PASTORAL −159

 リュキージュス公爵とルライデ大公に任せておけば、ひとまずは安心だろうとエバカイン達はラウデとサイルの救出に向かった。
 不安が全くないわけではないが、依頼した以上二人は責任を持って遂行してくれるに違いないと、何より、
「お前がやるより余程上手にやってくださるだろうよ」
「そう思うけどね」
 なるサベルス男爵の意見に従って、エバカインは意識を二人の救出だけに向けた。
 カンセミッションが調べた報告書にある刑務所の傍まで来て待機する。
 後は、カンセミッションとダーヌクレーシュ男爵の率いた副王艦隊がレオロ侯爵の一行に接近するのを待つだけ。どこかが先行して攻撃するのではなく、三者が同時に攻撃をかけレオロ侯爵に抵抗する隙を与えない。
「まー、リュキージュス公爵殿下とルライデ大公殿下、カンセミッションは知らんが補佐に入られたダーヌクレーシュ男爵、この方々がレオロ侯爵相手に遅れをとるとは到底思えん。要するに、一番不安なのは俺達だな。俺達ってか、俺達の指揮官?」
「頑張るってば! アダルクレウス」
「せーぜーガンバレ! エバカイン。ま、そうは言ってもここまで自分の力だけでやったんだ、初めてにしちゃ上出来だろうな。陛下に一切の連絡も入れないで、よく出来たもんだ」
「まあ。陛下に少しでも連絡を入れてお話すると、この行動に間違いはないかどうかを聞いてしまうとおもうから……たぶん、陛下ならもっと良い方法をたくさん知っていらっしゃると思うから……連絡は絶たせていただいた」

 エバカインの独り立ちの決意が、結婚についての……もはや、語る必要もないだろう

 ちなみに、
『解ったわね、ウィリオス』
「わかりました! 姉さん!」
 サベルス男爵が「遅れを取る事はないだろう」と言ったダーヌクレーシュ男爵は、姉に散々注意されていた。
「サベルス男爵があなたの事を高く評価しているのだから、間違っても失敗しないのよ」
 未来の夫(やはり、かなり一方的)に失望されないようにと、未来の義理の弟になる自分の弟に注意を入れるナディア、それに必死に答えるダーヌクレーシュ男爵。
 “はい、はい、はい、はい” そう懸命に返事を返している所に、遂にそれが来た。
『解ってます姉さん……うおぁぁぁぁ! お母様ぁぁぁ!』
 姉だけでも怖いというのに、ダーヌクレーシュ男爵の恐怖の根源、エヴェドリットの大重鎮アジェ副王からも連絡が入る。
【ウィリオス。陛下よりのお言葉だ。皇君の命、必ずや遂行せよと。良いな、失敗したらお前の[尻]は陛下に献上する事、このアジェ副王が誓った。肝に銘じよ!】
 勝手に尻を献上する運びとなっていた。
 旗艦で聞いていたカンセミッションは「何かの隠語ってヤツだろうな。金の便座のほかに男爵が便座とか作ったりするのか? 男爵の実家、芸術屋だって言ってたな。前衛芸術的尻?」などと、訳のわからない事を考えていたが、その尻、真実尻である。隠語もなにもなく男爵の尻である。
「御意!!」
 自らの尻を守るため、ダーヌクレーシュ男爵は戦った。

【外伝:ウィリオス=ヲウィリア かく戦えり】

 エバカインが落とそうとしている刑務所は、元は帝星の軍警察署長の一人だったウライジンガが管理している。帝星の軍警察署長のころ、賄賂をもらった事や部下の違反行為が見つかり署長から降格された後、第200577警察署に飛ばされた。
 ウライジンガを懲戒処分にしなかったのは、処分の甘さとしか言いようがないが、もとより悪人と繋がっていた警察署長、それなりの地位の人間と繋がりを持っていたため、懲戒処分にできなかったのだ。
 それで飛ばされたウライジンガは、人脈を使いレオロ侯爵に近寄ることに成功し、そこから帝星にいた時以上に好き勝手に、そして「侯爵の命令」という自分ではない誰かの命令に従うという卑怯な逃げ道を得て人狩りを指示し、刑務所で過去を消す作業を行わせていた。
 金で動くウライジンガはレオロ侯爵にとって、唾棄すべきほど蔑み、そして使いやすい良い駒となった。
「皇子。副王艦隊がレオロを捕捉しました」
 総司令の席に座り、前に立てている剣に手を乗せていたエバカインが立ち上がる。
「全軍、作戦開始」
 剣を持った手を前に出し、もう片方の手でマントを払う。画面に映るリュキージュス公爵とカンセミッションが礼をして、全軍が動き出す。
 前に差し出した剣をくるりと手元で回し、腰に戻し足を開いてマントを掴み総司令席に腰をかけ、両手を上げて、
「諸君らが私の期待に沿うことを期待している」
 そう言って、両手を同時に肘掛に置く。
「命令する姿も、結構サマになってたぞ。必死で一杯一杯で優雅さのかけらもねえが、まあまあ」
 今の一連の動きも、練習の賜物だ。
「そうか? そりゃ良かった。でも、マント踏みそうだったよ。剣も飛ばすんじゃないかって、もうヒヤヒヤもんだった」
「皇子……それ言わなきゃ良いのに。普通に見てる分には本当に格好良いですよ」
 サラサラがそう言うと “あ、そう? そう言われると照れるね” と笑う。それを脇で見ていたサンティリアスは “さすが男爵、皇子が精一杯なの見て解るんだ。俺には、優雅で余裕あるように見えたけどな” 天然の親友の天然を見抜くその眼力に感心していた。
「顔崩すな。真面目な顔で指揮用の剣持って立ってるか座ってるかしろ」
「立ってたい。陛下のお席に座ってると思うと、モゾモゾしてくる」
「軍議で鼻血噴出して、陛下を立たせてた男の言う言葉じゃねえ」
「それ以上いうなー!」

 エバカインはどこまで行ってもエバカインである。

「皇子!」
「どうした? シャウセス」
 刑務所に着陸する段になり、シャウセスが声を上げた。
「最悪です」
「何がだ?」
「違法増築ですよ、見てください。着陸を予定していた場所が覆われています」
 画面に映し出されたのは、見たこともない刑務所だった。
刑務所は本来同じ造りになっている。資材を共通させて管理を容易くしているのだが、目の前にある刑務所は規定の資材量で作られているようには見えなかった。
「人を収容する場所か?」
 刑務所を作り変えているだけでも重罪だ。
「いやどうも……違いますね。何かのプラントのようです……信号から解析しますと、どうもこれは、エネルギー、それも軍事用にエネルギープラントのようです」
「ウライジンガ……」
 エバカインが副署長時代、別の警察署の署長だった男。会合などでチラリと見た、エバカインの父よりも年上だった男を脳裏に描き、
「違法は複合でくるが、違法人身売買と違法軍需、手伸ばせるだけ伸ばしやがって。どれか一つなら良いって訳でもねえが、ここまで手を伸ばせば……まあ、今まで見つからなかったのが原因なのかもな」
 必ずや捕まえてやると決意を新たにした。
 捕まえるとは言っても、まずはラウデとサイルの救出を優先させるのだが。
「離着陸場所まで私用にするとは。刑務所での作業製品の売り上げは支配領貴族の収益になりますけれど、これほど大規模な事でしたら王に報告を上げなければならないでしょうが、王の会合ではこの話題出た事が御座いませんね。これをテルロバールノル王が知っていて陛下に報告していなかったとなれば、大問題でしょう」
「此方の目的がわからない以上、二人が人質に取られる恐れはありませんので、予定していた場所よりも……」
「シャウセス、予定着陸場所に強制着陸しろ」
「軍事プラント如きに負けるような装甲ではありませんが、傷がつきますよ。この女神に傷がついたら、唯では済みませんよ」
「構わん! 責任はこのゼルデガラテア大公 エバカイン・クーデルハイネ・ロガが全て負う。念のために着陸地点近辺に警告弾を撃ち人員を退避させろ」
 エバカインの命令を受けて、全員臨戦態勢に入る。
「では、行きますよ!」
「行け! シャウセス」

 漆黒の女神が刑務所の違法軍事プラントに強制着陸を開始した

「それでは最終確認に入る!」
 着陸はシャウセスに任せ、エバカインは命令という名の最終確認を開始した。
 まず、ダーク=ダーマに常備されている戦闘員は全てウライジンガの “逮捕” に向かう。彼等は制服を着用し、派手に攻撃をしかける。囮もかねて。
 ナディアは一人、拠点であるダーク=ダーマを守る。
 戦闘員達が口を揃えて「我々100名より、カザバイハルア子爵閣下一人のほうが強い」と世辞抜きに言ったほど。
 エバカインとサベルス男爵、サンティリアスとサラサラの四人で囚われている二人を見つけ出し救出する。
「では各自、武運を祈る」
『皇子! 着陸完了しました!』
「全く振動なかった」
「さすが……皇帝の旗艦」
 軍事プラントを押しつぶして着陸したダーク=ダーマだが、内部には全くその衝撃は感じられない。
「シャウセス、開け!」
『御意』
 開いた昇降口から、まずは戦闘員が隊列をなして出て行った。
 次に、
「じゃあ行こうか」
 左手に軍刀、右手にレーザー銃を持ち、頭には、
「その頭についてるのは、何?」
 サラサラやサンティリアスは見たこともない機械を被っていた。
「あ、これ? これ被るとさメルチュークルスが使えるようになるんだ」
「メルチュークルス?」
「機動装甲の遠隔攻撃ビットのことだ。職業軍人でもない相手に固有名詞言っても解らないに決まってるだろうが。大体、そいつだっていくつも種類があるんだからよ。ま、何にせよこれが付いてりゃ360度死角なしだから、二人とも安心しな。っても、本体がなあ」
 本体とはコレを動かすエバカインの事。
「大丈夫だって。この惑星くらいなら、どの場所で確認された攻撃命令でも0.05秒以内に反応できるよ」
「まあ、適度に期待しておくわ。じゃ、行きますかお二人さん。生体データ反応が近い、サイルから」
 射撃も剣も人並みながらこなせるサベルス男爵も完全武装し、捜索用の携帯端末を腕につけ、片眼鏡に似ている小型モニターに繋いで昇降口から降りてゆくその後ろから、

「サベルス男爵。知的な貴方も素敵ですが、武装なさっている貴方はもっと素敵ですわ。このナディラナーアリア=アリアディア・レルマーティン・カレアティスア、男爵の武運を信じて疑いません事よ」

 その “御声” に振り返った彼等と彼女の視界に入ったのは、
「カ、カザバイハル……ア子爵?」
 全身を覆う装甲をまとい、肩に幅4メートルはあろうかという斧を担いだナディア様。顔の半分はフェイスマスクで覆われているが、のぞいている目は、
(アダルクレウス……なんか返した方が良いんじゃない? すげーうっとりとお前みてるぞ……)
 天然にして鈍感なエバカインですらわかる程[恋する女性]であった。
 背中から対戦艦撃墜砲身が四本のぞいていても、確かに恋する女性だった。
「あ、はい……あの、カザバイハルア子爵閣下のお眼鏡にかなう程の武勲は絶対あげられねーと思いますが、貴族として恥ずかしくないくらいには頑張ってきたいなーって思ってんで、まるっきり期待しないでお待ちくだされば嬉しくもないよーな。あの……拠点は危険が多いので、その……実力があるのは知っておりますがそれを過信なされないでくださいな」
 結構失礼な事をいったのだが、
「男爵の言葉、心に刻み初心に立ち返り頑張りますわ。あの十五の初陣の時のような初々しく張り詰めた気持ちで任務に付かせていただきます」
 恋する女には、全く問題なかったようだ。
「では行って来ます! 行こうか、な! 行こう! エバカイン」
 サベルス男爵は先頭で駆け出していった。
「いつも率先して先頭に立つ、立派なお方ですこと」

 ちょっと違うと思うのですが……潰された違法軍事プラントは、そう思いはしたけれども何も言う事はできなかった

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