PASTORAL −49 「ルライデ大公・デルドライダハネ王女特別編−王か王妃か王婿か」

「さあ! 何処の山頂にいるの!」
 いや、姫。どう見ても周囲の山は標高六千メートル級でして、山頂に巣食っているとは考えにくいです。降りてくる前に死んでしまう気がしますよ。
「いや、あっちの大滝の側の洞窟に」
 ロガ兄上様が『学者風』と言ったのが良くわかる男性・ランチャーニさんが、着陸前に姫が見たいと言っていた滝の方を指差しました。姫は言った言葉を否定されたわけですが、しっかりと頷いて
「そうね、里に下りて来やすい場所なんでしょうね。私だったら山頂でも平気なんだけどね! さっ! 行きましょう!」
 支配者としては良い方だと思いますよ、民衆には等しく優しく、陛下に忠誠を誓わない者には苛烈でありますし。
 彼女をアルカルターヴァの当主にするのは、非常に良いことだと思うのですが……ああ、どうしようかなあ。やっぱりサフォント帝に頼んで、婿に出してもらった方が良い気がします。でも、あのケスヴァーンターン公爵を当主にしたままってのもチョットばかり。
 父上ももう一人くらい子を……と言った所で、母上と父上の仲では私までが生まれたのは奇跡に近いですが。
 もうクロトハウセ兄さんの辺りで不仲が最高潮になってたんだそうですよ。実際はカルミラーゼン兄上殿が生まれた時点で夫婦仲は最悪で、ロガ兄上様がお生まれになった訳です。
 要するに夫婦仲が悪くて、周囲に手を伸ばした訳ですね。それでまあ……ロガ兄上様を無事に産ませたかったら、私にもう一人子を産ませなさい! そのように母上が詰寄ったんだそうですよ、凄い交換条件ですよね。
 父上がこの交換条件を飲まなければロガ兄上様は生まれなかった訳ですから、それに関しては父上を褒めて差し上げたいとは思います。
 でも其処までしたなら、宮中で育てるくらいまでの譲歩をさせれば……父上だから無理でしょうが。
 それでコレで生まれたのがクロトハウセ兄さん、此処で限界だった筈なんですが……父上も男ですから。そして、周囲にいた侍女達はエミリファルネ宮中伯妃の処遇を観て「この皇帝は自分を守ってくれない」と知ったので、皆逃げてしまったので、泣く泣く母上と同衾していたそうです。
 え? 男に走らなかったのか? って。いやあ、可愛い男の子を寝所に連れ込んでたのがバレて、その男の子×○◇。青年を連れ込んだんだけど知られて、その青年×○◇。『×○◇』には好きなお言葉をお入れください、悲惨なら悲惨な程に『正答』ですよ。
 そんな訳で男でも女でも母上の嫉妬心は収まりませんでした! というお話です。
 それでも男である事を止められなかった父上は毎回毎回、泣く泣く母上と寝所を共にしてしまい、その結果生まれたのが私です。だから私だけ少しだけ上の四人と年齢が離れてるでしょ。
 サフォント帝は25歳、カルミラーゼン兄上殿は24歳、エバカイン兄上様は22歳で、クロトハウセ兄さんは21歳。それで私が18歳、もうじき19歳になりますけどね。
 このように、明らかに涙と白濁した残滓が入り混じって作成されたこの私が、何故ケシュマリスタの方に行かなければいけないか? と言いますと。
 先ずサフォント帝はケシュマリスタ王の継承権を破棄してシュスターを継承したので、継承権はありません。ロガ兄上様は当然持ってません、これは私達が母上から継いだものなので。
 それでカルミラーゼン兄上殿は、現時点で皇位継承権第二位。第一位の皇太子殿下に何かあった場合は、兄上殿が暫定的に皇太子の地位に入ります。
 サフォント帝は近々正妃を三人迎えますけど、全員絶対に子供ができるとは言えないので、結局カルミラーゼン兄上殿は皇室に残らなければなりません。
 そうなれば残るは私かクロトハウセ兄さんだけで、私と兄さんを並べれば一目瞭然というか、適材適所というか。クロトハウセ兄さんに「リスカートーフォンを継げ」というのなら解かりますが、ケスヴァーンターンを継げというのは、誰が見ても不似合いだと感じるでしょう。
 別に兄さん、同性愛者だから継がせられない訳ではありませんよ。兄さんはサフォント帝に絶対の忠誠を誓ってますので、サフォント帝が『結婚して子を成せ』と命ぜられれば、即日行動に移して完遂してしまうような人ですから。
 私も自分が名君になれるとは思ってません、精々あの二十九歳で書類を届け読み上げる事が出来なかった居眠り公爵よりはマシという程度でしょうが、そのくらいでいい筈です。
 何せ後悔の涙とやるせない白濁した残滓から生まれた子ですので。
「到着したわよ、ルライデ」
「そのようですね」
 回想録は良いとして、ただ今の私の格好は、重い軍服を着て首から探査機を提げてます。むしろ提げ抱えてます、大きくて。
 周囲50km程度なら簡易の探査機で調べられるのですが、やはり戦いの達人はその程度では許しません。惑星全体を一瞬にしてスキャンできる装置、勿論上空も大気圏外4000kmまで捕捉可能なモノです。……そこまで必要ないと思うのですが。
 そ、それに、けっ……結構重いんですよ。大体こういうのって、前線基地に設置される事はあっても持ち歩く事はないと……。いや! 姫の感覚では重くないのかも知れませんので(75.6kg)頑張って持ち歩きますけど……重い……。
「何処にいるの? ルライデ」
「あの洞窟の中のようです」
 見るからに“あそこ”しかない。山肌に開いた穴……そして周囲の焚き火跡と、食べ残しが散らばっている乱雑さ……コレを持ってきた意味は無いような気がしますが、それは言わないでおきましょう。私も大人になりました、口にして良い事と悪い事くらいは判別が付きます。
 因みに私達二人きりです。まあ、護衛は船倉で小さく固まってるでしょう。村人が此処まで案内すると言ったのですが、それは姫が断固拒否。陛下の臣民を危険に晒す事は絶対に許可しません! と言い張って……というより命じてしまいましたから。
 ロガ兄上様は一味を倒しに行く際、村人に頼まれて折れ同行(羊)を許したそうですが、姫は……姫ですからね。
 姫はガイサンダルト銃を構えます。あの銃結構反動が強いんですよね……普通は固定して撃つものですけど、ある程度の力があれば反動も何もな……うぉぉ!
「何転んでるのよ!」
 重い探査機を持ったまま、爆風で転びました。姫は全く平気のようです。
「申し訳ございませ」
 重い探査機を抱えて立ち上がった瞬間です。
「あぶないっ!」
 姫の体が半分に沈んで、銃を投げられて指十本で私の背中を。掌勁とかいうヤツでしょうね、気合で飛ばすやつ……私、草の上を滑ってますよっ!
「ぐげぁぁぁぁ!」
 爆発があった方から断末魔が聞こえてきた気が
「待ちなさい! ルライデ!」
 私を飛ばしたのは姫ですし、これ? どうやったら止まるんで……滝ですよ、滝。結構な水量がありそうですよ、毎分三億リットルでしたっけ? 確か。
 轟音が凄いですよ。轟音だから凄いんですが、えーと止まらないといけないんで……あっ! 効果音的に言えばスパーン! ですね! 地面の端から飛び出しましたよ!

兄さん(四人宛)私、空を飛んでいます! 滝の上で探査機持ちながら舞っています! なんか、鳥になった気分! 直ぐ墜落しますけど

「ヒルエー! ルフクレヌ!」
 名前を別けて呼ばれてますが、私リスカートーフォン名ではない筈ですよ。それですと、既に戦死者と名前を交換しているかのような名前になってしまいますよ、姫。
 等と考えていると叫び声と共に服の端をつかまれた気が? その方向を見ると。
「姫?!」
 姫まで滝に飛び出してきて、一緒に落下してますよ! このまま叩きつけられたら、えーと20階建ての高さからコンクリートに激突……いや、もっと凄いか?
 私、姫に上半身抱えられてますねえ。どうしたら良いのでしょうか? とか聞いてるんですが、水音が凄すぎて聞こえないようで。着水地点で
「きぇぇぇぇぇ!!!!」
 姫は掛け声を上げながら、水面を蹴り上げました。水の壁が出来上がってそのまま水にブクブクブク……

兄さん。私、息が出来ません

さ、魚気分には、な、なかなか、なれませ、ん…か、川だから、あゆ? …ごぼっ……

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