PASTORAL −74

「兄上のお陰で、アウセミアセンの悲惨さが寄り一層目立ったな」
 予想以上の勝利を得た皇族側は喜びを隠さなかった。
「本当に。あれでは我慢できないでしょうゼルガも」
「今日にでも殺してしまうかもしれませんわ」
 ゼンガルセンの性格を誰よりも知っている「大公達」は、今回のゼンガルセンの不満が何処に向かうのか、想像がついた。
「確かに。総帥に撃墜数を十三隻も離されたのは初だ。あの戦争自慢が」
 クロトハウセ自身は八隻撃墜させたが、それ自体がやはりカモフラージュで、実際は ”そうは取られないよう細心の注意を払って” アウセミアセン艦隊の攻撃を完全に潰していた。本気で戦えばクロトハウセは帝国最強騎士シャタイアスにも負けないが、彼は一歩引いていた。
 総帥である兄が戦いやすいよう、大局的な後方に回っている。敵艦隊にサフォント帝が侵攻している際は必ず外で待機し、全艦隊の動向を見て指示を出すのが彼の役割だ。
 サフォント帝は即位から七年間、ゼンガルセンをおびき出す為に敢えて個人戦績を上げていた。
 ゼンガルセンがサフォント帝に対抗意識を持ち、持つほどに己の権力の無さに気付き、最終的にエヴェドリット王位を狙う事を知っていて。
 ガーナイム公爵ゼンガルセンは確かに自分の意思で”王”になったが、その燻っていた感情に空気を送り込み燃え上がらせたのは、他の誰でも無いサフォント帝。
 己の命を危険に晒しても、ゼンガルセンに王を取らせようとした。それはサフォント帝にとっては毒にしかならないような男だが、全宇宙にとっては良薬になる程の能力を持っている、優れた支配者たりえる男だからだ。
「そうですわね。あの男は才はありますが、現時点では武力しかございませんからね」
 王や、王の後継者の順位に皇帝が口を挟むことは出来ない。よって本人に自ら立つように仕向けるしかない。
「陛下がお気に召されるのも解りますわ。よくぞ七年も我慢しましたわね」
 そう、ゼンガルセンは一年や二年の『皇帝との差』を目の当たりにした程度で、我慢できなくなり親や兄に戦争を仕掛けるような、軽率な男ではない。
 個人的能力は凌駕していても、狙う相手は帝国の主柱の一つをになう家の主。それを相手に準備もせずに個人能力だけを頼りに戦争を仕掛け「勝って、統治できる」と想像するほど甘い男ではない。
 聡い男だ、一年もあれば皇帝との差に気付く。
 一年でその差を感じ、それから倍以上の歳月をかけて周囲を固めて、策を練り確実に勝てるまで待つことが出来る。
「今回のこちら側の“落ち度”は大きい。いまだ中将止まりのアウセミアセンは父である公爵を通し、陛下に意見をしているだろう。その際は任せた」
 今回の彼女達の真の任務はアウセミアセン艦隊の攻撃を潰すこと。即ち、戦場における軍律違反。
 それは皇帝の意思に沿った行為ではあるが、表面的にはあくまでも違反行為。彼女達は罰せられるのを知って、敢えて違反を犯す。
 軍律違反も、必要とあらば隊の壊滅も、それによる懲罰、事の次第によっては死を賜ることも『皇帝陛下の真意』であれば誰も怯むことはない。それが皇帝の政治的軍事集団。
 今回はアウセミアセンの攻撃を妨害した彼女達は、当然罰せられる。
 そして彼女達に妨害され、困り果てた彼はそれでも直接皇帝に会いに行く事はない。身分的に会える立場にいながらサフォント帝に会いに行かないのは、彼が皇帝の正妃候補であった妹を寝取ったのが露見しているから。
 だが腹も立つので、親から意見をしてもらおうと言うのだ。
 彼の行動はほぼ完全に把握されている、殆どの人に。
「ええ。泥は我らが被りますので。親王大公殿下は元帥になってくださいませ」
 罰を受ける以上、彼女達の階級が上がることはない。だが、それに”誰が見ても明らかに”加わってはいなかったクロトハウセは階級が上がる。
 人事権の全てを握っている皇帝から『ゼンガルセンを元帥にする。主も元帥になるように働け』と命じられたクロトハウセはそれに叶う働きをした。
「貴方が元帥にならなければ、ゼルガを押さえられませんからね」
 泥を被ろうが、出世しなかろうがそんなのは彼女達にとって、皇王族にとって些細なこと。皇帝の意思に沿ってこそ彼女達は存在する意義があるのだ。
「押さえる前に殺すのも手だが、ゼンガルセンを殺害したら残っているのは私の妃のエリザベラか……いや、それはまずいな」
 クロトハウセはエリザベラと結婚したまま、リスカートーフォン家を継ぐという考えはない。
 “結婚していたくない”や“跡取ができない”などという物ではなく、ゼンガルセンを殺すとなれば、皇族側にも甚大な被害が出るのは明らか。
 何よりゼンガルセンと刺し違える事が出来るとなれば、このクロトハウセしかいない。ゼンガルセンを殺すというのは、クロトハウセも死ぬという事を指すのだ。
 仮定としてゼンガルセンが戦死し、未亡人となるエリザベラ=ラベラが実家を継ぐ。彼女は『大公妃』になっただけなので、エヴェドリット王継承権はまだ失っていない。
 その夫候補に即座に上がる人物がいる、カウタマロリオオレトだ。
 彼の退位はほぼ確実、そして彼の父親は現リスカートーフォン公爵の弟。エヴェドリット王の継承権は破棄しているものの、彼とエリザベラが結婚して公爵家を継ぐのが最も打倒な線となってしまう。
 運の悪い事に二十六歳のエリザベラは戦争に出た事がないので、国軍のトップにつけない。だがカウタは一度だけサフォント帝に連れられ二十五歳前に指揮を執った事があるので、彼がリスカートーフォン国軍の総帥となる。
 クロトハウセがいなくなった帝国軍と、ゼンガルセンがいなくなり、カウタマロリオオレトが総帥となり率いるリスカートーフォン国軍。
「…………そうですわね」
 皇族と敵対してはいるが、帝国の生命線を確かに握っているリスカートーフォン国軍のトップがカウタでは、銀河帝国自体が危うい。

歴史ある銀河帝国どころか、人類そのものが滅亡してしまう。

「ナディラナーアリアとシャタイアスが結婚して継げば宜しい……とは申しましてもね。ゼルガが死んだ時点で、この二人は既にこの世にはいないでしょうから」
「ゼルガは生かして、我々と喧嘩していただきましょう。それが帝国のためですわ」

 カウタがもう少し確りしていれば……その部屋にいた誰もがそう思ったが、口にはしなかった。
 「今更」だから。

****************

 どれ程皇帝に対し従順でなかろうが、その戦争の才能は手放したくないと思わせてこそ“リスカートーフォン”である。
 初代エヴェドリット王、アシュ=アリラシュがシュスターの仲間に下ったのは最後の方で、彼以降に下った者で「家名持ち貴族」に叙されたものはいない。彼と共に下ったものは、ほぼ家名持ちになったが。
 最初からの忠臣やらなにやらを押しのけ、シュスターの一人娘であり二代皇帝デセネアを強姦し孕ませて、夫の座に就いたアシュ=アリラシュ。
 もっとも此処には諸説あり「強姦ではない」とも言われているので、一概にアシュ=アリラシュが悪いわけでも無いようだ。
 こう言われるのは、最も遅くに来て四大公爵の座にまで上り詰めたその性質からそのように伝えられているのも大きい。
 例えそれが真実であったとしても、否、真実であれば尚の事、アシュ=アリラシュを皇帝が手放せなかった証明となる。
 よってエヴェドリットの面々は「強姦ではない」という説を認めてはいない。皇帝の愛娘を強姦しても、切り捨てられる事なく”王”と認められた、その強さ。それこそがリスカートーフォン。
 それ程彼等は、己の一族の強さや戦争に自信がある。
「何考えてんだ、あの野郎。二十八になっても帝国軍中将ってのも情け無いが、この陣容抜けられない物じゃねえだろ!」
 その一族が、戦争で他者に後れを取った。それは存在価値が無いと同じ事。戦争後の報告会、戦い方の不備や反省会も兼ねているその議場に提出されたその映像は、
「落ち着け、ゼンガルセン」
 ゼンガルセンの個人的敗北で燻っていた怒りに火をつけた。兄ではあるが家臣であるアウセミアセンの戦い方、そして怒鳴られる事を知っている当事者は、体調不良を理由にこの場にはいない。
「黙れ、シャタイアス!」
 言葉を覚えるより先に戦争を知るとまで言われている一族、その次の当主の有様を前に、ゼンガルセンは怒気の篭った拳でテーブルを凹ませ、もう片方の腕でシャタイアスの胸倉を掴み叫ぶ。
「我が兄が“サフォント”なら我も諦めて婿にも行こう、むしろ喜んで出て行こうではないか。だがこれがリスカートーフォンの次代当主だと?」
「それが現実だ」
 ゼンガルセンの怒気を受け止めるでもなく、膝を付かされているシャタイアスは冷ややかとは違う凪いだ目で見つめながら答えた。

backnovels' indexnext