PASTORAL −72

 サフォント帝の心遣いと、弟クロトハウセの心の平安の為に別艦隊に送られたエバカイン。
 彼等の心の平安とは別に、受け取った方は心穏やかではない。
「明らかに挑発されているのだろうな」
 『サフォント帝の相手をしている』だけで、ゼンガルセンは抱いてみたくなるのだ。男自体には何の興味がなくても。
 その性格と行動を知っているサフォント帝が、わざわざ送りつけてきた。そうとしか考えられないゼンガルセンとシャタイアスは、エバカインの動向をモニターで監視しながら話し合っている。
「そのようですね。陛下もお人が悪い」
 過去に何度もサフォント帝の愛人を寝取った事があるゼンガルセンに、伽の相手をさせている異母弟を送ってくる。
 挑発以外の何物でもない、としか二人には取れない。
「昔からだったのか?」
「さあ……あの頃、傍には陛下の位を脅かそうとするような“ご学友”はいませんでしたから。皇太子妃の地位を妬んでいた女ならば知っていますが」
「クラサンジェルハイジか。良かったじゃないか、別に愛し合ってたわけじゃないだろ」
「無論。むしろ妃になれて良かったなと、諸手を挙げて別れたが」
「お前の妻だったクラサンジェルハイジには興味はなかったが、皇妃になるあの女には興味が湧く。それと同じで男は好みじゃない、だが皇帝の物だと思えば手も出したくなる」
 これで見た目が悪かったらゼンガルセンもそんな気も起きないのだが、エバカインは皇族顔ではないがその名の通り“ロガ皇后”によく似ている。貴族の中においては珍しい形の整った顔立ちだった。
 綺麗な顔など掃いて捨てるほど存在する上級貴族、それは過去の遺伝子操作によるものだ。
 際限無く手を加えてしまった結果、美しさが上限ラインに到達する。
 だが美しいが、殆どの者が「五通り」の姿の型に嵌ってしまい、上級貴族は皆、異様なまでに似通っている容姿を持つ。実際シャタイアスとゼンガルセンなど、ほとんどの人には言動以外では見分けが付かない。
 その中で、型に嵌っていないエバカインの姿は良く目立つ。
 それでなくともサド気の強いゼンガルセン。殴る蹴るの暴行を与えた相手の苦痛に歪んだ顔を見れば勃つタイプの男だ、強姦くらいは容易に仕出かす。
「手を出したのが皇君だったら、幾らお前でも首がすっ飛びますね。正式には両手両足切断後、首を落とされる訳ですが」
 四大公爵縁の者達に対する処刑方法。これをされるとなると、相当な怒りを買ったという事でもある。
「本当に皇君なのか?」
 二人の議論は始終そこをグルグルと回っていた。周囲で聞いている者達も、その一点が謎でしかたなかった。
「ゼンガルセン、少し冷静になって考えてみよう。もしも、あの皇子が本当に皇君であるとしたら、誰かが陛下の名代で結婚の申し込みに向かった筈だ。あの皇子は生家が無いに等しいから、自と名代を務めてくれる者は少人数に絞られる。三大公とカウタ、これ以外はあるまい」
 求婚は皇帝の名代が申し込みに行くのだが、この名代にも色々と決まりがある。
 大体は正配偶者に迎えられる家の者が受け取るのだが、当然この際も身分が必要だ。
 エバカインのように生家にその位が無い場合は、皇帝側で「皇帝縁の人物」を代理として立てる。ただ、生家には位はないがエバカイン自身には大公位があるので、普通の王族では位が足りない。
「皇君になっているとしたら、入宮式が執り行われているだろう。末のルライデが帝星を出発前に行われたとして考えれば、名代はカウタ以外にはないな」
「なのでカウタに聞いてみたのだが……“レッ君元気? 今何してるの? 遊びにおいでよ”としか聞き出せなかった……こればかりは……」
 画面の向こう側にいた、幼少期と全く変わらない言動の、四歳年上の幼馴染のことを脳裏に描き“レッ君”事、オーランドリス伯爵シャタイアス=シェバイアスは両の目頭に手を当てた。『私は名前からいって、シャ君かシェ君ならわかるが、どう略してもレッ君にはならないぞ』と……。
「覚えてもらってただけでよかっただろうが。あの兄なぞ存在自体覚えていないだろう……カウタが求婚の名代を務めたとなると、聞き出すのは不可能だな」
 皇位を狙う男であっても、諦めることはある。
「そうなる。あと調べるとなると……皇王族だが、あちらはコッチを嫌っているので手の出しようが無い」
 元々皇王族の一員であったシャタイアスだが、ゼンガルセンの配下になってからは完全に皇王族からは除外された形となっている。
「重要事項を握ってそうなのは、カッシャーニ、ゼマド、ルビータナ、ザルガマイデア……どれも選りすぐりなレズときたか。さすがの我も、あの女宮の中には踏み込めん」
 戦場ならば何の恐怖もないが、ゼンガルセン自身よりも大柄で女好きな女性大公の宮には、さすがの彼も足を踏み込みたくは無いらしい。
「やめてくれ、ゼンガルセン。あの宮に踏み込んだ男で生きて帰って来られたのはサフォント帝だけ。あそこは男が行ったら死ぬ世界……あの皇子は口を割るだろうか?」
「直接聞いてみるか?」

 こうして彼等、リスカートーフォンの面々は非常に無意味な事をする。

 出撃用の武器を選んでいたエバカインの元に、ゼンガルセン以下五名の幕僚が話しかけるというよりは威圧的にして高圧的に押しかけてきた。
「大公、話がある」
「は、はい? 何でございましょうか?」
 何が何だか全く解っていないエバカインに
「大公、何故お前は皇后宮に住んでいるのだ」
 単刀直入に尋ねたゼンガルセン。対するエバカインは何時もの如し。
「……は、はぁ……(皇后宮にいる事が気に食わないんだろうなぁ……)」
 当然かみ合う気配すらない。
「何か言えない理由でもあるのかな? 大公殿下」
「そ、その……ご気分を害していらっしゃるのでしたら、申し訳ございません。ですが私の方から陛下に意見を申し上げる事はできませんので、ガーナイム上級大将閣下の方から」
「大公が皇后宮にいる事に対しては何の……邪魔をしたな、いくぞ」
 去っていったゼンガルセンを見送ったエバカインは『やっぱり、別の小さな宮で陛下のお呼び出しに答えるとかそっちの方が良いよな』そんな事を考えていた。
 足早に立去ったゼンガルセン、
「厄介なのに当った。あれ以上会話が出来ない。我が不満を口にしていると告げ口でもされてみろ、それも間違って皇君だったら我々の身が危ない……不満を言うのを前提に皇君にしたのか? 中々話の持っていきかたが上手いじゃないか」
 ただのボケなんですが、そうは取られないのは、
「あれでもカルミラーゼン大公の弟だからな。ならば無意識に聞き出してみるか? ポリグラフ検査を」
 “あの”カルミラーゼンのお陰だった。カルミラーゼンはやり手、で相手に言質をとらせないで有名なため、エバカインもそれに似た性格だと判断されたようだ。
 兄の威光で良いのか悪いのか、とにかく本人の性格とは全く違う方向に解釈されていくエバカイン。

そしてリスカートーフォンの面々は、再び無意味な事を仕出かす。

「シミュレーターですか?」
 エバカインを機動装甲のシミュレーターに乗せて戦闘訓練を施す。
 そのシミュレーターのプログラムの一部をポリグラフ検査用のものにすりかえて。
「ああ。プログラム自体、このゼンガルセン用の物だ。シミュレーターだと思い甘く見ると後悔するぞ」
「は、はい」
 まさかそんな検査をされようとしているとは思わないエバカインは、シミュレーターにデータを打ち込む。自分が使う兵器の種類や数、機動装甲の出力設定などを打ち込んでいる。
「厄介だぞ、ゼンガルセン」
「どうしたんだ、シャタイアス?」
「あの皇子の脳波を拾うのは無理に等しい。遠距離遠隔系装備をフルにした、此処まで遠距離用を使われると脳波を拾う隙がない」
 エバカインは『ゼンガルセン王子用のプログラム』と言われたので、必死になって使える装備全てを入力していたのだ。
 ポリグラフ検査は通常は人には“聞こえない”が脳波は反応する“音”で質問を出し、それに無意識に反応する脳波を拾い集めてデータを解析するのだが、その隙もない程にエバカインは遠距離用の兵器を使用するように打ち込んだ。
「はーん、中々に隙のない皇子様だな。仕方ない、ポリグラフは諦め実際の強さを測定してみよう。どれ程の腕前か拝見してみようじゃないか」
 唯端に接近戦が苦手で、遠距離遠隔操作が得意だったエバカインは、こうして事なきを得た。
「弱くはないな……超遠距離型としては優秀だ。さすが我等の星域出身なだけのことはある」
「皇子の生母はエヴェドリット星系だったな……今、ふと思ったのだが、もしかしてカウタの奴、結婚後の報告を忘れたのではないか? それだと辻褄があうのだが」
 名代を務めたものは、結婚が成立した後に、主だった家の当主に『婚姻』を知らせに行くのだ。それも『名代』の仕事の内だ。皇帝は通常、自分の結婚報告などしない。
「まさか! カウタが幾らバカでも、皇帝陛下の御婚礼の一連の流れくらいはこなせるだろ。我も潰したエリザベラの婚姻に際し、名代を務める為の要綱を渡されたが、目を通し簡単過ぎて拍子抜けしたくらいだ」
 公爵の代理人としてそれらに携わっていたゼンガルセン、裏ではそれを潰す為にも動き回っていた。
「確かに簡単だ……。私が覚えているカウタは十年以上前のカウタだから、若しかしたら最近は少し確りしてきたかもしれないな」
 ”シャタイアス=シェバイアス・カストーサイマイゼン・バスキアウスラ 二十五歳”に向かって「レッ君」と言ってのける二十九歳の何処に「しっかり」を見出したのか? ある意味オーランドリス伯爵も偉大である。
「何処の世界に、皇帝陛下の婚礼の名代を務めきれない四大公爵の当主がいるんだよ。それにイネスの娘の際は、確りとまでは言えないが務めていたぞ。鬱陶しい喋り方してたがな。まさか、一年やそこらで手順の全てを忘れる訳なかろう」
「カウタの事だからありそうだが……まあ、其処までは……考え過ぎか」

カウタマロリオオレト・テリアッセイラ=リサイセイラ・ザリマティアスタラーザ。この王が全てを忘れている事を彼等が知るのは、半年以上先のことである。

「それは良いとして、アイツが皇君であろうが無かろうが、抱き込んだ方が得策ではないか? シャタイアス」
「皇王族の結束を甘く見ないほうがいい、ゼンガルセン。それに今現在、陛下の寵を一身に受けているであろう男が態々裏切るとは思えん。お前がリスカートーフォン公爵でもない限り、皇子は陛下を裏切ったとしても、何の得にもないだろうが」
 勿論皇王族が烏合の衆の時も存在するが、皇帝が完全に彼等を支配できていれば皇王族の結束は強固な物だ。
 長い歴史の中でも、サフォント帝の御世が最も皇王族の結束が固かったと思われる。その中で、皇王族を裏切った形になっているシャタイアスは相当目立っている、悪い意味で。

その男に敢えて「帝国最強騎士」の称号を与えたサフォント帝の真意は、与えた男と与えられた男しかわからない。

「ああ、首根っこ掴んで揺すぶりてぇ……」
「皇君にそれをしたら、お前の首が飛ぶ」

 こうして彼等は開戦前夜に無駄な労力を使っていた。

「あー吃驚した。なんだあの戦闘訓練プログラムは……10分で8回も死んだよ……」
 もう一人、無駄な労力を使わされた男エバカイン。お疲れ様でした。

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