PASTORAL −149

 銀河帝国第四十五代皇帝サフォント。
 人類史にその名を数々の栄誉と伝説と不退転の精神力で名を残した、真直の赤毛に皇帝眼を持つ皇帝。
 最愛の異母弟に「あのビームが出そうな眼球体、そしてあのイラついたような目蓋。真直ぐな鼻、鼻息は冷たいに違いない……そう思わせるような鼻腔。肉が削げているわけでもないのに、鋭角にしか見えない頬。口を開いて喋っていられるのに、腹話術をしているのではないか? と錯覚させてくださる程に引き締まった厳しい口元。そして、皇后陛下譲りの額、特徴的というのではないがオデコ」といわれた顔面不協和音を奏でる顔立ちに、体脂肪3.8%の体。
 鍛えに鍛え、先頃握力300を越えた手のひらは大きめ。
 握力300越えお祝い式は、後日行われる予定だ。
 赤毛を飾る王冠は純金製で高さ20cm、かなりデカイ。当然凄い装飾をされているのだが、かの赤毛の前には金ですら色を失い霞む。
 総重量・75kgの完全正装をモデルのように着こなし(モデルは皇帝の正装は着ないが)足音は「余の愛し可愛らしい、そして清らかで(以下省略)なエバカイン」にお呼ばれして軽い。通常でもかなり軽いのだが。
 白地に金糸と銀糸と緑石糸と青石糸を合わせた青緑糸で装飾された、硬い硬い洋服で苦もなく歩くその姿は「偉大」以外には言葉はない。
 エバカインが用意した椅子に腰をかけると、右斜め前にゼンガルセンが、左斜め後ろにシャタイアスが付き、エバカインは膝を折り頭を下げて挨拶をする。
「陛下、御足労をおかけいたしまして、真に申し訳ございませんでした」
「よい、面を上げよエバカイン。余に話があるとリスカートーフォン公爵から聞いたが。申してみよ」
 皇帝陛下の予想外の早い御出でに、エバカインは頭をフル回転させつつ『多少の可笑しさは許してください!』と心の中で叫び、勢いをつけて自分がラウデ達を助けに行きたいことを言上した。
「以前私を帝星まで連れてきてくれた商船の者が、貴族の姦計にはまり逮捕されたとの報告を受けました。確かに、彼等は姦計に嵌ったとは言えキュリンセ00059を所持していた時点で、逮捕、投獄は致し方ないこと。それは報告に来た者達も申しておりますし、正当なる裁判と刑期を課されることは否定しないと申しております。ですが、何故か逮捕された者達は投獄された記録がありません。下級貴族と平民が消え去った小さな事件ではありますが、身分は低くとも二名は皇帝陛下の臣民。陛下の臣民を不当に害する者が存在するのならば、陛下の忠実なる家臣である事を自負しておりますゼルデガラテア大公 エバカイン・クーデルハイネ・ロガこれに手をこまねいていること、慙愧に堪えません。この一件、他に適任者は多数おりますでしょうが、是非とも臣に、彼等を個人的に知っている臣に任せてはいただけませんでしょうか。知り合いとは言え、決して感情には走りませぬ、皇族として恥ずかしくはない対応をする事を誓います。よろしければ陛下の右足の甲に口付けをいたしたく」
 右足の甲に口付けを許されれば、外出許可を得たも同じ事。
 引き摺る洋服を纏っている皇帝は、自分で服を引き上げ、
「条件がある、許可するが三ヵ月後の成婚には間に合うように。それまでに解決しなくとも、一度は戻ってくるのが条件だ。式を終えた後、再び向かうことも許そう。だが、心して聞けゼルデガラテアよ。そなたの話とゼンガルセンからの報告から考え、この三ヶ月で解決せねばその後どれ程の時間をかけても無駄であろう。行方不明者を追い、確実に生還させるのは一年が限界だ。それ以上にならば、この広大な宇宙で人を見つけ出すのは不可能に近い。一年以内で移動できる距離、それが行方不明者を発見する事に最も重要なことだ。では行くが良い、余の忠実なる家臣ゼルデガラテア大公 エバカイン・クーデルハイネ・ロガ。そなたの忠誠、自ら望んだ任務の完遂を持って余に示せ」
 その言葉に、エバカインはその体勢のまま膝を擦り皇帝の靴の右甲部分に口付け、再びそのまま下がる。
 皇帝はゼンガルセンから端末を受け取ると、簡潔な指示を出し、それを終えて宮中伯妃に声をかけた。
「久しいな、エミリファルネ宮中伯妃よ」
「覚えていてくださったばかりか、お声までかけてくださり、言葉もございません」
「其方と話をしたい所だが、予定があってそうもいかぬ。余の為時間を作れと命じれば、作れるか」
「勿論でございます」
「リスカートーフォン公爵、エミリファルネ宮中伯妃を式典に招待せよ。巻貝は欠席となったのだから、その欠員を補ってもらえ」
 巻貝とは昨晩生血を啜られ死んだフィスラタ伯爵家の家紋。
「御意。それとゼルデガラテア大公殿下の使用される戦艦、此方で準備をさせていただきたいと」
 頭を軽く下げたゼンガルセンに手を振って、
「いらぬ。ゼルデガラテア大公には、余の旗艦を貸そうではないか。全宇宙の、どの王が支配している宇宙をも自由に通行する事が許されているダーク=ダーマをな。往復を三ヶ月で済ませろといったのだ、ダーク=ダーマくらい貸してやらねば無理であろう」
 自らの旗艦、帝国を自由に航行できる船を提供した。
「……それでしたら、三ヶ月でどうにかなるかも知れませんな。貴方は階級社会の慣習を踏襲する方だが、稀に想像も付かないことをなさいますな。特に……言わないでおきましょうか」
 異母弟を配偶者にしたり、皇帝の旗艦を貸したりと、それをゼンガルセンは飲み込んだ。
 飲み込んだ事に特に意味はない。ただ、皇帝はそろそろ玉座の間に戻り、使者が訪れるのを待たねばならない。その後、ゼンガルセンの叙爵式後のパーティーに参加するので、時間がなかったのだ。
「ではな、ゼルデガラテア大公よ」
「皇帝陛下には感謝の言葉もございません。このゼルデガラテア大公 エバカイン・クーデルハイネ・ロガ 必ずや、陛下の忠誠を示す事ができるよう、身命を賭して任を全うしてまります」
 その言葉を聞き終えて、皇帝は立ち上がりゼンガルセンの先導の元、私室に通じる扉へと向かっていった。
「大公殿下、陛下に私的なご挨拶をなさってください」
 皇帝の背を守っていたシャタイアスが、未だ膝を付いて頭を下げているエバカインに声をかける。驚いて顔を上げたエバカインだが、扉前で開かないで待っているゼンガルセンの姿を見て、
“仕来りなんだ!”
 大急ぎで立ち上がり、皇帝のほうへ近づくとゼンガルセンが扉を開いた。
 手を引かれ、皇帝の私室へつれて行かれたエバカインの耳元で、
「怪我などするなよエバカイン。そなたには才能があり実力もある。だが、駄目だと思ったら即座に撤退するのも実力のうちだ。良いな?」
「は、はい! お兄様。お兄様の異母ながら弟として相応しくなる為にも、頑張って参りたいとおもいます。その機会を与えてくださり、ありがとうございました」
 エバカインの頬を軽く撫で、皇帝とリスカートーフォン公爵は玉座の間へと戻っていった。
 そこから急いで部屋にもどってくると、
「ほら、着替えなさい! 今すぐ行くんでしょ!」
 女官長が着替えを補佐する召使達を整え待っていた。宮中伯妃は、倒れたサラサラをエバカインのベッドに運び、他の召使に水とブランデーを持ってくるように命じている。サラサラは皇帝が見えなくなった所で気を失った。
 皇帝の迫力に完全に飲まれ、
「確りしなさい! 助けに行くんでしょ!! サラサラ!」
 ひきつけのような状態。もう一人は絨毯に両手両足を付き、頭を下げている。
 エバカインは着替え、サラサラも何とか意識を取り戻し、サンティリアスも震え何とか収め、
「お世話になりました、宮中伯妃様」
「お世話になりっぱなしで、申し訳ないです宮中伯妃様」
 二人が大声で挨拶している所に、ゼンガルセンが戻って来た。
「行かれるのか、大公殿下」
「はい。公爵殿下にはお手数をおかけいたしました。続きは後日でもよろしでしょうか?」
 その言葉に、ゼンガルセンは
「いや、今受けていただこう! これを持って行かれよ!」
 そう言うと、腰に差していた赤い剣の一つを掴みエバカインに投げつけた。それを反射的にエバカインは掴む。
「あの……これは?」
 窓の外に見える、エヴェドリット家紋と同じ文様の入った剣。
「その説明は後日でよろしいか?」
 実はその剣 “家名を受け取る” 合意書のようなもの。
それを咄嗟に受け取ってしまったエバカインと “あ〜あやるとは思っていたよ、ゼンガルセン。何せ陛下がダーク=ダーマを貸すほど入れあげている相手だから、属に加えたいのも解るが……皇子ももう少し、宮中の仕来りを……” 吐けない溜息を口の中にとどめておくシャタイアス。
 自分がこの瞬間、エヴェドリット家名を持つ皇君になったなど、当の本人は……
「は、はい! それでは、ゼルデガラテア大公、これから任務に向かわせていただきます。数々の非礼、お許しください! リスカートーフォン公爵殿下、オーランドリス伯爵閣下!」
 そう告げた後、振り返り
「じゃ、行ってくるね母さん」


「いってらっしゃい」


 その言葉を背に、エバカインは剣を腰に差し二人を抱きかかえ駆け出した。
 サンティリアスの「降ろせ!!」なる叫びが小さくなるのを聞きながら、宮中伯妃は見えなくなるまで見送った。
「さて、では着替えて参りますか……何か御用で? リスカートーフォン公爵殿下」
 突如傍に近寄ってきたゼンガルセンが、宮中伯妃の髪を鷲掴み、それを口元へともってゆく。
「サフォントと皇子の関係を聞きたい」
 髪を引っ張りながら、小柄な宮中伯妃の腰に手を回し引き寄せる。
「息子が皇君である事ですか?」
「そうではない、過去の事だ。その表情からするに、何かを知っているようだな」
 そう言って髪から手を離し、顎を固定して口に噛みつき、舌を吸い上げる。
「言いたくなったか?」
「いいえ、と言ったら?」
「もう一人、私生児産むか? アレステレーゼとやっ!」
 宮中伯妃を抱えたまま、ゼンガルセンが炎を避ける。
「何してんだ! シャタイアス!」
「あん? いや、私の前でそんな事したら全力でとめると言っただろうが」
 悪びれず銃を肩にかけて語るシャタイアス。その銃、
「止めているのではなくて、焼いておるわ!! 火炎放射器を人に向けるな」
 火炎放射器。
 彼が火炎放射器を標準装備しているのは、エヴェドリットだからで片付けられる。
「何を言っているゼンガルセン。エヴェドリットでは子供の頃から “銃口は人に向けましょう。切先は人に向けましょう” と習うだろうが」
「まあ、そうだが……っておい!」
 どんな国だ、エヴェドリット。
「早く着替えて、式典に迎え。私は賓客である宮中伯妃殿の従者を勤める」
 焦げたマントを取り替える為に、
「っとによ……何、本気でオーランドリス伯爵になってんだかよ」
 ぶつぶつ言いながら、ゼンガルセンは皇君の寝所から出て行った。
「申し訳ございませんでした、宮中伯妃殿……」
「ありがとうございます。でもよろしいのですか? 貴方のお立場からすれば、私如きを助けるなど。お立場が悪くなるのでしたら、私の事など助けなくても結構ですわ」


− いってらっしゃい


 エバカインに向かってかけた優しげな言葉。
 シャタイアスが子供の頃から聞いていた、うらやましいと感じた母の声。
「いいえ、そんな事は気になさるな……宮中伯妃殿……」
「何でございましょう?」
「皇子は随分と声変わりしましたな」
「?……え、ええ。昔は可愛らしい声でしたけど、今ではすっかりと男の声で。仕方ないといえば仕方ないのですが」

かつて音声データを聞いていた男・シャタイアス

『皇子だったのか、あの音声は……ってことは、陛下は……さて、ゼンガルセンに報告したものかどうか』

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