PASTORAL −85 「幕間劇:タースルリ 神の残映」

 エバカインを無事帝星に到着させた後、彼等は早々に帝星から飛び去った。帝星は停泊料などが高額で、長時間いられないためだ。
 エバカインを運ぶ仕事を終えた彼等は何時もの仕事に戻り、小さな荷物を運びつつ、平穏な毎日を過ごしていた。
「殿下って、どんな人だったの」
 そしてしばらくの間、話はエバカインの事ばかり。
 皇帝の結婚が流れ、第三皇子がついに大公になった事は、彼等の元にも届いていた。
 エバカインは自分が急いでいる理由を彼等に語りはしなかったし、彼等も尋ねはしなかったが、皇帝が正妃候補を一新し、エバカインが結婚していた公爵家が取り潰された所で、彼等にもおぼろげながら想像はついた。
 おそらく正妃候補だったのイネス公爵家の娘に、重大な問題があったのだと。真の理由は解らないが、皇帝をも輩出した事がある家が取り潰されのだから、真相は知らない方がいいと、彼等はその話題には一切触れなかった。
 もう直接会う事はないだろう皇子を、彼等は航海途中の話題にしていた。
 その話題の中で、ラウデが実は幼い頃のエバカインを知っていると他の三人は始めて知る。その皇子の幼少期を知りたいと、サラサラがラウデに尋ねる。
「一目で普通の子供じゃないのは解った」
「どんな風に?」
「ブランコがな、百八十度回転。前に直角、後に直角。本人は普通のつもりだったらしい。抜群の運動神経を持ってたのだけは、見て取れた」
 顔は女の子のようにも見える、可愛らしいお姿だったんだがな……ラウデは思い返しながら、苦笑いをする。
 確かにそんな凄い子供は、そうそういないだろう。
「……よく、ブランコ壊れなかった……な」
「見事なバランス感覚は、将来帝国騎士は確実だと素人目にもはっきり解ったくらい。本当に違う生き物だよ、あの種類の人は」
 そんな話をしながら、彼等は航海を続けていた。
 エバカインの過去の話をすると、当然一緒に出てくるのは彼の母・エミリファルネ宮中伯妃。エバカインの事は包み隠さず語るラウデだが、
「宮中伯妃様なぁ……」
 宮中伯妃の事になると、途端に言葉が少なくなる。
 結構な付き合いになる三人には、どうみてもラウデが照れているようにしか思えない。
 そうなると機嫌の悪くなるのはサンティリアス。それをなだめるのがサイル。そして疑問を尋ねるのが、
「ラウデって宮中伯妃様の事好きだったの?」
「間違ってもそんな事言うな、サラサラ。だが、嫌いだったとは言わない」
 サラサラの役目。
 何時ものラウデの言い方から、適当に誤魔化すか? と思っていたサラサラは、あっさりとそれを口にした事に驚いた。
「当時は彼女が宮中伯妃様だってのは知らなかったんだから。ただ、 ”お仕えした家の主に手を出されて、私生児を産んだ下級貴族よ! 生活費は頂いているから平気!” って、元気の良い人だった……歳の離れた弟の面倒みるのが、偶に鬱陶しく感じたこともあった俺に “私に預けて遊びに行ってらっしゃい!” 言ってくれたのも、あの方だった」
 身寄りがなく皇帝の私生児を生んだ女性と、こちらも親戚はなく、両親に先立たれて歳の離れた弟と一緒に生活していた男。
 似たような境遇の二人。
 実際ラウデはエミリファルネの言葉に甘え、二回ほど弟を預けて遊びに行ったことがある。遊ぶといっても、特に何をするわけでもなく、ただ一人で時間を潰しただけだったのだが。
「良くしてはいただいたが、なんの関係もない。むしろあったら、今、俺居ないだろな」
「どうしてだよ?」
「サンティリアス……皇帝の妾妃の情夫がコレじゃあ、ただ今大公に叙された皇子殿下の過去に傷がつくんだよ」
 ただ、過去には何の関係もない。
 帝国はそれらを調べるのは、長けているといっても過言ではないので。
「本人じゃなくても?」
 最早皇帝が死んだ後でも、その妾妃、特に皇帝の子を生んだ人物に対しての監視は付く。彼女の言動があまりに酷ければ、彼女自身殺害され、息子も大公には叙されないのは当然の事だ。
 特にサフォント帝はそれらに関して厳しい。
「当たり前だろう。俺なんかが宮中伯妃様と何か関係があったら、とっとと殺されてるだろうよ。だから彼女はとても気を使って生活していた」
「……」
「何でそういう目で見るのかな? サンティリアス」
 ただ、ラウデは全くそれらに関係のない下級貴族として生きてきたはずなのに。何より『彼女はとても気を使って生活していた』事を何故知っているのか?
「さあな」
 気にするなというほうが無理だ。
 特にエバカインの容姿を見た後では、気になってもしかたない。エバカイン自体は皇帝側の顔(正確には八代前の皇后似)だが、その母親も綺麗だと想像しても誰も文句は言わないだろう。彼女が皇帝の子を身ごもった経緯など、一般市民の知るところではないので。
 普通に考えれば、美しいので皇帝が手を伸ばした……そう考えるのが、あたりまえ。
 まさか皇后がそれほど綺麗でもない娘を集めていたとか、適当に手を伸ばしたら、そこにいたのがエバカインの母だったとか、知る余地もない。
「過去は詮索しちゃダメだって、サンティリアス」
 その見た事もない宮中伯妃の美しさに『ムカついている』正確に言えば、嫉妬しているサンティリアスに声をかけるサイルは、やれやれと言った面持ちだ。
「そもそも、彼女と知り合って頻繁に会うようになってから、会わなくなるまでの期間は一年あったかないかだ。俺が下級の士官学校を出て配属されたのが、人工衛星の警備。第98人工衛星に官舎兼預かり所があったから、弟も当然連れて行った。その際にご挨拶はした」
 話せば話す程、墓穴を掘っているようだが、ラウデ本人にしてみればそれ程のことを語っているつもりはなかった。
「さてと、サンティリアスもラウデも。荷物運び込もうぜ。これを、ターシュバン開拓星系の方に運んだら、次は何処に行こうか」
 雲行きが危うくなってきた二人の間に入り込んで、サイルが仕事を振り分けた。
 そこで話は中断し、全員で荷物を運び込む事にした。運ぶ荷物は、開拓星系に届ける薬品。タースルリだけで向うのではなく、幾つかの非貨物船が集団になって運ぶのだ。前回のように、単身で開拓星の方に向って打ち落とされてはたまらないので、集団で届けるそれに彼等は申し込んでいた。
 荷物を積み込んで、他の船とともに出発した後、ラウデは一人感傷に近いような何かに浸っていた。

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