PASTORAL −156

 サンティリアスはだいぶ “慣れた” ダーク=ダーマの通路を通り、機動装甲が帰還した場所に来た。
 既に搭乗部(カーサー)から降りていたエバカインは、それを黙って見上げていた。
「髪とか濡れてないんだな」
「あ、サンティリアス」
「出迎え俺だけなんだが」
「ありがとう。濡れてないのはバラーザダル液を入れてなかったからさ。この程度の戦闘ならアレは注入しないよ」
「そういうもんなんだ……なんか、悪いことしたな」
 自分達がエバカインに依頼しなければ、ここで彼等を自らの手で撃ち落すことをしなくても良かったのではないかとサンティリアスは言うが、エバカインは頭を振って否定する。
「気にする必要はない。この場であの判断を下したのは俺自身だ。それに、俺はなんとも思ってはいないよ」
「皇帝陛下に指示を仰げばよかったんじゃないか? 何で命令を貰わなかったんだ? 皇帝陛下なら、そしてダーク=ダーマの主砲なら苦もなく撃沈させられただろう。兵器の質も、装甲の質も全てこれが頂点で、これを越えるものは帝国には存在しないんだから」
 サンティリアスにしてみれば、カンセミッションを回収した時に直ぐに帝星に連絡を入れて、皇帝から迎撃許可を貰うのが普通だろうと考えていた。
 それを求めなかったのは、
「ダーク=ダーマの主砲で撃沈させると、陛下からのご命令ってことになるからさ」
 責任の所在が変わってしまう為。
 ダーク=ダーマの主砲で撃ち殺せば、それは全て皇帝の意思となる。
 この漆黒の女神を貸したということは、主砲の使用許可、要するに “皇帝の意思としての撃墜許可” も含まれているのだが、エバカインはそれをしなかった。
「嫌なのか?」
 サンティリアスには “なんとも思っていないよ” と言ったエバカインだが、好んで人を殺す性格ではない。
 だから、皇帝が知らない場所で皇帝の意思として臣民を殺すことは避けたかった。
「陛下と俺なんかは全く違う次元にいるんだけれど……最近なあ、どうも陛下を自分の次元において考えてしまう。そんなことしちゃいけないのは解ってるんだが……陛下だって人は殺したくはないと思うんだよ。お優しい人なんだよ……何より陛下の臣民じゃないか……本当は殺したくないと思うんだ」
 兄である皇帝の他者には踏み込めない意思の強さはエバカインも良く知っている。だが、そうであったとしても “喜んで” 臣民を殺す方ではないことも解る。
 私生児であった自分をも殺さなかった兄は、必要があって冷酷なのであり、心の底では優しいとエバカインは信じていた。
 その信頼と、自らの責任を負う道をとった皇子に、
「優しいな」
 サンティリアスは敬意をこめて、何時もの軽口を叩いた。
 少しだけ語調が違うそれに驚きながら、エバカインは “そんなことはないよ” と返す。
「本当に優しかったら、今みたいな時でも殺さないんじゃないかな。俺は優しくはないよ、表面上だけだよ」
「そんな事はねえよ。俺やサラサラはもっと質の悪い宇宙船であっちこっち行くんだぜ。あの戦艦、通信システム遮断で航行不能にしたらどうなるか、解ってる。俺達みたいな民間船じゃあ特にな……非武装船だから止めを刺してやる事もできねえし。航行不能になった宇宙船の恐ろしさは良く知ってる、だからあんたは間違っちゃいない、皇子」
「ありがとう……でも、俺は人殺しだよ。それだけは忘れないでくれ」
「ああ、あんたは本当にいい皇子だ」
 じゃあ司令室に戻るか!
 そう言って、二人で戻ることにした。
「そう言えば、皇子は悪いことしなかったで有名だったんだってな。賄賂も貰わないし、部下に怒鳴り散らしたりもしないし」
 サンティリアスはラウデから聞いた「警官だった頃の皇子」について尋ねると、違うよ違うよといった風に手を振り、
「賄賂貰っても何していいのか解らなかったってのが本当のところだよ。便宜を図るとかそんなの解ると思う? 十七歳の赴任したばっかりの子供がさ。それまで学校しかいった事ないし、二年間は衛星に隔離されて必死に勉強ばっかりしてたんだよ? それにその二年か教えてくれたのは大体がアダルクレウスとシャウセス。あの二人が賄賂の扱い方なんて教えてくれると思う?」
「確かにそうだな」
「……でも、そういう事も “やる” “やらない” は抜きにして覚えなければならないんだろうな……何時までも皇帝陛下に頼りきりじゃあ、情けない」
「悪事に対する対処法は、まず悪事を知ること。知って悪事に身を落とす者もある、でも皇子はそれに足とられることはなさそうだな。悪い所に行く前に転んでそうだ」
「そんな気はする」
「こうやって言ったら、皇子に叱られる……いや殺されるかもしれないんだろうが、皇子は皇帝陛下がどんなことをしても嫌いにはならない……いや、好きなんだろ?」
「そうだ……うん、好きだね。この方に一生お仕えするんだと、確かにそう思った」
「幸せじゃないか、皇子」
「そうだな、幸せだな」

話がかみ合っていれば、もっと幸せだったと思われるのですが

 サンティリアスが「皇子は本当に皇帝のことが好きなんだ」と良い方向に勘違いしてくれた出迎えから司令室に帰還までの出来事。
 言われた当人が全く理解していなかったこと、サンティリアスは生涯気付くことはなかった。まあ、気付かぬ方が良いのが真実なのだが。
 司令室に戻って来たエバカインに、サベルス男爵が手を上げて、
「75点くらいかな。少し別の言葉を引用してたからな。つか、あの言葉陛下のお言葉?」
「おう、陛下が仰ってらした言葉。いやー緊張した」
 何の話だろう? とサンティリアスとサラサラが二人の会話を見守っていると、脇からシャウセスが一言。
「皇子のご発言ですよ “皇帝陛下のへの忠誠のみに生きるもの” や “諸君、命令に従っただけなのならば、命令に従って死ね” のこと。これ例文があってねえ。必死に暗記してらっしゃいました」
 あれ、例文なんだ……それを聞いて、サンティリアスとサラサラはなんとも言えない気分になった……が、言われてみればそんな気もするし、皇子らしい気もして……益々何もいえなくなってしまった。
「“余は東方にあり、西方にあり、地上にあり、天上にあり、余は全宇宙なり。全ての事象は余の掌中にある” なる陛下のお言葉を盛り込まれるとは、中々やりますねえ。私だったら95点くらい差し上げますが。友人は厳しいものだ」
「えーとそれは100点満点? なんですか、シャウセス」
「そうですよ、サラサラ」
 足りない5点は何なんだろう?
 そうは思ったが、まあいいや……と二人は顔を見合わせてうなずいた。足りない5点は多分『天然』によるものだろうと、勝手に解釈して。

 カンセミッションが持ってきた報告書から、ラウデと恐らく同じ場所に監禁されているだろうサイルの居場所は判明した。
 後は、レオロ侯爵が動くのを待つだけであった。
 名門貴族で皇王族にも縁戚を持つ侯爵は、皇帝陛下の挙式に参列する権利を得ていた。よって近いうちに必ず動く、だが彼が動いた時はエバカインも帰還ギリギリの状態となる。
「最後まで残るさ」
「そこまで無理しなくても」
 っていうか帰還させないと私がクロトハウセ殿下に叱られます、むしろ殺されてしまいます(シャウセス)
「大丈夫だよ。俺一人居ないくらい」
「いや、やっぱり皇族全員揃ってないとまずいだろ?」
 俺達が持ち込んだ事件で陛下の配偶者が一人欠けてる状態ってのは避けたい(サンティリアス)
「やっぱりそうかな? でも俺くらいいなくても」
「それは陛下の栄誉に関わるでしょうから、決められた日時までに帰還なさることをお勧めいたします」
 “皇君” がいないと “帝后” と “皇妃” が一番を争うので、式が混乱する可能性もありますので。やはり第一の配偶者たる皇君には参列していただかないと(ナディア)
「そうなの……ま、まあ全力を尽くすよ」
 皇帝陛下の挙式となると、やはり欠席するのは失礼なんだろうな……そんなことを自室に戻ってサベルス男爵に呟くエバカイン。それに返す言葉は、何時もの如き。
「俺はお前が参列しないほうが安心できるけどな。何か失敗するんじゃねえか? って心配で見てられねえ」

 サベルス男爵が胃に穴が開きそうになる挙式を見るまで、後一ヵ月半。

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