ALMOND GWALIOR −78
 帝星の貴族街にあるリスカートーフォン公爵邸に呼び出されたビーレウストは、向かう途中で呼び出したザセリアバが遣わせた車から強引に降りて、再建された貴族の邸宅を眺めつつ散歩していた。
 王は帝星滞在の際に、宮殿のリスカートーフォン区画だけに滞在するわけではなく、貴族街の 《公爵の邸》 にも戻り、邸で暗躍し、また寛ぐ。
 単身で歩いているビーレウストに鉢合わせし、急いで膝をつき頭を下げる貴族達など無視しながら、暗黒時代に破壊されやっと再建され、元の姿を取り戻しつつある館群にその鋭い目を細めながら視線をやり、自分が呼び出された理由を予想していた。

 ”さてと、なんの用事で呼び出されたのやら。ま、ロクでもねぇ事だけは確かだがよ”

「来たかビーレウスト」
 邸の謁見の間で考え事をしつつ待っていたザセリアバは、ビーレウストを見下ろしながらゆっくりと立ち上がった。
「突然どうした?」
「僭主狩りに出ろ」
 エヴェドリットの僭主狩りの責任者はビーレウストと決められているので、この程度の命令ならば通信で簡単に済む。それなのに態々呼び出したということは裏がある……そこまではビーレウストは解るのだが、それに潜む裏を用意周到に探り出すというのが苦手というか面倒なので、直線的に揺さぶりをかけた。
「ゴキブリが多数いる惑星だから、死体を持って帰って来ない方がいいとか、そういうのか?」
「違うっ!」
 言いながら玉座を離れ、膝をついていたビーレウストに近付いてくる。
 リスカートーフォン公爵ザセリアバ=ザーレリシバは、昆虫が全体的に苦手で、特にゴキブリが大の苦手だった。
 過去に彼は僭主狩りに向かい、自らの手で殺害してまわったのだが、その後死体に ”それ” が群がっているのを見て気を失い、以降僭主狩りは叔父であるビーレウストに全権を委ねた。
 ちなみに虫が全般的に嫌いなので、爬虫類の食事に生き餌を使うエーダリロクも苦手な部類に入る。その為、余程のことがない限りザセリアバはエーダリロクに直接会う事は無い。何か必要な物を依頼する時は間に大体ジュシス公爵を入れる。
 もう一人、間に入れ確実に仕事を依頼できる相手、自らと精神感応開通者であり、エーダリロクの実兄であるランクレイマセルシュ。だが間に入れるだけで金を取るので絶対に持ちかけることはない。
 膝をついているビーレウストに覆い被さり、ザセリアバは耳元で囁く。
「ビュレイツ=ビュレイア王子一派を刈って来い」
 耳元で囁いた後に耳朶に噛みつく。甘噛みなどという優しいものではなく、今にも噛み千切りそうな圧力に、ザセリアバの口に自分の指をねじ込み、耳朶を引き抜く。痛み特有の熱さを感じながら、問い返すと、
「は? その一派は暫くは刈らない筈じゃあ。それともあのヴェティンスィアーンの守銭奴と料金で決別したのか?」
「合意している。合意したからこその刈る」
 血の付いた歯をゆっくりと舐めながら、答えが返ってきた。

**********

 現在皇帝陛下の愛する奴隷姫を守る為の潜入警備を行っているタウトライバは “休暇中” となっている。
 その彼の代わりに、兄であるキャッセルが現在帝国軍の管理を行っていた。
 もっともこれも罠で、タウトライバが家族と過ごしていないことを知られるように、休暇中としている。
 そして[敵]が何処に居るかわからない帝国軍代理総帥の居場所を探す為に、動き回りそれを捕捉することが目的。
 無論これはタウトライバの真の居場所を知られる危険性もあるが、それを差し引いてもする必要があった。
 十年以上、彼等は敵が此方の仕掛けた罠にかかるのを待っていた。
「サーパーラントを使って……ですか?」
 サーパーラントはキャッセルの稚児。
 “少年をこよなく愛するオーランドリス伯爵は、自らの稚児を率いて戦争に向かう。ただ、非常に年齢に煩く十一歳から十三歳までの少年しか愛さない” これを流布させて、彼等は待った。帝国最強騎士の寝所に特別扱いされる少年を送り込んでくることを。
 内部の情報を探れる立場に少年であれば誰でも入り込める、それを流布させ彼等は待った。
 時には内通者であった少年を処刑して、警戒しているそぶりを見せながら待つ。少年を手元に置く期間を短くしたのは、彼らの計画に一定の期間を持たせる為に。少年を送り込んでから二年以内に行動を起こさなければならないようにさせる為に。
 [敵]も情報を得るために、オーランドリス伯爵が好む少年を育て上げる。
 敵が[オーランドリス伯爵の稚児]を育てやすくする為に、キャッセルは一定の容姿の少年を手元に置き続けた。それを観て、敵は入り込みやすい容姿の少年を見つけ、キャッセル好みに育てながら、彼等に誓うように育てる。何処まで騙せて、何処から騙されているか? 互いに疑心暗鬼ではあるが、ついに敵は行動に出た。
「サーパーラントは上手く情報を伝えてくれているようだ。ただ、向こうもあまりに障害がなく準備が整っては、警戒すると思うのだが」
 サーパーラントを内通者にし、他の反乱分子と共に帝国軍人として紛れ込んできたのだ。敵の狙いはシュスターク。
「出撃前に、叩きますか」
「四割程度は刈ろうと考えている」
「四割、その中に “ザベゲルン=サベローデン” が入ってくれればいいのですが、そうもいかないでしょうね」
 そして、敵の主はザベゲルン=サベローデン。
「いかないだろうな。ヤツは途中で合流する部隊に紛れ込んでくるらしい」
「どんな男に成長しているのでしょうね」
 その存在が知られたのは今から十九年前。
 僭主一党が “皇帝” と期待を一身にかける男。
「さあな。今年で二十四歳、陛下と同い年のエヴェドリット系僭主。眼球欠落症。それ以外は解らぬままだ」
 かつてシュスタークの暗殺に失敗した者の口から出たその男の存在は、周囲は解っていても彼自身のことは今だ杳としてつかめないでいた。
「眼球欠落のエヴェドリットは厄介でしょうね。体機能が尋常ではない」
 特異な血統を持つ彼等には、彼等特有の病が存在する。その一つが眼球欠落症。眼窩が存在せず、目のない顔を持つ。視覚を手術や器具で与えても、決してものを見ることが出来ない体質。だがそれは、驚異的な身体能力をも所有し、
「視覚部を持たないタイプは後天的特殊能力を持っている可能性がかなり高い。それが観念動力でないことを祈るばかりだ」
 超能力を持つ者が多い。
「ですが、遠隔透視でも厄介ですよ。しかし、それについての情報は?」
「向こうも御大の素性に関しては、細心の注意を払っている。下級貴族の稚児如きには詳細は知らされてはいないようだ」
「我々は秘密にしていますからね。どうやっても情報は集められないでしょうよ」
「向こうの御大は、相当な体躯の持ち主らしい」
 持たらされている情報から、小柄ではないだろうと考えられている “ザベゲルン=サベローデン”
「私くらいあると?」
 庶子兄弟の中で最も背の高いタウトライバが尋ねると、キャッセルが首を振り、
「あの稚児が言った “ライハ公爵くらいの体つきの人が一般兵だと目立ちますよね”」
 稚児が口にした言葉を語る。
 尋ねた方は、話の流れの中で語った些細なことになるように上手く語ったつもりだろうが、稚児の言葉は全て録音され、それを日々解析されている。その解析の中で “ライハ公爵くらいの体つきの人が一般兵だと目立ちますよね” この言葉は「誰かに言わされた言葉」に分類された。
 音声までも偽っている可能性はあるが、最初に齎された情報が正しければ、この稚児の言葉は正しいことになる。
「眼球欠落ですから身体が小さい事は先ずないとは思いましたが、ですが……カルニスタミア級ですか? それは目立ちますな。奴隷一般兵として紛れ込むのは不可能でしょうな」
 眼球欠落症であれば、身体が大きいのは確実。カルニスタミアとタウトライバはほぼ身長が同じだが、身体の厚みなどはカルニスタミアのほうが上だ。
「そんな大柄な一般兵がいたら、噂の的であろうなと言っておいた。だが、奴等は必ず戦艦に紛れ込んでくる筈だ、我等が御大を討つために。ならば、何処に潜むと考える。艦隊総司令長官よ」
「倉庫、でしょうな」
「積荷を増やすか? 減らすか? どうする?」
「増やしましょう。奴等が潜みやすいように」
「解った」
 これから帝国に戻り、僭主の一党を炙り出し全滅しない程度に刈りにかかるキャッセル。そして病床にあるとされているタバイ=タバシュ。病床についている理由は 《胃に穴が空いた》 であり、それは誰もが信じて全く疑っていない。既に完治している近衛兵団団長が皇帝の逢瀬……らしきものに付き添わないのは、キャッセルと共に潜り込んできた僭主の手先を摘発する為。
「それと、これは私の一存なのだが。このことに関して、ガルディゼロ侯爵に委細を教えておこうと思っている」
 だがキャッセルは、彼に知らせようとしていることを教えた。
「ガルディゼロにですか? ケシュマリスタに情報が流れませんか?」
「実はな、かつてあれを稚児としていた時、私が何故稚児を特別扱いするのか語った事があるのだ。伝えてもよし、と言って手放したのだが、あれから十年近くたった今でも語ってはおらんそうだ。式典の最中に戻ってきて楽しませてもらった際に尋ねてみたよ。キュラは下手な嘘はつかぬからな」
「貴方がそう言われるのでしたら。正直、ガルディゼロは何を考えているのか解りませんが、貴方は私よりもずっとガルディゼロのことをご存知でしょうから」
「あの男は陛下を裏切らぬ」
「陛下、ではなくカルニスタミアでしょうが」
「さあな。それでもあの男は、利に敏く判断力も決断力もずば抜けている。我等が “ザベゲルン=サベローデン” とその周囲に後れを取らねば、敵に回る事はない。そして勝つ為にならば敵にもつけ、なお敵をも信用させる事ができる男だ。他の者達は詳細を聞いても、あれほどまで上手く立ち回ることはできまい。それが王子の限界であり、庶子の処世術だ」
「高く買ってますな」

「まあな。割と思い入れの深い相手だよ。向上心旺盛な子だった。何より、我等と同じ庶子だった。生き延びる為には手段を選ばぬ」

 誰にも望まれないで生まれてきた彼等は、生き延びるためには手段は選ばない。そうしなければ生きてこられなかった為に。
「お邪魔しますよ!」
 そんな重苦しい中、
「おや、ロレン」
 皇帝最愛の奴隷ことロガの友人で、タウトライバが潜入している家の向かいで肉屋を営んでいる一家の末っ子ロレンが入ってきた。
「はい、ご飯。明日の朝の分までな。足りるよな、あとは水ここにおいて置くし、バケツも空にしておくから。ま、ロガが来るかもしれないけど、あんま期待すんなよ。ナイトがうろうろしてて、ここまで来られない可能性もあるし」
 《足のない奴隷ポーリン》 が明日の朝まで過ごせるように準備を整える。その姿を優しく見つめる二人。
「平気だよ。ロレン、ありがとね」
「いや……」
 タウトライバはわが子を思い出しての笑顔。
「本当にいい子だね」
「ど、ども……」
 キャッセルのも笑顔だが、弟とは全く違う。
 笑顔の二人に見送られて出て行ったロレン。バタンと戸が閉まった後、
「あの子、可愛いよね。ペデラストの血が騒ぐなあ。僭主の稚児を処分したらあの子を」
「騒いじゃだめです! 兄!」
 そう言うキャッセルにタックルを決めるタウトライバ。

 この人、唯の趣味でやってんじゃないのか! そう思わずにはいられないタウトライバであった。

**********

 ビーレウストは陽動部隊を本隊と思い陽動部隊だけを刈り、本隊は外部の一族で 《善悪が良く解らない好戦的な》 キャッセルが単純に敵と認識し刈った。そのような形になる。
「騙されているように見せかけるって訳か」
 ビーレウストは結果的に騙される立場におかれる。事態が解決した後 ”事実を知っていたのだが……” などと言って回る趣味はビーレウストにはない。そんな無能が己の失態を上辺だけ繕うかのような真似は、ビーレウストの性に合わない。だがそれ以上に、そのような行動をとる自由はない。 
「そうだ」
 全くの潔白ならば名誉回復もあるが、これは知っていて失態を犯す。作戦であり、任務であって、遂行した後の名誉回復などない。王族は名誉を重んじるが、その重んじる名誉を傷つけても任務を遂行する義務が生じる場合もある。
 ビーレウストが今引き受ける任務は、完全に騙されたことを演じ、名誉の回復もない作戦。勿論 ”引き受けない” などという選択肢もない。
「俺は騙された間抜けになるのか」
 ビーレウストに残るのは ”騙された” という事実である。それが作戦であると見抜けた者だけ、知っている者だけがこの先の帝国を動かすに値する者達。だがそれを理解していても、
「腹立たしいか?」
 作戦のために敢えて戦闘行為で失態するなどは、王族の矜持、戦争の一族のプライドは傷つく。
「ああ」
 ビーレウストの気質からすれば、そう答えるだろうと考えてはザセリアバは、あまりにも予想通りの答えに苦笑を隠さない。
「仕方ない。僭主狩りを終えたら、遊んできて良いぞ」
 叔父の機嫌をあまり悪化させない為に用意した ”遊びの予定表” を取り出す。
「何だ?」
 覆い被さったまま手渡された二枚の書類カードを眺めているビーレウストに、再び耳元で囁く。
「エーダリロク……いやセゼナード公爵開発の兵器だ。実験してこい」
「実験?」
「人体実験を含む実験だ。本当ならば惑星半分程度の焼失で留めようとおもっていたが、殲滅でも構わん。それで溜飲を下げろ」

 リスカートーフォン公爵邸を出たビーレウストの片耳は千切れていたが、本人は全く気にせずに貴族街を抜けて奴隷の住む場所へと戻っていった。
 その後この計画に加担しているロヴィニア側の王族ことエーダリロクに、僭主狩りに付いて語った。
 それを聞いたエーダリロクは、
「ビーレウスト。頼みがあるんだけどよ」
「何でも言えよ」
「カルニスを連れて行って、ザウの血筋を暴露してくれねえか?」
 行動に出た。

**********

「なあ、エーダリロク。俺は甥から僭主狩りに行って来いって言われてるからちょっと行って来る」
「わかった」
「それで、ちょいとカル借りていくぜ」
 髪の毛を引っ張られたカルニスタミアは ”やれやれ” と言った風に話を合わせる。
 ”エーダリロクは知っているが、ザウとキュラは知らねえようだな。さて、何の用だ?”
 見送る三人の顔を見ながら、元々打診でもされていたかのような態度を取る。
「じゃあ、僭主を討ちに行くか。ところでどの系統の僭主だ? お前に命令が下されたということはエヴェドリット系だろうが」
「ビュレイツ=ビュレイア王子系統らしい」
 言いながら二人は機材を放り投げて、管理区へと一足先に戻っていった。その後姿を見ながら、

「あの人殺しがねえ……」

 呟きながらキュラはエーダリロクをチラリと見た。
『ビーレウストがカルニスタミアに言おうとしていること、知ってるみたいだね……何だろ?』
 キュラの視線に気付いているエーダリロクだが、それを無視して、
「さて、片付けるか」
「ああ」
 ザウディンダルに声を掛けて、三人は後片付けにはいった。ちなみに彼等は、皇帝が奴隷の元に宿泊することを考慮し、清潔な水の確保に必要な機材を見えない場所に設置するために下水に潜っていた。

 皇帝の恋を成就させるためには王子といえども、下水を這いずり回るくらいの事はしなくてはならない。普通はしなくて良いのだが、彼等の皇帝はそんな皇帝であり、彼等はそんな皇帝が大好きなので苦にせず下水に潜り、皇帝のために装置を組み立てる。割合平和で良さそうな主従関係であった。


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