ALMOND GWALIOR −79
 キュラティンセオイランサに不審を持たれていること、それらはエーダリロクが対処する事を知っているビーレウストはカルニスタミアを伴い 《自系統僭主狩り》 にやってきた。平素はエーダリロクと共に遊びがてらに僭主を狩るビーレウストが、カルニスタミアと一緒にいるのは、部下達の目には少々奇異に映ったものの、
「今狩りに行く僭主は艦隊戦の後、惑星掃討に移る。艦隊指揮はカルに依頼したほうが、確実だからな」
 艦隊指揮を滅多に執らないビーレウストがその様に言い、代行指揮が帝国軍でもエーダリロクよりも指揮能力の評価が高いカルニスタミアとなれば、誰もが納得できた。
 ただ一人納得していないのはカルニスタミア当人であったが、何か裏があるのだろうと、無理矢理連れ出された後に、兄王に連絡を取り艦隊指揮を預かる事を告げる。散々文句を言われた物の、単体行動ならばまだしも艦隊指揮がビーレウストに一任されるのは危険だと言う事は理解しているので、
「行きは良いが、帰りは自らの艦で戻れ! 良いな!」
 許可はおりた。
「儂だって艦隊指揮したかった訳じゃねえよ。なにより、この程度の艦隊なら、ビーレウストは ”壊れない” で指揮し終える事が可能じゃ」
 通信の切れた画面に向かいカルニスタミアはそう呟いた後、赤が多い室内を一通り見回して立ち上がった。
 今の台詞がビーレウストに聞かれていることは想定の範囲内で。
 艦橋に移り二人は大画面に映し出されている艦隊を眺める。
「どう見る?」
「面白みのねぇ布陣だな。戦争の一族らしからぬ、教本に載ってるようなヤツじゃ」
 悪い布陣ではないが、それはリスカートーフォンらしからぬ布陣。
「守りに徹してるが、破れそうか?」
 全く攻撃を仕掛けてこない形。攻撃に転じる僅かな隙を突き、相手を崩す作戦は全く通用しない配置であった。特に今回は艦隊指揮をテルロバールノル王国の少将王弟に依頼しているので、エヴェドリット王国側でも少将が指揮をして良い艦隊しか作戦に参加しない。後方にもう一つ少将が指揮できる無傷の艦隊が待機しているが、それはあくまでも王子の権威に付き従うものであり、カルニスタミアが指揮するために用意されたものではない。
 大艦隊をぶつければ防備に徹していようが勝ちは容易だが、
「お前が指揮して、大艦隊で叩きつぶせば良かろうが」
 少将指揮艦隊では、少しばかり厄介な数と布陣。王国軍元帥位を持つビーレウストが指揮できる全ての艦隊をぶつければ、最初の攻撃命令のみ出したなら後は力任せで勝てる数なのだが、ビーレウストは否定するように手を振って、カルニスタミアに答える。
「同数の艦隊戦ってのは見物するの楽しいんだよ。圧倒的戦力じゃなくて、作戦で勝つってヤツ?」
「お前なあ……その分被害も出るのだぞ。お前達の国じゃあ、戦争被害は被害ではないじゃろうが」
 何故儂がお前達を楽しませねばならぬのだ……そう無言で呆れ、肩を落として溜息をつくカルニスタミアに、ビーレウストはもう一押しする。
「あとさ、教材にしたいんだってさ」
「教材だと?」
「アシュレートのヤツ、帝国上級士官学校の総長やってるじゃねえか。その教材にしたいんだとよ。上級士官学校卒って、直ぐに大艦隊指揮する訳じゃあねえのに、サンプルが俺達みたいな大軍勢率いての対異星人戦ばっかりで、普通の艦隊指揮のサンプルがねえから欲しいんだとよ。教材用の対人艦隊戦の映像は古いのばっかりだし、教材作ろうとアシュレートが出撃するも、相手にしたのは宇宙海賊ばっかりで、指揮官レベル低かったしと。そんな中、敵はリスカートーフォンで数もそれ程多くはねえ、なら迎え撃つのは艦隊指揮じゃあ評判の高いお前に頼んで、あとで教材にって事らしい」
「確かにアシュレートは、そんな事言っていたな。帝国軍の教材用サンプルな……教材として使えるような正々堂々とした指揮をするか。それと報酬として貰えるか? 自分の指揮した戦闘を教材にするのも面映ゆいが、国にも新しい映像はないからな」
 カルニスタミアは色々な事を考えて引き受けた。
 帝国は暗黒時代直前までは平和だった。突然戦乱になった……と言えば不思議に感じられそうだが、真実だった。
 建国にから安定するまでは艦隊戦は何度も行われたが、安定後は滅多に艦隊が出る事は無くなった。ただ帝国は軍事国家の為、戦艦の開発は絶えず行われていた。実戦には投入されない高性能な艦が帝星には並ぶ。
 出番のない高性能艦隊はある日突如その能力を発揮する時が訪れた、それが暗黒時代であり、それ以降、戦艦の性能は今まででは考えられない早さで、それまで以上の進化を遂げた。そして戦艦は当時の技術の粋を集められ、これ以上の開発は不可能となった。新たな技術が誕生しない限り、これ以上の進化は望めない。そこまで戦艦は上り詰め、その後 《採掘場にあった作業用機械tea58の進化》 所謂 《機動装甲の誕生》 に繋がる。
 このような経緯から、戦艦は暗黒時代に粋を極め、現在帝国では戦艦よりも機動装甲の開発に力を入れているので、自ずと僭主と帝国の艦隊性能は互角状態。
 同時に帝国は未だに暗黒時代の痕が深い為、戦力を家臣に預けるのを極端に嫌う。一機で十万の戦艦(中将指揮戦艦数)に近い戦闘能力を有する機動装甲を自由にさせる事を拒否し、結果として艦隊戦を主軸に僭主を刈る事になっていた。
 この艦隊戦終了後に、彼等が陣取っている惑星に上陸して殺害する。惑星に破壊弾を落とし制圧することは禁止されている。
 暗黒時代に人が住める惑星を大量に破壊したために、人が住める惑星が減りそれと共に税収が激減したので、手つかずで回収するのはどの国でも当然の事となっている。僭主側はそれに気付き、人が住める天然惑星を盾にして布陣を組む。
 殆どが敗北する時は惑星もろとも破壊する用にセットされており、また逃亡の引き替えに惑星を取引に使う者もある。
 上陸し惑星の破壊を阻止しながら僭主を全て刈り取る、それが勢力のある僭主との対戦の全容。

**********

 ”良いシミュレーター教材になりそうな戦闘だ” 思いながらビーレウストは代理で指揮を執るカルニスタミアの隣で、皿に大量に盛られた唐揚げを手づかみで食べている。
 教材に欲しいと言っていったビーレウストの同族のジュシス公爵アシュレートも、艦隊指揮は悪くないのだが、彼の艦隊戦は奇襲に次ぐ奇襲。この奇襲、過去の戦い全ての記録に目を通し正攻法を踏襲した奇襲。シミュレーションであろうが実戦であろうが結果を出す見事な作戦なのだが ”学生に教える” のには全く適さない。
 アシュレートは過去の戦闘などを学び、自身だけの戦闘形態を創り上げる真面目な戦争好きなのだが、それは一族以外の者には実行不可能な独自の戦闘形態でもあった。
 カルニスタミアは ”確かにアシュレートは教材にはならん指揮を執るな” と思いながら、脇で口いっぱいに唐揚げを頬張るビーレウストに偶に視線を向けながら、裏があるとしか思えない敵と交戦を続けている。
 裏とは今戦っている相手が、惑星を捨てて逃げようとしている気配。艦隊が拠点惑星を捨てる気配が濃厚で、ビーレウストはそれを知りながら何の情報も寄越さないでいる事に、触れてはならない何かがあるのだろうと目を瞑る。
 カルニスタミアが今しなくてはならないのは、言葉にするとおかしいが 《美しい布陣、及び交戦》 であって、敵の殲滅ではない。指揮を開始して直ぐにその事に気付いたカルニスタミアは、教材に出来そうな戦い方を続けていた。
「艦隊が惑星を放棄して逃走する気配があるが、追い詰めるか?」
「いいや。惑星を獲る。結構な数が居るから、一緒に狩りに行こうぜ」
「それは構わねえが、お前のその食事姿みたら女共が泣くぞ」
 行儀悪く頬が変形する程口の中に唐揚げを、手袋を嵌めた手で詰め込む姿は、テルロバールノル的な表現で表すと 《王子としてなっておらん!》 だが、
「泣かれても、かみゃああいはしねぇえけど」
 当人は気にせずに口唐揚げをいれたまま、おかしな発音で答えた。

 そんな状態ではあるがカルニスタミアはビーレウストとその背後にあるエヴェドリット王家が大艦隊で叩かない理由を何となく理解する。こちら側の情報が何処かから漏れているらしいことにも気付きながら、敵の撤退を見送りながらゆっくりと引き、唐揚げを二個ほど奪った後に、二人で上陸作戦を開始する。

 惑星を破壊する装置は稼働してたが、それらの警備は思った程厳しくもなく、一師団を率いて簡単に制圧が完了する。
 その後リスカートーフォン系僭主と交戦できる上級貴族を司令官として師団に残し、他の僭主を刈るように命じ、二人は惑星を破壊する装置から最も遠い生体反応のある区画へと向かった。
 二人が向かった先は、暗黒時代以前に開発されていた大都市だったが、
「住んでいたのは全員殺されたか」
「そうらしい」
 寂れた空気に包まれていた。高層ビル群は人が長い間全く出入りしていない。全ての道は舗装がひび割れ、雑草の芽吹きから翳りと再生を二人は感じた。
 敵の数はそれ程多くはなく、二人は淡々とそれらを刈り、燃え落ちた建物に死体を転がしてビーレウストが師団の指揮を執っている部下との連絡を取る。
 血が一滴も出ていない死体を見下ろしながらカルニスタミアは、指示を終えたビーレウストに尋ねる。
「ビーレウスト」
「何だ? カル」
「儂を此処まで連れてきた、真の理由は何だ?」
 艦隊戦はともかく、人殺し大好きなビーレウストが 《惑星破壊装置を解除しなければならない》 惑星に、それらの施設を一人で制圧装置解除ができるエーダリロクではなく自分を連れてきた事。
 そして施設の制圧解除が出来る自分を連れて上陸したのにも関わらず、師団をも上陸させ制圧後に殺害をも命じる。これを問わずに帰還する程、カルニスタミアは馬鹿ではない。
「話をしたくてな」
「何の話だ」
「お前さ、自王家の僭主狩りした事ある?」
「二度ほどある。我が王家はそれ程僭主が多くは出なかったので、刈る回数は必然的に少なくなる。リスカートーフォンのように二十四もインペラール(僭主)を出した王家とは比べものにならん」
 二人は探索機を見て歩きながら会話を続ける。二人が向かっているのは、此処に嘗て住んでいた人々が集められている場所、そこにある品を求めて。
「まあなあ。俺達の一族は僭主の約半数を担ってるからな」
「自慢になるか」
 緑が至るところに芽生えている道を通り抜け、ケシュマリスタ王城アーチバーデほどではないが崩れている建物の壁を乗り越えて、地下駐車場へと向かう。
 全く明かりない道を、確りとした足取りで進み続け、死体の放置場所とされた地下駐車場に到着した。
「当然カルは自王家僭主の始まりは全員言えるよな」
「無論じゃ。シディルーラン皇子とマディリアリュス王子、そしてハーベリエイクラーダ王女の三名」
「刈り終えたのは?」
 積み上がっている白骨化した死体を見上げ、そして見回す。
 周囲を埋め尽くしている色褪せ風化した服を纏った茶色い骨を踏み砕きながら、二人は話を止めない。
「シディルーラン僭主一派は祖父の代に、ハーベリエイクラーダ僭主一派は父の代に終了しておる。儂が追い刈るのはマディリアリュス僭主一派」
「所が、お前の親父さんはハーベリエイクラーダ王女の一派を刈り損ねている」
 カルニスタミアはそこで足を止めた。
「何?」
「一人生き延びている。お前の兄貴も知らない」
 ビーレウストは探索機の画面を見ながら歩き続け、カルニスタミアから50m程離れた所で足を止め、白骨を掃射系の銃で撃つ。
「何故お前が知っている、ビーレウスト?」
 反響音の響く中、カルニスタミアはゆっくりと近付いてゆく。足を置こうとした先に乾涸らびた眼球の収まっている頭蓋骨が目に入ったが、それを気にせずに踏み砕き銃を抜いて構える。
「刈るなら教えてやるぜ、生き残りが何処に居るのか」
 ビーレウストは証拠の品が壊れない程度に白骨を破壊し、まだ形の残っている白骨に手を差し込み、その下に隠れていた 《僭主の証》 を手に取る。ビュレイツ=ビュレイアの名が刻まれた黄金に紅玉と翡翠で飾られた幼児用の首飾り。
 ビーレウストの手首にも回らない程度の大きさのそれが、僭主の証の一つ。無論、このような生まれた時に与えられる装飾品など無くとも僭主は僭主。むしろ装飾品よりも、その血と能力こそが僭主を表し、隠れることは不可能。
「本物ならば刈る。教えろ」
 カルニスタミアはテルロバールノルの王城シャングリラで、僭主の証と皇帝より与えられた 《僭主狩りの完了証》 を目にしていた。
 皇帝が認めたことを覆す発言、それ相応の証拠がなければ、完了を認めた皇帝に対して、また完了を届けた己の王家に対しての侮辱にあたる。
 銃口をビーレウストの額、要するに彼の絶対に傷つけてはならない 《核》 に押しつけ、もう片方の手を剣に乗せる。それをはね除けもせずにビーレウストは笑いを浮かべ、撃たれる確立と動きが止まる確立が半々の ”名” を語る。
「良いだろう。ハーベリエイクラーダ王女の真の末裔、それはレビュラ公爵ザウディンダルだ」
 カルニスタミアの動きは止まった。
「……」
「お前の親父ウキリベリスタルは僭主狩りの後に献上した。何を? とは聞かないよな」
 それだけ言うと、足下にあった白骨を蹴り上げ身を僅かに逸らしたカルニスタミアの喉元に短剣を突きつける。
「両性具有だったのか」
 回収する筈の 《僭主の証》 を手放し、再び白骨の中に埋没させながら、いつの間にか短剣を握っていたビーレウストは、笑いながら尋ねる。
「祖母が両性具有だったそうだ。どうする? 殺すか? 殺すなら詳しく教えてやるぜ。殺さないのなら話はここでお終いだ」
 骨に首飾りが絡まった音がして、少しの間響いた。
「殺さないが話は詳しく聞かせろ」
 その音が終わると同時に、カルニスタミアはビーレウストの足下の白骨を蹴り体勢を少し崩させた後に、銃を捨てて脇腹に長剣を突き刺す。
「我が儘だな、カルニスタミア・ディールバルディゲナ・サファンゼローン・バウサルテゥ・リラ・アルカルターヴァ」
 ビーレウストは刺さった剣が抜けた背中側に手を回し剣を掴み、それごとカルニスタミアを引き寄せる。剣を手放さなかったカルニスタミアはビーレウストの傍に一瞬にして引き寄せられ、
「黙れ、ビーレウスト=ビレネスト・マーディグレゼング・オルヴィレンダ・アヴィジョン・ディデ・リスカートーフォン」
 そして脇腹から肺を刺す。
 暫く静止したまま睨み合い、互いの口から血が伝った所で肉が収縮し抜け辛くなった刃物を力任せに引き抜き僭主の証を拾い直し、血の痕を残しつつその場を後にした。


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