PASTORAL −21

 手に持ったグラスに注がれている琥珀色の液体に自分の顔を映しながら、ため息が出る。
 もう少し俺、どうにかならないか? 兄上……いや、陛下のお相手務める栄誉を頂いたってのに、この体たらく。
 陛下だって、俺じゃなくて気に入ったのを相手させたかっただろうが、正妃を迎える際には今まで手を出したものは、子供ができていない限り全員下がらせる決まりがある。勿論それに従わない皇帝だっているが、兄上は法典や習慣をしっかりと踏破する方だから、間違いなくそれに従っているだろう。
 結果、正妃を迎えられなかったとしても一度閑を出した相手を呼び戻す事は……陛下の御気性から考えてないと断言できる。
 陛下は二十五歳だが、特定の誰かを好んだとかいう話を聞いた事がない。その手の類の話とは、縁遠い方のようだ。
 もちろん、それ相応の相手はいただろうが、溺れるという事はないらしい。
 あれ程の自制心をお持ちの方だからな。色々と……
 正妃候補の誰かが問題を起こし、陛下は三人を妻に迎えない事を決定したのは、俺が到着する前後なんだろう。
 ちょうど良く到着した俺は、特別の大役を仰せつかった。後宮に入って皇帝陛下のお相手を務めるには、最低でも一ヶ月、慣例的には三ヶ月間殆どの人と接しない期間を設けられる。
 潔斎みたいなモンだな。陛下にお仕えする訳だから、当然といえば当然。
 
その大役を頂いておきながら、この体たらくはどうだ?

 顎外してみたり、戦闘訓練じゃあ音を上げてみたり、大体御相手させて頂いていた際に自分から動いたか? いや、全く動いていない!(反語……バカ、俺)
 少しは考えてみようぜ、俺。
 えーと思い出すとして、思い出せるのは相手が女の時のみ。そうそう、女性がどう動けば楽しかったかを思い出して……ってか俺、最後に女性を抱いたの何時だったけ?
 あ……ああ……そうだ! 三年近く前だ。結婚前に兄上の前で……婚姻できるか……どうか……試し……抱きで……失敗……。
 そうでした、最後に女性に触れたのは三年前。結婚が決まりかけた際に、確りと契れるかどうか? を兄上の前で見せる際に触れたのが最後。いや、途中で失敗したんだが……その、兄上の視線が怖くって。それでも婿に出してくださったんだよね、兄上は。
 寛大なご処置だったよな、普通はそこで挫けると婿には出さないもんなのに。
 何せ婚姻先でも確りと初夜立会人がいるわけだから、人に見られて出来ないと役には立たない。
 本当に牧歌的じゃないよな、貴族の結婚って。ちゃんとやってるかどうか、確認する人がいるんだからさ。でも結婚した際には、初夜がなかったから……ある意味安心したんだが。貴族としては落第点だけど。
 それで俺、兄上が手を回してくださったと思ったんだよな、初夜がなかったの。
 俺、兄上の前で失敗したからさ……そうじゃなかったんだが、勝手にそう解釈してた。
 ふと思いついたんだが、若しかしてご成婚が潰れないで、陛下もマイルテルーザと婚姻なされた場合、二人の初夜立会人って俺も選ばれた? そうだよな、妃の親族代表者四名以上だから、入っている可能性が。こっ……怖過ぎる!
 話はずれたが、若しかしなくても俺、ロクに女性抱いてないから、どうしていいのか解からないのでは?
 二十二歳、それも一応皇族の端くれである男の女性経験回数が片手で足りるってどうだ? 男性経験は兄上だけで、下手すれば今回の夜伽で男女の経験数が逆転しそうだ……いや、兄上の御相手は男女とかそういった類の物ではなく、全く別次元のものではあるが(大きさもな……)
 それにしても、女性関係(回数も)全て兄上、いや兄弟全員に知られているだろう、立場ねえな。これじゃあ女性が苦手、若しくは興味がないと解釈されても文句は言えないな。元から言う気はないが。
 なんだか、考えれば考える程落ち込んできた。上手く出来ないのは、根本的な経験値不足か。
 この場合、兄上はその事情を知って下さっているわけだから、
「兄上に甘えてもいいかな」
「当然だ」
「うあっ! お、お戻りでいらっしゃいましたか?!」
 グラス落としそうになった。一体何時の間に? それよりも俺! 気付けよ! 
「何を泣き出しそうな顔で考えておった。言え」
 兄上の命令形は、偶に救いになるような……気がする。
「陛下の御相手が全く務まらず、歯痒く。私ではない者を御相手に選ばれた方が、陛下の御気分が優れるのではないかと愚考しておりました」
「その考えは間違いなく愚考だ」
 即返答ですな、兄上……
「よ、宜しいのですか私で?」
 もっと陛下のお心に沿った事が上手に出来る人って、たくさん準備されてると思うんだよな。
「お前でよい、ゼルデガラテア。いや、エバカイン」
 でも陛下が俺で良いはっきりと言ってくださったものを、これ以上卑下しても陛下に対して失礼だから、よし! 気分を改めて。
「今宵は?」
 誘ってみたけれど、
「休む」
 あっさりと返された。それはそれで良いんだけれど……

 うん! 見事にかみ合わないな、陛下と俺! 仕方ないからトイレでバーボン一気飲みしてきて、酒の勢いで寝よ。

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