筋でも皇帝陛下を除けば、四大公爵の当主と親王大公のみだ。私は絶対に四大公爵にならん! あれとの生活は二度とゴメンだ!」
 サフォント帝の学友の中で最も身分の高かったカウタ。基本的にカウタはサフォント帝の後ばかりを付いて歩いていたが、その言動をシャタイアスは目の前で確りと見ていた。
 カウタに普通に接していた皇太子サフォントを前に、『この方しか皇帝はいない』と心に刻み込まれる程にカウタは凄かった。

 ……何があったのだろう?

 そして間違ってリスカートーフォン公爵家にカウタが来てしまえば、面倒を押し付けられるのはこのシャタイアス。
「公爵になったら、アレ引き取る可能性もあるのか…………」
 そして、覇気の公爵ゼンガルセンの心を過ぎった『リスカートーフォン公爵になるのをやめようかなぁ』という思い。彼の人生の中で初めて芽生えた感情。それは紛れもない鬱陶しさ。
 後に歴史に名を残すリスカートーフォンの当主となったゼンガルセンですら、アレを引き取るのならちょっと……と思わせたカウタマロリオオレト・テリアッセイラ=リサイセイラ・ザリマティアスタラーザ、その破壊力は計り知れない。
 『彼の何』を『何』で計測すれば、『彼の何の破壊力』が算出されるのかは不明だが。
「あれを引き取る事になったら私はリスカートーフォンを辞める! 皇王族に復帰する! ゾフィアーネ大公としてバゼーハイナンに帰る! ああ、ソレが望みだ。今日の事はそれで許してやる。カウタが来たら私はお前の側近やめるから、ああ! さっぱりした! じゃあな、ゼンガルセン!」
「待てっ!」

ゼンガルセンは呼び止めたが、シャタイアスが振り返る事はなかった。帝国最強騎士の称号を持つシャタイアス=シェバイアスをも恐れさせるその存在

「あれがあのまま公爵だったとしたら、我はあいつと会議とか食事会とか……退位させても位取っても、殺したら厄介ではあるし、こればかりは悔しいがサフォントの采配に任せるしかないな」
 覇気の公爵ゼンガルセンが唯一、他人任せにした事案。

backnovels' indexnext