PASTORAL −147

「用意は出来たわね。じゃあ行くわよ」
 翌朝、朝早くから準備をして「上級貴族の召使」らしく身支度を整えたサンティリアスとサラサラは、宮中伯妃に連れられバゼーハイナンへと向かった。
「緊張するね」
「そうだな。宮殿を訪れるなんて考えた事もなかったからな」
 貴族街の宮殿に向かう門の前で一度止められ、宮中伯妃が身分証明書を提示する。
 訪問許可が出されているかを門番が確認し、門が開かれた。
 バゼーハイナンへ繋がる道。窓に張り付き、二人は外をみる。
「道路の端が見えない……」
 その巨大な道幅に驚き、
「道路も真白って本当なんだ」
 此処にしかない「白い道路」に驚く。
「此処を通って宮殿に向かえるのは、皇帝陛下と皇族、四大公爵と王族。それと皇族に面会を許された者だけ。無用に緊張する必要はないけれど、気は抜かないでね」
 宮中伯妃の言葉に頷く。
 それを見て、
「でも、車に乗ってる時は気を抜いて。折角初めての宮殿正門道路なんだから、隈なく見て後で自慢しなさい」
「いや……誰も信用してくれないと……思う」
「うん……でも凄いね……宮中伯妃様?」
「どうしたのかしら? サラサラ」
「あの正面に見えるのが正門ですか?」
「そうよ。確りとここら辺から見てなさい。直ぐに全体がつかめない程の大きさになるから」
 宮中伯妃の言葉通り、直ぐに全体がつかめなくなり、二人は車の中で後ろに身を下げる。
「……あ、あれ……どれだけ……」
 押しつぶされるような圧迫感を受ける門。
 だが、走れども走れどもまだ道は続く。
「宮殿は壁や扉のサイズを公表していないけれども、あの門からは通常空母が出入りできるそうよ。うちのバカ息子が言ってたわ」
「通常空母って横幅5000M以上もある、あの空母ですか?」
 正門前に到着して、車から降りた二人は門を見上げ、そして視線を戻し豪華さを噛み締めた。
「これって偽物じゃないよね、サンティリアス」
 自分達の視線の先にあるのは、埋め込まれている青い宝石。素人が見ても解る程の技巧の粋を持ってカッティングされたと解るその宝石。
「銀河帝国皇帝の居城正門が、偽物の宝石で装飾される訳ないだろ。……この宝石、俺達の生涯年収以上だろうな」
 白亜の門を飾る宝石を前に、
「でも、これだけあると盗むより先に感心しちゃうね」
 あきれるとも違う、うんざりとも違う、うらやましさとも違う、得体の知れない感情が湧き上がってくる二人。
「だな」
 この先皇子に会うまで、どれ程驚かなければならないのか? 

 “住む世界が違うのも、ある程度までなら妬みもあるけどよ、桁が違い過ぎると笑えてくるもんだな”

 その後サンティリアスとサラサラは、宮殿の中をあちらこちら移動させられ、
「やっと息子のいる宮に入ったわよ」
 四時間後、やっとの思いでエバカインのいる「皇君宮」に到着した。
 別に四時間歩いたり、走ったりしたわけではなく、宮殿内に張り巡らされているモノレールを乗り継ぎ、反重力ソーサーなどで移動を繰り返したのだが、二人の疲労かなりのものだった。慣れない場所で緊張して移動を繰り返すわけだから、当然のことなのだが。
「…………」
「どうしたんですか? 宮中伯妃様?」
「何でもないわよ。さあ、急ぎましょう」
「どうした? サラサラ」
「気のせいかなあ……今通り過ぎた扉のあたりで、宮中伯妃様の表情が強張って歩き方も一瞬変になったような。何だろう……嫌な場所……みたいな」
 サンティリアスは少し振り返っただけで、サラサラの背を押して
「急ぐぞ」
「うん」
 その場を立ち去った。
 二人は宮中伯妃の過去を知らない。二人にとって宮中伯妃は「先代皇帝に見初められ皇子を産んだ人」であって、そこに暴力が介在した事は知らない。そしてこの先も知る事はない。エバカインは真実を知っているので、その部屋を開かずの間にしておく事を命じた。

 彼は生涯一度だけその部屋に入ったが、足を踏み入れて直ぐに耐えられなくなり、泣きながら部屋を後にしたという。

「先客?」
 エバカインが居る寝室前まで来た三人だが、急な来訪客がいる事を女官長から聞かされた。
「誰?」
「リスカートーフォン公爵ゼンガルセン=ゼガルセア殿下とゾフィアーネ大公シャタイアス=シェバイアス殿下でございます」
 その名前を聞いて、宮中伯妃もさすがに溜息をついた。
 とてもではないが割っては入れるような相手ではない。どうしようかと考えていたその時、
「母さん! あのさ、ちょっと忙しいから要件を急い……」
 パジャマ姿の、母親から見れば「だらしない」格好の息子が、大慌てで寝室から出てきた。
 息子の格好を上から下まで見て、
「あんた、リスカートーフォン公爵殿下にその格好でお会いしてたの?」
「え……あ……うん……」
 部屋から大慌てで出てきたのに、今度はジリジリと部屋に後退してゆく。
「何、良い気になってそんな失礼な事してるのよ! 陛下のお優しさに甘えちゃ駄目ってあれ程言ってるでしょうが! このバカ息子が!」
 手に持っていた小さなハンドバッグを投げつけ、額にヒットさせた後、決闘を申し込むかのように手袋を脱ぎ叩きつけて、
「本当にあんたって子は!」
 手を高く上げ、自分より大柄な息子の胸倉を掴んでゆする。
「落ち着いてー母さーん。落ち着いてよーかあさぁーん」
「バカ息子なのは仕方ないとしても、礼儀知らずにはなるなってあれ程言ったでしょうが!」
「落ち着いてぇーそこに、お部屋の[お隅っこ]にリスカートーフォン公爵殿下がおいでなんだって」
「お隅っこて何よ! そんな言葉ないわよ!!」
 一通りゆすぶられ、叱られ開放された後、
「サンティリアス! サラサラ! 元気にしてた? 少し痩せたんじゃないか?」
 本当に今気付いたよ! という表情で二人は出迎えられた。

 “「元気にしてた?」って……宮中伯妃様、皇子は本当に天然ですね……先ずは母親と俺達が一緒にこの場に来た事、驚いてくれよ……話辛い相手だよなあ”

 その天然に
「さあ、入って。椅子とかないけど」
 招き入れられる二人。
 部屋の中は廊下もそうだったが、琥珀で埋め尽くされていた。
 天井も壁も琥珀のモザイク画で飾られ、調度類の全てが琥珀。ただ、その家具なのか芸術品なのか解らない物は二人の目には殆ど入らなかった。
 サラサラがサンティリアスの服の端を掴んで引っ張る。その目は既に恐怖で涙が浮かんでいる。
 “落ち着け” とサンティリアスがサラサラの肩を叩く。叩いている本人の手も、若干震え気味なのだが。
 二人の目に入り恐怖を感じた “者”
 それは部屋の隅にいるゼンガルセンとシャタイアス。色違いの瞳、世に言う「皇帝眼」を備えた大貴族が、二人を黙って眺めている。怒気が篭っている訳ではないが、彼等から溢れだす破壊を好む性質、隙あらば誰でも殺害するという思考。それらが目を通し、二人に尋常ではない恐怖を与えていた。
 無論与えている方は、全くその気はない。
 何せ、ゼンガルセンやシャタイアスにとっては「非常に控え目にしている」状態なのだから。
「で、母さん用事ってなに?」
「あんた、此処にこの二人が来て、何で私に用事を尋ねるのよ」
「……え? もしかして用事ってサンティリアスとサラサラ? 宮殿に遊びに来たかったの? 構わなっ!」
「少しは空気読みなさいよ! バカ息子が!」
 そう叫びながら、宮中伯妃は胸元から金ダライを取り出し、息子の頬にヒットさせた。
 あまりの事に驚いているサンティリアスとサラサラ、そして
“なんだありゃ?”
“タライだろうなあ”
“皇子の身体能力なら簡単に避けられるだろが”
“避けないのが……親子というものなのかも知れん”
“はーん、親子なあ。エセンデラはタライを胸元に仕込む事はなかったものな”
“私の母親もな。仕込んでたのは脊椎に羽因子だけだった”

 母親に縁のなかった息子達は、目の前で繰り広げられる親子喧嘩を[未知なるモノ]を見つめる目で観察していた。

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