PASTORAL −107

 ロヴィニア王に妹の死亡を報告し、元々良くもない関係に益々亀裂を入れ、王宮の中を片付けさせ『タナサイド王がサフォント帝から頂いた肖像画』を外し、ゼンガルセンがエバカインを通してもらった肖像画に架け替え終わった頃に、
「帝星から緊急通信です」
「誰だ?」
「カルミラーゼン大公です。如何なさいますか?」
 タイミングを見計らったように、帝星からの通信が入る。
「此処に繋げ」
 ゼンガルセンは指示を出した後、主だった面々と視線を交わす。
「クロトハウセが攻めて来たという報告は」
「ない。帝星を出てはいない」
 シャタイアスが首を振る。次に、ナディラナーアリアに視線を移し、
「サフォントが此方に向かったという報告は」
 現在サフォント帝の警備責任者を預かっている、ナディラナーアリアの弟から何か報告があるかと問う。
「ケシュマリスタ軍を率いて此方に向かったという報告も、ラカミラン星から出たという報告も受けておりません。現在は離宮から離れたところに建築させたログハウスの方で、第三皇子と二人きりで過ごしているそうです」
 サフォント帝は現時点で、自らの帝国軍の他にケシュマリスタ王国軍をも支配下においている。
 現在離宮に出向いているサフォント帝、彼はクロトハウセが使える分の帝国軍を残して離宮へと向かった。この軍勢とリスカートーフォンの全軍を掌握したゼンガルセンが衝突すれば、勝機はゼンガルセンの方にある。
 だが、その背後から残りの帝国軍と全権代理統括しているケシュマリスタ軍を持ったサフォント帝が攻めてくれば、帝国最強騎士シャタイアスを擁するゼンガルセンでも勝ち目は薄い。
「カルミラーゼンなりルライデなりが、ケシュマリスタ王の座について王国軍がサフォントの手から離れてくれなくては、我も攻めて勝つのが難しい。さっさと王を交代して欲しいものだ」
 ゼンガルセンは今が簒奪の機会ではない事を重々理解はしている。
 そしてこれがサフォント帝の強みでもあった。統括能力に深刻な問題のある従兄の国軍を代理で統括している間に、ゼンガルセンに一国を獲らせる。だがその勢いで帝星に攻めてくる気を殺ぐ武力が皇帝の手の内にある。
 長期間、王国軍を所持していては色々と問題が発生するため、短期間でゼンガルセンに国を獲ってもらわなくてはならない。リスカートーフォンの性質が武力に偏重している為、皇帝の軍と王国の軍を所持している事が最も掣肘に効果を発揮する事を皇帝は知っており、皇帝がそれを狙っていることをゼンガルセンは知っている。
 そして突然入ったカルミラーゼンからの通信。
 帝国屈指の食わせ者は、相変らず何を考えているのか解らない笑顔で画面の前に現れた。
「如何なさいましたか? カルミラーゼン大公」
『おや? ゼンガルセン王子かね? 私はリスカートーフォンの代表者を出すように命じた筈なのだが? タナサイド王はどうしたのかな?』
 ゼンガルセンは手で “持って来い” と指示を出す。シャタイアスが遺体を一時収めている金属製の箱をゼンガルセンの隣に置くと、ゼンガルセンは蓋を開け収められていた “バラバラになった父親” を床の上にぶちまけ、血で固まった頭髪を掴み画面の前に置く。
「父はですね、この通り臥せっております、身体が。頭もありますが、もう話す事ができません」
 笑顔を絶やさないカルミラーゼンは頷きながら、
『そうか。まあ、貴殿でも良かろう。実は、貴殿の姉にあたるエリザベラが、夫であるクロトハウセに毒を盛ってな』
「ほぉ。姉が “あの” クロトハウセを毒殺しようと。カルミラーゼン大公が慌てておられない所から、クロトハウセは命に別状はないようですね」
 毒は『拷問大公』と言われるカルミラーゼンの得意分野。だが彼は、まるで自分は何も知らないかのように話を続ける。
『そうでもない、危険な状態である。ただ、危険な状態であっても医師ではない私が傍にいた所で、何の解決にもなりはしない』
 よく言うよ……と言った表情を周囲の者たちは隠しもせずに、大画面に映っているカルミラーゼンを見つめる。無論、カルミラーゼンとてそう思われているのは承知の上であり、これが自分の手によって行われたことだという事を “リスカートーフォン側” に知らしめなくてはならない。
 上手を演じるのだけが役者ではない。敢えて相手に演技を覚らせなくてはならない場合もある。
 カルミラーゼンはその使い分けが非常に上手かった。
『離宮におられる皇帝陛下から宮殿の統括を任されているので、犯人の逮捕や証拠固めもせねばならぬのだ。毒を盛ったのは大公妃で間違いないのだが、肝心の毒の “残り” がなくてな。恐らく故郷の本城の私室に、その証拠となる残りが存在するだろう。だから持ってきてくれはしまいか?』
 下手な演技のまま、エリザベラを陥れる為に証拠を持って来いと彼らに命じる。
 エリザベラの元には、何の証拠もない。それを敢えて実家から持ってきて、処刑の材料にするとカルミラーゼンは言っているのだ。
「毒は何でございましょうか」
 カルミラーゼンは毒の種類を口にした。
「毒はその種類が特定できた時点で、治療は終ったも同然かと思うのですが。そうそう、姉が毒を盛ったという証拠は何処に」
 皇族の手で姉であるエリザベラが取り除かれれば、ゼンガルセンは楽に即位できる。
 だが、それを正直に信じるほど彼は甘くは無い。
 何せエリザベラの夫はクロトハウセ。エリザベラ自体は軍閥の長に相応しくない女だが、クロトハウセに関してはリスカートーフォンの面々であっても “否” とは言えない人物。
 シャタイアスと同等の機動装甲戦闘能力を有し、ゼンガルセンに負けず劣らずの白兵戦闘能力を持ち、未だ異星人に対し一度も負なしで、且つ人類に対異星人戦役において『初勝利』をもたらしたサフォント帝の腹心、帝国軍参謀長官を務める軍事の天才。
 気性は荒く、現時点で皇位継承権第三位を持つ男が王の婿としてエヴェドリットに来るとなれば、拒否できないどころかリスカートーフォン側から頭を下げてなくてはならない程。
『同席者がいて、その者の発言により妃であるエリザベラ=ラベラ以外に犯人はいないとなった』
「その者の証言に偽証がないと言い切られる根拠は?」
『ケシュマリスタ王。彼が偽証すると思うかな?』
「失礼いたしました。それでは必要な品を持ってまいりますので」
 通信が切れた後、
「随分と効果的に殺してくれたものだ。皇帝の正妃候補でありながら、実兄と情を通わせた女の末路が冷白の間ってのは、上等だ。我に恩を売る気で此処まで生かしておいたわけか」
 『正妃候補の不義』の時点でエリザベラを処刑してしまえば、使われたとは言え報告をもたらしたゼンガルセンに皇族側は “借り” を作る事になるが、ゼンガルセンが王になる道程で邪魔となる姉を排除してやれば、ゼンガルセンに “貸し” を作る事となる。
 勿論そんな貸し借りで動きが鈍るような者達ではないが、相手の牽制になり、簒奪を目論むセンガルセンの足枷をつなぐ鎖の一つになりもする。その鎖の太さは、細首を飾る如き頼りないものであるが、チラリとそれが視界に入る度にそれらが過ぎり、僅かに考えさせる。
「これでお前は晴れて王だな、ゼンガルセン」
 そのゼンガルセンを繋ぐ最も強固な鎖、それは……。
「さあ……本当にクロトハウセが毒を飲んだのか否か? 調べておけ、シャタイアス」
 ゼンガルセンは何が自分を最も強固に繋いでいるのかわかっていた、そして繋いでいる相手も自分に知られている事を知りながら素知らぬフリをしている事も。
「わざわざ蒸し返すのか、くれるという物を」
「我は貰うのは嫌いでな。自らの手で奪い取るのが好きだ。お前なら簡単に調べられるだろう?」
 ゼンガルセンはシャタイアスに背を向けた。
 その命を受け、シャタイアスが帝星で起こった事件を調べ、既に帝星に向かう途中の艦内でゼンガルセンに報告する。
「集まった証言から “エリザベラはケシュマリスタ王に嫉妬をしていた” となっている。そうなるように仕組まれたものだろうが。どうも、カウタは退位後クロトハウセの預かりになるようだ。エリザベラの前で浮気……となるのか? なんにせよ同性愛者のクロトハウセがカウタと愛を語らい、それを見ていて腹立たしくなったエリザベラは夫の寝所に入って……」
「ほお、クロトハウセと寝たのか? あの女」
「そのようだ」
「陥れるためとはいえ、女とも寝るとはな。さすがサフォントに忠誠を誓っている男は違う」
「大体見計らったように情事の後、カウタが寝所を訪れて……が一週間ほど繰り返されることになる。そして問題の酒の席だが、カウタが酒を飲めないのは周知の事実。マグカップに、ケールに人参、ラディッシュ……」
「あいつの野菜ジュースの成分は要らん。それで、毒は酒に入っていたんだな?」
「その通り。コルクを抜くところから、グラスに注ぐ所まで全てエリザベラが一人で行った。ボトルから直接注がれたとなっている」
「クロトハウセのヤツ、ワインは特注のデキャンタに移して飲む筈だが」
「エリザベラはお前ほどクロトハウセの事を知らなかったとしか言い様がない。それでエリザベラが注いだワインを飲んで倒れた。そのワインは先だって実兄であるサフォント帝が、例の第三皇子に届けさせたものだ」
 シャタイアスが調べた中に、第三皇子ことゼルデガラテアが奇妙な動きをとったという報告はない。
 サフォント帝の命を受け、庭の花を手折りそれをワインの入っていた籠に入れ、クロトハウセの元に向かった。その一連の動きに、おかしい所はなんら見当たらなかったという。
「クロトハウセなら、サフォントが持っているものと同じワインくらい持っていそうだが」
 書類にあるワインの銘柄を見ながら、クロトハウセが自分自身に毒を盛ったという可能性を捨てていない。クロトハウセが自作自演を行った証拠さえ掴めば、彼を妻、ひいては王女を陥れたかどで処刑することができる。
 サフォント帝が最も信頼している防衛線・クロトハウセを処刑できれば、ゼンガルセンは皇位の簒奪の機会を得やすくなるのだ。
 だがシャタイアスは首を横に振り、一枚のデータを立ち上げ、指差した。
「それがそうもいかない。毒の成分を解析した際に検出された花粉だ。第三皇子は酒を持っていく途中に花を摘んだ、それがコルクの周囲に付着していた」
 花粉のDNAを解析した結果、それは第三皇子が摘んできた花と一致していた。
 宮殿の植物は、皇帝の代が変わる毎に“替えられる”
 代が変わる毎にDNAの株が書き換えられ、それを見れば『何代目の皇帝』の物か即座に判明するようにできている。
 後宮にある植物は特に書き換えられており、どの宮から持ち出された物か直にわかるように登録されているのだ。
 クロトハウセの飲んだワインに混入していた花粉のDNAを持つ花が生えているのは、現時点で第三皇子が寝起きしており、女性であるエリザベラが自由に出入りはできない場所、皇后宮。
 皇后宮の花となれば、召使どころか貴族であっても勝手に手折ることは許されない為、持ち出された可能性は限りなく低い。
 そして皇帝崇拝者として名高いクロトハウセの宮に、皇帝より贈られたワインに触れるような者はいない。実際ワインのボトルには、メイドの格好をしたために手袋をはずした状態であった第三皇子の指紋・掌紋しかなかった。
 その上にあったのはクロトハウセの指の大きさと、エリザベラの指の大きさのみ。
 エリザベラは毒を仕込んでいないのは明白、皇后宮に配置され日の浅い第三皇子はワインを好まずバーボンやブランデーを好むため、個人所有のワインセラーは空の状態、勿論皇帝より下賜された記録はない。
 ならば残る人物はサフォント帝。
「もう一人、毒を仕込んだかもしれないのは……成る程な。それにしても指紋と皇帝認識用DNAを動かぬ証拠に使うとは、古典がお好きな方らしい。では証拠の品をお届けしようじゃないか。シャタイアス、帝星領域に入ったら機動装甲で待機しろ」
 クロトハウセは追求できても、さすがにサフォント帝を追及する事は、ゼンガルセンであっても不可能。
「解った。それとクロトハウセの容態だが……」

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