PASTORAL −31

 我が兄陛下の表情を読み取る事は難しい事だ。
 クロトハウセからの連絡が来たとの報告を受けて私もお部屋へとうかがう。
報告書に目を通した後、私は調査しておいたカードの残高を我が兄に提示する。
「カードの引き出し額からみても、料金は払っていないようです」
「無料でこの帝星まで連れてくると思うか」
 左側に頬杖をつき、此処までエバカインを連れてきた無許可貨物船の船員の顔写真を凝視しておられる。
「彼等にそれ程余裕があるとも思えません」
「よほど善意に溢れた人間か、それとも別のモノを強要したか」
 此処までの燃料代、通行税、停泊料金などを考えれば、金銭を要求して当然。それがなされていなければ、何か? と引き換えとなったと考えるしかない。
「捕らえて尋問しますか?」
 クロトハウセに目配せをすると、頷いた。恐らく此処に来る前に一隊を直ぐに動かせる状態にしてきているのだろう。その手の事に関しては抜かりのない弟だ。だが、我が兄であるサフォント帝の言葉は違った。
「ガラテアに直接問うか」
「答えるとは思いませんが?」
「本人の身体に直接だ」
「誰が? でございますか」
「余が直接問うてみよう」
「直接ですか」
 その言葉を聞き、我等は御前を退出した。

 我が兄にして兄ではない、銀河帝国の主柱であられるサフォント帝と私は一つ違いだ。
 一つしか年齢が違わないのに家臣の立場にあるのは、辛くはありませんか? などと処刑されたいような言葉をかけてくる者もいる。残念ながら、私にそのような心はない。
 私はサフォント帝に心酔している。もう一人、サフォント帝に心酔していた人物がいた、クロトロリア帝。我らが父帝だ。
 父帝は、祖母帝の長子で父親は帝君であった。父帝には実弟二人に、異父弟五人、異父妹四人がいた。“凡愚な暗君”とあだ名されていた父帝、骨の髄から“暗君”であれば良かったのだが小心者であった父帝は暗君にすらなれなかった。なので暗君ではあるが“凡愚”とつけられている……要するにどうにもならないという事だ。
 父帝は他の弟妹からも軽んじられていたという。
 その上「あれは小役人にすらなれぬ」と祖母帝は仰っていたと伝え聞く。そんな父帝が皇帝の座についていられたのは、退位し大皇となった祖母帝が息子帝の第一皇子に期待を抱いたからであった。
 サフォント帝だ。
 父帝の妹弟は、父帝に比べれば賢く見えた。「小役人にすらなれぬ」と言われた人物と比べて賢く見えただけであって、天才と称される我が兄の前では「小役人採用試験を受かる事があるかもしれない」程度の彼等は、全員引き下がるしかなかった。
 父帝は皇后を好いてはいなかったが、皇太子であったサフォント帝を生んでくれた事だけは感謝していた。父帝が我らが母である皇后に対して強く出られなかった原因でもあった。
 父帝はサフォント帝が十八歳になった時に退位する事を宣言し、それに異議を唱えるものは誰一人いなかった。最も退位する前に、アルコール中毒で死亡したのではあるが。世間一般には「シュスター型超劇症型溶血性連鎖球菌感染症による心臓壊死」と発表されているが、実際は急性アルコール中毒。
 玉座に座っている最中にも酒を飲み、居眠りをする皇帝であった父帝は、玉座で急性アルコール中毒による昏睡状態に陥っても誰も気付きはしなかった。

*************

 兄は即位した後、最初に行ったのは実母・皇后の殉死である。
 基本的に正配偶者の一名だけ、皇帝が死亡した際に殉死を賜る事ができるのだ。尚且つ殉死を賜れば、皇帝と同じ棺に入る事が許される。
 これは『死後、皇帝は本当に愛した者と二人だけで過ごす事が出来る』という死後信仰から来ている。
 皇帝に良いように出来ているこの話は「皇帝が先に死ねば、皇帝が最も愛した者が死ぬまで入り口で皇帝が待っている」のであり「皇帝が愛した者が先に死ねば、皇帝が来るまでその者は入り口で待つ」とされている。
 その世界には二人しか存在する事が出来ないそうだ……この信仰の元になったのが、初代皇帝と初代ケスヴァーンターン公爵なのは言うまでもない……勝手に男二人で仲良くしていれば良い。
 最もその世界の入り口では“かの皇后”が悪鬼の如き形相で殴っているであろうがな。
 物語のような誰でも知っている信仰の始まりは良いとして、現代においてその“殉死”を一名に与える事が出来るのは、皇帝のみ。自殺は許可されていない……いや、皆がこぞって自殺とかされても困る上に、周囲が死ぬことを強制しても困るのでそうなったのだが。
 我らが母は『ありがとうございます、陛下』と感謝し、待ってはいないだろう父帝の元へといった。皇后の恐怖から解放された他の正妃達は、全員実家に戻りたいとサフォント帝に願い、それを許可される。
 サフォント帝は皇太子時代に一女、皇太子妃との間に儲けている。その際に極度の妊娠中毒にかかった皇太子妃は死亡した。
 「ロターシャ・ロターシャ(嫉妬する皇后の意味)」の異名を冠していた皇太后も、サフォント帝の正妃もいなくなった後宮を取り仕切る事を任されたのが私・カルミラーゼンだ。
 正配偶者がいない場合は、皇帝の実の弟妹が受け持つのが慣習なので、私にその役が与えられるのは当然のことであり、誰も異義を唱えはしない。

実の兄弟(姉妹)=両親が同じ
兄弟(姉妹)=皇帝・王のみが同じで、片親が違う。ただしその片親は正配偶者
異母または異父兄弟(姉妹)=王のみが同じで、片親が違う。ただしその片親は妾妃、若しくは側人

 サフォント帝は一通りの人事を決定し、宮殿が落ち着いた際に我々三弟を呼び、言われた。
「異母弟を呼び戻す」
 当時十一歳であったルライデが驚いた声を上げた。ルライデは彼から見て四歳年上の兄がいる事自体知らなかった。
 『二歳年下の弟』それしか私も知らない。宮殿から我らが母によって追い出された宮中伯妃が生んだ弟の所在を、特に調べる必要性を感じる事はなかった。ただ私は、サフォント帝に与えられた命の通りに皇族の服を発注させて、送り届けさせた。
 特に興味を持たなかった私は、映像を観ることをしなかった。

 それは私の人生において、最初の失態。

「ぼ、帽子、こ、これしかないんで……その、被ってきたんですけど」
 皇族服に濃紺の野球帽を被ってきた異母弟は、髪の長さが肩に全く届いていなかった。勝手に異母弟は髪が長いと思い込んで、私は書類の全てに目を通さなかった。
 短髪の場合、帽子を被るのが決まりだ。そしてその帽子にも種類がある……異母弟が被ってきた帽子は、謁見の間に通される帽子としては相応しくないものである。
 ちなみに鬘は厳禁である。
「ぼ、帽子を準備しなかった私も悪かった。少々待っていてくれ」
 私は謁見の間で異母弟との対面を待っているサフォント帝に、額を打ち付けて謝罪した。
 サフォント帝は謝罪を受け、そして“異母弟”であるから、と相応しくない帽子であっても通すように命じられる。あまりの失態に嘔吐しそうなまま、私は異母弟を謁見の間に通す。
 謁見を終えた後、宮殿庭園でサフォント帝を含めた兄弟達で、異母弟と茶会を催す事が決まっていた。茶会といってもたった五人で軽い食事をするだけのもので、宮殿に初めて呼ばれた異母弟のお披露目とは全く違うものである。
 玉座を降り私室を通りぬけ、後宮の廊下を渡られて異母弟が待っている部屋へとサフォント帝は向かわれた。
 所在無さげに座っていた弟に、白いマントを翻して声をかけた。
「ついて来るが良い」
 サフォント帝のその言葉に、異母弟は
「はい! サフォント様」
 と答えてしまった。
 さすがの我が兄も驚かれたようであった。目を少し見開き、鍔のある野球帽を被っている異母弟を見つめる。
 “サフォント”は名ではない。それは皇帝名といい、一般的な人名などとは全く違う。“サフォント”につく敬称は“陛下”もしくは“帝”のみであり、それ以外は不敬罪に処される。
 だが私は、それを責める気にはなれなかった。それどころか、この宮殿慣れしていない異母弟が気に入った。
 それを聞きとがめた侍従長が(異母弟を呼び戻すのに反対であったようだ)鬼の首を取ったかのように異母弟を責める言葉を放った。何故責められているのか解からず、身体を硬直させる異母弟。
 初めて呼ばれた宮殿で、意味も解からず責め立てられればそうもなるであろう。
 罵倒するのを止めるようと私が言おうとした時、サフォント帝が動かれた。左手を伸ばし、横に動かして手の甲を上に上げられ、五本の指を開き握り締められた。
「カパロリンゼーン伯、去れ」
 サフォント帝の手の動き、そして言葉。サフォント帝は侍従長カパロリンゼーン伯の処刑を命じられたのだ。
 真っ青になった侍従長をその場に置き去り、私達は弟二人が待つ庭園へと向かう。
「サフォント様でも良いが、人前では陛下とつけるほうが問題がないであろう」
 異母弟は、涙を滲ませた目を擦りながら笑った。
「はい、サフォント様」
 私と兄は堪えきれずに笑った。
 エミリファルネ宮中伯妃は、息子であり我々の異母弟であるエバカインを、宮殿に上げるつもりはなかったのであろう。
 そして多分、異母弟が澱みなく美辞麗句を並べ立てたとしたら……仮定ではあるが、サフォント帝は興味を失ってどこか遠くの荘園に死ぬまで飼い殺しにしていたのではないかと、私は思っている。実際の所は、私がそう考えているだけなのかもしれないが。

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