PASTORAL −9

「大公殿下、お目覚めください」
「ん……」
 目を開くと居たのは医者、顎外した俺の顔を兄上と一緒に見ていた医者だ。
現金なもので俺は寝る事ができた……気を失ったと言った方が正しいが。
 ナイトランプの明かりに照らされた兄上のお顔の怖かった事……失礼、威厳に満ち溢れていらっしゃった事。その溢れ出す威厳に満ち満ちた王気にあてられて、俺は意識が遠のいた。生まれて初めて意識が遠のくというのを知った、軍の低酸素稼動訓練は耐えられたが兄上の闇夜に浮かばれるお顔は無理であった。
 他言する事はできないし、語り合う相手もいないが、暗がりで兄上をみたら心臓が弱い者は止まると思う。そんな事より……兄上は既に隣に居ない、寝顔を見なくて済んだのは僥倖と言うしかないな。
「ご準備の時間です」
 まだ確りしない俺に、医者は話しかけながら急かす。
「何の?」
 理由も解からず俺は上半身を起こす。よくよく見ると、医者というか医師団が控えている。宮廷医師団か……何故だ……
「夜伽のでございます」
 眠っていた脳が一気に覚醒したのは言うまでもない。周囲を見回すと、カーテンがまだ下りている。
「今は何時だ?」
「午前三時半でございます」
「さ、三時半?」
 夜伽というよりは、明け方伽?
「四時からですので、お急ぎください」
 三十分で準備するのか。俺は立ち上がり、彼等の後を付いて行く。兄上が何をなされているのかは知らないが。
 帝国第一のお方のお相手を務めるとなると……出来るなら誰かに変わって欲しい気持ちで一杯なのだが、それは言えない。
 それでお相手を務めさせていただく為には、色々な準備が必要だ。特に男同士である場合は……寝る前に薬を飲んだので、受け入れる箇所の洗浄はよし。(女性であってもされるのだが)
 低周波の筋肉を解す小さな機械を渡される。確かこの吸盤を身体に貼り付けて、低周波でその部分の筋肉の硬直を……
「此処で十分間ほどかけさせていただきます」
 聞いた事はある、これを使えば誰でも簡単に後の方に受け入れられると。……現代医学など嫌いだ! 発見されたのは大昔だが。
「十分程度で良いのか?」
「あまりかけすぎますと、締め付けが悪くなりますので。後、痛みを感じないようにお薬を飲まれますか?」
「飲んでおいた方がいいのか?」
「こればかりは。ただ、この薬を飲まれても身体が感じる圧迫感は除外できません。この薬は、痛みのみでして。痛みを感じないとなると、基本的に快感も感じる事はありません」
 ダメだろ、それ。多分快感なんぞ、全く感じないだろうが……万が一陛下が前を刺激した際に無反応であれば、失礼極まりなかろう。
「必要ない」
 苦しいんだろうな……それでも、洗浄の際にアレ使われなかっただけ良かった。腸洗浄液とかを入れられて、噴出す様などをみさせて相手の尊厳や矜持を剥いでいくモノに比べれば……それにしても何故、拷問器具まで揃っているのだ? 軍管制下でしか使えないはずだろあれは(自白用)
 もちろん陛下は、許可などは……気にしないでおくか。人間、無駄な事は知らないほうが良い。
 好奇心は猫をも殺す、俺はまだ死にたくはない。それに少なくとも、現在最も負担の少ない方法で準備中だ。……観なかった事にしておくべきだな。
「医師長、固定ベルトの方は?」
「殿下は筋肉が確りと付いていられるから必要はない」
 医師の一人が持ってきたその物体を見下ろす。腰の周りあたりを覆うベルトに見えるが……何を固定するのだ? 拘束具(軍用)とは少々違う。
「あれは、何だ?」
「あれは股関節が外れないように固定するものです。殿下のように全身に筋肉が付いておられれば、外れる事はまずありません。ですが一応足を開かず、意識して股関節の辺りを閉めていてください」
 あ……ああ、兄上あの大きさだもんな……長さに気を取られるが太さもなあ……。股関節外さない為に自分で閉めるのか、兄上のを……図らずも……
「むしろ外れないように固定して欲しいのだが」
 そんなマネするくらいならば、あの恥ずかしい拘束具のようなベルトを巻かれた方がまだ良い様な気がする。
「用意は出来たか。何をしている?」
「腰にベルトを巻こうかと」
「ゼルデガラテアならば平気であろう」


何を根拠にですか?


 根拠を問いただす訳にもいかないし、兄上があのように言われたら既に着装しないことが決定したも同然。ふらふらしながら兄上の後を付いて、ベッドの前に立った。
 確か、此処で何かする筈なのだが、それらの儀礼を一切知らない(当然知るわけがない)
「六時には朝食故に一時間半で終わらせる。良いな」
 三十分で後始末という事ですね……。時間に追われてお忙しい事ですが、一時間半もいたして下さらなくとも結構です。五分くらいで終わらせちゃっても全く問題ありませんので!
 今ばかりは『早漏』という言葉が愛おしくさえ感じられた。自分がそうなったらイヤだが。
「御意」
 そう言えればいいんだけど、言えないからな。
 仕方ないのでベッドに入られた陛下の前で、全裸ながら平伏(床に頭を付ける)して
「至らず失礼をする事もあるとは思いますが、御慈悲の程宜しくお願い申し上げます」
 御慈悲があるなら、同衾などしては欲しくないのだが……言えない。
「あい解かった。参れ」
 言われるままに、ベッドに座ると兄上のお顔が近付いてこられたぁ! 待て? 待って! 若しかしてキスなされるおつもりですか? これが御慈悲なのですか?! そんな御慈悲は必要御座いません!
 兄上お顔をお傍で拝顔するなど(混乱してきた)恐怖以外の何者でも御座いません! 
「そう、強く目蓋を結ばなくとも良かろう」
 いいえ、此処で目を開けたら俺は間違いなくひっくり返ります、奇声を上げて。失礼極まりありませんので、このままにさせておいてください。
「あ、あの……陛下のお顔をお傍で拝見するなど」
 一生そんな機会欲しくなかったです……
 唇に何かが触れ……何かじゃないな、これ間違いなく兄上の唇だろう。
 兄上と唇だけ触れている時に思い出した『許可なく陛下に触れることは不敬』……陛下が触れてくる分には何の問題もないのだが、俺は……挨拶する際に「こちら側から触れてもいいですか」という旨を伝えて、許可を頂いておかなかった! この場合、俺が勝手に触れたらマズイ事になる。

 俺ってヤツは! ……どうする? 此処で床に下りて再び平伏して許しを請うとしても、床に下りる許可を貰わなくてはならないだろうし……

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