ALMOND GWALIOR −74
「団長閣下! ご無事で!」
「胃が壊れくも膜下出血になったとお聞きしておりました」
「団長閣下!」
 皇帝の私室警護に当たっていた近衛兵達は、自分達の指揮官の帰還を心より喜んだ。
「お前達、良くやってくれた。朝まで私が陛下の寝室の守りにつく。お前達は全員休憩しろ」
 全員が下がった後、皇帝の私室に立ち入る気配を感じたがそれを無視して、タバイは外を見つめていた。

《タバイ、早急に陛下の警備につけ。”銀狂” が何かを探りに来るそうだ。それに関しては、解っているな》

**********

 寝たふりをして父達を下げた後、ベッドの中で転がりながら一人皇帝は呟く。
「ロガ元気かなあ……余のこと怖がってなければ良いのだが」
 答えを求めての独り言ではなかったのだが、
《だいじょうぶだろ。いぎょうかしたわけでもあるまいし。くだらねえこときにするんじゃねえよ。おまえはいぎょうになれないがな》
 意外な所から返事が返ってきた。
「え? ……もしかしてラードル……」
 全てを口にしてはいけないと、心の中で問いかける。
− ラードルストルバイアか?
《…………》
 だが彼は問いかけに答えてはくれない。
− あの……その
《…………》
 近い所に存在している事は感じられるのに、それはもどかしい程近付くことができない。
− 久しぶり。あのな……そのな……
《………………》
 重なることのない、答えてくることもない存在に、皇帝はそれでも話掛ける。
− その、うあ……あう……あ、ありがとう! あの時はありがとう! 余もこれから自分で頑張るからな! そして見守っていてくれ……エーダリロクのザロナティオンのように

 眠りに落ちた皇帝の中で、彼は目を覚ましたまま彼を待っていた。

 帝君宮を訪れているのはエーダリロク。
「殿下が……ですか?」
「おお」
 ビーレウストが忘れた私物を取りに来たと言い、勝手知ったる宮の中歩き回りながら、荷物を手に持つ。
「お手伝いします!」
 王子に荷物を持たせるわけにはいかないと、召使い達が後ろから付いてくるが、
「やめろよ。ビーレウストは他人が部屋に入るの嫌いなの知ってるだろ」
「は、はい」
 そう言って彼等の足を止めて、
「アルテイジア、あとは寝室にあるんだな?」
 愛妾に声を掛け、同意を観た後に部屋へと身を滑り込ませる。
「さぁてと……陛下の寝室から警備は下がったな」

− 行くぞ、シャロセルテ
《用意は良いぞ》

 皇帝の私室へ繋がる扉を開き、眠っているが目覚めている皇帝へと近付く。

《ザロナティオン、ひさしぶりだな》
《シャロセルテと呼べ、ロランデルベイ》
《ラードルストルバイアとよべ》
《煩い、第五の男が》
《だいいちのおとこにして、ていおうにして、銀狂陛下。せかいはへいわだな》
《私達が生きた時代から見たら、平和その物だな》
《ああ、ほんとうに……ほんとうに……たのしかった》
《久しぶりに人を殺したことか?》
《それもあるが、それいじょうに、さんじゅうななだいが、ひっしになるところが。おさなごがひっしになるさま、これがじゅんすいさかと》
《そうか》
《あのじだいにもどらぬよう、どりょくしてくれ。おとうとよ》
《人に責任を押しつけるな兄であり、兄でなき者よ。私の精神を食い殺した男が何を言う》
《おまえのせいしんをくったのは、おれじゃない。おれのなかのべつなじんかくだ。だいたいおまえは、おれをくったじゃないか。おあいこだろ?》
《さて、そろそろ戻るようだ。お前も確りと殻に閉じこもり眠れ》
《そのまえに、おまえにこれをわたしてやろう。せんじつのさわぎで、とることのできたデータだ》
《あの男……やはり》
《おそろしいいあつかんだった。あのころにも、こんなやつはいなかった。こいつはすごいぞ。これをだしたら、おれとさんじゅうななだいを、すぐにとらえられただろうに》
《これになってしまったら奴隷姫の記憶をいじらねばならぬだろうが。記憶を弄るのは良くないこと、お前がもっとも知っているだろう?》
《まあなあ》
《それでは。眠れよ……ラードルストルバイア!》
《なんだ? ねむれといったりこえをかけてきたり》
《悪い。そう言えば聞きたい、何故お前は暴れた? あの貴族達をあの場で殺害しなくとも良かったはずだ》
《シャロセルテ、おまえは、そのしそんであるおとこのすべてをしはいできるか? われわれはここにまがりしているだけ。ほんたいの ”いし” にはさからえない。それほどまでに、さんじゅうななだいは、さついにみちていた。そしてどれいをあいしてる。……あいしているは ”おそらく” だが》
《失礼する、兄よ》

 それだけ言って、エーダリロクとザロナティオンは皇帝の寝室から去った。遠ざかった気配に笑う。

《まったく、いつまでおとうとづらするきだ、シャロセルテのやつめ……なあ、そうおもわんか? ラヒネ……ま、おまえはどうやっても、おきてはこられんだろうが》

 ラヒネ、それは第四の男。

**********

 暗黒時代に失われたデータの再入力、検査をしている職員の一人が声を上げた。
「おいおい、誰だよ」
「どうした?」
「団長閣下の体重が1903kgになってるぜ」
 同僚に書類を見せると、そこには1903kgと確かに記入されていた。
「入力間違いか。暗黒時代のせいで人を必ず介さなけりゃならなくなったのが……でも笑える間違いだな」
 あり得ないだろう……と、二人は笑いながら作業を再開する。
「本当によ。193kgで良いんだよな」
「団長閣下の見た目からして、当然そうだろ」
 人を介するシステムは間違いが多いよなあ……と言いながら、彼等は何の疑問も持たなかった。

 皇帝の寝室の警備についている団長は、夜空を照らす月明かりに映し出される自らの影に視線を落とし頭を振る。
「影は真実を映すというが……」
 イグラスト公爵タバイ=タバシュと誰もが思う影しか映し出されない。
「私の本当の姿は、これではない……そうも言い切れないのが私の弱い所か」


 帝国に再び陽は昇るのか? それとも暗闇のまま滅亡するのか?


CHAPTER.2 − 帝国の昏き歯車達[END]


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